同居人+1   作:CBR

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リゾットがシチリア生まれならドッピオに「picciotto(小僧)」って言ったんだろうか…。


4話 Picciotto(がきんちょ)

 1950年代から70年代にかけて、イタリア本土は「経済の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を遂げた。しかしこの恩恵に預かれない一部地域も存在した。

 それがサルディニア島の山岳地帯である。

 

 特にバルバージャ地方(サルディニア島中部の山間地)はこれが顕著であり、伝統的な牧畜業の衰退も相まって若者は貧困に窮すことになる。

 豊かさから切り捨てられ、国も頼れない中、彼らが生き残るために選んだ選択は「誘拐」だった。

 

『アノニマ・サルダ』と呼ばれたこの犯罪組織はバルバージャ地方を中心に活動し、富裕層をねらい身代金を要求した。誘拐された人びとは山中の隠れ家に監禁されることも珍しくなかった。

 

 このアノニマ・サルダの特徴として、イタリアのギャングと大きく異なる部分は彼らがあくまで誘拐を専門にしていることと、組織形態がピラミッド型ではなく小規模のグループでまとまっていた点にある。そのため警察は一網打尽にすることが難しく、この犯罪組織を壊滅させるのに困難を要した。

 

 

 

「────!」

 

 目を覚ました『彼』はとっさに声を上げようとした。しかしガムテープで口を塞がれているようで、くぐもった声が漏れるのみに留まる。手は背後の柱を通すように紐状のもので縛られていた。

 視界も目隠しに遮られ分からず、唯一カビっぽいにおいが鼻をツンと刺激する。

 

(ネモッ! ネモ!!)

 

 彼が半狂乱で心の中で叫ぶと、「うーん」と寝起きのような声が聞こえた。肉体が気絶したことで、ネモの方も意識が途絶えていたようだ。

 

『……何だお前、その歳でイケない趣味に目覚めたのか?』

 

(今はジョーダン言ってる場合じゃねェだろォ──ッ!!!)

 

『すまんすまん。……エッ、何コレ? お前人を殺めて捕まったの?』

 

(僕にも分からないよ! 起きたらこの状態だったんだよ!!)

 

 とりあえず二人は状況を整理することにした。彼の方はネモが目覚めたことで精神が少し落ち着いた。

 

『……場所はおそらく地下室だな。四方はレンガ造りで窓はない。上にランプが灯っている』

 

 部屋に続く扉は一つで、鍵がかかっているかは中からだと分からない。ネモは肉体から一定以上離れられないため、外の様子をうかがうことはできなかった。

 

(僕らを誘拐したのって、やっぱりあの男の人だよね?)

 

『…だろうな』

 

(何でっ!? いったい僕が何をしたっていうのさ!!)

 

『………』

 

 ネモは考える。現状『彼』のピンチはネモの命に直結する。

 あの男は人攫いの類と考えていいだろう。それもサルディニアの中央部で活動する誘拐組織のメンバーだ。

 しかしなぜわざわざ誘拐犯は活動拠点から離れた北東部に来ているのか?

 彼が一人で外出していたように、ここらは子どもだけで出歩けるくらいの治安はあるし、田舎特有の空気でアットホームでもある。

 

『あるいは模倣犯かもな。誘拐手口の』

 

(義父さんは大金持ちじゃないよ!?)

 

『教会には信者が寄付をするから金があると思われたんだろう』

 

(罰当たりだ…)

 

『違いない。地獄行きだな』

 

 ただ、ネモの想像はさらに悪い方向に続く。違和感はあった。あの青年が話していた言葉に。

 イタリアにも地方によって訛りが存在する。あの男が使っていた「beddu」や「picciotto」はシチリア訛りの言葉だ。特に「picciotto」はマフィアスラングとして有名である。

 

(じゃ……じゃあ何? あの男はシチリアのギャングかもしれないってこと…!?)

 

『最悪の可能性だけどな。ああでも、こういう時は一番当たってほしくない予想が当たるんだろうな…』

 

(どうしてシチリアのギャングがサルディニア(ここ)にいるのさ!)

 

『大方、金の匂いを嗅ぎつけたんだろ。誘拐はリスクが大きいが金にはなる。その点サルディニアで誘拐事件を起こせば、警察もまさかシチリアのギャングが起こしたとは思わない。こっちの誘拐のプロを隠れ蓑にしようって魂胆か』

 

(……そうか。コスタ・スメラルダの方には高級リゾート地がある)

 

 彼はそこまで考え、「ん?」と首を傾げる。

 狙うのだったら普通高級リゾート地に住んでいる富裕層じゃないのか? だが狙われたのは自分たちだ。

 大きい獲物を狙うのが恐ろしくなってしまったのか? 一つ言えるのは、自分がとんだはずれくじを引いた事実である。

 

(何で()()()僕なんだよ!!)

 

『早く逃げないとシチリアに運ばれちまうだろうな』

 

 まだサルディニア内にはいるはずだ。移動するなら船に限られるだろうし、海上での移動はサルディニアからシチリアまで約12時間はかかる。船内特有の波で揺られる感覚もないときた。

 

(何か逃げる案はないの、ネモ!)

 

『そんなお前に朗報だ。部屋になんと割れた酒瓶の残骸がある』

 

(!)

 

 だが、とネモは続ける。

 割れた破片が落ちているのは彼らの後方、柱の後ろだ。

 彼は拘束された腕と体を動かし、なんとか体を後ろに移動させようとしたが失敗に終わる。思った以上にキツく縛られており、無理に動いた拍子に手首を痛めた。

 

『右ななめ後ろ…かなり近い距離に落ちてるんだが、無理そうか?』

 

(君が変わってよ…!)

 

『私が指示を出した方がいい。その方が体力を消費せずに済む』

 

 彼に指示を任せたら「そこ……ああ違う! もうちょっとこっち!」みたいな曖昧な表現で疲労が増えるに違いない。それにまだネモの方がこの状況を冷静に判断できている。

 ネモは少し考え、ハッと運動会の組体操を思い出した。

 

『エア自転車……っ()っても分からんか』

 

(自転車?)

 

『ひとまず腰をなるべく前に出して……そうそう、その状態で足を上に上げて……後ろまで持っていけるか?』

 

「っ────!!」

 

 彼の腹筋に力がこもり、顔に青筋が浮かんだ。口が塞がれているため呼吸は鼻に頼るしかなく、頭に血が昇る。このまま続けていれば脳の血管が切れると思うほどに。

 

 彼の顔じゅうに玉粒の汗が浮かんだ。もはや一種の曲芸となった体は手と柱にぐるりと密着した腕の筋力を支えにして腰が浮き、左足のつま先が後ろへと触れた。

 しかし肝心の右足があともう少しでつかない。彼の限界を察したネモは体が戻る前に足を無理やり動かし、右足の指先で破片をつかんだ。

 

「うぐっ!!」

 

『よぉ〜しよしよしよし! よくやった!!』

 

 腰に嫌な音がした彼はそのままぐったりと動かなくなる。ネモはかまう間もなく、手の指先に移した破片を縄に押し当てるようにして切り出した。

 

 そのまま縄と格闘すること10分ほど。両手首を拘束していた縄が解けた。

 

「本ッ気で腰が死んだと思ったんだけど」

 

『だが無茶した甲斐はあっただろ?』

 

「………ハァー」

 

 彼は腰を押さえながら周囲を見渡し、それから先ほど使った破片を靴の中に仕込みドアの側へと近づく。

 ネモ曰く、外部は真っ暗だがおそらく地上から地下へと続く階段であるとのこと。おそるおそるドアノブに手をかけたが、犯人は不用心にも鍵をかけていなかった。縄を自力で解くのは計算外だったらしい。

 

(随分と気が抜けてるね)

 

『お前の“悪運”の強さのおかげだな』

 

(……チェッ)

 

 問題は階段を上がった後だ。最低でも一人は上の部屋で見張っているだろう。ギャングなら銃やナイフを持っている可能性が高い。子どもの身で成人男性に勝てる見込みはない。しかも相手は複数だ。

 

 部屋の中に隠れるにせよ、死角は扉を開けた時のその後ろしかない。そこでギャングが背中を晒した隙に駆け出して逃げる? いや、背後から銃を撃たれて終わりだ。

 だったら階段の天井にスパイダーのように張り付くのはどうだろうか?

 否、コレも却下だ。階段は天井がそもそも低く、すぐにバレて終わりだろう。

 

『状況を確認しよう。私が階段を登る。お前は上の人数だけ確認し()てくれ』

 

(わかった!)

 

 精神を交代し、今度はネモが慎重に階段を上がった。下は湿気を帯びていて滑りやすく、上に頭がぶつからないように姿勢を丸めながら一番上へとたどり着く。

 

(どうだ? 上の部屋に人はいるか?)

 

『…あっちは観光客を装ってた男かな? テーブルに座っている方は知らない』

 

(つまり二人ってことか。一人だったらまだ逃げる余地はあったかもしれないが……)

 

『あっ、まずい! こっちに来る!!』

 

(えっ? ちょっ待っ)

 

 急いで下に戻ろうとしたネモの足が滑り、そのまま下へと落下した。体の節々を打ったネモはうめきながら重い音を立てて開いた上へ視線を向ける。そこから上の明かりが入り込み、こちらを覗き込む男の逆光を映し出す。

 

「ああ? どうやって抜け出したんだ、テメー」

 

「財布以外は持ってなかったはずだが…」

 

 剥き出しになった腕や胸にはタトゥーがある。歯噛みしたネモは断定的な物言いで彼らがギャングだろうと尋ねる。それもシチリアの。

 それを聞いた男二人は愉快気に笑った。ガキにしては観察眼があると。

 

「アンタらは身代金を要求する気なんだろ? ボクの家に」

 

「ホォ、なぜそう思う?」

 

「北の住民は結構のんきにしてるが、バルバージャの方は金目当ての誘拐が多い。アンタらはその誘拐を隠れ蓑にして誘拐のビジネスに手をつけたんじゃないのか?」

 

「ベネ! いい線までいってるよ、picciotto(ガキンチョ)。ただし俺たちの目的は身代金じゃあない」

 

 チッチと男の一人が指を振る。その指が男の腹に向いた。

 

「いいか? ガキにはもっと素晴らしい価値がある。それはなんだと思う? えぇ? 賢い坊やなら簡単な問題だろ?」

 

 ネモの顔が蒼白していく。子どもの価値。それは体の若さだ。

 

 

「臓器ッ、売買……!!」

 

 

 直後、男は「 Giusto(そうだ)」と低い声で言い、拍手を送った。




*臓器売買の流行りが時代的に少し早いですが、ドイツの科学力が世界一ィィだったことを踏まえて、医療面も通常より発達している想定で書いてます(だからポルナレフの欠けた指も生えたんやね)
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