高慢令嬢は、毎晩毛布で反省会をしている 作:高校ジャージ10年目
王立アカデミーの豪奢な晩餐会。クリスタルのシャンデリアが放つ光を撥ね退けるように、その少女は立っていた。
セレフィーナ・ルクセリア。
公爵家の令嬢にして、その美貌と冷徹さから「氷の処刑人」と仇名される少女である。
「あら。エミリア様、またそのような安っぽい平民の真似事を?」
セレフィーナの扇が、パサリと閉じられた。その音だけで、周囲にいた貴族たちがビクッと肩を揺らす。視線の先にいるのは、男爵令嬢のエミリアだ。彼女の手には、少しだけ形が崩れた手作りの刺繍ハンカチ握られていた。
「あ、あの、これは…お世話になっている方に、感謝の印として」
震える声で答えるエミリアに、セレフィーナは一歩歩み寄る。その瞳は冷たく、一切の感情を排しているように見えた。
「感謝? 笑わせないで。そのような稚拙な運針、相手への『無礼』だとは考えないのかしら。あなたのその浅はかな自己満足が、どれほど周囲を不快にさせるか、一度その足りない頭で熟考なさい」
「…っ! 申し訳、ございません!」
エミリアは涙を浮かべて走り去った。
会場には沈黙が流れる。誰もが「やはりセレフィーナ様は恐ろしい」「慈悲の欠片もない」と、蔑むような、あるいは恐怖に満ちた視線を彼女に送る。
その中心で、セレフィーナは優雅に背筋を伸ばし、婚約者であるアルベルト王子へと向き直った。
「アルベルト様。あのような不快なものを見せてしまい、失礼いたしました。…何かおっしゃりたいことでも?」
アルベルト王子は、厳しい表情で彼女を見つめていた。その沈黙は長く、重い。
やがて、彼は重々しく口を開いた。
「…いや。君の言葉、確かに受け取った。セレフィーナ、君という女性は……本当になんというか、底が知れないな」
「お褒めにあずかり、光栄ですわ」
セレフィーナは完璧なカーテシーを披露した。
その姿は、一分の隙もない、完璧な「悪役」そのものだった。
ガタン、と馬車のドアが閉まった瞬間。
セレフィーナ・ルクセリアの「鉄の仮面」は、音を立てて崩れ去った。
「…………ッッ!!」
声にならない悲鳴。
馬車のふかふかのシートに顔を埋め、彼女はじたばたと足をバタつかせた。
(やってしまったあああああああああああああああ!!)
脳内は、先ほどまでの冷徹な独白とは似ても似つかない、絶叫の嵐である。
(なにあれ!? 私、なんてこと言ったの!? 『足りない頭』!? 死ぬ! 私が死ぬ! エミリア様、あんなに一生懸命作ってたのに! 本当は『可愛らしい刺繍ですね、あなたの優しさが伝わります』って言いたかっただけなのに!! なんで私の口からは毒液が出るの!? 呪われてるの!? )
「お嬢様。お顔がシートに埋まっております。せっかくの化粧が台無しです」
向かいに座っていた無表情な侍女、リタが淡々と告げる。
セレフィーナはガバッと顔を上げた。その瞳には、先ほどの氷のような冷たさは微塵もなく、今にも泣き出しそうな子犬のような怯えが宿っている。
「リタ…! 私、もう終わりよ! 王子にまで『底が知れない』って言われたわ! あれは絶対、『性格の悪さが底知れない』って意味よ! 明日には婚約破棄、明後日には国外追放、その次の日にはギロチンよ!!」
「そこまで過密スケジュールではありませんよ」
「そういう問題じゃないわ! ああああ…エミリア様のあの泣きそうな顔、一生夢に出てくる…私、最低よ。明日、お詫びに最高級の刺繍糸を贈ろうかしら…いや、私が贈ったら『これを使って修行し直せ』っていう嫌がらせにしか見えないわよね!? ああ、もうどうすればいいの…!」
「まずは、お屋敷に戻ってから『定例会』になさってはいかがですか」
リタの冷ややかな指摘に、セレフィーナは「ううう…」と唸りながら、馬車の隅っこで小さく丸まった。
ルクセリア公爵邸の最上階。セレフィーナの寝室は、主人の性格を反映したかのように洗練され、豪華な調度品で整えられている。
だが、そのベッドの上だけは別世界だった。
「あああああああ……バカバカバカ! 私のバカ!!」
セレフィーナは、シルクの毛布を頭からすっぽりと被り、ベッドの上でのたうち回っていた。
いわゆる「毛布反省会」である。
彼女は、生まれつき語彙力の方向性が「高圧的」に固定されていた。
幼少期、厳格な教育を受けた結果、「弱さを見せてはならない」という意識が暴走。緊張すればするほど、相手を敬愛すればするほど、口から出る言葉はナイフのように鋭くなってしまうという、呪いのような体質になってしまったのだ。
「『熟考なさい』って何よ…何様なのよセレフィーナ! あの時の私を殴りたい、物理的に殴り飛ばしたい!!」
毛布の中から、ごそごそと手が出る。
その手には、「対人コミュニケーション改善ノート(秘)」と書かれた古びたノートが握られていた。
「えーと…今日の反省点。『感謝の印として』という言葉に対し、肯定的なリアクションを取れなかった。改善案…『それは素敵ですね』、あるいは『心が温まります』
彼女は涙目でペンを走らせる。
「…無理。そんなの、あの場の空気で言えるわけないじゃない! 私がそんなこと言ったら、周囲は『明日は槍でも降るのか』ってパニックになるわよ! 私に許されているのは、冷笑と毒舌だけなんだわ…ううう…ひっく」
毛布の塊が、ずびずびと鼻をすする音を立て始めた。
そこへ、トントン、と遠慮のないノック音が響く。
「お嬢様。失礼します。ホットミルクと、本日の『戦果報告』を持ってまいりました」
リタが盆を持って入ってきた。
セレフィーナは毛布から、ボサボサになった頭をひょこっと出す。その姿は、昼間の気高き令嬢とは到底思えない、完全な「芋虫」状態である。
「…リタ。戦果報告って何。どうせ私の悪評がまた城壁を超えたっていう報告でしょう」
「いえ。意外なことに」
リタは無表情のまま、一枚の手紙を差し出した。
「エミリア様からです。『セレフィーナ様のあのお言葉で、自分の甘さに気づけました。もっと技術を磨いて、いつか貴方に認めていただけるような作品を作ります。私の未熟さを指摘してくださる勇気に感謝します』とのことです」
「…は?」
セレフィーナは、ホットミルクを吹き出しそうになった。
「な、なんで!? 私、あんなに酷いこと言ったのよ!? 『足りない頭』って言ったのよ!?」
「おそらく、エミリア様は超ポジティブ…あるいは、お嬢様の『完璧な悪役』という圧力に気圧されて、深読みをなさったのでしょう。リタ的な解釈では『あえて厳しいことを言って、私を成長させようとしてくれている!』となったようです」
「そんなバカな…」
「さらに、アルベルト王子からも伝言が。『君の言う通り、甘さは時に毒になる。あえて嫌われ役を買って出て、若手貴族の気を引き締めようとする君の姿勢に感銘を受けた』だそうです」
「…」
セレフィーナは、再び毛布の中に潜り込んだ。
今度は悶絶ではなく、困惑のあまりの逃避だった。
(なんで!? なんでみんなそんなに都合よく解釈してくれるの!? 私、ただの口が悪いビビりなのよ!? 怖い! 評価が上がるのが一番怖い!!)
「お嬢様。人気者は辛いですね」
「嫌味!? それ絶対嫌味でしょリタ!!」
毛布の中から枕が飛んできたが、リタは慣れた手つきでそれを回避した。
翌朝。
セレフィーナは、一睡もできなかった重い瞼を無理やりこじ開け、リタによって「完璧な悪役令嬢」へと仕上げられていた。
ドレスのフリル一つにも妥協はなく、髪は黄金の糸のように輝き、瞳は再び冷徹な光を宿す。
鏡の中にいるのは、昨夜毛布で転げ回っていた「芋虫」ではなく、誰もが恐れるセレフィーナ・ルクセリアだ。
「…リタ。今日、学園に行ったら、エミリア様にどう接すればいいのかしら」
「いつも通り、突き放せばよろしいかと。下手に優しくすると、彼女の心臓が止まります」
「…そうよね」
セレフィーナは溜息をつき、扇を手に取った。
心臓がバクバクと音を立てている。本当は、エミリアに会ったらすぐにでも土下座して謝りたい。美味しいお菓子を一緒に食べて、「昨日はごめんね」と言い合いたい。
だが、彼女が門を一歩出れば、そこは戦場なのだ。
学園の廊下を歩けば、生徒たちが左右に分かれて道を空ける。
その中心を、彼女は顎を引いて、悠然と歩く。
(あああああ! みんなの視線が痛い! 怖い! 嫌われてる! 絶対に影で『毒吐き蜘蛛』とか呼ばれてる!!)
内心で絶叫しながら、彼女は正面から歩いてくるエミリアを見つけた。
エミリアは、昨日よりもさらに引き締まった表情で、セレフィーナに向かって深く一礼した。
「セレフィーナ様! おはようございます! 私、昨夜からずっと練習しています!」
(ひいいいい! ごめんなさい! そんなに頑張らなくていいのよ! 適当に楽しんで刺繍して!!)
だが、セレフィーナの口から出た言葉は。
「……ふん。一晩程度で何が変わるとお思い? その程度の意気込みで私に声をかけるなんて、片腹痛いわ。……精々、私の目が腐らない程度のものを持ってくることですわね」
(死にたい!! 今すぐここから消え去りたい!! 誰か私の口を縫い合わせて!!)
「はいっ! 必ずや、納得させてみせます!」
キラキラとした瞳で見つめてくるエミリア。
それを見守る周囲の生徒たちは、「おお…あの方こそ真の指導者」「厳しい愛だ……」と、勝手に感動の渦に包まれている。
セレフィーナは、冷ややかな微笑を湛えたまま、心の中で、今夜の「毛布反省会」のメニューを組み立て始めた。
(今日は…今日は毛布の中で二時間は叫ぶわ。枕も二つ用意して、自分を思い切り叩くの。リタ、最高に濃いホットミルクを頼むわね!)
彼女の「完璧な悪役令嬢」としての伝説は、本人のメンタルを削りながら、今日も華麗に更新されていくのであった。
ビールは出てきません(多分)