高慢令嬢は、毎晩毛布で反省会をしている 作:高校ジャージ10年目
昨夜、毛布の中で「もう二度とエミリア様に近づかない、石になりたい」と三時間ほど咽び泣いたセレフィーナ・ルクセリアの朝は、絶望とともに始まった。
「…お嬢様。そろそろマシュマロ状態から脱却してください。本日午後は、アルベルト殿下とのティータイムです」
リタの冷徹な声とともに、シルクの毛布が容赦なく剥ぎ取られる。そこには、昨夜の「反省会」の余波で、縦ロールもクソもない、まるで爆発した後のタンポポのような頭をした公爵令嬢が丸まっていた。
「…リタ。私、体調が悪いの。具体的には、心が粉砕骨折してるわ。今日のティータイムは、私が急病で、…そうね、一時的に発声機能を失ったとでも伝えておいて」
「承知いたしました。では、『殿下に会いたくないので、仮病を使って引きこもることにしました』と正直に伝令を出してまいります」
「待って!! それはただの宣戦布告よ!!」
セレフィーナはガバッと起き上がった。隈の浮いた目でリタを睨むが、侍女の鉄仮面は一ミリも動じない。
「殿下は、昨日のエミリア様への『ご指導』に大変感銘を受けられたようで、ぜひ貴女の『統治哲学』を詳しく聞きたいと仰っていますよ。お嬢様、昨日のあれ、哲学だったんですね」
「…うう、やめて、昨日のことを思い出させないで…。あれはただの『言葉の事故』よ…。哲学なんて、そんな高尚なもの、私の脳内には一欠片も残ってないわ…。あるのは『穴があったら入りたい』っていう生存本能だけよ…」
「お言葉ですが、公爵家の娘に『穴に入る』という選択肢はございません。あるのは『高慢に、優雅に、周囲を屈服させる』道のみです。さあ、お化粧を。今日は殿下の胃袋…ではなく、精神を叩き直すような完璧な装いで参りましょう」
リタの無慈悲なエスコート(という名の拉致)により、セレフィーナは再び「氷の処刑人」へと改造されていった。
王宮の空中庭園。
咲き誇る薔薇の香りが漂う優雅な空間に、第一王子アルベルトが待っていた。彼は真面目で、責任感が強く、そして何より「セレフィーナの言動にはすべて高度な裏がある」と信じ込んでいる重度の勘違い男である。
「待たせたね、セレフィーナ。昨日の今日で、少し疲れているのではないかと思って心配していたんだが…」
アルベルトが差し出した手に、セレフィーナは指先だけを乗せた。
(ああああああ! 王子! 王子様! 昨日はごめんなさい! 本当はあんなこと言いたくなかったんです! あなたのことも、本当は『いつもお仕事頑張ってて素敵ですね』って思ってるんです!!)
しかし、彼女の喉を通って出力される言葉は、恐ろしいほどに研ぎ澄まされた。
「…殿下。そのような軟弱な配慮は不要ですわ。私を『少しの公務で疲れるか弱い小鳥』だとお思い? 私を侮るのも大概になさってください」
「…! いや、失礼した。君の精神は常に鋼鉄のごときだと、改めて思い知らされたよ」
(違うの!! 鋼鉄どころか、今の私は水に濡れた紙並みの強度なの!! お願いだから、そんなに感心したような目で見ないで!!)
二人は用意されたテーブルについた。
目の前には、一流の菓子職人が作った美しいスイーツが並ぶ。セレフィーナの大好物である、苺のムースもあった。
(美味しそう…。一口食べて、幸せな気分になりたい…。でも、ここでパクついたら『隙がある』って思われるわよね。優雅に、あくまで冷酷に…)
彼女は銀のスプーンを手に取り、苺のムースをまるで「処刑するべき罪人」を見るような冷たい目で見つめた。
「…殿下。昨今の王宮における『甘やかし』の風潮、私は我慢なりませんの」
(言っちゃったああああ! デザートを否定しちゃった!! 大好きなのに! 本当はバケツ一杯食べたいくらい好きなのに!!)
「…ほう? 甘やかし、とは?」
アルベルトが身を乗り出す。
セレフィーナは、止まらない自分の口を呪いながら、さらに言葉を重ねてしまう。
「あのような、口の中で溶けて消えるような実体のない甘味に溺れ、一時的な快楽を得る…。その精神の弛みが、いつか国を滅ぼすとは考えないのですか? 私は、もっと『硬い』ものを求めますわ。歯が折れるほどの、厳しい現実という名の岩を」
(意味不明よ!! 自分の言ってる意味が自分でも全くわからないわセレフィーナ!! 歯が折れる岩って何!? 私は石を食う化け物か何かなの!?)
アルベルトは、深く考え込むように顎に手を当てた。
「…なるほど。表面的な豊かさに胡座をかき、本質的な困難から目を背けるな…。君は、今の私の経済政策における『過剰な補助金』を批判しているのだね?」
「…え、あ、…ええ。お察しの通りですわ(そうなるの!?)」
「確かに、一時的な救済は国民を堕落させる。君はあえてこの場でデザートを否定することで、私に『真の王たるべき冷徹な決断力』を思い出させてくれたというわけか…。やはり君は、私にとって最高の助言者だ」
アルベルトの瞳が、崇拝に近い熱を帯びる。
(もうダメだ…。この人、私の迷言を全部『王道』に翻訳しちゃう…。誰か止めて。この右肩上がりの評価を下げて!!)
ティータイムも終盤。セレフィーナは、昨夜リタに促されて用意していた「あるもの」を取り出した。
来週、アルベルトは隣国との親善試合(剣術大会)に出場することになっている。
本当は、彼を応援したかった。
「怪我をしないでください」
「勝てるように祈っています」
そんな言葉を添えて、刺繍入りの小さなお守りを渡すつもりだった。
(今よ。今こそ、一分前の失言を取り戻すのよ、セレフィーナ。素直になるの。女の子らしく、可愛らしく、お守りを渡すのよ!)
彼女は、プルプルと震える手で、ポケットから布包みを出した。
「…殿下。…これを、差し上げますわ」
「これは…君からの贈り物か? 珍しいこともあるものだ」
アルベルトが嬉しそうに受け取ろうとした、その瞬間。
セレフィーナの緊張は限界を超え、脳内の「高慢フィルター」がフル回転を始めた。
「…勘違いなさらないで。それは、あなたが無様に敗北して、我が公爵家に泥を塗ることを防ぐための『保険』に過ぎませんの。…あまりに無様なら、その布で自分の首でも絞めるがいいわ」
(死にたい!! 今すぐ死にたい!! 応援どころか、自殺を推奨しちゃった!! なんで!? なんで私の口からは呪詛しか出ないの!?)
渡されたのは、彼女が夜な夜な、指を針で刺しながら必死に縫った「勝利」のルーン文字が刻まれたお守りである。
アルベルトは、そのお守りをじっと見つめ、そして――震える声で言った。
「君は、私に『死ぬ覚悟で戦え』と言ってくれるのか。中途半端な勝利などいらない、背水の陣で挑めと…。そしてこの刺繍、一針一針が驚くほど緻密で…。…どれほどの時間をかけて、私のためにこれを…」
「…っ!」
「わかった、セレフィーナ。この『生への執着を捨てさせる呪縛(チャーム)』、必ず肌身離さず持っていこう。君の期待に、私は全力で応えるよ」
(『期待』じゃないの! 『心配』なの! 殿下、そっちじゃない!! そっちの方向へ全力疾走しないで!!)
セレフィーナは、溢れそうになる涙を「冷笑」という形に変えて固定し、そのまま立ち上がった。
「…失礼いたしますわ。…あまり私を失望させないことですこと」
(さようなら!! 私はもう、一生あなたの顔を見られない気がするわ!!)
「あああああああああああああああああ!!!」
その夜。ルクセリア公爵邸の寝室には、野獣のような絶叫が響き渡った。
セレフィーナは、毛布を被るどころか、毛布を体にぐるぐる巻きにして、床の上を芋虫のように転げ回っていた。
「リタ! リタあああ!! ギロチン持ってきて! 今すぐ私の首を撥ねて!! 『首を絞めろ』って言ったのよ! 王子に向かって! 暗殺教唆よ! 反逆罪よ!!」
「お嬢様、落ち着いてください。床のワックスが剥げます」
リタが、いつものように冷めたハーブティーを運んでくる。
「殿下はむしろ、かつてないほどやる気に満ち溢れていますよ。騎士団の連中にも、『セレフィーナが私のために命懸けの試練を課してくれた』と自慢げに話していたそうです。おかげで、騎士団の間でもお嬢様の評価は『戦神の化化身』として定着しつつあります」
「評価が変な方向に進化してるううう!! 戦神って何よ! 私はただの、恋する…いや、ただの小心者の令嬢よ!!」
セレフィーナは、毛布の中からボサボサの頭を突き出した。
「…見て、リタ。私のこの手。お守りを縫った時の針傷がまだあるのに…。あんなに一生懸命作ったのに、なんであんな言い方しかできないの…。私、本当に可愛くないわ…。殿下が、いつか私の本性に気づいて、愛想を尽かすのが怖いの…」
急に弱音を吐く主人を、リタは少しだけ優しい目で見つめた。…が、口から出るのはやはり現実だった。
「お嬢様の本性に気づく者など、世界に私一人いれば十分です。…それに、あの鈍感な王子に、お嬢様の『繊細な小心者っぷり』を理解できるだけの知能が
あるとは思えません」
「…慰めてるの? 貶してるの?」
「両方です。さあ、本日の反省会を終えましょう。明日は、エミリア様が『例の刺繍』を持って、お嬢様の元へ指導を仰ぎに来るそうですから」
「…え?」
「お嬢様の『毒舌』が、彼女にとっては『至高のスパイス』になっているようですよ。彼女、もはやお嬢様に罵倒されないと、創作意欲が湧かないそうです」
セレフィーナは、再び毛布の中に深く潜り込んだ。
(みんなおかしい…。この世界の住人、みんなMなの!? 私が一人でSを演じるのにも限界があるわよ!!)
夜の静寂の中、毛布の塊は「ううう…」という微かな呻き声とともに、絶望の微振動を続けていた。
しかし、彼女はまだ知らない。
その「出力バグ」まみれの言動が、確実に王国の運命を変え、多くの人々を(勘違いではあるが)救っていくことになるのを。
セレフィーナ・ルクセリアの明日は、やはり「不本意な高評価」で幕を開けるのである。