高慢令嬢は、毎晩毛布で反省会をしている   作:高校ジャージ10年目

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番外編 泥酔令嬢があらわれた!

 学園祭の成功を祝う、夜のルクセリア公爵邸。

 

中庭には無数の魔導灯が灯り、王立アカデミーの選ばれた学生たちが、穏やかな夜風の中で祝杯を挙げていた。

 

セレフィーナ・ルクセリアは、卓上に並んだ一際美しい琥珀色の液体を見つめていた。

 

「…リタ。これは、ルクセリア家が秘蔵する最高級の『ヴァイツェン』ですわね?」

 

「左様です。無濾過の小麦ビール。バナナやクローブを思わせるフルーティーなエステル香が特徴ですが、アルコール度数は通常の倍以上…通称『真実を語る聖杯』と呼ばれております」

 

「ふん。私を誰だと思っていて? この程度の芳醇な香りに、私の理性が揺らぐはずありませんわ。少しばかり、醸造家の努力を評価して差し上げるだけです」

 

(嘘よ、リタ! 鼻をくすぐるこの甘い香りが、さっきから私の『反省会精神』を誘惑してやまないの! 一口…一口だけなら、この火照った心臓を冷やしてくれるはずだわ…!)

 

セレフィーナは優雅に、しかしその実、渇望に任せてグラスを煽った。クリーミーな泡が唇を滑り、小麦由来の柔らかな甘みが喉を駆け抜ける。

 

「…及第点ですわ」

 

(美味しいいいい!! 何これ、天国!? 苦味がほとんどなくて、まるでお花畑を飲み込んでいるみたいだわ!! もう一杯! おかわりを、誰にも気づかれないスピードで持ってきてちょうだい!)

 

一時間後。

 

そこには、いつもの「高慢令嬢」の姿はなかった。

 

頬を薔薇色に染め、とろんとした瞳で虚空を見つめる、一人の「ただの恋する少女」が完成していた。

 

「あら…アル。そこにいたのですか?」

 

ふらりと現れたアルベルトに対し、セレフィーナは扇も広げず、無防備な笑顔を向けた。

 

その場にいた全員の動きが、物理的に止まった。

 

「…セレフィーナ? 顔が赤いようだが、具合でも…」

 

「具合? いいえ、最高ですわ。だって、アルが来てくれたんですもの。あなたの銀髪、月明かりを吸い込んだみたいで、世界で一番綺麗ですわね。ちょっと、触らせてくださらない?」

 

 ガシャーン!!

 

背後で、リタが銀のトレイごと手帳を落とした。あの鉄仮面の侍女が、驚愕で口を半開きにしている。

 

「…な、何を言っているんだ、セレフィーナ。これは何の罠だ? 後で私をどんな奈落に突き落とすつもりだ!?」

 

アルベルトが、生まれて初めて見る「恐怖」の表情で後ずさる。

 

これまでどれほど罵倒されても「彼女の目は嘘をついていない」と深読みしてきた彼だったが、いざ言葉と目が一致して「最大火力の好意」として飛んでくると、防御回路が完全にショートしたらしい。

 

「罠なんて、ひどいですわ…。私はただ、アルのことが大好きすぎて死にそうだと言っているだけですのに。アルくんのバカ。…どうしてそんなに、かっこいいのですか?」

 

セレフィーナはアルベルトの腕にしがみつき、その胸板に額を擦り付けた。

 

「温かいですわ…うふふ…離したくありませんわ…」

 

「…っ!!」

 

アルベルトは、顔を真っ赤にして天を仰いだ。彼の「深読み装置」は、今や「これは未知の精神攻撃だ」という結論を叩き出しており、体中の震えが止まらない。

 

そこへ、ソフィアが震える手でメモを取りながら現れた。

 

「能動的な…愛の飽和爆撃…!! さすがセレフィーナ様、慈愛の出力が致死量を超えて、もはや聖なる崩壊を起こしていらっしゃるわ…! 尊い…書き残さなければ…!」

 

クラリスは、その光景を冷徹な目で見つめながら、震える声で呟いた。

 

「…計算じゃない。でも、そう思わせることこそが計算なの? いいえ、これほど完璧に崩れることができるなんて…逆に怖いですわ、あの令嬢…」

 

翌朝。

 

セレフィーナは、人生最大の二日酔いと、得体の知れない不安感と共に目覚めた。

 

「…リタ。私、昨夜の記憶が断片的にしかありませんの。何か、失礼なことを言わなかったかしら? 多分、ビールの醸造工程について厳しく批判したような気はするのですけれど」

 

「…お嬢様。批判なら、どれほど良かったことか」

 

リタが、かつてないほど疲弊した顔で、冷たい水差しを置いた。

 

「失礼なことは何一つ。ただ、殿下に『アルくんのバカ、好きすぎて死にそうですわ』と泣きついていただけです。…あと、殿下の銀髪を『素麺みたいで美味しそうですわね』と口に含もうとされました」

 

「…………は?」

 

その瞬間。

セレフィーナの脳裏に、強烈なフラッシュバックが走った。

 

『アルくんのバカ!』

『温かいですわ…うふふ…』

 

「あ、ああ、あああああああ!!!」

 

セレフィーナは、枕を掴んで絶叫した。

 

しかし、地獄は始まったばかりだった。

 

朝食のスープを口にした瞬間。

『世界で一番かっこいいですわね』という自分の声が蘇る。

 

「ぶふぉっ!!」

 

昼下がりの読書中。

『アルくんの…アルくんの…』という甘ったるい響きが蘇る。

 

「…っ、うう、あああああ!!」

 

セレフィーナは、中庭の木に頭を打ち付けたい衝動に駆られた。

 

一日かけて、昨夜の醜態が「高画質・高音質」で脳内にデリバリーされてくる。これまでの「反省会」が児戯に思えるほどの、本格的な精神的死刑宣告だった。

 

その夜、リタのもとに一通の報告書が届いた。

 

『アルベルト殿下は本日、公務をすべてキャンセル。自室で例の「額縁」の前に三時間座り続け、時折「…アルくん?」と呟いては顔を覆っていらっしゃいます』

 

リタは、静かにその報告書を暖炉に投げ入れた。

 

そして、隣室で毛布を時速二百キロで回転させている主人のために、胃に優しいハーブティーを淹れ始めた。

 

さらに翌日。

 

学園の掲示板には、ソフィアによる新しい経典の一節が密かに貼り出された。

 

「第七章:愛の飽和状態における、聖なる崩壊について」

神の愛が溢れ出す時、言葉は理性を超え、令嬢は「アルくん」と宣う。

 

 セレフィーナがそれを目撃し、三日三晩、公爵邸の地下室から出てこなくなるのは、もう少し後の話である。

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