お前女だったのか⁉ by陰キャぼっちな私【百合】 作:荒井竜馬
「あおいちゃん、どこまで行ったんだろ?」
私は片手で傘を差しながら、空いた方の手であおいちゃんに貸す傘を持ってあおいちゃんを探していた。
空を見上げてみると分厚そうな雲が広がっており、まだまだ雨が止む気配はない。
それどころか、徐々に雨脚が強まってきている。
こんな天気で傘を差さないで帰ったら風邪を引いてしまう。
「あおいちゃん、なんか様子がおかしかったよね」
私は雨の中そんな独り言漏らして、少し前のことを思い出す。
私と香織ちゃんが上手くやれているか心配してくれたあおいちゃんは、わざわざ私の家まで様子を見に来てくれた。
少し過保護だなと思いながら、そこまで私のことを気にしてくれていることに嬉しさを覚えた。
しかし、その後私の部屋に上がったあおいちゃんの行動は、なんだかおかしかった。
肩を寄り添わせてきたり、妙に熱っぽい視線で私を見つめたり、意味ありげな言葉を口にしてみたり。
あおいちゃんに失恋をして、親友として生きていくことを決めたというのに、私の心臓は何を期待したのかどくどくとうるさくなっていた。
それでも、なんとか踏ん張ろうと視線を逸らしてみたけれど、あおいちゃんがそれを許そうとしなかった。
ついには意味ありげな言葉と共に私に迫って、目を閉じて私からのキスを待っているみたいだった。
そんなはずはないと分かっている。だって、ショッピングモールでも勘違いをして恥ずかしい思いをしているから。
それだというのに、綺麗なあおいちゃんの顔に引かれていった私は、自分を制そうとして言葉を漏らした。
『……だ、だめっ』
仮にキスなんかしたら、あおいちゃんの隣にいられなくなる。
そう強く思って自分を抑え込んでいると、あおいちゃんが慌てたように立ち上がって、私の部屋を出ていってしまった。
扉を閉めたときに見えた頬を伝った一筋の涙を見て、私は居ても立っても居られなくなり、あおいちゃんのことを追いかけることにしたのだった。
「やっぱり、もう家に帰っちゃったのかな?」
私はそう考えて、前に聞いたあおいちゃんの家の方角に向けて歩き出した。
そのとき、通り過ぎようとした公園のブランコにびっしょりと濡れた制服を着ている女の子がいた。
慌てて振り向くと、そこにいたのはあおいちゃんだった。
「あおいちゃん」
俯いて肩を小さく震わせているあおいちゃんを見つけた私は、急いであおいちゃんのもとに駆け付けた。
私が傘の中にあおいちゃんを入れると、あおいちゃんは少ししてから顔を上げた。
「ゆり、ちゃん」
「あ、あおいちゃん。風邪ひくよ」
顔を上げたあおいちゃんの顔を見て、私は目を見開いた。
いつも明るい笑顔を絶やさないあおいちゃんが、泣いていた。
塞き止められなくなった涙を流して、漏れ出そうになる声を抑えるようにながら。
「だ、だいじょうぶ?」
「うっ、ぐすっ、ごめんね。ゆりちゃん、ごめんねっ」
あおいちゃんはなぜか泣きながら私に謝り続けた。
あおいちゃんに何が起きたのか、なぜ謝り続けているのか分からない。
私はあおいちゃんに貸そうとしていた傘を隣のブランコに立て掛けて、空いた手であおいちゃんの背中を擦った。
すると、あおいちゃんは小さく声を漏らしてから、ブランコの鎖を握っている手にきゅっと力を入れる。
それから、あおいちゃんは俯きながら口を開いた。
「わたし、ゆりちゃんのことっ、好きになっちゃったみたいなの」
「……え?」
私は一瞬、あおいちゃんが何を言っているの分からなかった。
私がしばらく何も言えずにいると、あおいちゃんは涙を拭って続ける。
「分かってる、ゆりちゃんが私のことを意識してるって、そう言う意味じゃないんだって、分かってるんだけどっ、ぐすっ、本当にごめんね。好きになっちゃった」
あおいちゃんは明るい口調で話そうとしているが、言葉が上擦ってしまっていた。
感情がぐちゃぐちゃになっているのに、いつも通りに振舞おうとしているみたいだった。
「気持ち悪いよね、ごめんっ、諦めるからっ、ちゃんと諦めるからっ」
あおいちゃんはブランコから立ち上がると、両手で涙を拭って私から離れようとした。
……初めて、私があおいちゃんに自分の気持ちを伝えたときと似ている。
「ま、まって!」
そう考えたとき、自然と私はあおいちゃんの手首を掴んでいた。
私が手首を掴むと、あおいちゃんが反射的に振り向いた。
私は泣きはらしたようなあおいちゃんの顔を見て、胸が締め付けられた。
私は、全然変われていなかった。
あおいちゃんの親友になりたいと思って、色んな人とも関わっていこうと思って、勝手に自分が変わった気でいた。
でも、本当は大好きな人に本当の気持ちも伝えられない、ただの臆病者のままだった。
親友になりたかったんじゃない。それ以上の関係が無理だと思ったから、せめて関係を壊さないように親友を目指そうとしたんだ。
そんなの、あまりにも臆病で卑怯すぎる。
その選択のせいで、私はあおいちゃんを傷つけて泣かせてしまった。
自分の性格が情けなくて、本当に嫌になって、あおいちゃんの手首を握る力が少し強くなった。
大事な人を傷つけて、自分の気持ちを無視して、いつまでも踏ん切りが付けられない。そんな臆病者のままじゃ、あおいちゃんの側になんていられない。
親友としての立場なんかいらない。私が本当に欲しかったのはそんな純情な友人関係なんかじゃない。
変わらなければならない。今ここで全部変えなければならない。
私の弱気な性格も、これからのあおいちゃんとの関係も。
「き、気持ち悪いなんて思ってないから!」
「え?」
私は自分でもびっくりするくらいの声量が出て、少し驚く。
それでも、抑えていた感情が一気になだれ込むみたいに言葉が止まらなくなった。
「気持ち悪いなんて思ってないから、わ、私だってあおいちゃんのこと好きだから! なんなら、私の方が先にあおいちゃんのこと好きになったんだから!!」
私が肩で息をしながらそう言うと、あおいちゃんは一瞬ぽかんとした。それから、思い出したように私から視線を逸らす。
「わ、私が言ってる好きとは違うと思う。私の好きは恋愛感情的なモノで、付き合いたいとかそっちの方で」
「私の好きもそっちの好き! 付き合いたいとか思いっきりそっち側の好き!」
私は勢いに任せるようにそう言って、あおいちゃんの手首を引いて引き寄せる。
すると、あおいちゃんは軽くよろめいて、私のもとに一歩二歩と近づいた。
それから、あおいちゃんは困惑した表情で私を見つめる。
「え、え? でも、初めに私を意識してるって言ったとき、付き合いたいとは思っていないって……」
「恐れ多いって言っただけ! それに、あの時は分からなかったけど、本気であおいちゃんに恋してた! それで、諦めようと思って勝手に失恋して、親友を目指すってことにすればあおいちゃんの隣にいれるって思って、それでっ、それでもっ……今でも諦められないくらい、あおいちゃんのことが好き」
今まで溜め込んだものが全部で切ったのか、ようやく私の口から出ていた言葉が止まった。
勢い任せとしか言えない、ムードもクソもない告白。
それでも、あおいちゃんへの気持ちを諦めたときとは比べ物にならないくらいにスッキリしていた。
まだあおいちゃんからの返事は聞けていないけど、あおいちゃんの真っ赤な顔と耳を見れば、なんとなく気持ちを察することができた。
それから、あおいちゃんは熱っぽい視線を私に向ける。
「しょ、証明して」
「証明?」
あおいちゃんはそう言うと、部屋の中でした時と同じようにそっと目を閉じた。
「っ」
あおいちゃんが何を要求しているのか分からないほど、私は鈍感ではなかった。
そして、あおいちゃんに迫られて断る理由が、今の私にはなかった。
私は持っていた傘を置いてから、あおいちゃんの肩に手を置いた。
それから、私は飛び出るんじゃないかっていうほど大きな心臓の音を聞きながら、ゆっくりとあおいちゃんとの距離を詰めて、唇に優しく触れた。
その日、私は人生で初めてのキスをした。
ファーストキスは雨の味がした。