個性名:円堂守(イナズマイレブン)   作:まだら模様

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好評だと良いなあ…


第一話「黄金の手に魅せられた日」

 

 

 個性社会と呼ばれる今の世界で、人々が超常能力を「個性」と呼ぶようになって数百年が経つ。

 

 現在、人口の約八割が何らかの個性を持つとされている。炎を生み出す者、身体を鋼鉄に変える者、重力を操る者。世界は個性を持つ人間で溢れ、その力でヴィランと戦うヒーローという職業が確立されていた。

 

 そんな時代に、守門大地は生まれた。

 

   

 

 守門大地が五歳のある午後のことだ。

 

 リビングのソファに寝転がって暇を持て余していた大地は、タブレットを手に取り動画サイトをぼんやりと眺めていた。特に見たいものがあるわけでもない。ただの時間つぶしだ。

 

 おすすめ欄を流していた指が、一つのサムネイルの前で止まった。

 

 泥だらけのユニフォームを着た少年が、右手を天に突き上げている。頭に巻いたオレンジのバンダナがはためいていた。サムネイルの文字にはこう書かれていた。

 

『【神回まとめ】数百年前のレトロアニメ「イナズマイレブン」全必殺技集!円堂守最強キャッチ集』

 

 イナズマイレブン。聞いたことのない名前だった。再生数は多い。コメント欄には「懐かしすぎる」「子供の頃ハマってた」という言葉が並んでいる。

 

 大地は何となく、再生ボタンを押した。

 

 画面が切り替わる。古い映像だ。色が今のアニメより少し薄い。音楽が流れる。

 

 そしてその少年が映った。

 

 泥だらけで、汗だくで、息を切らしている。でもその目だけは、まっすぐ前を見ていた。ゴールを守るように立っている。相手チームが強烈なシュートを放つ。誰もが諦めたような、そんなシュートだ。

 

 その瞬間——少年が叫んだ。

 

「ゴッドハンドォォォ!!!!」

 

 右手に光が集まった。巨大な黄金の手が出現し、猛烈なシュートをたった一人で受け止めた。轟音。衝撃。それでも少年は笑っていた。仲間が喜ぶ。スタジアムが沸く。

 

 五歳の大地は、タブレットを両手で持ったまま、固まった。

 

 心臓が、ドクン、と鳴った。

 

「……かっこいい」

 

 その一言だけ。それだけで十分だった。

 

 その夜、大地は同じ動画を何度も見返した。「ゴッドハンド」という技の名前を繰り返し口に出した。黄金の手が出現するたびに、胸の中で何かが燃えた。

 

 翌朝、母親に聞いた。

 

「ねえ、イナズマイレブンって知ってる?」

 

 台所で朝食の準備をしていた母・守門菜々子は、振り返って首をかしげた。

 

「イナズマイレブン? ああ、数百年前のアニメでしょ。お母さんは知らないけど、おじいちゃんが子供の頃に流行ってたって聞いたことある気がするわ」

 

「数百年前!?」

 

「そう。すごく昔のやつよ。なんで急に?」

 

「動画で見た。すっごくかっこいい技があって」

 

 菜々子は笑った。「大地は好きそうね、そういうの」

 

 大地はそれきり黙って、頭の中でもう一度あの叫び声を再生した。

 

 ゴッドハンドォォォ——。

 

   

 

 個性は、四歳から五歳の間に発現することが多い。

 

 大地の個性はなかなか出なかった。四歳になっても、何も起きなかった。周りの子が次々と個性を見せる中、大地だけが何も変わらないまま五歳の誕生日を迎えた。

 

 菜々子の顔が少し曇った。父・守門剛も、無言で頭を撫でてくれた。

 

 そして五歳の春、大地は近所の公園で友達と遊んでいた。ボール遊びをしていた時、転んで泣き出した年下の子どもに向かって思い切り蹴られたボールが飛んできた。

 

 咄嗟に、右手を前に突き出した。

 

 ボールは止まらなかった。手をはじいて大地の顔に当たり、大地はひっくり返った。

 

 でも——その瞬間、右手のひらが、ほんの一瞬だけ、金色にかすかに光った。

 

 起き上がった大地は、鼻をさすりながら右手をじっと見つめた。

 

「……あれ」

 

 光は消えていた。でも確かに見えた。あの動画の中の、あの色だった。

 

   

 

 翌日、菜々子に連れられて病院へ行った。個性の専門医がいるクリニックだ。

 

 医師は白髪交じりの穏やかな男性で、大地の手を取り、いくつかの検査をした後、難しい顔でカルテを眺めた。

 

「……これは、変わった個性ですね」

 

「変わってる?」と菜々子が前のめりになる。

 

「ええ。通常の個性は身体的な能力を直接発現するものですが……この子の個性因子は、少し特殊な変質を起こしています」

 

 医師はゆっくりと説明した。

 

「映像や記録の中に存在する『身体動作のパターン』を個性因子が読み取り、術式として肉体に刷り込む体質です。簡単に言えば——見た技を、身体で再現できる体質に変換される」

 

「じゃあ、何でも使えるんですか?」と大地が口を挟む。

 

 医師は首を横に振った。

 

「使えるかどうかは本人次第です。あくまで『刷り込まれる』だけで、実際に発動するには相応の特訓が必要になります。見ただけでは絶対に使えません。……それと、個性名についてですが」

 

 医師はカルテに何かを書き込み、それを菜々子に向けた。

 

 そこにはこう記されていた。

 

 個性名——『円堂守(イナズマイレブン)』。

 

「個性因子が特定のパターンに反応していまして。その反応源が、どうやら数百年前のフィクション作品『イナズマイレブン』、その主人公・円堂守の動作データのようです。医学的に正確に記録するとなると……こうなります」

 

 菜々子が目を丸くした。「フィクションの……アニメのキャラクターの個性が……?」

 

「個性因子というのは時として、想定外の変質を起こします。この子の場合は、幼少期に強い感銘を受けた映像の動作パターンに因子が固定されたものと思われます。非常に稀なケースですが、前例がないわけではありません」

 

 大地は診断書に書かれた文字を、もう一度読んだ。

 

 円堂守(イナズマイレブン)。

 

 あのバンダナの少年の名前が、自分の個性の名前になっていた。

 

「——かっこいい」

 

 呟いた大地に、医師が少し目を細めた。

 

「特訓すれば、使えるようになりますよ。ただし……相当な努力が必要です」

 

 大地はまっすぐ医師を見た。

 

「します」

 

 即答だった。

 

   

 

 その日から、大地の特訓が始まった。

 

 まず動画を徹底的に研究した。イナズマイレブンのアーカイブ映像を何十時間も見た。ゴッドハンドの動作。右手の構え。気を溜める感覚。円堂守がインタビューで語っていた——フィクションの中の言葉だとわかっていても、大地はその言葉を何度も口に出した。

 

「じいちゃんのノートに書いてあったんだ。右手に気を溜めて、それを形にするって」

 

 右手に気を溜める。形にする。

 

 大地は毎日、近所の公園のブロック塀の前に立って、右手を突き上げた。

 

「ゴッドハンド!」

 

 何も起きない。

 

「ゴッドハンド!!」

 

 何も起きない。

 

 一ヶ月経っても、二ヶ月経っても、右手は光らなかった。

 

 小学校に上がっても続けた。クラスメイトは次々と個性を使いこなすようになっていた。爆発を起こす子、物を浮かせる子、壁を走る子。授業で個性を披露する場面になると、大地はいつも困った顔をした。

 

「守門くんの個性って何?」

 

「円堂守(イナズマイレブン)。……数百年前のアニメのキャラの技が使えるらしい」

 

「え、使えるの?」

 

「……まだ」

 

 笑われた。「意味なくない?」「アニメの技とか出るわけないじゃん」

 

 大地は黙っていた。

 

 帰り道、一人でブロック塀の前に立ち、右手を突き上げた。

 

「ゴッドハンド!!!」

 

 何も起きなかった。

 

 でも——やめなかった。

 

   

 

 小学三年生の冬のことだった。

 

 いつものように特訓をしていた大地は、ふと足を止めた。動画をまた見返す。ゴッドハンドの場面だけを、コマ送りで繰り返し見る。

 

 円堂守は、どんな状況でゴッドハンドを完成させたか。

 

 圧倒的に強い相手に押されながら、後がない状況で、チームメイトへの想いが爆発した瞬間だった。練習で完成させたわけではない。本番の試合の中で、土壇場で——初めて使えた。

 

「……そういうことか」

 

 大地は呟いた。

 

 円堂守は技の形を覚えたから使えたんじゃない。守らなければいけない理由ができた瞬間に、技が完成した。

 

 じゃあ俺は——まだその場がないだけだ。

 

 特訓の方向が変わった。右手を突き上げる練習に加えて、右手に意識を集中させる練習を始めた。目を閉じて、心臓の鼓動を感じる。その熱が腕を伝って手のひらに流れてくる感覚を、毎朝探した。

 

 一ヶ月後、手のひらがじんわり温かくなる瞬間があることに気づいた。

 

 二ヶ月後、その温かさに向かって右手を突き上げると、指先が金色にかすかに光った。

 

 小学四年生の春のことだった。

 

「あ……」

 

 光はすぐ消えた。でも確かに見えた。心臓が跳ねた。走って家に帰り、父親に言った。

 

「お父さん、光った!」

 

 剛はビールを片手にテレビを見ていたが、大地の顔を見て、缶を置いた。

 

「……本当か」

 

「うん! ちょっとだけだけど、絶対光った!」

 

 剛はしばらく黙って、大地の右手を見た。それから、静かに言った。

 

「まだ続けるのか」

 

「当たり前だろ。まだ全然だもん」

 

 剛は少し笑った。「そうか」

 

 それだけだった。でも大地には、それで十分だった。

 

   

 

 小学六年生になった大地は、右手を光らせることが安定してできるようになっていた。

 

 ただ、光るだけだ。手の形にはならない。気は集まってくる。でも「形にする」最後の一歩が、どうしても踏み出せなかった。

 

「足りない……何かが」

 

 その日も動画を見返していた大地は、ある場面で手を止めた。

 

 円堂守が、ゴッドハンドを初めて使った試合の前夜。彼は一人でグラウンドに残って、繰り返し右手を突き上げていた。何度やっても技は出なかった。それでも彼は続けた。

 

 翌日の試合。後半、チームが追い詰められ、仲間が倒れていく中で——円堂守は「諦めない」と叫んだ。

 

 その瞬間、技が出た。

 

 大地はタブレットを閉じて、天井を見上げた。

 

「……俺には、本番がまだない」

 

 諦めない理由が、まだ本物じゃない。守るべき相手が、まだ目の前にいない。

 

 だから技が完成しないんだ。

 

 中学に上がった大地は、進路希望を考える時間の中で、一つの答えを出した。

 

 雄英高校ヒーロー科。

 

 担任の森田先生は、顔をしかめた。四十代の平凡な外見の、個性は「声量強化」という地味な男だ。

 

「守門、正気か。お前の個性は……まだゴッドハンドも完成してないんだろ」

 

「はい」

 

「雄英のヒーロー科は偏差値七十九、倍率三百倍だぞ。個性の完成度も問われる」

 

「だから行くんです」

 

 森田先生は眉をひそめた。「どういう意味だ」

 

「完成させる場所が必要なんです」と大地は静かに言った。「練習で完成させられる技じゃないから。本物の本番が必要なんです。俺の個性に合う一番の本番が——入試しかないと思って」

 

 森田先生は長い沈黙の後、ため息をついた。

 

「……変な理屈だな」

 

「そうですか」

 

「だが、まあ……止めはしない。受けたいなら受けろ」

 

 その夜、大地は自室の机の前に座り、右手を見つめた。

 

 入試まで残り半年。特訓の密度をさらに上げた。毎朝五時起き。右手への気の集中。技のイメージトレーニング。

 

 夕方、公園のブロック塀の前に立ち、右手を突き上げる。

 

「ゴッドハンド!」

 

 金色の光が、右手のひらに集まった。形になりかけて、消えた。

 

 まだだ。でも——近い。確かに近い。

 

 スマートフォンのスクリーンセーバーには、あのサムネイルの画像を設定していた。泥だらけのユニフォーム。はためくバンダナ。天に突き上げられた右手。

 

 大地はそれを見て、静かに言った。

 

「——待ってろ。絶対やる」

 

 答えるように、遠くで風が吹いた。

 

  

 

 雄英高校入試まで、あと一週間。

 

 守門大地、十四歳。

 

 この手に、まだ完成していない技がある。でも——必ず完成させる場所がある。

 

 俺は、この手で人を守るヒーローになる。

 

 

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