――想像を精錬する。
想いを明確に。映る像は正確に。体から意識を離し、ただただ己の内側に思考を向ける。暗い、どこまでも暗い思考の海の中。何もないその場所に、一つの形を思い浮かべる。
――曖昧なそれを突き詰める。
長剣。短剣。双剣。大剣。細剣。様々に変化するその形に、くっきりとしたイメージを与える。やがて変化は緩やかになり、ついにはただ一つの形を維持する。
――現実を切り離す。
ただの形であったそれを、さらに強く意識する。張りぼての形だったそれに、丁寧に中身を詰め込んでゆく。やがてその形は、強い光を放ち始める。
――問い掛けにより、イメージを確立する。
それは何か。剣だ、どう見ても。それはどういうものか。武器だ。守るための、敵を倒すための。敵とは何か。天使、堕天使、悪魔。もしくは人間。とにかく、目の前に立ちふさがるもの。その剣は――
「――」
ノイズが聞こえる。無視する。その剣でどうするのか。斬る。当たり前だ。その剣はどんな能力を持つのか。この剣は――
「――ヤ」
ノイズが酷い。無視する。この剣で
「――イヤ」
この剣、を
「――ザイヤ」
この、剣、の、名、は――
「イ、ザ、イ、ヤ」
「――ッ!」
木場祐斗は瞑想をやめ、飛び起きた。肩を上下させ荒い呼吸を繰り返し、額をぬぐう。いつの間にか、服と全身が汗でびしょ濡れになっていた。
彼は、自分の部屋にいた。部屋の中で、ただ一人で。木場の呼吸と、外で風が吹く音、そして備え付けの時計の秒針が進む音が、その空間を満たす。
先ほどまで、彼は自己流の修業を自分に課していた。自己流、というのはそれが他者に真似することのできない、彼の
普通なら――つまり、彼が行った修業は普通ではなかった。
「まだ……僕は……」
木場はしばらく、呼吸する以外は動こうとしなかった。放っておけばいつまでも蹲っていそうだ。それほどまでに、木場は尋常ではなく疲れていた。しかし唐突に、木場は顔を上げ時計を見た。
「……時間……」
ぼそりとつぶやく。その日はオカルト研究部の会議があった。それもいつもの部室ではなく、同じオカルト研究部の部員の兵藤一誠の家に集合がかかった。
一誠の家へ向かうべく、木場はのろのろと立ち上がる。しかし。
(……部長に、遅れるって伝えとこう……)
木場は自身の体を眺めて言った。今の状態では、集会に行くことはできない。
かいた汗を流すために、気分を切り替えるために木場はバスルームへと歩いて行った。
兵藤一誠は母親のお節介に辟易していた。なぜなら現在、彼の公開処刑に等しい出来事が行われていたからだ。処刑の名前はアルバム晒し。幾つかあった彼のアルバムが、オカルト研究部の部員内で回し読みされている。
常日頃から、一誠の母親は家に来た女性に彼のアルバムを見せたいと嘯いていたが、一誠はそれを妄言だとして真剣に取り合わなかった。第一、彼の家に来るような女性など誰もいないだろう、と。
一誠は性欲が異常なほどに強い。エロへの執着心が、人並み外れて大きいのだ。それこそ、己の夢としてハーレム王を掲げるほどには、彼は女性(の体)が大好きだった。
そんな彼だから、彼だからこそ、一般的な、常識ある女性は彼を敬遠した。男性に性欲を持つなとは言わない。彼女らにだって性欲はあるのだ、性欲を持つことが必ずしも悪であるとは言わない。しかし一誠を含む駒王学園の三人組。彼らはいただけない。なんというか、彼らには慎みがないのだ。どこまで行っても開けっぴろげで、性欲を隠そうともしない。よって、一誠に自ら近づこうとする女性は今まで皆無だった。
一誠ももちろん、自分が女子生徒や女教師、果ては小学生に避けられているという自覚はあった。よって彼は、ハーレム王の夢を掲げながらも、その道の険しさに目をくらませていたのだ。
――ハーレム王への道は長く険しい――
複数の、彼の性欲を受け入れ、彼を好いていてくれる女性たち。そんな女の子を夢想しながらも、きっとそんな子と出会えるのははるか先だと考えていた。
つい、先日までは。
誰が想像できるだろう。高校二年生という青春真っ只中にして堕天使に刺殺されるなど。誰が予想できただろう、その後悪魔に転生するなどという奇妙奇っ怪極まりない体験をするなどと。
兵藤一誠は一度死に、悪魔に転生した。
字面だけで思考が停止しそうなほどの超展開。しかし、一誠はその先に、夢にまで見た出会いを果たすことになる。
リアス・グレモリー。姫島朱乃。塔城子猫。アーシア・アルジェント。見目麗しい、学園でもトップクラスの美女美少女。しかもリアスとアーシアは傍目にはっきり分かるほど、一誠に好意を向けている。
10台にして、一誠はハーレム王への足掛かりを掴んだのだ。
嬉しくないハズがない。しかし同時に、彼は予想していなかったハーレムの弊害に出くわすこととなった。
一つが女性同士の嫉妬。兵藤家に住むようになってから、リアスとアーシアは一誠の取り合いを毎朝毎夜続けている。女の子と中々仲良くなれなかった一誠は、女の子の気持ちを汲むのも下手だった。女の子が一誠に振り向いてくれることと、女の子がハーレムを許容することはまた別の問題だったのだ。
そしてもう一つの問題が、家族の横やり。今回のアルバムのように、特に母親が茶々を入れたがる。一誠と仲の良い女性が出来た嬉しさで行っているのだろうが、それらの行動はどれも空回りしていた。
一誠は性欲に関しては開けっぴろげだが、羞恥という感情ももちろん持っている。女の子にはかっこいいところを見せたいのに、好きな女の子に恥ずかしい過去の写真を見られるなど、顔から火が出るほどだ。
「もう!いい加減にしてくださいよ部長、それとみんな!」
先ほどから一誠は声をかけているが、皆にやにやとからかいの笑みを浮かべるばかり。リアスなどは下僕の過去を知るのは主の務めだなどといって、アルバムとにらめっこしている。何か琴線に触れたのか、その横顔は耳まで真っ赤だ。
「うふふ……いいではありませんか、写真くらい。この写真なんて、ワンパクで元気が良くて……」
そう言って、狭い廊下で、フルちんで両の壁に張り付いている一誠の写真を見せる朱乃。
「変な顔です……」
子猫は記念撮影で、チーズではなくバターといった感じで口を開ける一誠の写真の写真を見せる。
「……」
アーシアはリアス同様、アルバムに没頭している。
「ぬおおおお!!」
一人では処理しきれなくなり、一誠は奇声を発した。
「はっはっは。いいじゃないかアルバムくらい」
「木場! 他人事だからって!」
一誠は木場からアルバムを取り上げようとするが、最小限の動きで一誠の手は躱されてしまう。
「くっそう……!」
「はっはっは」
わざとらしく笑われ、一誠は憤慨する。このままでは終われないと、立ち上がってでもアルバムを奪おうとする。
しかし、アルバムを見る木場の様子を見て、一誠は行動を中断した。木場の表情が、楽しそうというより――どこかうらやましそうだったからだ。
「……」
一誠にとって、木場祐斗はいけ好かない奴だった。どうせ心の中には自分と同じ
もちろんそんな理由は建前で、ただ単に女子に人気があるのが許せなかっただけなのだが。
そんな彼だが、共に死線を潜り抜け、共闘してきたことにより、少なくとも一誠は男の友情のようなものが芽生えていることを自覚してきた。
一誠は確かに女狂いだが、同じ男をないがしろにするような男ではなかった。
そして、友情を感じたからこそ分かってきたことがある。木場は、どこか無理をしている、と。
一誠は遅れて彼の家へ来た木場の様子を思い出す。取り繕ってはいたが、その時の彼は憔悴した様子だった。
木場祐斗は何日かに一度、このような状態になる。焦燥を仮面で隠すように、自分で自分に嘘をつくように。なぜ彼がそうなるのか、一誠には分からなかったが、友人が無理をしてまで隠しているものを、わざわざ掘り起こすこともないだろうと気にしないことにした。
(……いいさ、俺のアルバムを見るくらいで気がまぎれるなら)
自分の恥をさらすことに抵抗がないわけではないが、男に取り繕ってもあんまり益がない。そんなことより、友人が悩んでいるなら何か手助けしたいと思うのが人の性。一誠は立ち上がりかけた腰を下ろした。
そうしてほんの少し時が経ち。
ふと、木場はアルバムのページを捲っていた手を止めた。驚愕に目を見開き、とある写真の一点を見つめている。
「木場? その写真がどうかし――」
どうかしたのか。一誠はそう聞こうとしたが。
木場は勢いよくアルバムを閉じてしまった。
「うん? なんだい一誠君?」
微笑みながら、しかしその実全く笑っていない目で木場は一誠を見た。
「いや、さっきの写真がどうかしたのかと思って」
「何でもない」
問いかけるも、木場は答えようとしなかった。
アルバムを閉じた音で、皆は木場に注目している。どうかしたのか、という困惑の目の中、木場はふらりと立ち上がった。
「すみません部長、みんな。ちょっと……調子が悪いので、今日は帰ります」
「それは構わないけれど……だいじょうぶなの、祐斗?」
「ええ。それじゃあ、また」
そう言って、祐斗はその場から立ち去った。
「イッセー。祐斗はどうしたの?」
「……分りません。なんか、写真を見て驚いてたようですが……」
リアスの問い掛けに、一誠は首をひねりながら答えた。アルバムの写真。その中の一枚を見て、木場は様子がおかしくなった。
「写真? どれかしら」
「えっと……これです」
一誠は木場の持っていたアルバムをめくり、一枚の写真を指し示す。
一見して、ごく普通の写真だ。幼少の頃の一誠、一誠の友達、そして友達の父親が写っている。極々普通の写真――しかしある一点、おかしなものが写りこんでいた。
「……これ」
「ああ、たぶんそれ模造品だと思います。その子の父親がよっぽどの剣マニアだったのか……」
剣。友達の父親らしき人物が持っていたのは、古ぼけた西洋剣だ。
「……まさか。いや、でも……」
リアスは深刻な様子で何事かを呟いた。
「部長?」
「……ねぇ、イッセー。この男の……ううん、この子の信仰する宗教ってわかるかしら」
突然、リアスは意味不明な質問を一誠に投げかけた。
「宗教ですか? さあ、覚えてないですけど……あ、でも」
一誠は記憶をたどるように、眉間にしわを寄せた。
「確か、遊びに行くときは大体教会だったような……」
「……そう」
あたってほしくない予想が外れ、リアスは肩を落とした。古ぼけた剣を指差し、
「これ、おそらく聖剣よ」
そう、言った。
聖剣エクスカリバー。適正者養成。適正因子不足。失敗。処分――
「そん、な……」
アーシアは顔を青ざめさせた。。彼女と同じく神を信奉しているはずの神父が行った非道に絶句した。
「運よく祐斗だけは救えたけど、他の子たちは……ね」
リアスは痛ましげに顔を歪める。悪魔よりも悪魔らしいその所業。いかな魔王の妹とて、その非道は目に余るものがあった。
「……それじゃあ、木場先輩は……」
子猫が、おずおずとリアスに尋ねる。リアスは、彼女にうなずいて見せた。
「トラウマ、でしょうね。かつての仲間が、一晩で皆死んでしまったのだから。おそらく、聖剣を見るということだけでも、精神的にきついんでしょう」
リアスは木場祐斗を出会った当初を思い出す。毒ガスの撒かれた研究所から、決死の想いで逃げてきた瀕死の少年。散っていった仲間に、慟哭する少年。
『なぜ、僕は生きているんでしょう……?』
生きるために逃げたのに、仲間を助けられなかった罪悪感から生きる意味を失ってしまった少年のことを。
「俺たちに、何かできないんですか……?」
一誠が尋ねるが、リアスは首を横に振る。
「これは祐斗が乗り越えるべき壁よ。どれだけ時間がかかろうと、彼が自分の力で乗り越えるべき、彼自身の問題。私たちにできることなんて……精々、いつも通り彼と接することくらいね」
「……それだけなんでしょうか」
朱乃が問うも。
「それだけ、よ。本当に」
強く、リアスは言う。それだけしか方法はないのだと、自ら言い聞かせるかのように。
会議は散り散りに解散した。