木場君は重度のオタクです   作:トンテキーフ

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彼にも譲れないものはあるようです

「はあ、はあ、はあ、……」

 

 息は荒く、納まりを見せない。口の中が酸っぱい。吐くものなど残っていないのに、えずきは止まる様子を見せない。

 

 部屋の中が歪んで見える。時折、視界の端に影が差す。

 

 幻聴が聞こえる。それは、恨みの声。死を嘆き生者をうらやむ、仲間の声。彼らが、僕の名を呼んでくる。

 

 イザイヤ。イザイヤ。イザイヤ……

 

 どうしてあなたは、生きているの。

 

「……ゔぐっ」

 

 こみ上げてくるものを無理やり喉の奥へと押し込む。拳を握る力が強すぎて、血が滲んでくる。

 幻聴、幻聴だ。僕の想像力が作り上げた幻に過ぎない。

 

 だけど。

 

 皆の悲痛に歪んだ顔が。地獄の窯で焼かれるような叫び声が。必死に出口へ向けて手を伸ばす彼ら彼女らの姿が。

 

 どうしても、脳裏から離れない――

 

「……何か」

 

 必要だった。本? テレビ? ゲーム? 運動? 何でもいい。どんなものでも構わない。

 

 

 この痛みをを紛らわす、何かが必要だった。

 

 

 

――結局のところ、それは安易な現実逃避だった。僕は絶望していたのだ。生きるために逃げ走ったのに、生きることに苦しめられている。そんな苦しみから逃れようと、無意味に近いあがきをしていた。

 

 しかし。そんなあがきは、僕に奇跡的な邂逅をもたらした。。向こうはそうは思わないだろうけど……僕はこれを、救いだと思った。

 

 

 

 悪魔に転生して数か月。トラウマはいまだ癒えず。だけど、生きようという気力はわいてきた。

 

 

 

 

 

 一誠は部室の張りつめた空気に冷や汗を流していた。つい先日行われた球技大会、木場が異常に没頭していたこと以外は、非常によろしい結果に終わった。オカルト研究部と同じく悪魔と眷属で構成されているという生徒会を押さえての優勝。なまじ匙とかいう兵士(ポーン)の悪魔と全くそりが合わなかっただけに、この勝利は一誠に多大なそう快感をもたらした。しばらくは余韻に浸ってリアスやアーシアとイチャイチャしていたかったのだが。

 

 一誠の家を訪ねてきた二人は、そんな余韻を吹き飛ばした。

 

 紫藤イリナ、及びゼノヴィア。彼女らに満ちる聖気から、教会関係者であることは明白だった。しかもイリナに至っては、幼少のころの幼馴染だったという。そんな二人が悪魔たる一誠の家にいる。――それが自身だけでなく、アーシアや両親の危機であることを感じ取り、一誠は肝を冷やした。結局彼らが害されることなく二人が家を去ったときは安堵で腰が抜けそうになっていたほどだ。

 

 現在、そんな二人が部室にいた。

 何でも魔王の妹たるリアスに話があるとのことだったが、普段入り浸っている部室に聖の気配があるというのは精神衛生上よろしくなかった。一刻も早く、ここから去っていってほしい。そう、一誠は考えていた。

 しかし二人が持ち込んだ()は、そんな思考も吹き飛んでしまうほどのものだった。

 

 聖剣エクスカリバーの盗難。三本の聖剣を奪ったものが、リアスが治めるこの地に潜伏しているのだという。

 先日木場の過去を聞いたばかりでの、このタイムリーさ。更に、彼らは盗人に対抗するために二本の聖剣を持ち込んでいるのだという。

 証明のため、二人が聖剣に巻かれていた布を解いたとき。

 部屋の空気が、がらりと変わる。力の弱い悪魔なら触れただけで消滅しそうなほどの神聖な気配。一誠はこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。ただ見ているだけでそれほどの恐怖に襲われたのだ。実際に斬られたとしたらと、想像するだにうすら寒い。

 そこでふと一誠は気が付いた。聖剣から目を離し、木場を見る。

 

……見たことがないほど、木場の顔は青ざめていた。聖剣に対するトラウマが、実物を見たことで再発してしまったようだった。

 

リアスも木場の様子を心配しつつ、聖職者たちとの交渉を続ける。

 

「……あなたたちの事情は分かったわ。聖剣を奪った連中も……まあ、予測がつくわね」

 

「ほう?」

 

 ゼノヴィアは興味深そうにリアスを見た。

 

「先日祐斗から、聖剣を携えたフリード・セルゼンに襲撃されたという報告を受け取っているわ。聖剣を奪ったのは堕天使たちでしょう」

 

「なっ!」

 

 フリード・セルゼン。忌々しい宿敵の名が出たことに一誠は声を上げて驚いた。

 

「木場! あのクソ神父に襲われたって……大丈夫だったのか?」

「……ああ、向こうも本気じゃなかったみたいだったからね……子供がするみたいに、聖剣を自慢されたよ」

 

 若干震え気味だが、木場は一誠の問いに答えることができた。

 

「ふむ、すでにそちらに実害が出ていたのか」

 

「そういうこと。悪いけど、私たちもこの件を放っておく気はないわ。下僕の落とし前は、きっちりとつけて見せる」

 

 笑顔の奥に、底なしの憤怒を押し込めてリアスは言った。

 グレモリー一族は特別情愛が深い一族である。これは悪魔の間でも特に有名だ。身内に非常に甘く、敵には背筋が凍るほどの非情である。大切な下僕が襲われたのなら、必ず報復するべきだ、というのがリアスの考えだった。

 

「……どうする? ゼノヴィア」

 

 イリナがゼノヴィアに問いかける。

 

「構わんだろう。私たちは聖剣を回収、もしくは破壊することが目的だ。彼らが報復のために行動するというのなら、、むしろ手間が減って楽だろう」

 

「楽ってあなた、教会の密命を何だと思ってるのよ!」

 

 イリナは与えられた使命の手間を惜しもうとするゼノヴィアに憤りを見せるが。

 

「そもそも、たった二名にこんな重大な任務を与える上層部がおかしいだろう。戦力を現地調達できるなら、これに越したことはない。最終的に目的を達成できるなら、どんな手でも使えるものは使うべきだ」

 

 ゼノヴィアがどこ吹く風とばかりに切り返した。

 

「っ~~! 前々から思ってたけど、あなたの信仰は――!」

 

「あの、お二人さん?」

 

 激昂しかけたイリナに、一誠が恐る恐る声をかける。

 

「……なによ、一誠君」

 

 むすっとした声音で、イリナは一誠をにらみつけた。

 

「今、一応会談中だから……喧嘩は後にしてくれ」

 

「……」

 

 不機嫌を隠そうともせずに、イリナは黙りこくってしまった。

 

「さて……イリナにはこう言ったが、私たちも大っぴらに悪魔に協力を求めるのは外聞が悪い。だから、捜索に関しては別々に行動すべきだと思うのだが」

 

「どうでもいいわ。邪魔をしないのなら」

 

「助かる」

 

 そして、ゼノヴィアとリアスは細々とした決め事を為した。

 

「それでは、私たちはそろそろ退散させてもらおうか」

 

 ゼノヴィアはイリナとともに部室から出ようとする。ようやく聖気から解放されると、一誠は緊張を解きかけていた。

 

「待って、ゼノヴィア」

 

 しかし、イリナが足を止める。

 

 向けた視線の先にいるのは、アーシアだった。突然イリナに視線を向けられ、アーシアは動揺する。

 

「イッセー君の家で見た時にまさかと思ったけど……あなた、アーシア・アルジェントね」

 

「は、はいっ!」

 

上ずった声を上げるアーシアに、イリナは目を細めた。

 

「教会を追い出されて、どこで何をしているのかと思ったら……まさか、主を捨てて魔に堕ちて生きながらえているなんてね。どれだけ恥知らずなのよ」

 

「っ!」

 

 唐突な罵倒に、アーシアは目を見開く。

 

「す、捨ててなどいません!今も昔も、私の信仰は変わっていませんっ!」

 

「いや、悪魔が信仰心を持つとか、片腹痛いから。でも、そうね……」

 

 イリナは嫌らしい笑みを浮かべた。

 

「本当に信仰心を持ち続けているというのなら、今すぐ私に斬られなさい。聖職者の断罪なら、主も耳を貸すでしょう」

 

「待て、イリナ」

 

「ゼノヴィアは黙ってて」

 

 ゼノヴィアは慌てるが、イリナは冷たく彼女をあしらった。

 

「止めろ!アーシアに手を出すな!」

 

 イリナの言葉に茫然としていた一誠が声を荒げるアーシアをかばうが。

 

「どいてよ、イッセー君。これは救いなんだよ?堕ちてしまったかつての同胞、しかし彼女は今だ救いを求めている……なら、聖職者として彼女を救わなきゃならないでしょう」

 

 全く意味不明の理屈を立ててイリナは一誠に迫る。一誠は頭に血が上り、今にも掴みかからんばかりだった。

 

「いい加減にしてくれないかな」

 

 しかしその声と、二人の間に刺された剣により一誠は我に返った。

 

「君たちの事情なんて知ったことじゃないけど。アーシア・アルジェントは僕たちの仲間だ。仲間に手を出そうというなら――」

 

「木場、お前……」

 

 顔色は悪く、声の震えも収まってはいない。それでも、木場祐斗は前に出た。

 

「僕も、容赦はしない」

 

 部室は、剣の山で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 舞台は中庭に移された。紫藤イリナと木場祐斗が睨み合い、場の空気は冷え切っている。

 この戦闘、リアスやゼノヴィアは反対するかと一誠は思ったが、リアスは特に何も言わず、ゼノヴィアも協力者の実力を測るいい機会だと、特に異を唱えることもなかった。

 

「……木場、大丈夫か」

 

 ふと、一誠が木場に声をかけた。

 

「心配してくれるのかい? 」

 

 無理やり作った明るい声で、木場は言った。

 

「そりゃあするだろ。あんだけ調子悪そうだったんだから。今にも倒れそうだったぞ」

 

「アハハ……まあ、ありがとう」

 

「それで? 本当に戦えるのか」

 

 木場はゆっくりと首を横に振る。

 

「戦えるとか戦えないとか、重要じゃないよ。僕の体調なんて……それこそ二の次だ。仲間を殺されそうになって、怒らない人間なんていないだろ?」

 

「……俺たちは悪魔だぞ」

 

「同じことだよ。大事なのは、やるかやらないかだ」

 

 そして、木場は凛と張った言葉を発する。

 

「仲間を守るためなら……僕は、最後の最後まで戦い抜いて見せる」

 

 その言葉に込められた悲壮な決意を感じ取り、一誠は何も言えなくなってしまった。下手に木場の過去を知っているだけに、木場がどのような気持ちで言っているのかがありありと分ってしまうのだ。

 

――もう、二度と失いたくない――

 

 幼い木場祐斗の声が、聞こえた気がした。

 

「話は終わり?ビビりくん」

 

 エクスカリバーの布を解き、イリナが言った。

 

「ああ、いつでもいい」

 

 その言葉を合図に。

 

 戦闘は開始された。 

 

 

 

 エクスカリバーに限らず、聖剣は悪魔にとって致命的な武器だ。一撃でも当たればほぼ必殺なのだから、悪魔にしてみれば忌まわしい武器である。

 そんな聖剣の頂点の一本、その片割れを紫藤イリナが所持しているのだ。これで恐怖しない悪魔はそうそう居ない。

 

 

 もちろん、当たればの話だが。

 

「くぅっ!」

 

 苦悶一つ。時に短剣、時に斧、さらに硬糸などにエクスカリバーを変化させて戦うイリナ。そんな攻撃、全てが空を切る。

 

 木場は速度に秀でた騎士(ナイト)の悪魔だ。元々人間と悪魔とでは基礎の身体能力が違いすぎる。その上騎士(ナイト)ともなれば、その動きを追うのは歴戦の聖職者でも至難の業だ。

 

 さらに言えば、木場が現在手にしているのは二本の短剣だ。短く軽いその二本の剣は、木場の動きをなんら阻害することはない。

 

 速度に特化したその戦い方。それだけでも、十分なほど強力であるというのに。

 

 

「く、そぉぉ!」

 

 苦悶二つ。イリナは時に剣を盾にし、時に全力で体を反らして、木場の投擲する剣(・・・・・)から必死に逃げる。

 自身の獲物を投擲する。剣士にとって自殺に等しいその行為は、しかし木場にとっては何らペナルティとなることはない。彼は魔力の続く限り、無数に剣を作り出すことが出来るのだから。時に疾走し、時に斬り、時に投擲して離れた間合いを潰す。変幻自在のその戦闘方法は、存分にイリナを苦しめている。

 

「放った端から剣を作り出す……っ。まさか、魔剣創造(ソード・バース)……?」

 

 聖剣計画。教会でも忌まわしい事件として秘匿されている、狂神父が引き起こした悲劇。その生き残りが悪魔に魅入られたという話をゼノヴィアは思い出していた。

 彼が、魔剣創造(ソード・バース)という神器を有していた、ということも。

 

 

「喋っている余裕があるなら、手を動かしたらどうだい……? それとも、このまま君を斬ってもいいのかな」

 

 木場は両手に十あまりの短剣を出現させ、一息に投擲する。

 

「……! な、めるなああ!」

 

 ゼノヴィアは己が持つ聖剣の能力を発動させ、迫りくる刃の群れを大剣の一振りで薙ぎ払う。

 

「まだまだぁ!」

 

 そして勢いのまま木場に迫ろうとする。

 

「いや、もう終わりだ」

 

 木場のその言葉に、疑問の声を上げる前に。

 

 イリナは、激痛による悲鳴を上げた。

 

 彼女の周りに散乱していた短剣の山。そのうちの一本が、吸い込まれるようにイリナの肩へと突き刺さったのだ。

 

(魔剣創造(ソード・バース)……特殊な能力(・・・・・)を持った剣を創造する神器――!)

 

 木場祐斗の能力にあたりをつけておきながら、彼女は警戒を怠った。彼の戦い方に翻弄され、剣自体から意識を反らされていたのだ。

 

「まだ、続けるかい?」

 

「……」

 

 結果は明白だ。この肩の一撃は致命傷だ。もはや片腕は思い通りに動きはしない。よしんば戦闘を続けたとしても、彼の速度に対応できる気がしない。そして、周囲にある短剣の群れ。先ほどの肩の一撃のように、これらが一度にイリナを襲おうものなら、彼女は死んだも同然だ。360度、全方向から弓で狙われているようなものなのだから。

 

 木場の戦略を見抜けなかった時点で、イリナは彼に大敗していた。

 

「……負けよ、大負け。アーシア・アルジェントは諦める。これでいいんでしょう」

 

 捨て台詞を残し、イリナはその場から去ろうとする。

 

「あっあの、イリナさん」

 

 そんな彼女に、アーシアは近寄って行った。

 

「何よ」

 

「肩の傷、治療します!」

 

「はあ?」

 

 思わず、イリナは間抜けな声を上げた。

 

「あなた、何をしようとしているのか分ってるの? 私はあなたを斬ろうとしたのよ」

 

「関係ありません。目の前で怪我をしている人がいるなら、私はその人を治すだけです!」

 

 どこまでも真剣な口調とその目におされ、イリナは押し黙った。

 

「いいじゃないか。その怪我ではこれからの活動に支障が出る。治してもらえばいい」

 

「ゼノヴィアァっ! あなたはもう少し聖職者らしくしなさい!」

 

 どこまでも突き抜けたゼノヴィアの言葉に憤慨するイリナ。冷たい空気は霧散し、小さな笑いが漏れた。

 

 

 

 

 

「ん……? お、おい、木場?」

 

 再び空気が凍り付いたのは、一誠の言葉から。

 

 木場祐斗は、前のめりに倒れていた。

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