空の花筏 作:パインサイダー
「……」
自分は今形容し難いむず痒さに襲われていた。居心地の悪さを感じているというか、場違い感を勝手に感じていた。
勿論自らやらかして悪目立ちしている訳ではなく、己に対する解釈違いを起こした結果の拒否反応のようなものだった。
いや、自分が校門前で女の子と待ち合わせ?しかも、意中のクラスメイトと?どうして?何故?何故?
「……」
精一杯のポーカーフェイスを維持しつつも内心は荒ぶったままだった。スマートフォンをポケットから出して何か通知が来ていないかを確認しても、あるのはソシャゲのスタミナ回復を告げるものばかり。メッセージアプリをスクロールしてもお望みの相手からの新着は届いていなかった。
時間潰しが目的であれば嬉々としてお気に入りのアプリを起動していたのだろうが、生憎とそういう気分になれなかった。
集中しきれない思考の中で脳裏によぎるのは数十分前に彼女から受けたお誘い。代打要員ではあるものの彼女は自分を選んでくれたのだ。
たまたま眼前にいたのが自分だったからだけなのかもしれない。本来は同性の友人グループで楽しむ筈だったのだ。棚ぼたからのごっつあんゴールでここまで喜ぶのは滑稽なのかもしれない。
「……やった」
こっそりとガッツポーズを取る。拳を握る程度の軽微なものだが、自分の心情を示すには十分だった。
それでも、いい。この際贅沢なんて言うもんか。彼女から自発的に誘ってくれる程度には自分のことを好意的に見られているのだと。その客観的に明白な事実がどうしようもなく幸福だった。
これで最初で最後かもしれない。或いは睡魔に耐えられなくて幻想に惑わされていただけなのかもしれない。そんな疑心が鎌首をもたげるけれど。
「やっほー。待たせてごめんね!」
やっぱりこれは現実でしかなくて。あまりにもこのシチュエーションが王道過ぎて、笑みが溢れてしまう。彼女は額に僅かながら汗を浮かべながら肩で息をしていた。
レッドブラウンのポニーテールがゆらゆらと左右に振れる。赤薔薇の装飾が成されたシュシュで束ねられたそれは、シンプルながらも彼女の魅力を底上げしていた。服装は周囲の学生達と大差ないからこそ、こういった装飾品に個性が表れていた。
「……いや、そんな待ってないし気にしないで。早速カフェの方に行こうか」
「そうだね。放課後は同じJKが狙っているだろうし急がないと!」
「同じJKが力説すると説得力が違いすぎる」
つい先程校内から駆けてきたというのに、それを感じさせない程元気だ。女子にとってスイーツは別腹だと表現されるぐらいだし、それだけのモチベーションを生み出す魅力が甘味にはあるのかもしれない。
彼女に同調するように早歩きで駅の方へ向かう。道中には部活がないのか和気藹々と会話する生徒達がちょこちょこといた。そろそろ5月に移り変わりそうな時期ともなれば、自然と人間関係は形成されて行くのが道理だった。
周囲の雰囲気に馴染む様な間柄に見られてたらいいな。そんなことを考えながら、横断歩道を渡っていく。
そして何よりも。今井さんがこれを当たり前と認識していてくれたら、これ以上の喜びはないのだろうな。
彼女の横顔は楽しさを隠そうともしていなかった。
★
最寄駅の改札を通り抜ける。利便性とポイントの観点からモバイルICカードを採用しているが、こういう時に取り回しが便利で助かる。
横にはデコったパスケースを通学鞄に仕舞い込む今井さんの姿があった。無骨なデザインを好む自分からしたら、彼女の様な華美な装飾は見ていると面白さがあった。
特に促すこともなく、自然と隣り合わせで歩き始める。初めてのお出かけに当初は動揺していたが、案外自然体に移行するのも早かった。
「なんか新鮮だな。今井さんとは学校以外の場所で会ったことないから不思議な感じ」
「家の方向が真逆だからね。アタシとしては教室でいっぱい話してるからまだ放課後遊んでなかったんだってビックリしたよ」
そう言われると確かに、なんて思ってしまう。高校に入学してから1ヶ月にギリギリ追いつかない期間ではあるけれど、1番会話したのは間違いなく彼女だろう。
授業中にこっそりメモ帳を使った手紙交換をしたり。お昼休みにジュースの奢りを賭けたじゃんけん大会を開催したり。何気ない時間を彼女と過ごす過程で自然と恋心も育まれていった。
勿論、彼女以外にも友人と呼べる存在は数名増えたが、密度で測るなら彼女が1番濃い。
「あっ。まだ待機列も短そうだし、ちょっと並んだらあっさりお店入れそうだね!これも日頃の行いかな?」
「友人全滅でソロ参戦しそうになった人がなんか言ってるな」
「……残金足りなくて降りる時に慌ててチャージしてた人がなんか言ってる〜」
「……それ言われると勝ち目ないなぁ」
お目当てのカフェに到着したことで彼女のテンションは際限なく上昇していく。周囲には目的が一致している女子達が集結しており、男子の肩身の狭さを今更ながら実感し始めていた。
居心地の悪さを誤魔化すように横槍を刺してみると、手痛いしっぺ返しを食らってしまった。数分前のやらかしを甘く見ていた自分の見通しの無さが敗因だろうか。
彼女のジト目がぐさりと心に刺さる。普段は定期券を利用して通学しているが、カフェがある逆方向に向かうにはチャージ額が心許ないことを失念していただけだ。自分は悪くないさ。何ならその場でアプリを起動して即チャージすることによるリカバリー能力も考慮していただきたいものだ。
……だから彼女の圧のこもった視線から顔を背けてしまうのもしょうがないのだ。
あまりにも自分の情けない姿に彼女は呆れたらしい。腰に手を当てて溢すように溜息をついた。
「全く、もう。折角楽しい気分なんだから悲しいこと思い出させないでよ」
「あはは、ごめんごめん。今井さんと一緒にお出かけできるのが嬉しくて、ついつい揶揄っちゃった」
「……ホント、調子がいいんだから」
アタシ、怒っています。そう言いたげにプンプンと顔を背ける彼女だが、顔面偏差値の高さがそれすらも一枚絵にしてしまうのだから不思議だ。
想定以上に機嫌を損ねたのか中々表情を見せてくれなかったが、それが続いたのは店員に案内されるまでの話だった。
ありがとう、アルバイトのお姉さん。自分の手腕ではあそこから挽回するのは難しかった。
「ほら、さっさと行くよ」
「仰せのままに!」
……今井さんを拗ねさせるとこうなるという、意外な一面を新たに知った一幕だった。
お仕事辛いめう。