空の花筏 作:パインサイダー
洒落たプレートに鎮座する山脈に対してナイフを突き立てる。桃色の縞々が切り分けられていき、その麓の大地すらも貫通する。抵抗感は皆無。雲をかき分ける様な緩やかさだ。
適切なサイズ感に整えてフォークで掬い上げれば、一口サイズの宝石が完成する。全ての食材がバランス良く調和した作品に思わずにっこりしてしまう。
流れる様にパクりと食すれば、上品でありつつも威力の高い甘さが鼻腔まで突き抜いていった。
ベースとなるパンケーキの風味に相乗りする様にホイップクリームの細やかな甘さが追いついてくる。それに遅れまいと上乗せされていた苺のアイスクリームが醸し出すマリアージュが、またズルい。
生地の熱気が急激に冷やされることで生じる寒暖差が、更には散りばめられた桜風のチップのザクザク感が。飽きという感情の対極に自分を容赦なく落とし込むのだ。
口内をリセットするためにセットで注文していたカプチーノを流し込む。コーヒー豆特有の淡い苦みと泡立てられたフォームドミルクがアイスブレイクとして優秀だ。この永久機関こそが我々を天国へと導く至高のセットメニューだったのだ。
「ふぅ……」
思わず感嘆の溜息が出る。自分は今猛烈に感動していた。この感情を適切に表現するならばどんな言葉を捲し立てれば良いのだろう。
ああ、そうだ。このフレーズがあったじゃないか。それはつまり────。
「……美味い!」
美味しいものを食べた時の人間が発する言語なんてお察しという話である。というかたかが十数年生きただけの学生が食レポを適切にできる保証なんてある筈がないのだ。
「本当だ、ふわふわで美味しい~。あっという間に食べきっちゃいそう!」
「甘さがくどくないし、コーヒーも香りが際立ってて相性最高すぎる。そりゃ人気になるわけだわ」
「だよね~。メニューが変わる前に来れて良かったよ」
今井さんもご満悦の表情をしていた。一口、また一口と。際限なくフォークを皿と口元の間で往復させている。
瞳が煌めくエフェクトが付与されているのかと幻視してしまう程輝いており、視線はスイーツに固定されていた。
食するスピードなら食べ盛りの男子高校生に劣らないペースだというのだから、JKの流行に対する瞬発力には驚かされる。
お互いに手を動かすことを止めなかったが、会話を疎かにすることはなかった。話題は幾らでも、そしてコロコロと切り替わっていった。
序盤は放課後の過ごし方について語り合い、実は昔ベースに触れていた時期があったなんて意外な過去が判明したり。お会計のタイミングになる頃にはなんとクラスメイトの中に隠れてカップルが成立していたなんてちょっとした爆弾ネタまで。
女子の情報網に戦慄しつつも、概ね平和的で楽しい時間が流れていた。
「ごちそうさまでした!いや~、ついつい長居しちゃったね」
「ドリンクもおかわりしちゃったしね。今井さんの話のネタが尽きないから退屈しなかったなぁ」
「だって、キミがいいタイミングで相槌を挟んでくるから。こう……、ついついサービスしちゃった」
「なんじゃそりゃ」
叩き売りの店員みたいな物言いに思わず苦笑する。自分からしたら彼女のコミュ力つよつよな部分が全てだと思うが、そういう優しい所が人たらしたる所以なのだろう。
なんとなくこのまま別れるのが寂しい感じがして、行きの道から逸れて近くの商店街を歩く。カフェを出るころには程よく時間が経過しており、水平線が徐々に色づき始めていた。
一本道には主婦が精肉店でコロッケを買っていたり、仕事帰りのサラリーマンがレストランへと入店する姿があったり。活気ある空気感が心地よかった。
「なんか、いいね。こういう雰囲気好きだわ」
「分かるなぁ。アットホームな優しい雰囲気が落ち着くんだよね~」
彼女も共感してくれるようだ。感想が一致したことに妙な小っ恥ずかしさを覚える。何気ない価値観が似ているのを知る度に、やっぱり好きだなぁ、なんて思う。
和気あいあいとした回り道を楽しんでいると、不意に彼女が立ち止まった。
「あっ、これ……」
「どうしたの?これって、ベース?」
目の前にあったのは楽器店だった。彼女はショーケースに展示された商品から目を離せないようだった。その眼差しはどちらかというとマイナス寄りの感情を内包しているような印象を受けた。
さっきカフェで彼女が話してくれた話だと、昔に幼馴染と一緒に楽器に触れていた時期があったらしい。今はやめてしまったらしいが、もしかしたら執着するような心残りがあるのかもしれない。
「ベースを、また弾きたいの?」
「……いや、そういう訳じゃないんだ。ただ、自分から辞めちゃったことだけちょっと後悔してるんだ」
そう寂しげに告げる彼女の姿を見ると、無性に胸を締め付けられるような痛みに襲われる。好きな人の色んな表情を知れた一日ではあったけれど、こんな表情まで見てしまうとは思っていなかった。
「……リサ?」
「……え?」
聞き覚えのない声が背後よりかけられる。けれど今井さんの反応からして、交流のある相手なのだろう。跳ね返るように振り返るとそこには一人の少女が立っていた。
透き通るような銀髪が夕日を反射させて輝いている。触れたら斬られてしまいそうな、抜き身の刃物に触れてしまったかのような厳しさが雰囲気から伝わってきた。
僅か二文字しか発していなかったというのに、忘れられないぐらい芯の通った声だった。それだけが印象として深く刻まれた。
「友希那?」
今井さんが何処か所在なさげに視線を彷徨わせる。互いに名前を呼ぶぐらいだから親しい間柄なのかと推察していたのだが、違うのだろうか。
今井リサと湊友希那の本当の意味での『再開』を果たした瞬間に立ち会った自分は、これからとあるバンドの旅路に付き添っていくことになる。
過去の確執だったり、誤解の解消だったり。色んな要素が織りなす物語であること自覚していない今の自分はただただ立ち尽くすしかなくて。
「あのー、どちら様でしょうか……?」
格好のつかないオープニングになってしまったことを将来的に悔やむことになるのだった。
こうしてRoseliaのバンドストーリー1章に繋がるってわけ(その場のパッション)(こんなの作者のプロットにない)(本当に期限過ぎて申し訳ないです)