コツコツコツ
(ええと...ロメさんの病室はこちらだと...)
ナギサからの許可を得たサクラコは、救護騎士団が運営するトリニティの病院に足を運んでいた。
廊下は静かだった。消毒液の清潔な匂い。遠くで扉が閉まる音。
ー◯◯◯号室ー
(...なんだか少し緊張してしまいますね。)
ぶんぶんと頭を振る。
(大丈夫。まずは笑顔でご挨拶をして、それから今後の説明を...よし。)
コンコン、ノックをした。
「はーい、どうぞー。」
すぐに返事が返ってきた。
(よかった。起きていたみたい。)
・・・・・・
入室すると、すぐめまいをおこしたような、クラっとする感覚に支配された。
特別なことは何もなかった。
ただ、ロメが座って本を読んでいるのが見えた。
白いカーテンが揺れて、眩しすぎない程度の光が部屋を清涼感あるものにしていた。
(なんでしょう...この感覚は...)
彼女、ロメが視界にいるだけで、世界の解像度が上がる。
より一層、目を引くのは、唇だ。
血を塗ったように赤い唇。
それでいて下品さを感じさせない魔性。
そこだけを見つめてしまう。
あっ、うごいた。
「あれ、お医者さんじゃなさそうな見た目だけど...どちら様かな?」
魔性とはかけ離れた明るい声。
そのギャップに混乱するサクラコは、喉で空気が詰まってしまう。
「ええと...大丈夫?って病室にいる私が言えることじゃないか。はは、...なんてね?」
「あっ、いえ。これは...その失礼を...」
「あはは、大丈夫!ずうっと暇だったんだ!検査だなんだって言われてね、病室に押し込まれちゃって。こんなに元気なのにね!!」
そう言って、二の腕にちからこぶを作ってみせるロメ。
「それで、あなたは私のお見舞いに来てくれたのかな?お見舞いから始まる友情って不思議な気分だけどいいね!」
「いっいえ、私はロメさんに諸々の説明差し上げようと...お友達というのは、あまり分からなくて...」
「ええぇ!!そうなの!色々お世話になっちゃって、申し訳なく思ってたところなんだ。ありがとう!...それに友達になってくれると嬉しいな!あなたが優しい人だっていうのすごい伝わるしさ、どうかな?」
「優しい人、ですか。...そう思ってもらえるのは初めてかもしれません。実は普段、皆様方に怖がられているようでして...」
口達者なロメに釣られて、自分の悩みまで打ち明けてしまう。
喋りすぎだと反省したが、
「あなたみたいに可愛くて優しい娘、私初めて!」
・・・・・・
ニコニコしているロメを見ると、気が抜けてしまった。
(……どうしましょう、これは。)
気が抜けたまま、呆然と立ち尽くしてしまった。
普段は自分のほうが場を取り仕切る側だ。微笑みを絶やさず、言葉を選んで、適切な距離を保ちながら話す
......怖がられてしまうことは寂しいけれど、きっとしょうがないことなんだと諦めていた。
なのにこの娘は。
トリニティでは出会えないタイプの娘だと思った。
警戒心はどこにあるのか。棺桶から出てきたばかりの娘が、どうして病室でこんなに晴れ晴れとしていられるのか。
私の提案は、ひょっとしたら彼女を傷つけてしまうのではないか。
「……ありがとうございます。」
とにかく、それしか出てこなかった。
「えへへ。ほら、やっぱり可愛い!!照れちゃってる!!」
「てっ……照れてなどいません!!」
「え?でも顔が赤いよ?」
「……これは、その、うぅ。」
ロメはくすくすと笑いながら、読んでいた本を置いた。
「ね、せっかくだから座って?せっかく来てくれたのに立ったまましゃべるのはなんか、こう……なんか変じゃない。」
「……それは、そうですね。では、失礼します。」
椅子を引いて、サクラコは腰を下ろした。スカートの裾を整え、姿勢を正す。
「……改めまして、歌住サクラコと申します。シスターフッドに所属しております。」
「シスターフッド!かっこいい名前だね!私はロメ。まあもう知ってそうだけど。」
「は、はい。存じております。……ロメさん、今日はいくつかお伝えしたいことがあって参りました。今後のことについて、です。」
ロメは首を傾けた。金色の目がまっすぐにサクラコを見る。
(……見つめすぎです。)
「もちろん無理にとは申しません。ただ、ロメさんが今のトリニティの中でどういう立場になるのか、というお話で……正直なところ、私たちもまだわからないことが多くて。」
「うん。」
「……はい?」
「うん、わかった。」
あっさりとした返事だった。
「……よろしいのですか?もう少し詳しく説明してから、」
「サクラコさんが説明してくれるんでしょ?なら大丈夫だよ。」
「……な、なぜそうお思いに?」
「だって」とロメは言った。
「ちゃんと説明しようとしてくれてるじゃない。悩ましそうな顔して。」
サクラコは思わず自分の顔に手を当てた。
(……悩ましそうな顔を、していましたか。)
「申し訳ありません。不安にさせてしまいましたか?」
「ぜんぜん!なんか、一生懸命だなって思って。」
一生懸命、という言葉に胸がズキンと傷んだ。
(残念ながら、バルバラとのつながり...そういった打算の側面がないとは言い切れませんね...)
サクラコは少しだけ間を置いてから、続けた。
「……ロメさんは、ご自分の今いる状況を、どの程度把握されていますか?」
「んーー。」
ロメは天井を見上げ、しばらく考えた。
「よくわからない場所で目が覚めたら、怖い娘に銃を向けられて、それからなんかたくさんの人に囲まれて、気づいたらここにいた。ってかんじかな。」
「……あの、怖い娘というのは、」
「ああ、アズサちゃんのことだよ!」
(アズサちゃん……。)
白洲アズサが現在どういう状況にあるか、サクラコは概ね把握していた。しかし「アズサちゃん」と呼ぶ者に初めて会った。
「あの子、銃向けてきたのにちょっとかわいかった。私のことお化けと思って半歩引いたとことか。」
「……棺桶で、」
「そう。私、棺桶に入ってたから。」
(そういうことでしたね。)
サクラコは一度深呼吸をした。
「……ロメさん、順を追ってお話しします。まず、あなたが見つかった部屋についてですが、」
「うん。」
「あの部屋はトリニティの中でも誰も知らなかった場所で、古い記録にも残っていません。...それで、ロメさんの着ていた服が、私たちの記録に残る聖女バルバラのものと一致していたんです。」
しばらく、沈黙があった。
ロメの表情が変わった——わけではなかった。ただ、少しだけ、目の奥が遠くなった。
「そう……。」
さっきまでの明るい声とは違う。かといって沈んでいるわけでもない。ただ、深いところから来るような、静かな響きだった。
「……ロメさん、その...聖女バルバラに心当たりが?」
「うーん……どうだろうね。あんまりわかんないや。」
ロメはすぐに笑顔に戻った。しかしサクラコは見ていた。あの遠さを。
(無理に話してもらう必要はない。でも——。)
「……わかりました。詮索はしません。」
「サクラコさん、優しいね。」
「いっいえ。そういうわけでは……ただ、ロメさんのペースで構わないと思っていて。」
「うん。じゃあ続きを教えて?」
「……はい。当面の間、ロメさんにはシスターフッドで過ごしていただく予定です。安全を確保しながら、少しずつ状況を整理していく、という形で。強制ではありません。ご意見があれば、」
「シスターフッドってサクラコさんのとこ?」
「……そうです。」
「じゃあいい!行く!」
「……早いですね。」
「だってサクラコさんと一緒にいられるじゃない。」
(この娘は……。)
サクラコは少し困った顔をした。それからゆっくりと、自分でも気づかないうちに、少し笑った。
「……そうですね。よろしくお願いします。」
「やった!」
ロメが嬉しそう顔を綻ばす。
白いカーテンがまた揺れた。
光が差し込んで、ロメの髪を照らした。
サクラコはもう一度だけ、ロメの赤い唇を見てしまった。
ロメはまた本を手に取りながら言った。
「じゃあ、しばらくよろしくね!」
ロメがくすくすと笑う。
(……本当に、大変なことになりそうです。)
「あっ、そうだ!」
「?」
「サクラコって呼んでもいい?私のこともロメでいいからさ!」
きっと立場とか、権力とかそういったしがらみが存在しない友。
気を遣わないで接してくれる人。
積年の悩みがちっぽけに見えた。
(ああ、本当に...あなたは...これじゃまるで私の方が病人みたいですね)
勇気を出す。
「はい。大丈夫ですよ。....ロメ」
ニコっと花が咲くような笑みを見せるロメ。
照れくさい感じがしたまま病室を後にする。
サクラコは不思議と足が軽くなっているのを感じていた。
・・・・・・
「今日はよろしくお願いしますね。ロメさん」
「うん!こっちこそいきなりありがとう!マリーさん」
「サクラコ様からのお願い事ですので、それに私もアズサさんには用事があって...」
気落ちした様子を見せるマリーとアズサとの再会を楽しみにしているロメの二人は、合宿が決まった補習授業部の元を訪れようとしていた。
「私も詳しい事情は知らないのですが、ロメさんとサクラコ様は一体どういう...?それにアズサさんとも...」
「えっとね、実は私あんまり記憶がなくて大変だーってなってて。そんな私をサクラコが助けてくれてさ。友達だと思ってるよ。アズサちゃんっていうのは私を見つけてくれた人だね。」
「み、見つけた!?」
「うん。棺桶の中にいたところを。」
目を見開くマリー。
「!!...大丈夫ですよ。今は辛くてもこれからがあります。シスターフッドでも私でも頼ってください。もちろんサクラコ様もお力を貸してくださると思いますよ。」
祝福を祈っておりますね。と真剣な顔でロメの両手を握る。
「...ふふっ。うん。シスターフッドっていい人ばかりだね。サクラコと一緒で優しい。」
「そうですか...?」
「それにね。マリーさ...ううん、マリー。今の私、すっごい楽しいよ!マリーっていう可愛くて優しい娘と出会えたからね!」
本人にその気はないと信じたいがキザっぽいセリフに、マリーは虚を突かれた気分になって。
「あっあの建物です!!補習授業部の皆さんが合宿をしているのは!」
赤く染まった顔で話を逸らすことしかできなかった。
(もう!どうしましょう……!この気持ちは……。)
恥ずかしさに任せてズンズンと進むマリーは、当然足もとに注意を払うことなどできない。
カチッと嫌な音が響いた時には、もう罠は起動し終えた後だ。
バンっ!
トラップだ。
「きゃぁぁぁぁ!!」
思考が加速する。
踏んだ、とわかった瞬間、マリーは死を覚悟した。
正確には、痛みを覚悟した。
キヴォトスで死ぬことはない。しかし爆発は痛い。それは経験として知っていた。
歯を食いしばって、目を閉じて、来い、と思った。
来なかった。
「……ねえ、目、開けられる?」
声はすぐそこにあった。
目を開けると、ロメの顔があった。
あんなに遠くにいたはずなのに、という感想が最初に来た。
ロメの髪が、マリーの顔に触れていた。
「よかった。」
その一言だけだった。
マリーは何も言えなかった。
お礼の言葉を、と思ったが喋り出すより前に、ロメの顔を見てしまったからだ。
間近にある金色の目。乱れた髪。土のついた頬。そして、あの赤い唇。
一瞬にして思考がピンク色に染まる。
しかし、その感情の名前のつけ方を、マリーはまだ知らなかった。
気まずい沈黙。
5分とも10分ともあるいはそれ以上とも思えるような時間が過ぎる。
静寂を破る合図はとてもわかりやすかった。
ドタドタドタッ
「だっだいじょうぶ!!?ってあんたたち何してるの!!!!!外で重なり合うなんて...駄目!!!」
大声で喚き立てるピンクの娘を見た後に、顔をむき合わせるロメとマリー。
図らずもロメが押し倒している形になっている。
ピンクな妄想を咲かせるピンクの娘に糾弾される自分は、確かにピンクな脳内をしていたと考え頭がオーバーヒートしたマリーは。
「...きゅうぅ」
パタンと、目をぐるぐるさせて気絶してしまった。
「あーえっとこれは、確かに私がマリーを押し倒しているけど...」
「お、押し倒す..!!やっぱり、あんたたち!えっちなことをしていたのね!!そういうのは駄目!死刑!」
ミレニアムの精鋭たちでも苦戦しそうなパズルが如く複雑な現状に、ロメが困惑を、コハルがドキドキを。
どうなってしまうのかというその時に。
「あらあらあら。これはコハルちゃんにはまだ早そうな光景ですね♡」
「えっと、大丈夫ですか...?なんて、あはは。」
「うん、トラップは無事に作動したようだ。...むっそこにいるのはあの時の。」
“君たち、怪我はないかい?ごめんね、トラップがあったみたいで。”
補習授業部の面々が登場したのだった。
書きたいこととプロットはできているので、失踪はしない予定です。
この後の展開を考えていました。
感想などもお待ちしています。