酒寄研究所の禁止リスト   作:白鷹泉

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約二か月も遅くなってしまい、大変申し訳ありません。
自分で初めて体験するスランプの思った以上の『書けなさ』だったり、そもそもリアルがごたついてて創作意欲があまり湧かなかったり、そんな中で「あるもの」の期限が迫っていたりと、諸々あって気付けば一月半の大遅刻をかましてしまいました。
正直まだ不調も抜けきれていないところもありますが、リハビリも兼ねて今できる精一杯を込めたつもりです。

刮目しろ、これが私のいろろかだああああぁぁぁぁ!!!!



幕間2
綾紬芦花の衝撃


 

 

 

 

 

「──芦花はさぁ、本当に今のままでいいの?」

 

 ……『心臓が凍り付く』とは、まさしくこの事を言うのだろう。

 さりげなく放られたその問いに、ティーカップに伸ばしかけた手を止めそうになる。強張りかけた腕を慌てて再起動して、何事もない風を装って琥珀色を一口。料理上手なかぐやちゃんは紅茶の淹れ方まで完璧らしく、鼻腔を満たす華やかな香りに思わず息を漏らしてしまう。うん、相変わらず美味しいな。

 そんな私の一挙手一投足を、黄金(こがね)の下の双眸が1フレームたりとも見逃すものかと映している。……隠しきったはずの動揺も、どうやら月のお姫様にはお見通しらしい。

 いや、まだわからない。この子は案外抜けているところもあるのだ(そこが可愛いのだけれど)。ここはひとつ、しらばっくれて様子見をしてみよう。こてん、と完璧な角度で首を傾げてみせる。

 

「うん? 何の事?」

「彩葉の事に決まってるじゃん。……今日はちょい真面目モードだから、とぼけるの禁止ね」

 

 先程までの天真爛漫な雰囲気は何処へやら。まんまるな紅玉(ルビー)をスッと細めて、いつもより一段低い声音で逃げ道を塞いでくるかぐやちゃん。あらら、流石にはぐらかされてはくれないか。……それにしても、『とぼけるの禁止』、か。

 

「…………私は」

 

 言葉を詰まらせるその裏で、思考はぐるぐると同じところを廻り続ける。

 見透かされている。いつから? そもそもどこまで把握されている? 決まっている、彩葉の名前を出されるというのはそういう事だ。ではなぜ? 自意識過剰ではなく単なる事実として、こ(・)の(・)感(・)情(・)は完璧に隠しきれていた筈だ。ぼろを出した覚えはない。そもそもバレていたとして、今このタイミングで指摘してきたのはどうして──? 

 

「──ねぇ、芦花?」

 

 朱(あか)い瞳が、わたしをいぬく。

 

「彩葉の事、好きなんだよね?」

 

 ……あぁ。もう、ここまでか。

 覚悟、決めないとな。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「好き……好き、か」

「──うん、好きだよ。彩葉の事」

 

 今までを振り返りながら、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。

 

「はじめは、頑張り屋さんだけど目が離せないなぁって思ってた」

 

 京都から単身、上京してきたという彼女。

 どんな分野も卒なくこなす優秀さを、クラスメイトや先生達は持て囃していたけれど。

 貼り付けた笑顔の奥に、泣きじゃくる幼子がいるような気がして仕方がなかった。

 

「でも、付き合いが続くうちに、裏で抱えてるものが段々見えてきて」

 

 彩葉と、真実と、私。

 私達の友人関係はあの頃、今にも消え入りそうな彩葉を繋ぎ止める為の楔だった。真っ当に友情を育んでいないわけでは無かったけれど、どこか健全とは言い切れないものだったのも事実。

 それでも、1年間ずっと問題を先送りにしていた訳じゃない。一緒にいた日々の中で、彩葉は少しずつ心を開いてくれていた。それを起点に、私と真実は一歩を踏み込もうとして、

 

「……お母さんの話を聞いて、私達は何も言えなかった」

 

 言う資格が無かった、が正しいか。

 家庭の在り方はそれぞれだけど、真実も、一応私も、親には真っ当に愛されて育ったクチだ。だから、スパルタという言葉では表現しきれない彩葉のお母さん(紅葉さん)の教育方針も。それを良しとして、苦しみながらも認めてもらうために必死に進んでいる彩葉も。私達の価値観では、到底親友への仕打ちとして認められないものだったけれど。

 同時に、それはどうしようもなく2人の間で閉じた家庭内の問題で。当事者が受け入れてしまっている以上、所詮学生の身でしかない私達にはどうする事も出来ずに、ただ時間だけが過ぎていった。

 

「──だから、かぐやちゃんには感謝してるの、本当に」

 

 従妹だというその少女は、そんな状況をほんの二月で変えてしまった。

 私達の前ですら、また無理を隠すようになってしまった彩葉を、持ち前の天真爛漫さで振り回して。

 彩葉も、そんな彼女にぶつくさ文句を言いつつも、自然に彼女の隣に収まって受け入れていて。

 親子の問題も、彼女(親戚)という味方ができたなら改善の余地が見えてきていて。

 何より──あんな風に、心の底から楽しそうに笑っている彩葉を、初めて見た、から。

 

「彩葉を幸せにできるのは、きっと貴女だけなんだろうな、って思った」

 

 それは喜ばしい事だ。望んでいた事、の筈だ。

 でも、心のずうっと奥の方で、ずきりと痛む何かがあった。

 このモヤモヤはなんだろうと、自問自答を重ねて。ふと気付いた、気付いてしまった。

 

 で(・)き(・)る(・)事(・)な(・)ら(・)、私(・)が(・)彩(・)葉(・)を(・)幸(・)せ(・)に(・)し(・)た(・)か(・)っ(・)た(・)、なんて。

 

「一度自覚したら、もう止まらなかったの」

 

 耳に響く声音が心地良かった。

 碧く理知的な光を灯す瞳に魅せられていた。

 当たり前に他者を思いやれる心根が愛おしかった。

 ……それらを全て、一身に受けたいと思ってしまった自分がいた。

 

 私は──どうしようもなく、酒寄彩葉に恋をしているのだ、と。

 

「彩葉の隣にはもうかぐやちゃんがいて、彩葉もかぐやちゃんの方を向いていたから」

 

 自覚した時には、もう遅かった。

 彩葉を救ったのはかぐやちゃんで、私には救えなかった。これはただ、それだけのお話だ。

 なのに私はもう、この感情無しでは息をする事すら難しくて。

 

「だから、この気持ちは墓まで持っていくつもり。大丈夫、彩葉が幸せなら、それを見せて貰えるだけで、私も充分幸せだから」

 

 こ(・)れ(・)は(・)嘘(・)だ(・)。

 今も尚、彩葉が幸せならそれが私の幸せだなんて、そう自身に言い聞かせて。

 2人の前で、何でもないような振りをして。

 10年間、叶わない想いを胸に抱えたまま、惨めに生き恥を晒している。

 

 それが私だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ──リビングに、少しの間静寂が流れた。

 

「……そっか」

 

 私が語り終えた後。かぐやちゃんは、そうぽつりと呟いた。

 それだけだった。

 

 多分、それで終わりなんだ、と思った。

 

「ごめんね、かぐやちゃん」

「……ちょ、ちょっと芦花?」

 

 深々と、頭を下げる。

 なにやら慌てふためくような気配を感じるが、気にしない。

 ……きっとかぐやちゃんは、今の話を聞いたうえで、現状の関係を維持する事を良しとするだろう。彼女は、自称しているほど悪童(わるわらべ)じゃない、優しい子だから。でも、この情愛を暴かれて尚平然と彩葉の傍にいられるほど、私の心は強くない。

 だから、

 

「……もう、皆には近づかないようにするよ。こんな気持ち抱えてるなんて知られちゃった以上、かぐやちゃんにも彩葉にも迷惑だろうし──」

「芦花、それ以上はストップ!」

 

 顔を上げながら切り出したところで、唐突に口を塞がれる。

 かぐやちゃんの表情から読み取れるのは、驚愕、と……罪悪感? え、なんで? 

 私が呆気に取られて言の葉を紡げなくなったのを見てか、彼女は座り直してから口を開く。

 

「ごめん。かぐやも、問い詰め方が良くなかったかも。別に、今日は芦花を責めたいわけじゃないんだ、むしろその逆」

 

 …………え? 

 

「芦花の気持ちには、とっくに気付いてたよ。その上で、そっとしてた。芦花が秘密にしたいなら、きっと事情があるんだろうしね?」

 

 うん、気付かれていたのは、流石に話の流れでわかっている。でも、どうして? 

 

「ただ、のっぴきならない事情というか……その、うちのお姫様が、そろそろ我慢の限界でさ」

 

 …………??? 少し、話が見えなくなってきた。お姫様? 

 

「とにかく!」

 

 かぐやちゃんが、たった今腰を落ち着けたばかりのソファーから勢いよく立ち上がる。そしてそのまま、何故か2階に続く階段へと足を運びはじめた。慌てて追いかけようとすると、「芦花はそのまま!」とジェスチャー付きで止められてしまう。え、なんなの。

 

「私から言えるのはたった1つ、『私のハッピーエンドには、とっくに芦花の席も用意してある』って事! だから」

 

 ──あとはよろしくね、彩(・)葉(・)。

 

 その言葉の意味を、私が正しく認識するよりも先に。

 

「──りょーかい、任されましたよかぐやさん」

 

 背後から、この場には居なかった筈の。

 私の心を、最も激しく搔き乱す声が聞こえた。

 

「彩葉、どうし──っ!」

 

 振りむこうとした瞬間、両手で顔をやんわりと止められる。かぐやちゃんと同じ筈の、けれど何かが決定的に違う花のような彩葉の香りを間近に感じて、くらりと意識が傾きかける。

 そうして顔を見せてくれないまま、彩葉は背後から抱きつくような態勢で、耳元に囁きかけてきた。

 

「ねぇ、芦花」

「な、なぁに彩葉?」

「──さっきの会話な、全部聞いとったんよ」

 

 ヒュ、と思わず喉が鳴った。

 全部。つまり、私が彩葉に懸想していることも、それを隠し続けて友達の振りをしていたことも、今の彼女はすべて把握している訳で。

 

「ねぇ、芦花。なんで、離れようとするん?」

「……だって、気持ち悪いでしょ。友人相手に本当はそういう感情抱いてた、なんて。私がこのまま傍にいても、2人に迷惑──」

「私達に何が迷惑かなんて、勝手に決めないで!」

 

 ぐい、と軽く体を逸らされ、覗き込んできた彩葉と初めて目が合う。その瞳に宿っているのは──これまで向けられたことのない、強い怒りだ。

 

「確かに、知った時は戸惑ったよ! でも、想われる事は嬉しいと思いこそすれ、迷惑に感じたりなんかしない!」

「それは……でも、こんな横恋慕みたいな」

「問答無用!」

 

 そうきっぱり言い切った後、私はようやく解放された。

 彩葉は回り込んで、先程までかぐやちゃんのいた席にどかりと座り込んだ。そのまま、飲みかけのティーカップをさも当然のようにぐいっと呷る。かと思えば、まだ少し熱かったのか、けほけほと喉を抑えて咳き込みはじめた。えぇ…………? 

 

 一息ついたのか、彼女は再度口を開く。

「大体ね。迷惑だとか気持ち悪いだとか、そんなの私も言えた義理じゃないからさ」

「それは、どういう……」

「──私も、芦花の事好きだから」

 

 ────、

 ────────、

 ────────────はっ? 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「高校生の時からさ、ずっと気にかけてくれてたよね。生活に支障が出ない程度に遊びに連れ出してくれたり、なんやかんや理由を付けて、ごはん奢ってくれたりさ」

 

 思考停止した私を置いて、彩葉は言葉を紡ぎ続ける。

 

「自分には色が合わなかったから~なんて嘘ついて、明らかに新品のファンデやら何やらも押し付けてきたり。あれ、私用に一式そろえてくれてたんだよね?」

「そうやって、真実と2人で色々お節介焼いてくれてたの……はじめは親しくなかったのもあって、鬱陶しいなぁって思う事もあったけどさ。それ以上に、嬉しかったんだよね。久しぶりに、人の温もりを感じられたっていうか」

「でも、私は結局、無理を貫き通して。潰れる寸前だったのを、2人は繋ぎ止めててくれてた。あの時の事は、本当に感謝してるの」

 

「──ヤチヨを、か(・)ぐ(・)や(・)をハッピーエンドに連れていくって心に決めて、アバターボディを完成させて。ようやく前提条件が整ったところで、ふと考えたの。『私にとってのハッピーエンドって何だろう』って」

「かぐやとヤチヨが居れば満足? 違う、私の世界はそこまで閉じてない」

「じゃあ、芦花と真実──それからまあ、黒鬼の皆も? ──が居れば満たされるの? 違(・)う(・)よ(・)ね(・)、私は、もっと我儘に在ると、そう決めた」

「私(・)の(・)手(・)の(・)届(・)く(・)範(・)囲(・)の(・)全(・)員(・)、私(・)の(・)手(・)で(・)幸(・)せ(・)に(・)し(・)て(・)み(・)せ(・)る(・)、ってね」

「そうして、皆の幸せに向き合っていく中でふと思ったんだ──そもそも、私の中で芦花ってどういう存在なんだろう、ってさ」

 

 そこまで言って彩葉は、一呼吸おいて私を見つめる。

 

「真実は親友だって断言できるよね。あの子はその辺、意外ときっちり線を引いてたから」

「お兄ちゃんは……まぁ、それ以上でも以下でもないでしょ。乃依さんは……義兄(おとうと)? 雷さんも兄の友人ってくらいかな」

「……じゃあ、芦花は?」

「親友だとは、思ってる。それは本当。でも、何故か自分の中でしっくりこなかった。どうしてだろうなって、記憶の海をひっくり返して……気付いたの」

 

「いつからか、芦花の一挙一動を目で追ってた」

「何も言わずに寄り添ってくれる、その静けさが心地良かった」

「私の全部を見通してしまいそうな露草色(ラピスラズリ)の瞳が、怖ろしい程に愛おしかった」

 

「あぁ、私、芦花の事も好きだったんだなぁ、って」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 自覚したのは、つい最近なんだけどね。

 そう零して、彩葉は言葉を切った。

 

 …………頭の中が、ぐちゃぐちゃになってもう訳が分からない。

 私は去らなくても良くて、寧ろ彩葉は私の事が好きで……? 

 …………これは、夢か。或いは、とうとう気が狂って見えてしまった幻覚か。

 

「……だから、これはかぐやとも話し合って決めた事なんだけど」

 

 彩葉はソファーから立ち上がると、未だ混乱している私の横に座り直して、ポケットから何かを取り出した。

 小さな小さな、手の中に収まってしまいそうな小箱。その形状の意味するところを、脳が遅れて認識する。

 

「私の人生、全部あげる──なんて、かっこいい事言えたらよかったんだけど。ごめん、私の人生の半分は、もうかぐやの物だから」

 

 それは、きっと。

 私がずっと欲しかったもの。けれど、決して手に入らないものだと諦めてもいたもの。

 

「だから……私の人生は、半分しかあげられないけど。その代わり、絶対ハッピーエンドにするって、約束するから」

 

 静かに開けられたそこに鎮座するのは、私の名前に準えてか、芦の意匠が施された婚約指輪(エンゲージリング)。

 

「芦花。貴女の人生を、全部ください──私と、結婚を前提にお付き合いしてもらえますか?」

 

 ──あぁ、それは。額面通り受け取れば、余りにも最低なプロポーズ。

 でも、どうしてかな。その言葉が、私にとっては。

 

「……はい。末永く、お願いします」

 

 他のどんな殺し文句よりも、素敵な響きに聞こえるのだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……ところで、なんでこのタイミングだったの?」

「え? あぁ、それは──」

「法改正の根回しにちょっと手間取っちゃってね~。でも、これで日本でも同性同士で結婚できるよ!」

「……うん、この通りヤチヨが張り切っちゃっててさ」

「な、なるほど……(私が断ってたらどうするつもりだったんだろう……)」

 

 

 

 

 





休んでいた期間中に起きた事
①超かぐや姫の復活上映が始まり、そして終わりが告知される(かと思ったらセカンドラン上映へ……)
②超かぐやメシ! 連載が開始、アバターボディ周りの設定が公開され阿鼻叫喚
③研究員BとC、同人誌デビュー

あらためて、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
次話からは通常運転で本編更新、11/8予定です。
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