空蟬
図書館が休館日でやる事を既に終えたある日、コネルコは散歩をしていた。なんとなく、小さな林の方へ行ってみる事にしていると誰かが倒れているのを見つけた。彼女は慌てて駆け寄ると、服がボロボロに破れて傷があちこちに付いており、意識も無くなっているようで急いで応急処置と救護の依頼をしようとすると、ある事に気付く。
その少女は明治大正時代ぐらいでは庶民に着られていたかと思わせる和服を着ており、時代錯誤な雰囲気を感じた事。それと自分達“シュガードール”とどこか似た匂いを感じた事に気付き、念の為に心臓の音を聴こうと胸に耳を当てる。すると人間とは違ったとてもゆっくりとした心音が聞こえてきた。そこからコネルコはこの少女が人間では無くドールである事を確信して、自分達の家へと持ち帰る事にした。
自分達の家に帰った後、オーナー経由で雑貨屋に連絡と相談し、一時的に図書館で見る事にした翌日。コネルコは図書館に和服のドールを運び込んでいる所をラヴァベルに見られた。
「おはようござい……って誰ですかその子⁉︎」
「おはよう、ラヴァベルちゃん。実は……」
コネルコは歩きながらラヴァベルに昨日起きた事を話すと驚愕の様相を見せた。
「えぇー⁉︎そんな事が……でも近くにその子のオーナーさんは居なかったんですよね?」
「そうなのよ。彼女のオーナーが見つかるまではうちで預かる事にしたけど……見つかるのかしら?」
そうこうしている内に目的地である図書館の事務室に辿り着いた。ラヴァベルにドアを開けてもらい中に入るとソファに横たわらせ、そのまま開館準備へと移った。ある程度準備を整えた後に、他のドール達がやって来た。今日の朝担当はサージュだった。
「おはようございますコネルコさん。……そのソファで寝ているのは新人さんですか?家には居なかったような?」
不思議そうな顔をしながらソファで寝ている少女を見る。
「おはようサージュさん。あの子は一時的にうちが保護した子なの。でもずっと目を覚さないのよね……」
「そうだったんですね。目を覚さない、ですか……」
3人は未だ目を開けない少女に視線をやる。傷は昨日のうちに治せるだけ治したが、それでもなお目を覚さない。雑貨屋の話しでは命に関わらない程には回復しており意識も時期に戻るとの事だった。そうこうしている内に開館時間が迫ってきたので、一旦彼女達は図書館の仕事をする事にした。
無人になった事務室の中で少女はパチりと開ける。首だけを動かして周りを灯りの眩しさに目を細めた瞬間にガバッと起き上がる。手で何かを探るが目的の物が見つからないのかずっと探っている。時間が経つと同時に焦燥の様相を見せる。焦りがパニックに変わりだす頃にドアが開く。少女は鬼の形相でドアに駆け出した。
一仕事終えたコネルコは一旦事務室に入って小休止を取ろうとドアを開けようとした。だが扉が三分の一ぐらい開けた辺りで突然何かに捕まれ突き飛ばされ倒れる。突然の事で頭の整理が追いついて無いが、掴んできた何かの正体はすぐに分かった。彼女が昨日林で拾った少女だった。その顔は殺気立っており、今にもコネルコを殺しかねない程だった。実際に首根っこを絞められており必死に腕を掴んで抵抗をしているが、なかなか離せない。そんな最中少女は口を開いた。
「オーナーは!オーナーは何処だ!」
「あな、たの……オーナ、ーの事は、分から……」
コネルコが返答しようとしたら首を絞める力が増した。
「とぼけるな!」
抵抗もそろそろ限界に達しかけている。このまま壊されるのかと思い始めたその時、不意に少女が横に吹き飛ばされる。
「コネルコさん!大丈夫⁉︎」
「ケホっ!ケホっ!……ありがとう、ラヴァベルちゃん」
少女はラヴァベルのタックルによって吹き飛ばされたようだ。その後にやって来たラヴァベルとよく遊んでいる子供達もやって来て心配されるが、「大丈夫、ありがとう」と言って立ち上がって少女の方へ向く。子供達も釣られて少女の方へと視線を向ける。
少女はもう一度立ちあがろうとするが、力が抜けて膝を付いてしまう。コネルコ達は慌てて駆け寄る。
「起きたばかりでまだ調子が戻ってないんだね」
「ねぇ貴方。あそこで何があったの?」
2人は少女を支えながら、倒れていた理由を尋ねてみる。
「…………あの時…………何かが迫って……オーナーを守ろうと……」
目を細めたり見開いたり、瞳孔が不安定になりながら質問に答える。
「オーナーさんの名前は?」
「名前は……?」
オーナーの名前を聞かれた少女、だがその答えが出ず、だんだんと目が見開いて瞳孔が細くなる。
「…………ない」
「「え?」」
あまりに小声だったのでコネルコとラヴァベルは聞き返した。
「分から……ない!なんで⁉︎なんで⁉︎」
そのまま頭を抱えて錯乱状態に陥ってしまった。ラヴァベルはすぐさま抱き抱えて抑えようとする。そして彼女の耳元でそっと声を掛ける。
「大丈夫、大丈夫……じゃ無いと思うけど、大丈夫だからね」
彼女の言葉によってか抱擁の効果なのかいざ知らないが、少女は深く呼吸をし始めた。ただし未だに息が上がったままで完全には落ち着いていないようだ。その様子を見てコネルコはある提案をする。
「一旦事務室に連れて行きましょう?」
ラヴァベルは頷いて少女を立ち上がらせて未だ扉が開いたままの事務室へと運んだ。その場に居合わせた子供達には彼女を少し借りるよと告げてから自分も事務室に入った。
少女をソファに座らせて、コネルコとラヴァベルはその向い側に座る。少女の様子は俯いて放心状態にあった。そんな様子を見ていたラヴァベルはコネルコに聞いてみる。
「コネルコさん。この様子でお話し聞けそうですか?」「うーん、ちょっと難しいかも。けど聞かないとね」
困り笑顔のコネルコは顔をラヴァベルから少女に向けた。その顔はいつもの微笑みに戻っていた。
「さて、貴方のお名前は何ですか?」
「…………」
「……あまりのショックで聞こえてないのかしら?」
少女は答えない。というよりも耳に届いていないような様子だった。
「オーナーの名前を覚えていないというのがかなりショックのようですね」
「そうね。私たちだってそうでしょ?」
「確かにそうですけど」
ショックで話が聞けていない少女に同情しつつ、どうしようかと考える。このまま待っていてもいいが午後から来るヴィラーシュへの引き継ぎがある為、ここに留まり続ける訳にもいかない。というよりも一旦名前だけでも聞かなければ今後の対応もし辛いので、どうにか名前だけは聞きたい所ではあった。一旦色々忘れさせる為にコネルコはある提案をする。
「ラヴァベルちゃん。この子を連れてあの子達と外で遊んでおいで」
「え?あの様子で遊べますか?」
「普段よりも大人しい遊びなら大丈夫よきっと。それに一旦遊んだりして頭の中をリセットしないと。多分そのまま潰れてしまうと思うの」
「分かりました!あの子達と遊んできます!じゃあ、行こっか!」
そう言うとラヴァベルは少女の手を引いて事務所の外へ駆け出した。それを見送ったコネルコは思考を張り巡らせていた。
(オーナーの名前を覚えていないなんて……一時的なショックかもしれないけど、もしかしたら放置されていたとかで名前を呼ぶ機会が無かった?……ダメね、まだ彼女から何も聞いていないもの。話しを聞いてから判断した方がいいわね)
彼女も事務室を出て自分の仕事に戻る事にした。後でみんなに話しをしないとと考えながら、日々の業務である来館客の応対や本探しの手伝いなどをこなしていった。
コネルコに言われて、少女を外に連れ出したラヴァベル。少年達3人も巻き込んで何で遊ぶかを考えていたのだが……
「何かやりたい遊びとかありませんか?」
「…………」
と言った様子でどうしようかと悩んでいた。子供の1人が質問を投げかけた。
「なぁなぁ、お前ってそもそも運動出来るのか?なんかラヴァベル姉ちゃんよりもすっげぇヒョロっこいぞ」
その言葉に首を傾げる少女。あまり自分の事を気にしなかったのか、よく分からないといった反応だろう。
「やめなよヨシキ、それで前に痛い目を見ただろ?ほらあのシュベルコ姉ちゃんの時みたいに」
うっという声をあげるヨシキ。過去に見た目が特段細そうなシュベルコと腕相撲をした時に普段から元気溢れる動物を扱っているだけある彼女が負ける道理も無く、あえなく瞬殺されていた。
「でもコイツ絶対俺たちと身体動かす遊びをしても追いつかねぇだろ。なぁ?ツエジ!」
「さっき館長さんに思いっきり襲いかかってたからそれは無い」
今度はあっという声をあげるヨシキ。すっかり忘れていたらしい。どうしようかと考えているとラヴァベルはある提案をする。
「じゃあだるまさんがころんだとかどう?」
うーんと考える子供達。あまり気乗りしなさそうな雰囲気だがすぐにうなづいて。
「うん。やろう!他に思いつかねぇし!」
「だな。ヨウタもそれでいいよな?」
「うん、僕もいいよ」
と了承してくれた。ラヴァベルは近くの木を指さして
「鬼はあそこの木で他の子は……」
そう言いながら足で土を削って線を引く。
「ここから。最初の鬼は誰から行く?」
「じゃんけんで決めようぜ」
じゃんけんの結果……
「私が鬼だー!じゃあみんなはそこで待ってて!」
ラヴァベルが木の方へと走ってそばまで行き、後ろを振り返る。子供達と少女が線の後ろで待っているのを確認すると
「じゃあ始めるよー!だーるーまーさーんがーこーろんだ!」
そうしてだるまさんがころんだが始まった。
何回か鬼が入れ替わりながら遊んでいるとラヴァベルはある事に気づく。少女は笑顔を見せこそはしないがどこか雰囲気が和らいだようなそんな気がした。それとコネルコを絞めていた時のような動きをこの遊びの中で見せていなかった事に気付く。そこからしばらくして、少し休憩をしようと決めた時の雑談としてヨシキから質問が飛んできた。
「なぁ、そういえばお前名前なんだ?聞かずに始まっちゃったから聞いて無かったけど」
少女はヨシキの方を向いて首を傾げる。暫しして口が軽く開いて目を少しだけ見開いた。忘れていたような素振りでそのまま口を開く。
「…………ユキ」
「ユキって言うのか!そういえば俺たちも名前言ってなかったな!俺はヨシキ!でそっちが……」
ヨシキがツエジとヨウタを紹介し終えた後に遊びを続けようとしたが、不意に声を掛けられる。
「ラヴァベル、コネルコが…呼んでる。そこの子と、一緒に来てって」
「え?あっシュベルコちゃん。分かった今すぐ行くよ」
「「「えー⁉︎」」」
突然の招集に子供達は文句の声をあげる。これから楽しい事が出来ると思った矢先の出来事であった為に文句の一つや二つ出るのも致し方無いものではあった。
「また後で遊ぼう?ね?」
「ラヴァベル姉ちゃん俺たち今日塾あるんだけど」
「あー……じゃあ今度来た時に思いっきり遊んであげるから、ね?」
ラヴァベルの提案に渋々了承して子供達と別れる。その際に約束だからなと念を押された。
コネルコの招集を受けて視聴覚室に集まったラヴァベルやユキ、他にもサージュやヴィラーシュも居た。コネルコは今表で作業や受付をしている面々を除いて集まっているのを確認すると口を開いた。
「ごめんねラヴァベルちゃん。突然呼んでしまって」
「子供達には駄々こねられちゃいましたけど」
「それは悪い事をしてしまったわね……今度来たら思いっきり遊んであげてね」
子供達の不満の代弁受けたコネルコは少しだけバツが悪そうな顔をしていたが、すぐにいつもの表情に戻り話しを続ける。
「さて、そこにいる子は林の中で倒れて居た所を拾ったのよ。それで……」
話の続きをしようとしたが言葉に詰まり、目が閉じられる。コネルコがまだ聞いていないある事を作業している間に忘れていたのだ。
「名前を聞いて無かったわね。貴方のお名前を教えて欲しいな」
「ユキ」
「ユキちゃんね。それで……何か思い出せた?」
コネルコの質問にユキは俯いて首を横に振った。どうやらまだ何も思い出す事は出来ないらしい。
「そう……」
コネルコは一言そう返すしか出来なかった。無理に思い出させてまた錯乱させてしまうのも良く無いという判断であった。
そこにヴィラーシュから疑問の声が上がった。
「林で拾ったって言ってたけど、どういう状態だったの?」
コネルコはその質問でユキが倒れていた時の事を思い出す。
「あの時は服がボロボロになっていたわね。今着せているのはオーナーが見繕ってくれた物だけど、あの時の服は多分家にまだ残ってる筈よ。……あっでも確か一つ気になった事があったわね」
目を瞑りながら顔を少し上に上げながら色々思い出す彼女。最後の一言の時は目を開けて放った一言だった。ヴィラーシュは続きを催促する。
「気になる事って?」
「背中の方がよりボロボロだったの。彼女の傷もそれに合わせて背中に細かくあったってオーナーも言ってたわ」
コネルコは自分が話している途中である可能性に気付く。ヴィラーシュも顔を険しくさせて顎に右手を乗せる。ただ確信が持てない事と彼女のオーナーが誰なのかが分からない現場、その状況をユキがいる状況で話せば混乱が起こる事が容易に想像出来るのでこの場では話さない事にした。
アイコンタクトをヴィラーシュに取ると彼女は僅かに頷いた。どうやら意図は伝わったようだ。暫しの沈黙が流れる中で声が上がる。
「そういえばユキちゃんは今後どうするんですか?」
サージュが徐に質問した。実際問題一時的に預かっているとはいえ、どう過ごさせるかは気になるようだった。
「そうね、ユキちゃんにはオーナーが見つかるまでしばらく色々手伝ってもらいましょう。触れ合っている内に何か思い出すかもしれないわ。記憶を求めてもいいけど、今はまだ……ね?」
コネルコはそう答えた。無理に記憶を呼び起こすよりもここで過ごしてもらいながら精神が安定するのを待つ事を選んだ。
「さて、そろそろ?ユキちゃんにはそうねぇ……本の整頓をメルシュカルちゃんという子と一緒にしてもらおうかしら?ラヴァベルちゃん。案内お願い出来る?」
「分かりました!じゃあ一緒に行こっか!ユキちゃん」
「ん……」
ラヴァベルはユキを引き連れて事務室を出た。ちょっとだけ早足で引っ張っていってユキが少しの驚きと困惑の表情をしていたのは見なかった事にした。
「サージュちゃんもありがとう、今日はこのまま自由にしてていいわよ」
「分かりました。では家に戻ります。お疲れ様ですコネルコさん」
「お疲れ様」
午前中にほぼ1人で対応をやっていたサージュに労いの言葉をかける。サージュはそのまま事務室から去った。残ったのはコネルコとヴィラーシュの2人だけになった。
ヴィラーシュが事務室の扉が開いていないのを確認して声を掛ける。
「コネルコさん」
「うん。私も話しをしていて思ったわ。多分彼女、何かの事件か事故に巻き込まれたかもしれない。あの傷と汚れ方だと長い期間放置されたというよりもつい最近出来た物に思えるのよ」
彼女の意図を察したコネルコは先程思い浮かんだ可能性を口に出す。彼女がユキを見つけた時は救護が優先でそこまで意識が向かなかった事をあり、改めてゆっくりと思い出す事で今回の事に気付いた。
「事件か事故……どんな物なの?」
「それは分からないわ。でもなんか引きずられたような……いえ、推察だけで話すのはダメよね」
コネルコは考えようとするがすぐにやめた。あまり詮索しすぎるのもよろしく無いと考えたからだ。だが、ユキのオーナーを探る手掛かりが現状これしか無いのでどうしようかと悩む。ヴィラーシュはそれを見てある提案を投げかけた。
「地元新聞とかに載ってない?」
「地元新聞?」
首を傾げるコネルコ。
「ユキがそんな状態だったならオーナーも同じぐらいかそれ以上に酷い事になっていたと思う……だから多分新聞には載っているんじゃないかな」
コネルコは納得の表情をした。確かにそれならば被害者の名前として載っている可能性があるとは思った。そこで彼女はこの図書館には地元紙が保管されている。最新号から数年前までの物があったのを思い出す。
「あーなるほどぉ、じゃあ私は今から過去分を……」
「私がやるから」
彼女が今から取り掛かろうとしたのをヴィラーシュに止められる。コネルコは当然渋る。
「え?でも……」
「いいの。読む物が小説から新聞に変わるだけだから」
ヴィラーシュは閉館した後によく本を読んでいた。その時間を削ると言うことは彼女の余暇が減る事になる。だが本人たっての希望を断るというのもそれはそれで良くは無い。なので念を押して聞いてみる事にした。
「本当にいいの?」
「いいわよ。彼女のオーナーが無事か気になるから。閉館したら2週間分ぐらい資料室から持っていくから」
「分かったわ。じゃあお願いするね」
ヴィラーシュの意志は固くコネルコとしては彼女に任せる他なくなった。少々悪い気はするが、その頼もしさに思わず微笑みが溢れる。ヴィラーシュは身なりを軽く整えると改めてコネルコの方に視線を向ける。
「じゃあ私は仕事に戻るから」
「うん、じゃあ何かあったら呼んでね」
コネルコの言葉を背にヴィラーシュは事務室を出た。1人になった事務室で1人ごちる。
(頼りになるようになっちゃって……ふふっこういう時で無かったらちょっとうるってきちゃうかも。さて、私のお仕事も進めよう)
コネルコは事務室での自分の仕事をやり始める事にした。
時間は経ち、夕方。図書館もそろそろ今日は閉館という所でコネルコも閉館作業を行う所だった。今いるメンバーはヴィラーシュとメルシュカルとシュベルコの3人
。コネルコが午後に来た返却された本を棚に戻す作業をしようとしたが、ヴィラーシュが既に大半を終わらせていた為、清掃をしようと用具入れの方に足を向けると。話し声が聞こえてきた。
なんとなく気になって見てみると、メルシュカルがユキに掃除の仕方を教えているようだった。今からやるような雰囲気だった為話しかける。
「メルシュカルちゃん。今からお掃除するなら私も手伝うわよ」
「え?あぁあらコネルコ。じゃあありがたく手伝って欲しい……って言いたいけどシュベルコが苦戦してるっぽいからそっちやったげて」
コネルコに気付いて顔をそちらに向けるメルシュカル。ただその直後に困り笑顔に変わる。何か小さなトラブルが起きたようだ。今メルシュカルがユキの掃除を教えている。ヴィラーシュが返却された本を棚に戻している。となると後残った作業は一つだけだった。
「もしかして締め作業?」
「うん。ほらシュベルコって機械音痴でしょ?ヴィラーシュが返却された本の棚入れで私がこの子に掃除を教えて……ってしてたらそうなっちゃった」
シュベルコはどうも機械というよりもパソコンのような端末は苦手らしく、閉館作業時には掃除する事が多かった。だがユキに清掃を教える関係で3人の中で教えるのが1番上手なメルシュカルが清掃に回り、ヴィラーシュが返却された本の処理をしているとなったら自然とこうなってしまったらしい。
「分かったわ。ところでユキちゃんの様子はどうかしら?」
午後のユキの様子が気になり話題を振ってみる事にした。
「コネルコを襲ったって聞いてたけど、そうとは思えないぐらいには大人しいわよ。ただ人と話すのは苦手のようね」
「何かに怯えているとか?」
「いや、どちらかと言えば元からだと思うわ。んーそうね、人との接し方……というよりも初対面の人との会話の経験が殆ど無いみたいな感じね」
メルシュカルは腕を組み右手を顎に乗せて思い返していた。彼女の話からすると本来はかなり大人しい子なのだろうか?それがあのような事を引き起こすような状態になってしまっていたとなれば、のっぴきならない事態が起きたと思えてしまう。
「かなり追い詰められていたのね……オーナーが見つかるまではゆっくりと、時々手伝ってもらいながら過ごして、少しでも心の傷が癒えればいいわね」
「そうね……」
コネルコ達はユキを見つめる。その視線を感じた彼女は不思議そうにして首を傾げて見つめ返す。その様子にコネルコは微笑んで返す。
「なんでも無いわ。じゃあ今からシュベルコちゃんの所に行ってくるから、何かあったり時間が掛かりそうなら言ってね」
「分かったわ。じゃあユキ、続きをしよっか」
コネルコは2人の元を離れた。あの様子ならばユキは大丈夫だろうと思いながらシュベルコの元へ向かった。
その後シュベルコの所へ向かったコネルコは変な風に処理された物を戻したり原因が分からないエラーを再起動で対応したりしている間にユキとメルシュカルは先に掃除を終わらせて家に帰っており、残っているのはコネルコとヴィラーシュだけだった。
コネルコはヴィラーシュにもうそろそろ完全に戸締りする事を告げようと図書館の中を探すと、広い机の上に小さなランプをつけて新聞を広げている彼女を見つけた。
「そろそろ閉めるけどヴィラーシュちゃんどうする?」
「戸締りは私がしておくから先帰っていい」
「そう?じゃあお言葉に甘えさせてもらうね。あまり遅くならないでね?オーナーも私も皆んなも心配するからね」
「分かった」
コネルコは先に図書館を出た。ヴィラーシュはそれを横目に見ながら新聞の記事に目を通す。調べるのは何かの傷害性を伴った事件。まずはそれをピックアップする。そして何処で発生したか、被害者の名前が記載されているならばその名前も一緒にメモに書き残す。だがこの町は平和でそのような事件があったとしてもここ1ヶ月分の中でも1日分で多くて2件ほど。しかもそのような記事自体が無い事も多く、そもそも事件事故を見つける事自体が困難といった具合だった。その中でもユキに関係がありそうな物はなかなか見つからず記事探しは難航すると思われた。
(……あっ紅茶がなくなった。休憩するついでに淹れて来よ……ん?)
ふと今日から数日前の記事が目に入る。記事の詳細を見てだんたんと目を見開いていき、これかもと呟いて休憩する事も忘れてすぐさまメモを書き出した。
翌日、コネルコはヴィラーシュが家に戻ってないと聞いて心配になって図書館へ急ぐと、少々広い机に突っ伏している彼女を見つけた。様子を見ようと近づくと、開いていたメモ帳を枕にして規則的な寝息を立てていた。開館までに机の上のものを退かしておかなければならないのでとりあえずコネルコは彼女を起こす事にした。
「ヴィラーシュちゃん。朝だよ」
声をかけるだけでは起きる気配は無い。そこで身体を揺らしながら声をかける。
「ほら起きて」
「う……んぅ……ぇ?」
ゆっくりと目を開けたヴィラーシュ。その視界には至近距離で顔を覗くコネルコと僅かな陽の光に照らされた室内が目に入った。
「ぅん?……あれ?……えぇ⁉︎」
ようやく状況が理解できたヴィラーシュはいきなりスッと身体を上げる。その動きにコネルコは少々驚いた。
「お、おはようヴィラーシュちゃん」
「え、あ、おはよう…ございます。もしかして、寝てた?」
「それはもうグッスリと」
顔を赤面させて俯いて頭を抱える。その光景を微笑ましく見ているコネルコはとりあえず机の上の新聞を纏める。
「とりあえず今日は家に帰ってゆっくりしてなさい」
「え?でも午後は……」
「午後も私がやるわよ。それに昨日は遅くまで調べてたようね?」
メモ帳に視線をやるコネルコ。ヴィラーシュはメモを手に取ってコネルコに渡す。内容を見ると簡潔に事件のあった日、内容、被害者の名前と状態が纏められてた。その中でも一つ、二重丸がついたものがあった。
「ふわぁ……ぁぁ……その二重丸をつけたのがコネルコがユキを拾った場所の近くで起きた物で……多分コレだと思うけど、全部は見きれて無いから今日も見てみるけど……」
ヴィラーシュが寝ぼけ眼で彼女が見ているであろう内容に補足する。ただその中に聞き逃せない一言が混じっていた。
「今日は一日家で休んでいなさい」
「嫌よ、せっかく面白くなって……ぅぁあ〜」
「そんなのじゃ見つかるものも見つからないわ」
「でも午後が」
「私がやるから。ね?」
「……はい」
顰めっ面で諭すコネルコに折れて渋々了承するヴィラーシュ。ちゃんと寝てないのが丸わかりで、図書館の仕事をさせられないのでとりあえず帰らせる事にした。ヴィラーシュは立ち上がると少しフラつきながら事務室の方へ向かった。多分そのまま帰るだろうと思いながら開館作業に移ろうとしてふと、手に彼女の手帳を持ったままという事に気付いた。慌ててコネルコはヴィラーシュを追いかけて彼女に返してから改めて帰らせた。
開館作業を済ませて時間を待つ間にコネルコはメモの内容を思い出しながらユキの方を見る。今日の午前担当はシュベルコとサージュ。ユキを連れてきたのはサージュだった。
あのメモ帳の内容はすぐには共有しなかった。いや共有出来なかった。何故ならばあの記事の被害者が本当にユキのオーナーだったとしたら、その人は既に亡くなっていたからだ。轢き逃げ事件で犯人はまだ捕まっていない。その上あくまでもまだ仮定の話であり、本当にその事件の被害者がユキのオーナーかは断定出来ない状態であった。
「……明日辺りに現場に行ってみようかしら」
ふと口に溢してしまった言葉をシュベルコに聞かれて首を傾げられた。
「いえ、なんでも無いわ」
コネルコは少し誤魔化すように移動した。シュベルコはそれをじっと見ているだけだった。
所かわってサージュとユキは最終チェックをしていた。基本的にサージュは受付で本の貸出返却処理を行なっている。今日はその後ろにユキを座らせて返却された本を運ばせようとしていた。
「準備よしっ。じゃあゆっくりと待とうねー」
流石に多くの人が来る事もあまり無いので意外に暇なものである。いつもは人が居ないうちに今日返却期限の人をリストアップしておく。後ろでユキがその様子を見ているが気にせず作業を続ける。すると、受付に人がやって来る。
「すみません。本を探して欲しいのですが」
「どのような本ですか?」
「えーっと、確か第二次大戦時の象と飼育員の話し……というのは覚えているんですが」
「少々お待ちください」
受付には貸出返却処理だけでなく本探しの人も来る事がある。そしてこういう風に曖昧な内容から推察する事もままあるようだ。サージュは顔を上に上げて探し物の本のタイトルを思い出す。
「それは『かわいそうなぞう』で合ってますか?」
「そうです!それです!」
「その本でしたら――」
本の場所を案内して一息つく。ユキはその光景に目をパチクリさせている。何かとんでも無い物をみたような顔だった。
「ん?どうしたの?」
「……どうして?」
ユキにとっては僅かなヒントで探している本を探り当てた事が信じられない様子。
「あぁ、図書館で働いていると自然に覚えるよ。それにこういう事なら多分コネルコさんとヴィラーシュさんの方がもっと得意だった筈だよ」
サージュの発言にユキは呆然としている。彼女の背景に宇宙が見えるような様子でサージュを見つめていた。
しばらく受付には誰も来なかったが、ある時に本を返却しにきた人がやってきた。
「これ返却お願いします」
「はい、図書館カードをお願いします」
「ではカードお預かりして本をお願いします」
サージュに促され、その人は4冊の本を出した。それらのバーコードを読み取り一旦脇に置いておく。
「はい、これで全部ですね。また借りに来てくださいね」
その人はそのまま外に出た。サージュはユキを呼び出しある指示を出す。
「ユキちゃん、これをあのカートに入れてきてね。ジャンルが分からなかったら呼んでね」
「うん……」
ユキは表紙のタイトルや表紙絵からジャンルを予測して入れようとするが、2冊は分かったが残りの2冊がジャンルが分からなかった。
「サージュ……」
「どうしたの?ユキちゃん」
「これ……」
「ん?あぁコレは……確か冒険譚と地理小説だね。だから……」
そう言いながらサージュはそれぞれのカートに本を入れていく。慣れた様子で2箇所に本を入れていく。
「これでよし、っと」
「すごい……」
「そんな事ないよ。さっ戻ろっか」
ユキの一言に照れながらサージュは受付に戻った。その後も本探しを頼まれたり貸し出したり返却されたりを程々に繰り返しながら午前中は終わった。
午後になり、館内のメンバーが入れ替わった頃にユキは自由にしていいと言われた。だが何をしたらいいのか分からずに呆然としていると、ある光景が目に入りそこへ向かう事にした。
その光景とはシュベルコの周りに犬や猫やウサギやらの小動物が彼女を囲っている光景だった。シュベルコはそのような状況でも慣れた様子で擦り寄ってきた猫の頭を撫でている。近づいたユキに気づいて撫でる手を止めないまま彼女の方へ向いた。
「どうしたの?」
声を掛けるがこの光景に困惑して何も返って来なかった。そんな様子のユキをシュベルコは表情を変えずに続けた。
「猫……平気?」
「ちょっと……苦手」
猫に威嚇され続けたのだろうか、苦手意識がユキにはあった。シュベルコは猫の頭を軽くかいてからある提案をする。
「触ってみる?」
「え?……でも」
また威嚇されたら嫌だなと思いつつもシュベルコの手によって少しふんわりした猫の毛並みが気にならないというのも嘘になる。悩むユキに追い討ちをかけるように続ける。
「大丈夫、この子は引っ掻かない」
その提案を受け、ユキはゆっくりと手を猫の前に差し出す。だが上から行ったせいで猫が少し後退りさせてしまう。その様子に手を引っ込めてしまった。
「猫の顔の下から、やってみて」
言われた通りに今度は顔の下から手を伸ばしてみると、今度は自ら手のひらに顔を寄せてスリスリする。ユキはその手をゆっくりと動かした。すると猫は気持ちよさそうな顔をしながらそれを受け入れた。
ユキの顔がほんのりと柔らかい雰囲気を持った物になる。顔は相変わらず無表情だが最初の頃に比べると目元がなんとなく柔らかくなったような気がしたシュベルコであった。
その後もコネルコに呼ばれるまで動物達と戯れたシュベルコとユキだった。
時間は少し遡り午後に入りメンバーが入れ替わった図書館の中、午後はラヴァベルとメルシュカルが入る事になっていた。
「おはようコネルコ」
「おはようございます!ってヴィラーシュさんは?」
「おはようメルシュカルちゃん。ラヴァベルちゃん。ヴィラーシュちゃんは昨日夜更かししちゃってここで一晩過ごしちゃったから今日は休み。午後も私が入るわ」
普段ならばいる筈の人が居ないのは違和感しかなく、きて早々疑問に挙げられた。特に隠す事も無かったのでコネルコはそのまま理由を話した。
「大丈夫なんですか⁉︎」
「そういえば家に戻ってないと思ってたけど、よっぽど夢中になってたのね」
心配そうなリアクションを取るラヴァベルと少しだけ揶揄うような素振りのメルシュカル。
「そうみたいね。だから午後も私が……」
コネルコが今日の予定を話そうとしたら
「おはようございます」
居ない筈の人の声が聞こえて振り向くと、休みを言い渡された筈のヴィラーシュがそこに居た。コネルコは驚きラヴァベルは笑顔になり、メルシュカルはあら、と言った風に反応した。
「ヴィラーシュちゃん⁉︎今日は1日休みって言ったわよね?」
「それが、一度寝たら寝れなくなって……暇なのもあれなので来た」
思わず問いただすコネルコにヴィラーシュは少し困った様子で答えた。恐らく昼寝して起きたらまだこの時間だったのかもしれないが、睡眠時間が圧倒的に少なく一時的な不眠状態に近いものであると容易に想像出来た。
「家であの人と遊んでなさい?」
「――は今日夜まで居ないよ」
「そうだったわ……」
コネルコはオーナーと遊ぶ事を提案するが、ヴィラーシュがその提案を否定する。実際彼女達のオーナーも社会人で家にいない事もままあるのである。その為コネルコは代案を提案する。
「じゃあ事務室のソファで寝なさい?」
「夜寝れなくなるよ」
色々想定外で空回りするコネルコ。それを見てため息をつくヴィラーシュは一言。
「はぁ……作業はしない。ただ本を読ませて」
そう言ってコネルコを見つめ返す。その眼差しに根負けした彼女が今度はため息をついた。
「……仕方ないわね。ただ、表にいると話しかけられるかもしれないから事務室には居てもらうけど」
「それでいいよ」
ヴィラーシュはそのまま読む本を探しに行った。その光景を横から見ていたラヴァベルとメルシュカルはそれぞれ思った事を話し始める。
「あの子、案外頑固な所あるのね。それにコネルコ、あんたもあそこまで空回りするんだ」
「思っている以上に本が好きなんですねーヴィラーシュちゃん」
慌てる様子を見られたコネルコは恥ずかしそうにしていた。普段からは想像出来ない姿を晒してしまった事を恥じているようだ。そうしているとハッと何かを思い出した。
「あっ明日の事を話し忘れていた」
「明日って何かありましたっけ?」
話の勢いですっかり忘れてしまっていた事と、2人にはまだ話していなかった事を思い出す。
「明日、ユキちゃんを拾った場所とその周りを調べようと思うの。それで朝から出るからヴィラーシュちゃんに代わりを頼もうとしてたのよ」
「何か手掛かりでも見つけた?」
メルシュカルが探りを入れる。だが未だ可能性の範疇を越えない事柄を話すのも良くはないと思い、そこの部分だけぼかしてコネルコは話した。
「もしかしたら……としか言えないけど、これは当たってほしくは無い事ね……」
2人は首を傾げた。一体何を知ったのだろうかと思ってはいるが、これ以上は話さないだろうと思い一旦忘れる事にした。
「ま、分かったわ。アンタなら大丈夫だろうけど、無茶はしないように!」
「そうですよ!危なくなる前に帰ってきて下さい!」
「分かったわ、心配してくれてありがとう。さ、お仕事の続きをしましょう?」
照れるメルシュカルと満面の笑みのラヴァベルに仕事の続きを促してから、コネルコはヴィラーシュにも同様の件を話し、承諾を得てコネルコは現場へ赴いていく事にした。
翌日、コネルコは最初にユキを見つけた場所に訪れていた。そこは何の変哲もない林。ただ少しだけ歩けば道に出られるようなそんな場所だった。地面は土や落ち葉に覆われており、ユキについていたような傷がこの林の中で出来るとは思えなかった。何かが起きたとすればやはり道の方だと思い、道の方へ出た。
その道は住宅街の中でよくあるタイプの道で車通りは余り無い。特に変わった様子も無いように見えたが電柱の脇に花や飲み物が供えられてるのを見かけた。そこへ歩き寄ってしゃがみ込む。
(花の一輪でも持ってきた方がよかったかしら)
そう考えながら手を合わせるコネルコに後ろから不意に声を掛けられる。
「すみません、貴方も息子の知り合いですか?」
振り向くとそこには親子が居た。子供の方は中学生ぐらいだろうか学校の制服を着ていた。コネルコは返答に困る。何故なら息子と言われても名前がまだ分からない事と、手を合わせたのは誰であろうとそこで亡くなった人を穏やかに送りたいという気持ちであった為だ。
「あ、いえ、直接会った事は無いのですがここの近くである人形を拾いまして。もしかしたら、関係している人が居るかもしれないと思い……」
「つまり貴方はただの他人という事ですよね。イタズラに手を合わせないでくれますか?」
コネルコの返答に少々の苛立ちを見せる母親に彼女は頭を下げた。
「それは、申し訳ありませんでした」
「それに息子は人形なんて趣味無いんです。さっさとお帰り下さい」
とりつく島もない様子の母親を見て、これ以上機嫌を損ねさせたく無かったコネルコは去ろうとするが、子供の独り言でその判断を翻す事になる。
「じゃあなんで子供服なんて……」
「子供服、ですか?」
コネルコは子供の独り言にたいして聞き返す。ある可能性が浮上した以上引き下がってしまうよりかは突っ切ってしまおうという考えだった。それに今日という日を逃したら今度は翌週になってしまう上、せっかく変わってくれたヴィラーシュにも悪いので。多少強引にでも進めなければいけなかった。
「え、あ、はい。実は……」
「貴方には関係無いですよね⁉︎これ以上居座るなら警察呼びますよ⁉︎」
流石に激昂して母親に警察を呼ばれそうになるが、それでも一言添えたくなってしまった。
「本当に差し出がましいのですが、その服は恐らく人形……正確にはドール用だと思うのです」
「「え?」」
真剣な眼差しで唐突な事を言われた親子は困惑した表情になっていた。コネルコは懐から携帯を取り出してある画像を見せた。
「このような服が家にありませんでしたか?」
「……確かにありました」
その画像は和服を着たユキの画像だった。母親はどうやら服には心当たりがあったようで余計に困惑した表情を見せた。何せドール趣味とは無縁だと思われた息子が、いつの間にかその趣味に目覚めていたとなれば彼女の中で疑問が膨れ上がるのも無理は無い。
「良ければ家の中を見せて貰えませんか?中を見れば分かる筈です。彼がドールと暮らしていたかどうか」
コネルコは無理を承知で頼み込む。母娘は顔を合わせて再びコネルコの方へ向いた。
確認の為という名目で、息子の家に入らせてもらったコネルコ。家の広さは14畳の1LDK、一人暮らしならば十分な広さと言えるその部屋の箪笥の中には本人の物と思われる服と、サイズの小さな女性物や和服が見つかった。探し物をしていると家に迎え入れた母親が問いかけてくる。
「でも何故人形用の服だと?」
「娘さんの発言です」
コネルコは振り返って返答する。母親は首を傾げた。
「娘の?」
「そうです。あの時『子供服なんて』と言ってましたよね?」
「あ……はい、多分そうだと」
急にコネルコから話を振られた娘は曖昧な返答をする。ただの独り言だったので良くは覚えていなかったようだ。
「それですと、息子さんの家には子供服があるのがおかしいって思っていた。そうですよね?」
「はい。それはそう思いました」
娘に再度話を振るコネルコ。今度はハッキリとした回答が出た。その違和感はしっかりと残っていた。
「その反応から、息子さんは独身、若しくは婚約していてもお子さんが居ない。と推察したまでです」
ドールを持った事を知らない人からすれば奇妙な話しではある。ただこの部屋には決定的な物が足りて無かった。その点を母親が指摘する。
「でも、肝心の人形は?」
そう、人形の姿がこの部屋には無かったのだ。着せ替えていたのは女性物。つまり少女型ドールが居なければおかしい状況。やはりただの詭弁だったのかと母親が思い始めた頃に、コネルコはある一つのガラスケースを指差した。そのケースはちょうどコネルコが入るぐらいのサイズであった。
「このケース。等身大ドール用の物です。普段は埃が被らないようにここに入れていたのかもしれないですね」
「でも人形はありませんよね?」
「えぇ、何処にも見当たらないのが不思議で……」
コネルコは母親の問いに答えながらも色々散らかさない程度に探すが見つからない。あまり気乗りはしないがある提案をするしか無いと彼女は思った。
「あの、息子さんの顔写真をお願い出来ますか」
「何に使うので?」
「知り合いにドールを趣味にしている方が居まして、そこからドールを買ったかが分かるかも知れなくて」
何故かと聞かれて咄嗟に嘘をついたコネルコ。知り合いというのは自分のオーナーの事で、コネルコ達の事を知っているならばそこは事実である事は違いないだろう。だが聞く人物はその人では無いのだが。
「……わかりました。確か……」
あまり納得はしていないようだが、とりあえず写真を見せてくれるようで母親はスマートフォンを取り出してある画像を見せた。
「成人式の時の写真ですが」
そこには照れくさそうな顔をした男の人が立っていた。背景からして数年前であろうそれをコネルコは自身のスマートフォンで直撮りした。画質は多少小さくなっているが十分な物だった。
「ありがとうございます」
「でも、こんな事が分かったとして。貴方に何の得が?」
不可解なことの連続で母親は疲れたように聞いてみる。
「……全てが分かったら教えます。あ、その為に連絡先を交換しませんか?」
「え?まぁはい……」
勢いでそのまま連絡先を交換したコネルコと母親。そしてそのまま家を出ようとする。
「今見ておきたい事は全部見る事が出来ました」
「そうですか……」
「突然の事をお願いして本当に申し訳ありませんでした」
「いえ……」
「では、失礼致しました」
頭を深々と下げるコネルコ。その様子に怒ることもなく母親も頭を下げた。そして家を出て表札を確認する。そこには『藤井
閉館作業中である図書館にコネルコは訪れていた。目的としてユキに先程までの話しをする為だ。事務室に繋がる従業員用勝手口から入ると目の前にはヴィラーシュが居た。
「今日は来ないんじゃなかった?コネルコ」
「本当は来ない予定だったけど聞かなきゃいけない事が出来てしまったの」
「そう、じゃあ呼んでくる」
詳細を聞かずに事務室から出た。少しするとユキを引き連れてきていた。ユキはおっかなびっくりと言った様子でヴィラーシュとコネルコを交互に見ていた。
「突然ごめんねユキちゃん。ちょっと聞きたい事が出来てね」
ユキは首を傾げた。コネルコはスマートフォンを開いてある画面を彼女に見せる。
「藤井キョウヘイさんっていう人、知ってる?」
画面を見ていたユキの息がだんだんと荒くなっていく。瞳孔が細くなって震えていく。そのまま頭を抱えだして「あっ」という声が断続的に聞こえてきた。そして声にならない叫び声があげられると動かなくなった。
「思い……出した……」
荒い息のまま一言、ユキはそう言った。そして一度深呼吸をした。
「どうして……忘れて………………どうして、あの時、守れなかったんだろう……」
「……」
ショックが大きいようで独り言のように呟くユキ。それを見てコネルコは顔を俯かせる。覚悟していたとはいえ実際に目にすると辛い物があった。だがそれでも聞かなければならなかった。
「……当時の事、教えてくれるわね?」
コネルコの問いにゆっくりと頷いたユキ。涙を拭って少しづつ語りはじめた。
「あの時は、夜にオーナーと景色を見に行こうとして……いく途中で、何か強い光が見えたと、思って。そこまでしか分からない……」
「……ありがとう」
コネルコは微笑みかけて彼女に礼を告げた。辛いだろうが話してくれた彼女を案じている物だった。そして辛い顔をしているユキはコネルコに問いかける。
「オーナー……キョウヘイは無事?」
その問いにコネルコは目を瞑り横に首を振った。再び涙が出るユキ。そのまま大きく泣き出した。それをコネルコ達は止める事もせずにただただ見守るのみだった。
ある程度落ち着いてからコネルコは、オーナーに電話をかけようとしてヴィラーシュに止められる。
「今の話は筒抜けにさせた。――なら既に例の服を警察に届ける準備に取り掛かってる」
既に電話していたようで、既に動きだしているようだった。証言もあるので大丈夫だと思いながら、あと一つ、今日中にやる事をしなければならなかった。
「今日は帰りが遅くなる事、連絡しなきゃ」
コネルコはスマートフォンのメッセージに帰りが遅くなる旨を送っておき図書館を出た。
夜、再びユキを拾った林に訪れたコネルコ。明かりなど無く、真っ暗闇の中である疑問を解決する為に散策を行っていた。
(何故キョウヘイさんはユキちゃんをここに連れてこようとしたのかしら?……っ⁉︎)
その疑問に思案を張り巡らせながら歩いていると、突然光に晒される。思わず振り向くとそこには、懐中電灯を持ったヴィラーシュが立っていた。
「ヴィラーシュちゃん⁉︎何故ここに?」
「いく場所があるから帰りが遅くなるって聞いて。ここだろうと思った。それで何か引っ掛かる事でもある?」
少し呆れた様子のヴィラーシュにコネルコは照れながらも自らが抱いていた疑問をヴィラーシュにも話す。
「そうね、そもそもキョウヘイさんはどうしてユキちゃんとここに来たのか。しかもこんな暗いところをね。それが気になっちゃって」
「確かに気になるけど。それって重要?」
「えぇ、彼女を連れていくべき場所に連れていく為にね」
「どういう事?」
歩きながらヴィラーシュに話すコネルコ。途中、意味深な発言をしてヴィラーシュを傾げさせるが、そんな事気にせずに進んでいく。すると林を抜けて広い空間に出た。周りに木が生い茂っているがその場所だけは何故か空いていた。そしてそこから見える光景を見てコネルコ達は何故ここにユキを連れてきたのか、その理由が分かった。
翌日、いつも通りに図書館に着いたコネルコは少しニヤついたメルシュカルに出会った。
「昨日は遅かったじゃない?何処に行ってたの?」
「少し調べ事をしてて、全部分かったんです」
「もしかしてユキの事?」
ニヤつくのをやめて普通に聞き始めるメルシュカル。
「ええ、多分今日がユキちゃんと一緒に居ることが出来る最後の日かも知れないわね」
「ふーん」
興味ないような素振りを見せているが内心少し寂しく感じるような雰囲気があった。どうやらたった数日だが仲良くなれていたようだ。
「他の人には?」
「まだね。でもヴィラーシュちゃんは昨日一緒にいたから分かる筈よ」
ヴィラーシュがインドア派である事を知るメルシュカルは意外そうにしていた。
「へぇ……でどうするの?犯人捕まえようって?」
「いえ、そちらは警察のお仕事。私達はもう一つの謎の正体を伝えるべき人に伝える。ただそれだけよ」
彼女はただただ微笑んでいた。
コネルコは昼近くにキョウヘイの家族に電話を掛ける事にした。遺された物を明かす為に。
「もしもし」
『もしもし、貴方は確か……コネルコさん?昨日の今日で何か用が?』
あまりいい気分でもない様子の母親に意を決して告げた。
「えぇ、実はキョウヘイさんの事について色々分かった事があります。ですので少しだけで構いません。私に時間を頂けませんか?」
あの時に彼が何をしたかったのかを全て明らかにする為に。
閉館後、コネルコは花や飲料缶などが相変わらず残っている場所に居た。手を合わせながら彼女はそこでキョウヘイの遺族を待っていた。今度は明確に、貴方がやりたかった事を伝えると心の中で語りかけて。そうしていると足音が二つ聞こえてきた。彼女は立ち上がり振り返るとそこには母娘が居た。コネルコがお辞儀をすると2人はお辞儀を返した。
「先程電話があって、事件に進展があったと警察から……もしかして、貴方が?」
どうやらオーナーの方は上手くやっているらしい。そう思いながらコネルコは返事をする。
「図らずも、ですが恐らく犯人は時期に捕まると思います」
「でも、じゃあ何故私達を呼びだして……?これで全部解決したのでは?」
母親の疑問も最もである。息子を殺害した犯人が判明して捕まる。1番良い結末と言えるだろう。だがもう一つだけ、明かさねばならない事があった。
「全部、ではありません。
2人は頷く事も出来ずに固まっていた。あとは何が残っているのだろうか?という疑問の声が上がっていた。そしてそれが何を意味するのか、いつの間にか気になってしまっていたようだ。コネルコは同意と見て話しを続ける事にした。
「まずは彼の家にあった子供服や女性用の服。あれらはやはり、人形……ドールの為の物でした」
「そんな物は無いと、貴方も見たでしょう」
母親が反論する。確かに家には無かった。だが実際は
「ええ。あの時、あの家には居ませんでした。ですが初めて貴方と会った時に話した事があったはずです。人形の持ち主を探していると」
コネルコは視線を母娘から目を離し、別の方へと向けると丁度来たヴィラーシュとユキが居た。
「そちらの和服を着ている子。ユキちゃんと言うのですが、彼女がキョウヘイさんが持っていた人形です」
「人形?どう見ても人間じゃないですか⁉︎ふざけるのもいい加減に」
彼女が人形だと言われて揶揄われていると思った母親が怒りの感情を露わにする。だがその反応で確信したコネルコは遮るように話を進める。
「やはり、ご存じでは無いのですね」
「何がですか!」
「彼女達や私は人間では無く、”シュガードール“と言う特別な人形なのです。殆ど人間と一緒ではありますが……」
「そんなの聞いた事無いわ」
母親は目の前に居る存在を知らないと言う。先程までの怒りも今の一言で鎮火されたようだ。知らないと回答される事も織り込み済みで予想通りの反応であった。
「シュガードールは生きた人形。この地域ではポピュラーな存在ではありますが、それ以外では存在すら知らない物だと聞きました。所謂隠れた名産品のような物だと思っていただければ」
「信じられない……本当に人形?」
まだ疑心暗鬼の母親、それに対して娘は納得といった表情をしていた。
「あの子が言ってたの本当だったんだ……生きた人形……でも本当に兄の所の人形なんですか?」
「そうです。彼女に確認取りましたので確かです」
「そっか……」
感情がごちゃ混ぜになって何もかも分からなくなっている娘。受け入れるのに時間が掛かりそうだろうと思い、歩きだしながら話しを戻す。
「この町で暮らしはじめてからキョウヘイさんも呼ばれたのでしょう。あの雑貨屋さんに。そしてそこでユキちゃんと出会い、彼女を家に連れ帰り、キョウヘイさんの下で暮らすことになりました。
そして暮らすうちに彼女は感情を育まれていき、次第に彼に着いていくようになりました。そしていく先々でいろんな経験をする事である感情が芽生えました。
それは彼を守りたいという物。シュガードールにも色んな種類がありますが、ユキちゃんはウツセミという種類で彼女のように色んな経験をした子は主を守ろうとする……らしいです。そういう事もあり、より一層キョウヘイさんについていくようになりました。
そんな最中、キョウヘイさんは夜にある場所へと彼女を連れていく事にしました。ですがそこへ向かう途中で2人とも、事故に逢ってしまいました。事故を起こした運転手が救助活動を行えば、キョウヘイさんは助かったかも知れません。ですが、あろう事かその運転手は走り去ってしまった。
ですが走り去る際、その運転手からはキョウヘイさんしか見えませんでした。ユキちゃんは何処に居たかと言うと車の下に引っ掛かったままだったのです。恐らくは逃さないように……無意識の行動ではあったとは思います。当たった瞬間は覚えていてもその後は覚えていなかったようですので。
謎の引っ掛かりを感じた運転手が下側を覗いた時、彼女がしがみついていたのを見たその人は強引に引き剥がし、道路脇の林へと投げ捨てて立ち去った。その証拠として、その時着ていた服の背中側がかなり破れていたようで、傷も背中側の方が酷かったのがそれになります。
ここまでがまず轢かれるまでの経緯です。そしてここからは、
コネルコはいつの間にか入っていた林の中を通り抜けて広まった空間へと出た。そしてそこで歩みを止めて振り返る。
「ここが、キョウヘイさんがユキちゃんに見せたかった景色です」
再度振り返り今度は空へと顔を向けた。つられて他の4人も空を見上げた。
そこには無数の星々が瞬く夜空が広がっていた。今日は雲一つない快晴だった事もあり、星がよく見えた。
「キョウヘイさんは何かの拍子に見つけたこの景色を見てもらいたくて、ユキちゃんを連れてこようとしたと思います。これだけ綺麗に星が見れる場所はいまやあまり無いですからね」
4人は目の前に広がる景色に夢中になっている。そんな様子を見たコネルコは微笑む。そしてある提案をこのタイミングで出す事にした。
「実は今日来て頂いたのには、あと一つだけ理由がありまして」
「あと一つ?」
「ええ、是非ともキョウヘイさんが愛したドール、ユキちゃんを引き取ってもらいたいのです」
その一言で母娘はユキを見る。彼の忘れ形見と言っても過言でない彼女の様子が気にならないと言えば嘘にはなる。だがどこか躊躇する要素もあるようだ。
「でも、人形なんてそれこそリカちゃん人形のような物しか……」
「何も難しいことはありません。ただ人と同じように、愛を持って彼女に接すれば、必ず応えてくれる。それが私達シュガードールという存在です。それに私達の元よりも貴方達の所にいる方が彼女にとって、後々幸せになってくれる。そんな気がするんです」
躊躇するからこそ、引き取って欲しい。その心配事が出るだけでユキちゃんの事を少しでも思ってくれているのだからとコネルコは説得を続けている。
「…………そこまで言うなら引き取っても良いんじゃない?お母さん」
娘からも声が上がる。その説得もあってか母親は観念したかのように目を伏せた。だがその口元は少しだけ笑っていた。
「……わかりました。彼女を引き取ります」
その答えにコネルコとヴィラーシュと娘は嬉しくなって満面の笑みを浮かべる。
「ですが、本当にいいですか?」
ただやはり不安が残っているのか最後に確認を取ろうとする。するとユキがここで声を上げる。
「キョウヘイの家族の所で暮らしたい。コネルコから聞いた時から行きたいと思っていた。もっとキョウヘイの事、聞かせてほしい。だから……」
本人の想いを聞いて母娘はユキをそっと抱きしめた。その姿は本当の家族のような光景にみえた。
「これからは私たちの家族よ。ユキちゃん」
「よろしくね、ユキちゃん」
その光景を見たコネルコの目にはうっすらと涙が溜まっていた。ヴィラーシュはそれを見て微笑ましく見守る事にした。
翌日、図書館の中で働いている6人全員が地元新聞の三面記事に視線をやっている。その内容は[轢き逃げ犯逮捕]という物だった。表向きは新たな証拠がきっかけで捕まったとだけ記載されているが、その裏であった事を知る者は今いる6人とほんの数人以外には居ない。そんな事件の記事を見てラヴァベルが一言つぶやく。
「ユキちゃん。今頃どうしているかな?」
その発言にコネルコとメルシュカルが反応する。
「きっとあの家なら穏やかに、幸せに暮らしていると思うわ。それに何か困りごとが起きたら相談するように言っているから……ね?」
「そ、便りが無いのが良い便りってよく言うでしょ?でもちょっと寂しいわね……」
メルシュカルの一言に今度はサージュが反応する。
「あれ、数日で結構仲良くなったんですね」
「うるさい事言う口はどれかなー」
サージュのほっぺたを軽く引っ張るメルシュカル。それをわき目にシュベルコが少ししょぼくれた様子で呟く。
「もう少し、猫と触れ合って欲しかった……」
「まぁまぁ。今生の別れ、という訳でも無いからもしかしたら、また来てくれるかもしれないよ?」
それをコネルコが頭を撫でながら慰める。シュベルコはそのまま受け入れてされるがままになっていた。頭を撫でながらヴィラーシュの方に話を振る。
「ヴィラーシュちゃんが居なかったら多分、この真相に私達は辿り着けなかったかもしれないわね。ありがとう」
「別に、礼を言われるような事はしてない。それよりもそろそろ時間じゃない?」
そっぽを向くヴィラーシュ。だがその顔はほんのり赤く染まっているのに気付いていた。そして照れ隠しだろう発言で既に午後の作業の時間が迫っている事に気付いた。
「あら本当だわ⁉︎さ、そろそろ新聞をしまって午後の担当の子は作業を始めましょう」
慌ただしく新聞をしまい、彼女達はいつもの日常へとそれぞれ戻るのだった。
少女は無事に引き取られ、事件は全て明かされました。その後ユキは可愛がられながら行く末を見守るようになるのでしょうか?
因みにユキはうちの子では無かったりします。図書館組+αにだけ出すかもしれません。
オーナーの名前は出しません。というか思いつかないのでそのままです。