空蟬
図書館が休館日でやる事を既に終えたある日、コネルコは散歩をしていた。なんとなく、小さな林の方へ行ってみる事にしていると誰かが倒れているのを見つけた。彼女は慌てて駆け寄ると、服がボロボロに破れて傷があちこちに付いており、意識も無くなっているようで急いで応急処置と救護の依頼をしようとすると、ある事に気付く。
その少女は明治大正時代ぐらいでは庶民に着られていたかと思わせる和服を着ており、時代錯誤な雰囲気を感じた事。それと自分達“シュガードール”とどこか似た匂いを感じた事に気付き、念の為に心臓の音を聴こうと胸に耳を当てる。すると人間とは違ったとてもゆっくりとした心音が聞こえてきた。そこからコネルコはこの少女が人間では無くドールである事を確信して、自分達の家へと持ち帰る事にした。
自分達の家に帰った後、オーナー経由で雑貨屋に連絡と相談し、一時的に図書館で見る事にした翌日。コネルコは図書館に和服のドールを運び込んでいる所をラヴァベルに見られた。
「おはようござい……って誰ですかその子⁉︎」
「おはよう、ラヴァベルちゃん。実は……」
コネルコは歩きながらラヴァベルに昨日起きた事を話すと驚愕の様相を見せた。
「えぇー⁉︎そんな事が……でも近くにその子のオーナーさんは居なかったんですよね?」
「そうなのよ。彼女のオーナーが見つかるまではうちで預かる事にしたけど……見つかるのかしら?」
そうこうしている内に目的地である図書館の事務室に辿り着いた。ラヴァベルにドアを開けてもらい中に入るとソファに横たわらせ、そのまま開館準備へと移った。ある程度準備を整えた後に、他のドール達がやって来た。今日の朝担当はサージュだった。
「おはようございますコネルコさん。……そのソファで寝ているのは新人さんですか?家には居なかったような?」
不思議そうな顔をしながらソファで寝ている少女を見る。
「おはようサージュさん。あの子は一時的にうちが保護した子なの。でもずっと目を覚さないのよね……」
「そうだったんですね。目を覚さない、ですか……」
3人は未だ目を開けない少女に視線をやる。傷は昨日のうちに治せるだけ治したが、それでもなお目を覚さない。雑貨屋の話しでは命に関わらない程には回復しており意識も時期に戻るとの事だった。そうこうしている内に開館時間が迫ってきたので、一旦彼女達は図書館の仕事をする事にした。
無人になった事務室の中で少女はパチりと開ける。首だけを動かして周りを灯りの眩しさに目を細めた瞬間にガバッと起き上がる。手で何かを探るが目的の物が見つからないのかずっと探っている。時間が経つと同時に焦燥の様相を見せる。焦りがパニックに変わりだす頃にドアが開く。少女は鬼の形相でドアに駆け出した。
一仕事終えたコネルコは一旦事務室に入って小休止を取ろうとドアを開けようとした。だが扉が三分の一ぐらい開けた辺りで突然何かに捕まれ突き飛ばされ倒れる。突然の事で頭の整理が追いついて無いが、掴んできた何かの正体はすぐに分かった。彼女が昨日林で拾った少女だった。その顔は殺気立っており、今にもコネルコを殺しかねない程だった。実際に首根っこを絞められており必死に腕を掴んで抵抗をしているが、なかなか離せない。そんな最中少女は口を開いた。
「オーナーは!オーナーは何処だ!」
「あな、たの……オーナ、ーの事は、分から……」
コネルコが返答しようとしたら首を絞める力が増した。
「とぼけるな!」
抵抗もそろそろ限界に達しかけている。このまま壊されるのかと思い始めたその時、不意に少女が横に吹き飛ばされる。
「コネルコさん!大丈夫⁉︎」
「ケホっ!ケホっ!……ありがとう、ラヴァベルちゃん」
少女はラヴァベルのタックルによって吹き飛ばされたようだ。その後にやって来たラヴァベルとよく遊んでいる子供達もやって来て心配されるが、「大丈夫、ありがとう」と言って立ち上がって少女の方へ向く。子供達も釣られて少女の方へと視線を向ける。
少女はもう一度立ちあがろうとするが、力が抜けて膝を付いてしまう。コネルコ達は慌てて駆け寄る。
「起きたばかりでまだ調子が戻ってないんだね」
「ねぇ貴方。あそこで何があったの?」
2人は少女を支えながら、倒れていた理由を尋ねてみる。
「…………あの時…………何かが迫って……オーナーを守ろうと……」
目を細めたり見開いたり、瞳孔が不安定になりながら質問に答える。
「オーナーさんの名前は?」
「名前は……?」
オーナーの名前を聞かれた少女、だがその答えが出ず、だんだんと目が見開いて瞳孔が細くなる。
「…………ない」
「「え?」」
あまりに小声だったのでコネルコとラヴァベルは聞き返した。
「分から……ない!なんで⁉︎なんで⁉︎」
そのまま頭を抱えて錯乱状態に陥ってしまった。ラヴァベルはすぐさま抱き抱えて抑えようとする。そして彼女の耳元でそっと声を掛ける。
「大丈夫、大丈夫……じゃ無いと思うけど、大丈夫だからね」
彼女の言葉によってか抱擁の効果なのかいざ知らないが、少女は深く呼吸をし始めた。ただし未だに息が上がったままで完全には落ち着いていないようだ。その様子を見てコネルコはある提案をする。
「一旦事務室に連れて行きましょう?」
ラヴァベルは頷いて少女を立ち上がらせて未だ扉が開いたままの事務室へと運んだ。その場に居合わせた子供達には彼女を少し借りるよと告げてから自分も事務室に入った。
少女をソファに座らせて、コネルコとラヴァベルはその向い側に座る。少女の様子は俯いて放心状態にあった。そんな様子を見ていたラヴァベルはコネルコに聞いてみる。
「コネルコさん。この様子でお話し聞けそうですか?」「うーん、ちょっと難しいかも。けど聞かないとね」
困り笑顔のコネルコは顔をラヴァベルから少女に向けた。その顔はいつもの微笑みに戻っていた。
「さて、貴方のお名前は何ですか?」
「…………」
「……あまりのショックで聞こえてないのかしら?」
少女は答えない。というよりも耳に届いていないような様子だった。
「オーナーの名前を覚えていないというのがかなりショックのようですね」
「そうね。私たちだってそうでしょ?」
「確かにそうですけど」
ショックで話が聞けていない少女に同情しつつ、どうしようかと考える。このまま待っていてもいいが午後から来るヴィラーシュへの引き継ぎがある為、ここに留まり続ける訳にもいかない。というよりも一旦名前だけでも聞かなければ今後の対応もし辛いので、どうにか名前だけは聞きたい所ではあった。一旦色々忘れさせる為にコネルコはある提案をする。
「ラヴァベルちゃん。この子を連れてあの子達と外で遊んでおいで」
「え?あの様子で遊べますか?」
「普段よりも大人しい遊びなら大丈夫よきっと。それに一旦遊んだりして頭の中をリセットしないと。多分そのまま潰れてしまうと思うの」
「分かりました!あの子達と遊んできます!じゃあ、行こっか!」
そう言うとラヴァベルは少女の手を引いて事務所の外へ駆け出した。それを見送ったコネルコは思考を張り巡らせていた。
(オーナーの名前を覚えていないなんて……一時的なショックかもしれないけど、もしかしたら放置されていたとかで名前を呼ぶ機会が無かった?……ダメね、まだ彼女から何も聞いていないもの。話しを聞いてから判断した方がいいわね)
彼女も事務室を出て自分の仕事に戻る事にした。後でみんなに話しをしないとと考えながら、日々の業務である来館客の応対や本探しの手伝いなどをこなしていった。
コネルコに言われて、少女を外に連れ出したラヴァベル。少年達3人も巻き込んで何で遊ぶかを考えていたのだが……
「何かやりたい遊びとかありませんか?」
「…………」
と言った様子でどうしようかと悩んでいた。子供の1人が質問を投げかけた。
「なぁなぁ、お前ってそもそも運動出来るのか?なんかラヴァベル姉ちゃんよりもすっげぇヒョロっこいぞ」
その言葉に首を傾げる少女。あまり自分の事を気にしなかったのか、よく分からないといった反応だろう。
「やめなよヨシキ、それで前に痛い目を見ただろ?ほらあのシュベルコ姉ちゃんの時みたいに」
うっという声をあげるヨシキ。過去に見た目が特段細そうなシュベルコと腕相撲をした時に普段から元気溢れる動物を扱っているだけある彼女が負ける道理も無く、あえなく瞬殺されていた。
「でもコイツ絶対俺たちと身体動かす遊びをしても追いつかねぇだろ。なぁ?ツエジ!」
「さっき館長さんに思いっきり襲いかかってたからそれは無い」
今度はあっという声をあげるヨシキ。すっかり忘れていたらしい。どうしようかと考えているとラヴァベルはある提案をする。
「じゃあだるまさんがころんだとかどう?」
うーんと考える子供達。あまり気乗りしなさそうな雰囲気だがすぐにうなづいて。
「うん。やろう!他に思いつかねぇし!」
「だな。ヨウタもそれでいいよな?」
「うん、僕もいいよ」
と了承してくれた。ラヴァベルは近くの木を指さして
「鬼はあそこの木で他の子は……」
そう言いながら足で土を削って線を引く。
「ここから。最初の鬼は誰から行く?」
「じゃんけんで決めようぜ」
じゃんけんの結果……
「私が鬼だー!じゃあみんなはそこで待ってて!」
ラヴァベルが木の方へと走ってそばまで行き、後ろを振り返る。子供達と少女が線の後ろで待っているのを確認すると
「じゃあ始めるよー!だーるーまーさーんがーこーろんだ!」
そうしてだるまさんがころんだが始まった。
何回か鬼が入れ替わりながら遊んでいるとラヴァベルはある事に気づく。少女は笑顔を見せこそはしないがどこか雰囲気が和らいだようなそんな気がした。それとコネルコを絞めていた時のような動きをこの遊びの中で見せていなかった事に気付く。そこからしばらくして、少し休憩をしようと決めた時の雑談としてヨシキから質問が飛んできた。
「なぁ、そういえばお前名前なんだ?聞かずに始まっちゃったから聞いて無かったけど」
少女はヨシキの方を向いて首を傾げる。暫しして口が軽く開いて目を少しだけ見開いた。忘れていたような素振りでそのまま口を開く。
「…………ユキ」
「ユキって言うのか!そういえば俺たちも名前言ってなかったな!俺はヨシキ!でそっちが……」
ヨシキがツエジとヨウタを紹介し終えた後に遊びを続けようとしたが、不意に声を掛けられる。
「ラヴァベル、コネルコが…呼んでる。そこの子と、一緒に来てって」
「え?あっシュベルコちゃん。分かった今すぐ行くよ」
「「「えー⁉︎」」」
突然の招集に子供達は文句の声をあげる。これから楽しい事が出来ると思った矢先の出来事であった為に文句の一つや二つ出るのも致し方無いものではあった。
「また後で遊ぼう?ね?」
「ラヴァベル姉ちゃん俺たち今日塾あるんだけど」
「あー……じゃあ今度来た時に思いっきり遊んであげるから、ね?」
ラヴァベルの提案に渋々了承して子供達と別れる。その際に約束だからなと念を押された。
コネルコの招集を受けて視聴覚室に集まったラヴァベルやユキ、他にもサージュやヴィラーシュも居た。コネルコは今表で作業や受付をしている面々を除いて集まっているのを確認すると口を開いた。
「ごめんねラヴァベルちゃん。突然呼んでしまって」
「子供達には駄々こねられちゃいましたけど」
「それは悪い事をしてしまったわね……今度来たら思いっきり遊んであげてね」
子供達の不満の代弁受けたコネルコは少しだけバツが悪そうな顔をしていたが、すぐにいつもの表情に戻り話しを続ける。
「さて、そこにいる子は林の中で倒れて居た所を拾ったのよ。それで……」
話の続きをしようとしたが言葉に詰まり、目が閉じられる。コネルコがまだ聞いていないある事を作業している間に忘れていたのだ。
「名前を聞いて無かったわね。貴方のお名前を教えて欲しいな」
「ユキ」
「ユキちゃんね。それで……何か思い出せた?」
コネルコの質問にユキは俯いて首を横に振った。どうやらまだ何も思い出す事は出来ないらしい。
「そう……」
コネルコは一言そう返すしか出来なかった。無理に思い出させてまた錯乱させてしまうのも良く無いという判断であった。
そこにヴィラーシュから疑問の声が上がった。
「林で拾ったって言ってたけど、どういう状態だったの?」
コネルコはその質問でユキが倒れていた時の事を思い出す。
「あの時は服がボロボロになっていたわね。今着せているのはオーナーが見繕ってくれた物だけど、あの時の服は多分家にまだ残ってる筈よ。……あっでも確か一つ気になった事があったわね」
目を瞑りながら顔を少し上に上げながら色々思い出す彼女。最後の一言の時は目を開けて放った一言だった。ヴィラーシュは続きを催促する。
「気になる事って?」
「背中の方がよりボロボロだったの。彼女の傷もそれに合わせて背中に細かくあったってオーナーも言ってたわ」
コネルコは自分が話している途中である可能性に気付く。ヴィラーシュも顔を険しくさせて顎に右手を乗せる。ただ確信が持てない事と彼女のオーナーが誰なのかが分からない現場、その状況をユキがいる状況で話せば混乱が起こる事が容易に想像出来るのでこの場では話さない事にした。
アイコンタクトをヴィラーシュに取ると彼女は僅かに頷いた。どうやら意図は伝わったようだ。暫しの沈黙が流れる中で声が上がる。
「そういえばユキちゃんは今後どうするんですか?」
サージュが徐に質問した。実際問題一時的に預かっているとはいえ、どう過ごさせるかは気になるようだった。
「そうね、ユキちゃんにはオーナーが見つかるまでしばらく色々手伝ってもらいましょう。触れ合っている内に何か思い出すかもしれないわ。記憶を求めてもいいけど、今はまだ……ね?」
コネルコはそう答えた。無理に記憶を呼び起こすよりもここで過ごしてもらいながら精神が安定するのを待つ事を選んだ。
「さて、そろそろ?ユキちゃんにはそうねぇ……本の整頓をメルシュカルちゃんという子と一緒にしてもらおうかしら?ラヴァベルちゃん。案内お願い出来る?」
「分かりました!じゃあ一緒に行こっか!ユキちゃん」
「ん……」
ラヴァベルはユキを引き連れて事務室を出た。ちょっとだけ早足で引っ張っていってユキが少しの驚きと困惑の表情をしていたのは見なかった事にした。
「サージュちゃんもありがとう、今日はこのまま自由にしてていいわよ」
「分かりました。では家に戻ります。お疲れ様ですコネルコさん」
「お疲れ様」
午前中にほぼ1人で対応をやっていたサージュに労いの言葉をかける。サージュはそのまま事務室から去った。残ったのはコネルコとヴィラーシュの2人だけになった。
ヴィラーシュが事務室の扉が開いていないのを確認して声を掛ける。
「コネルコさん」
「うん。私も話しをしていて思ったわ。多分彼女、何かの事件か事故に巻き込まれたかもしれない。あの傷と汚れ方だと長い期間放置されたというよりもつい最近出来た物に思えるのよ」
彼女の意図を察したコネルコは先程思い浮かんだ可能性を口に出す。彼女がユキを見つけた時は救護が優先でそこまで意識が向かなかった事をあり、改めてゆっくりと思い出す事で今回の事に気付いた。
「事件か事故……どんな物なの?」
「それは分からないわ。でもなんか引きずられたような……いえ、推察だけで話すのはダメよね」
コネルコは考えようとするがすぐにやめた。あまり詮索しすぎるのもよろしく無いと考えたからだ。だが、ユキのオーナーを探る手掛かりが現状これしか無いのでどうしようかと悩む。ヴィラーシュはそれを見てある提案を投げかけた。
「地元新聞とかに載ってない?」
「地元新聞?」
首を傾げるコネルコ。
「ユキがそんな状態だったならオーナーも同じぐらいかそれ以上に酷い事になっていたと思う……だから多分新聞には載っているんじゃないかな」
コネルコは納得の表情をした。確かにそれならば被害者の名前として載っている可能性があるとは思った。そこで彼女はこの図書館には地元紙が保管されている。最新号から数年前までの物があったのを思い出す。
「あーなるほどぉ、じゃあ私は今から過去分を……」
「私がやるから」
彼女が今から取り掛かろうとしたのをヴィラーシュに止められる。コネルコは当然渋る。
「え?でも……」
「いいの。読む物が小説から新聞に変わるだけだから」
ヴィラーシュは閉館した後によく本を読んでいた。その時間を削ると言うことは彼女の余暇が減る事になる。だが本人たっての希望を断るというのもそれはそれで良くは無い。なので念を押して聞いてみる事にした。
「本当にいいの?」
「いいわよ。彼女のオーナーが無事か気になるから。閉館したら2週間分ぐらい資料室から持っていくから」
「分かったわ。じゃあお願いするね」
ヴィラーシュの意志は固くコネルコとしては彼女に任せる他なくなった。少々悪い気はするが、その頼もしさに思わず微笑みが溢れる。ヴィラーシュは身なりを軽く整えると改めてコネルコの方に視線を向ける。
「じゃあ私は仕事に戻るから」
「うん、じゃあ何かあったら呼んでね」
コネルコの言葉を背にヴィラーシュは事務室を出た。1人になった事務室で1人ごちる。
(頼りになるようになっちゃって……ふふっこういう時で無かったらちょっとうるってきちゃうかも。さて、私のお仕事も進めよう)
コネルコは事務室での自分の仕事をやり始める事にした。
時間は経ち、夕方。図書館もそろそろ今日は閉館という所でコネルコも閉館作業を行う所だった。今いるメンバーはヴィラーシュとメルシュカルとシュベルコの3人
。コネルコが午後に来た返却された本を棚に戻す作業をしようとしたが、ヴィラーシュが既に大半を終わらせていた為、清掃をしようと用具入れの方に足を向けると。話し声が聞こえてきた。
なんとなく気になって見てみると、メルシュカルがユキに掃除の仕方を教えているようだった。今からやるような雰囲気だった為話しかける。
「メルシュカルちゃん。今からお掃除するなら私も手伝うわよ」
「え?あぁあらコネルコ。じゃあありがたく手伝って欲しい……って言いたいけどシュベルコが苦戦してるっぽいからそっちやったげて」
コネルコに気付いて顔をそちらに向けるメルシュカル。ただその直後に困り笑顔に変わる。何か小さなトラブルが起きたようだ。今メルシュカルがユキの掃除を教えている。ヴィラーシュが返却された本を棚に戻している。となると後残った作業は一つだけだった。
「もしかして締め作業?」
「うん。ほらシュベルコって機械音痴でしょ?ヴィラーシュが返却された本の棚入れで私がこの子に掃除を教えて……ってしてたらそうなっちゃった」
シュベルコはどうも機械というよりもパソコンのような端末は苦手らしく、閉館作業時には掃除する事が多かった。だがユキに清掃を教える関係で3人の中で教えるのが1番上手なメルシュカルが清掃に回り、ヴィラーシュが返却された本の処理をしているとなったら自然とこうなってしまったらしい。
「分かったわ。ところでユキちゃんの様子はどうかしら?」
午後のユキの様子が気になり話題を振ってみる事にした。
「コネルコを襲ったって聞いてたけど、そうとは思えないぐらいには大人しいわよ。ただ人と話すのは苦手のようね」
「何かに怯えているとか?」
「いや、どちらかと言えば元からだと思うわ。んーそうね、人との接し方……というよりも初対面の人との会話の経験が殆ど無いみたいな感じね」
メルシュカルは腕を組み右手を顎に乗せて思い返していた。彼女の話からすると本来はかなり大人しい子なのだろうか?それがあのような事を引き起こすような状態になってしまっていたとなれば、のっぴきならない事態が起きたと思えてしまう。
「かなり追い詰められていたのね……オーナーが見つかるまではゆっくりと、時々手伝ってもらいながら過ごして、少しでも心の傷が癒えればいいわね」
「そうね……」
コネルコ達はユキを見つめる。その視線を感じた彼女は不思議そうにして首を傾げて見つめ返す。その様子にコネルコは微笑んで返す。
「なんでも無いわ。じゃあ今からシュベルコちゃんの所に行ってくるから、何かあったり時間が掛かりそうなら言ってね」
「分かったわ。じゃあユキ、続きをしよっか」
コネルコは2人の元を離れた。あの様子ならばユキは大丈夫だろうと思いながらシュベルコの元へ向かった。
その後シュベルコの所へ向かったコネルコは変な風に処理された物を戻したり原因が分からないエラーを再起動で対応したりしている間にユキとメルシュカルは先に掃除を終わらせて家に帰っており、残っているのはコネルコとヴィラーシュだけだった。
コネルコはヴィラーシュにもうそろそろ完全に戸締りする事を告げようと図書館の中を探すと、広い机の上に小さなランプをつけて新聞を広げている彼女を見つけた。
「そろそろ閉めるけどヴィラーシュちゃんどうする?」
「戸締りは私がしておくから先帰っていい」
「そう?じゃあお言葉に甘えさせてもらうね。あまり遅くならないでね?オーナーも私も皆んなも心配するからね」
「分かった」
コネルコは先に図書館を出た。ヴィラーシュはそれを横目に見ながら新聞の記事に目を通す。調べるのは何かの傷害性を伴った事件。まずはそれをピックアップする。そして何処で発生したか、被害者の名前が記載されているならばその名前も一緒にメモに書き残す。だがこの町は平和でそのような事件があったとしてもここ1ヶ月分の中でも1日分で多くて2件ほど。しかもそのような記事自体が無い事も多く、そもそも事件事故を見つける事自体が困難といった具合だった。その中でもユキに関係がありそうな物はなかなか見つからず記事探しは難航すると思われた。
(……あっ紅茶がなくなった。休憩するついでに淹れて来よ……ん?)
ふと今日から数日前の記事が目に入る。記事の詳細を見てだんたんと目を見開いていき、これかもと呟いて休憩する事も忘れてすぐさまメモを書き出した。
記憶を失った少女、ユキは一体何者なのか
閉した心をゆっくりと開こうとする中で何が見つかるのでしょうか?