ある日の昼下がり、シュベルコは図書館の近くでいつものように動物達に囲まれていた。
猫や犬が取り囲んではそれぞれモフられてる光景はお馴染みであり、よく来る人には特に気にもしない物になっている。
そんな最中に1人の女性がシュベルコの所に近寄ってきた。
その風貌はスーツ姿で今の時間帯にはあまり居ない格好であった。シュベルコもあまり見た事ない顔ではあったが、1匹の猫が彼女の足下に行って寝転がったのをモフりだした。
その女性は癒やされているような様子ではあるが、何処か遠い目をしていて、その表情に感情の機微に疎いシュベルコでも疲れているようだと思った。
「その子、人を見るけど、直ぐに懐いている……優しい?」
「え?……そんなでもないよ。君がこの子達を飼ってるの?」
女性の質問にシュベルコは首を横に振る。
「地域猫と犬。よくここで遊ぶから。所であなたは誰?」
「私は……ただの疲れたOLよ」
再び遠い目をした女性はその間も猫をモフるのをやめない。違う猫にいつの間にか入れ替わってもお構い無しにモフり倒している。
「疲れている?何か嫌な事……あった?」
シュベルコも目を離しても撫でる手が止めない。猫の方が自分から撫でてもらいたい部位を当ててる感じでずっと撫で撫でしてる。
「仕事でちょっとね……でも昔よりはマシと思って頑張らなきゃ」
「頑張りすぎるのは駄目。いつか潰れる……らしいよ」
少しだけ語気を強くしたシュベルコ。猫達はシュベルコを見上げるが、直ぐにいつもの寝転びに戻る。
「……そうかもね。でも本当に大丈夫だから」
「………………話して」
引かないシュベルコに女性は目を瞑って観念したように話しだした。
「……仕事が上手くいかなくて、頭抱えてたの。それで逃げたくなって来たんだ」
「……そういえば、まだ、仕事中じゃないの?」
「外回りっていう事にしてて」
シュベルコには彼女がまだ本音を隠しているように思えた。それに彼女の言った過去が気になった。ついでにまだ名前を聞いていない事にも気付いた。
「そういえば、名前は?私はシュベルコ」
「え?あー私は
「図書館で働いてる」
「図書館?」
エリシマの問いにシュベルコは指を指して答える。指した先は夢見る図書館、つまりシュベルコが働いている場所である。
「ということは司書さん?」
「違う、司書はコネルコ」
「あら、違うんだ」
ちょっとだけ残念がるエリシマ。シュベルコはその反応にちょっとだけムッとなるが気にしない事にした。
「エリシマはなんの仕事?」
「ただのOL。一応営業っぽい事もやるんだけどね。あ、そうだ。これあげる」
シュベルコの手には350ml程の小さなペットボトルが握られていた。そこにはレモンティーに炭酸を入れたジュースである事を示すラベルが貼られていた。
「これは?」
「これ試供品。飲んで感想欲しいなーって」
「……仕事モード?」
エリシマからうぐっという声が上がる。シュベルコはまぁいいかとジュースの口を開けて飲んでみる。一口飲むたびに険しい表情になり、中身が3分の2ぐらい残った状態で口を離した。
「……コレはダメ」
「えぇ?」
「レモンティー、合ってない」
ペットボトルを返すシュベルコ、項垂れるエリシマ。
シュベルコはこういう時には遠慮無しに感想を言う。その方が期待を持たせなくていいと思っているからだ。
エリシマは遠慮無しに感想を言われる事も珍しいだろうが、それにしても結構落ち込んでるように見えた。
「……これを売ってきてと?」
「……ハイ。それも結構な量」
そこからなんとなく察しがついたシュベルコは聞いてみると、その通りの回答が来た。
過去にオーナーが売れるはずもない物を売り込んでこいと言われた時の愚痴の表情に似ていたのでそう思った。
だがシュベルコ自身がこの商品を売り込めと言われたら、自分だったらさっさと投げ出してしまおうと思う。
「…………正直に売れないと言おう」
「そうすると上司からのお説教が凄いし、下手をするとクビを切られちゃうかも」
「えぇ……」
シュベルコにはよく分からなかった。正直に言うと怒られるという事がどう言う事なのか。そうした方が双方楽なのに。
エリシマは頭を抱えながら今の言葉を口にした。人間社会色々あるんだなという気持ちで聞いていた。
「そういえばシュベルコさんって司書じゃないって言ってたけど、普段何をしてるの?」
「本の整頓、掃除、貸出とか返却の処理」
「なんか普通の業務っぽく感じる」
「普通の業務だよ」
思っているよりも普通な事をしているんだと感じている。どこか親近感をエリシマは感じ始めていた。
「難しい事は、コネルコがやってる。何をやっているのかはよく知らない」
館長の名前が上がる。館長程になると色々とやる事が多いのだろうかと考えるが、多分聞いても自分が分からないだろうと思い考えるのをやめた。
「エリシマはどういう仕事をしているの?」
「書類を作ったり、こうやって外に出て売り込んで来たり、あとは相手の会社と色々やり取りしたり……まぁ普通の仕事よ」
「普通の仕事。でもやる事多くて大変そう」
「ははは、うん。色々とね……」
色々と思い出してしまったのか、かなり遠い目をするエリシマ。彼女がどんな目に遭ってきたのかを、つゆほども知らないシュベルコ。
だが今ここで猫をモフっている事と、先程の下手するとクビを切られるという発言から、かなり厳しい環境に居る事は察する事が出来た。だからこその提案をする事にした。
「もっとゆっくりしたいなら、図書館の部屋を借りるといい」
「そんな部屋、あるの?」
「ん、お金はもらうけど」
図書館に部屋の貸出があるというのは少々珍しく感じた。
エリシマはこの時知らなかったが、夢見る図書館の貴重な収入源の一つで、時間貸し制で何処かの企業の会議に使われたり、地元の子供会のパーティに使ったりと様々な使い方をされている。
個人や少人数での利用も歓迎しているので、時たま1人になりたい人が使う事もあるようだ。
彼女は今は一応外回りの途中という事になっているので、ここは丁重に断る事にした。
「また今度、必要になったらにするよ」
「分かった。……これ、図書館の連絡先。必要になったら、ここに電話して」
「あ、ありがとう……いや営業上手いね⁉︎」
さりげなく宣伝されたような気がしたエリシマは思わず突っ込んだ。シュベルコとしてはそんな気さらさら無いので首を傾げる。
「……そんなつもり、無かった」
「えぇ、でも今すっと名刺渡されてびっくりしちゃったよ」
「それに営業が上手いのはコネルコ。彼女が居なかったら多分、あの図書館は無くなってた。それとメルシュカルも話し上手」
「本当に凄いのね、そのコネルコさんって人。それにメルシュカルさんも気になってきた……けど今度にしなきゃね」
「その時働いてたら案内する」
「うん、よろしくね」
エリシマは図書館の事で色々興味が湧いてきたが、あくまで今は外回りの業務中。ここは我慢して今度立ち寄ったらにしようと思った。
シュベルコは先程飲んで炭酸レモンティーがまだ口に残っている事に気付いた。そしてそれはあまり良くない味を残したままになっていたのが、今になってキツくなってきた。
「……うぅ」
「シュベルコさん大丈夫⁉︎」
顔色が悪くなったのを察したエリシマが即座に聞いてみる。
「水持ってない?」
「水……水……あ、これ!」
取り出されたのは先程の炭酸レモンティーだった。シュベルコは即座に首を横に振るわせた。
「え?ダメ?じゃあ……この水でどう?」
取り出された水のペットボトルを貰い、飲む。500mlあったそれは結構なペースで減っていき、最終的には残り三分の一ぐらいまで減った。
「……はぁ」
「何があったの?」
「さっきの、炭酸レモンティーが、今になってキタ」
「そんなにダメだったの⁉︎」
頷くシュベルコにそうかぁと落ち込むエリシマ。
「これは……うん。後味もコレ……本当に売らないとダメ?」
「ダメなんだよね。もし売れなかったらどうなる事か……」
「どうなってしまうの?」
どうなるのか分からないシュベルコは質問する。
「暫くは上司から色々酷い事言われる」
「どんな事を言われるの?」
無意識に深掘りしようとするシュベルコ。彼女はエリシマが言葉を濁す意図が読めないので、こういった事を深くまで聞こうとする癖がある。だがエリシマも何も気にせずうーんと考えて質問に答えた。
「例えば、使えない奴だとか鈍臭いとか……あとは怒鳴られたりとか……」
それを聞いたシュベルコは酷く引いた。そんな事をする人が居るとは。彼女の周りには居ないタイプで、パワハラの典型的な物だった。
「なんか、ごめん」
流石に踏み込んではいけない所までいった事に気付いたシュベルコは謝る。それに対してエリシマは首を横に振った。
「ううん。大丈夫。私の方こそごめんね、変な事言っちゃって」
「ん、大丈夫」
思っている以上に大変な状態なんだなと感じたシュベルコであった。
ふと、エリシマは一個気になる事があった。それを聞いてみる事にした。
「ところでシュベルコさんって外国の人?」
「違うけど、どうして?」
「日本人っぽくない髪色と目をしてるなぁって思ってて」
シュベルコの風貌はふわふわした青いツインテールで毛先がピンク色、そして目の色が青色の中にバツ印のような物が入っており、一目だけではどう足掻いても日本人では無いという印象を持たれる。
「そもそも、人間じゃない」
「え?」
だがシュベルコはエリシマの想定していた回答とは全く違う事を答えた。心底驚く彼女に淡々平然として話を続ける。
「シュガードール。聞いた事ある?」
「この辺りで働いてるとよく聞くよ。でもオーナー?にべったりって聞いた事あるけど……?」
そう、シュベルコは人間ではなく感情を持つ生きた人形“シュガードール”である。
この地域ではごく当たり前に存在している為、周辺で働いているエリシマはその存在を認知していた。
それ故に疑問が上がった。エリシマが聞いたように通常シュガードールは外出する時はその持ち主にくっついて行動する事が殆ど、いやほぼ絶対と言って差し支えない。
だが目の前にいる
「——は今は仕事中。私は今オフ」
「あ、成る程今図書館で働いてらっしゃるんだ?」
シュベルコはエリシマの解釈に対して首を横に振った。エリシマは首を傾げた。どう言う事なのか分からないがすぐにシュベルコから回答が出た。
「あそこは
エリシマは自分の常識から大きく離れた回答に酷く混乱した。なにせ人形だけで施設を運営するというのは聞いた事が無かった。
それも無理はない。通常はシュガードールも店の手伝いこそすれど、あくまで人間の手伝いの範疇であるからだ。
「あそこはコネルコの夢。そして私たちはその夢についていってる」
「……?コネルコさんもドール……なんだよね?」
エリシマの問いに首を縦に振って肯定する。
「人形が、夢を見ちゃダメ?」
「ダメでは無い。無いんだけど、なんか……凄いなって……」
僅かに微笑むエリシマの意図、というよりも思いはシュベルコには図りかねる物だった。
ここで会話が一旦止まる。なんとなく居心地が悪くなったシュベルコはある質問を投げかける。
「エリシマは人形、好き?」
「え?うん。好きだよ」
「よかった。この町にはいっぱい居るから」
エリシマは仕事で赴いたこの町の商店街の事を思い出す。確かに店の中で手伝いをするシュガードールや町中を歩いている、あからさまに人形な子を多く見かけた。
確かにこの町では普遍的な物だが、何故ここまでいるのかは疑問に思った。
「へぇ、でもなんで?」
「売っている店がある」
シュベルコの回答に納得するエリシマ。売っている店があるなら多いのも納得がいく。
シュベルコは先程の夢に関する話しで見せた表情が気になった。だから聞く事にしてみた。
「エリシマは夢、あるの?」
その質問にエリシマは固まる。彼女にとってこの話題はあまり良くない物だったのかもしれないとシュベルコは発言してから思った。だが彼女は俯いて遠い目をしながら口を開いた。
「夢は……あったよ。でもダメになっちゃった」
「どういうこと?」
シュベルコは深く聞こうとするがそれ以上は話そうとしない。おいそれとは言えない何かがあったのだろうか。それでも聞きたい彼女は合間を置いてもう一度聞いてみる。
「何があったの?」
「これは、特に人形には聞いて欲しくないお話しだから……」
「でも気になる」
だがそれでも聞きたいシュベルコは、以前に読んだ本の知識に基づいて自分の話しをしてみる事にした。
「私の夢は、人の心を理解する事」
「え?」
「私には人の心が分からない。この子達の事は分かっても。だから心理学の本とか読む。でも分からない。なんで人は涙を流すのか、なんでこの人は、こんな事をしているんだろうか。よく考えているけど、分からない。でも知りたい」
シュベルコはあまり表情を変えないまま夢を語る。その夢は恐らく叶わない。人間であるエリシマがそう思ってしまう程、単純で果てしない夢だと思った。
「私も、人の事なんて分からない事だらけに思えちゃう。でも、叶うといいね」
その一言でシュベルコは少しだけ微笑んで頷いた。時に夢を否定される事もあるが、受け入れてくれている事にほんの少しの安堵があった。
そこから暫しの沈黙の後エリシマがポツリと語りだした。
「……小さい頃から人形が好きで、いつかはそういったお店で働きたいって思ってたんだ」
なんとなく、本当になんとなくではあるが、今抱えている悩みをラヴァベルになら話してもいいと、猫や犬を変わらずモフっている彼女を見ているとそんな気が起きた。
「素敵な夢なのに、なんで?」
「でも中学校でその事が原因でイジメられて……その時に幼稚園ぐらいの時から大事にしていた人形が、あの時唯一の拠り所だったんだ。でも、それでも心が壊れてきて、ある時、その人形を……呪いの依代に、使ってしまったの」
話しを聞いている間、表情を変えなかったシュベルコは人形を呪いの依代に使ったと聞いた時、一瞬瞳孔を細めたが直ぐに目を閉じた。
「その後、不思議といじめてきた人たちに色々不幸が起きて、私へのいじめはなくなったの」
「例えば?」
「詳しくは教えてくれなかったけど、骨折して数ヶ月休んだり、急に転校したり……あとはそんな素振り無かったのに不登校になったり……そんな事が起こってしばらくした後から夢に出てくるの。どうして捨てたの?一緒に居たかったのにって」
シュベルコはその人形の心は少しだけ理解できた。ずっと一緒に居たかった人に、ある種の裏切りとも言える事をされたのだ。恨み節もつらづらと出る物であるとは感じた。だが一点気になる事があった。
「エリシマは何かそういう不幸あった?」
首を横に振るエリシマ。それを聞いたシュベルコは心理学の本で見た内容が頭をよぎった。
「……もしかしたら、その人形に未練と罪悪感があるのかも?」
「どういう事?」
「夢で出てくるという事は、その人形に心残りがある……ってどこかの本に書いていた」
「……そうかも。でも最近不思議な事があって、それもあって凄く気になってしまったの」
「不思議な事?」
首を傾げて顔を覗き込むシュベルコ。今度は直ぐに話してくれた。この際だから全て話してしまおうという考えがあった。
「うん。仕事帰りの時にとある雑貨屋に迷い込んだの。そこで人形はいかが?と聞かれたけど……直ぐに帰ったの。それでも気になってもう一回行っても見つからなくて、あれは夢だったのかなって」
エリシマの話しを聞いて、ある仮説が立てられた。この町において、”人形を売りにしている雑貨屋“はただ一つしか無い。だが本当にそうなのか?それを確かめる為に質問をしてみる。
「その雑貨屋に行く前に、この街に来た?」
「うん、ちょうどここの近くの商店街に用事があったから」
「そこで売られていたのは人形だけ?」
「ううん。色んなデコレーション用のシールとか人形用の服とか色々売ってた。あと……あっそうそう。帰る時に『貴方が心から人形を想うなら、ここはいつでも開いています』って言っていたよ」
シュベルコはその二つの質問で確信した。人形の本心と、かつてそこに並べられていた時の記憶で。そしてエリシマがその資格を持ちうる人物である事と、前に進む為にもその雑貨屋にはもう一度辿り着かねばならない事も。
「エリシマ、その雑貨屋はシュガードールを売っているお店」
「えぇぇ⁉︎」
その一言でエリシマは非常に驚いた。何せ本人としては偶然訪れた店が、今目の前にいる少女のような“
「でも、なんで?」
「多分、呼ばれたんだと思う。今でもその人形を想い続けている事、それとそれによって苦しんでいる事。そしてシュガードールも愛してくれそうな事。エリシマはそれで呼ばれたんだよ」
「でも探せば……」
エリシマの問いに首を横に振って否定する。何せあの雑貨屋にはある事が起きるからだ。
「あの店は、誰もが行く事が出来て、誰でもは辿り着けない場所。だから探しても見つからない。それこそ心から望まない限り見つからないよ」
シュベルコにもその原理は分からないが、“望む者”にのみその道が開かれる。つまりエリシマは心の奥深くで人形を望んでいたという事になる。
だが、呪いに使った人形の事がどうしても忘れられない彼女には、新しく迎え入れる事なぞ受け入れ難いのも事実。どうしたものかと考えていると、彼女のオーナーが過去に話したある事を思い出した。
「そういえば、あの店には偶に、普通のシュガードールとは違う物が流れてくるらしいよ」
「不良品っていう事?」
「違う」
エリシマの発言には少し強く否定する。その雑貨屋で売られるのは差はあれど、どれも一級品である事はかつてそこで売られていた彼女は知っていた。そこをはっきりさせてから話しは続く
「何処かで彷徨った魂が入る事があるんだって。それは何処かで捨てられたり、置いて行かれて朽ちてしまったり……そして、呪いを果たした人形もそのままにしておくとその魂は彷徨うかも」
エリシマは何も言わない。それとあの人形の繋がりがまだあやふやで答えられないからだ。
「そしてそうやって出来たシュガードールも売る事はあるけど、そういう人形の中には会いたい人以外には貰われたくないっていうのも、いるんだって」
エリシマは話しの意図が見えてきたが、彼女にとってそれは否定したい事であった。
もし再開したとして、赦されるのか?復讐されてしまうのではないか?そう考えると会うのが怖くなる。だからこそ聞きたかった。
「でも、だからって会ってどうすればいいの?あの時の事を謝って、そこからどうすれば……」
「一緒に暮らす。それがエリシマとその子にとって1番いい事。エリシマが迎えなきゃ多分その子はずっと1人」
至極簡単に言ってのけるシュベルコの言葉に思い悩むエリシマ。それがいいんだろうとは思うが、やはり何処か怖く感じてしまっていた。
そう感じた時ふとエリシマは思った。どうして怖いのだろうか?と。
かつて溺愛していた物であった筈なのに、今では何故怖くなってしまっているのか?その事が頭をよぎった瞬間より悩みが深くなった。
「大丈夫、その子の事は分からないけど、これだけは分かる」
「え?」
「その子はエリシマを心から恨んでない。もし、私がその子の立場だったら捨てた恨みで復讐してる。でもそうじゃないなら、キチンと謝って、もう一回やり直してみるのがオススメ」
人形ならではの視点で話すシュベルコ。その話でエリシマはしばらく目を瞑り、そして何かを決心したかのように頷いた。
「うん……そうだね。もう一度会って、あの時の事を謝ってくる。もしいたら、だけど」
「それがいい」
「でも、もう一回行くにはどうすれば……?」
「簡単。その子にもう一度会いたいと思いながら歩けばいい」
「それだけでいいの?」
エリシマの問いに静かに頷くシュベルコ。その想いさえあれば必ずたどり着ける。そう確信している。
誘われる事はあれど、シュガードールを持たない人間が自ら行くとなれば、鍵となるのは求める心。それがあれば行く事が出来る、そんな場所があの雑貨屋である。
「……行ってみるよ」
「エリシマなら必ず行ける」
決心したように告げるエリシマ。それを後押しするシュベルコ。
「でもその前に……」
「ん?」
「もう少しだけモフってからにしよ」
サモエドみたいな犬をフカフカしながらエリシマは、最初会った時よりも幾分か穏やかになった表情になっていた。
そうして2人でいっぱい猫や犬を構い倒した後、エリシマは立ち上がる。
「ありがとうシュベルコさん。もう少しだけ頑張ってみる」
「うん、頑張って」
そのまま彼女は歩き去っていく。その背中をシュベルコは見えなくなるまで眺めていた。そして雑貨屋に関して隠していた事を1人呟いた。
「あの店はよっぽどの事がない限り、空いてるよ」
そう呟いた後、彼女は帰路につくことにした。もうすぐ閉館の時間、出てくるであろう図書館のメンバーを待ってから一緒に帰ろうと考えてベンチに座った。
数日後の午後、業務を終えたシュベルコがコネルコと一緒に動物に絡まれながらいつもの場所に赴くと、2人の女性、いや女性と少女が1匹の猫と戯れていた。
女性の方はシュベルコには見覚えがあった。エリシマである。だがその横にいる少女は見たこと無かった。
腰まである長い金髪を他靡かせたワンピースの少女はシュベルコ達に気づく事も無くモフり倒している。その横に居るエリシマの方が先に気づいて会釈する。それに合わせてシュベルコとコネルコは会釈を返しながら、彼女達に近づいた。
「エリシマ、こんにちは」
「シュベルコさん、こんにちは。そちらの方は?」
エリシマはシュベルコの横にいる女性とは面識が当然無い。
「ん、この人はコネルコ。コネルコ。この人はエリシマ。近くで働いてる」
「初めまして、コネルコと申します。近くの図書館で館長をしております」
頭を下げるコネルコ。
「丁寧にどうも、お噂はシュベルコさんからかねがね聞いております」
「あら、これは光栄です」
コネルコはシュベルコの方を見る。首を傾げるシュベルコはどこ吹く風かのように気にして無かった。
「それよりもエリシマ。その子は?」
「この子は新しく迎えた……」
「エリーよ!」
元気よく答えるエリーにシュベルコは思い当たる節があった。
「もしかして、雑貨屋で出会った?」
「うん、あの後行ってみたら見つける事が出来たの。そこで、この子と再会出来たんだ」
「再会?」
出会ったのでは無く再会した。という言葉に少し引っかかった。エリシマはシュガードールを初めて買った筈なのに再会と言った。その事がシュベルコにはどういう事が分からなかった。
「実はこの子、私が前に持っていた時の事を覚えていたんです」
「あの時は色々大変だったわ!でも……今生きてくれて、こうやって出会えたんだから。その甲斐はあったと思っているわ」
いまいち状況を飲み込めていないコネルコとシュベルコ。コネルコは単純に事情を聞いてないので致し方ない所はあるが、シュベルコは思い当たる節が思い浮かばなかった。
「あれ?貴方達が引き合わせたんじゃないの?」
思わずエリーは不安になって聞く。
「私は初めてエリシマさんに出会ったわ。シュベルコちゃん、何をやったか思い出して」
頭に手を添えて考えるシュベルコ。前に会った時に何話したっけ?と思いながら、その会話を思い出そうとする。あの時には仕事の話、夢の話、過去の話をしたような……と考えている内にある一つの会話を思い出した。
「んーーー……あ、もしかして呪いに使った?」
シュベルコは人形に纏わる話しとして、エリシマが幼少の頃に気に入った人形を中学の時にいじめへの対抗として、その人形を呪いの道具に使った事を聞いたの思い出した。
「そう!あの時は色々恨んでたけど……まぁ、こうやって会えたんだから。いいかなって思ったの」
「あのお店で会った時に泣きついたのにね」
「うるさい!」
側から見ているとお似合いに見えるその光景に、満面の笑みのコネルコと微笑むシュベルコ。するとエリーは徐にエリシマの胸元を抱きしめる。
「今度離したら、絶対呪うから!」
「離さない。絶対に離さないよ」
エリシマが確たる決意を固めた顔を見せたのをコネルコだけが感じ取った。そして彼女がそれを口には出そうとしなかった。
一度は分たれた2人は、数奇な出来事を得て再び出会った。この先にもエリシマとエリーの前に困難が待ち受けていようとも、この2人ならば乗り越えられるだろう。そして頼られるならば支えてあげよう。そう思うシュベルコとコネルコだった。
エリシマとエリーを引き合わせたシュベルコ、内心大した事やってないと思ってたりします。
地味ーに挑戦したのがエピローグを除いて場所や時間を移動させずに登場人物も増やさないという事を意識してたりします。