それは子供が持っていたテディベアに関わる物だった……
「あっちゃー引っ掛けちゃったかぁ……」
ビリっという音が鳴り響く午後の夢見る図書館、そこで働くメルシュカルが服を椅子の角に引っ掛けてしまい袖の布が軽く裂けてしまったようだ。
静かな図書館でそんな事が起これば周囲の目が一斉に彼女へ向く。その視線に気付いたメルシュカルは少し顔を赤くしながら早足でその場を離れた。
離れた先でメルシュカルは唐突に声を掛けられる。
「メルシュカルさん?どうしました?」
振り向くとそこには同じくこの図書館で働くサージュが居た。彼女は丁度いいと思い、今起きた事を話す事にした。
「あ、サージュ。それがさっき袖を引っ掛けちゃって、裂け目が出来ちゃったの。そしたら視線がこっちに向くから恥ずかしくて逃げてきたって所」
そう言われたサージュは彼女の服を見てみると、確かに袖口周りが破れていた。
「あぁこれぐらいなら10分もあれば縫えますよ。事務室で待っててください。受付の合間にやりますので」
「ありがとう、じゃあお願いするね」
そう言いながら事務室に入ると、館長であるコネルコが事務作業をしていた。
「あら、サージュちゃんとメルシュカルちゃん。どうしたの?」
「いやー実は……」
先程の経緯をコネルコに説明した。するとコネルコは頷いてから一言。
「じゃあサージュちゃんが縫ってる間、私が受付するからゆっくりと縫ってていいよ」
「え?でもまだ仕事残ってるんじゃ?」
心配するサージュ。この時間コネルコは図書館でやる企画の考案や次に入れる本の選定などやる事が色々あるのを彼女は知っていた。
「大丈夫よ、今日中にやらなきゃいけない物は無いから心配しなくていいよ」
「そうですか……ありがとうございます」
頭を下げるサージュ。コネルコは気にしないでと手を振る。
「じゃあ行ってくるけど何か伝えたい事はあるかしら?」
「今日は……特に大丈夫かと思います」
「分かったわ、じゃあ行ってくるね」
「お願いします」
コネルコを見送ったサージュはメルシュカルに向き直る。
「じゃあやりますよ、上着を脱いで」
サージュの指示通りにメルシュカルが上着を脱いで渡す。するとサージュは自分のカバンから裁縫セットとメガネを取り出すと、裁縫セットの中から針数本と糸とハサミを取り出す。
「え?持ち歩いてるの?」
「えぇ、趣味でやってまして、空いた時間に何か縫おうと思っていたんです」
サージュはそう言いながらメガネを掛ける。まずはほつれた糸をハサミで切り取っていく。ある程度解消したら今度は待針を袖の先に刺す。
そこからは素早かった。袖の裂け始めの方に針を入れたかと思ったら、あっという間に袖の先端まで来て先端の方で二重に縫い、ハサミで切り取った。その間約10分である。
「手際が大分良いけど、どこで覚えたのよ」
ふとメルシュカルは疑問に思った事を聞いてみるサージュとはそれなりに長い付き合いの筈だが、いつの間にか裁縫が出来るようになっていた。それが気になってきたのだ。
「何か趣味が欲しくて始めたら、いつのまにか覚えたんですよ。メルシュカルさんこそ、料理なんて何処で?」
「んー……ここにあるレシピ本を試してたら出来るようになったのよ。ほら、アイツそういう所ズボラだから」
サージュからの質問にメルシュカルも答える。彼女は料理が趣味であり、家の食卓には彼女の手料理が並ぶ事が殆どである。
「あー確かに、あの人自分の事を適当に済ませがちですからね。でもそんな気にかけてるんですね?昔は結構ツンケンしてたのに」
「うっさいわね。ほら、なんだかんだで色々世話掛けたし。なんかツンとするのもバカらしくなっちゃったのよ」
過去を掘り返されてジト目になるメルシュカル。だがすぐにいつもの様子に戻る。
彼女達が話題にしている人物は彼女達の持ち主だ。
実は彼女達は人間では無く、生きた人形『シュガードール』だ。人間と同じく感情を持ち、持ち主であるオーナーと共に生きる者である。
「ふふふ、そういう事にしておきます。っと出来ましたよ。あくまで応急処置なので引っ掛けたらすぐに破けますので気をつけて。」
「ん、ありがとう」
袖を通すメルシュカル。裁縫の跡は目立ってないのでぱっと見ではいつも通りに見える。よく見ると糸の色の違いで気付くがそれでも粗は目立たない。
「じゃあ戻りましょ……?」
業務に戻ろうと提案しようとすると事務室の扉がノックされる。サージュが入っても大丈夫と告げたら扉が開かれた。
そこにいたのはコネルコと、テディベアを抱えた小さな子供を抱える女性だった。
時は少し戻り、受付をするコネルコ。特に忙しいという事は無く業務は滞りなく進んでいた。合間に別の作業を挟んでもなお余裕のあるので、進められるうちに進めておこうと思っていたら、声を掛けられる。
「あれ?サージュとメルシュカルは?」
コネルコが顔を上げるとそこにはヴィラーシュが居た。恐らくある程度作業を済ませてきた所なのだろう。
「メルシュカルちゃんの服の袖が破けちゃったみたいで、事務室で今サージュちゃんが縫っている所よ」
「そんな事があったんだ。それでコネルコさんが代わりに受付をしてるの?」
「そうよ。あと5分ぐらいしたら終わると思うから、それまではこっちに……」
コネルコが言い切ろうとして受付にお客が来たので中断する。ヴィラーシュは脇へとどいて、次の作業へと移っていった。
訪れた客はテディベアを抱えた小さな子供を抱えた女性だった。そしてその女性の事をコネルコは知っていた。
「館長さんこんにちは。珍しいですね?この時間に受付にいるなんて」
「あらこんにちは
「はい、この子が来たいと言っていたので。それにちょっと探したい本があって……」
サクラギはこの町で住んでいる人で専業主婦。子供の
「どんな本ですか?」
「裁縫に関わる本って置いてますか?」
「あぁそれでしたら……」
コネルコは机に貼られたフロアマップを見て、ある場所を指差した。その場所は[図書館職員のオススメコーナー]と書かれている。
「この場所の棚に裁縫に関わる本が纏ってます。案内しましょうか?」
「いえいえ大丈夫です。じゃあ失礼しますね」
サクラギは少しばかり焦りを隠すように、そのまま去っていった。コネルコにはそれが違和感を感じざるを得なかった。
何故ならサクラギは裁縫をした事がなかった。それだけならば、新しい趣味や子供のためなど特に変な事は無い。だが、焦っている様子でそれに手を出すのだろうか?という疑問があった。
子供の読み聞かせにはまだ時間がある。つまりそちらで焦る事も無い上、もし時間を勘違いしていたとしたらもっと露骨に慌てる筈だ。コネルコは声を掛けに行こうか悩む。
そんな様子を見ていたヴィラーシュが彼女に再び声をかける。
「気になるなら行ってきたら?」
「そんな風に見えたかしら?でも……」
「私にはバレバレよ。でも確かにあの様子は気になるわね。それに私も少し暇になっているし、こっちは問題ないから」
「じゃあお言葉に甘えて行ってくるわね」
折れないヴィラーシュに観念して、コネルコはサクラギを追う事にした。椅子から立ち上がり、カウンターの外に出て早足で向かおうとする。入れ替わりにヴィラーシュがカウンターの中に入る。
「行ってらっしゃい。ついでに事務室でメルシュカルの服が直ってたら彼女を呼んでおいて」
「分かったわ」
一瞬振り向いて伝言を聞いたコネルコは前を向いて急いだ。
サクラギは立ち読みをしていた。手にとっている本はテディベアに纏わる本だった。流し見をしているようで速いペースでページを捲っているようで、どうやら何かを探しているらしい。
「もっとじっくりと見た方がいいですよ、サクラギさん」
集中して探している脇から不意に声を掛けられる。思わず肩が一瞬上がり驚いた様子を見せた。声のした方を見るとコネルコが立っていた。
「あ、あらコネルコさん。えぇそうね。そうさせてもらうね」
サクラギは慌てた様子で去ろうとする。コネルコはその様子から何かがあったと確信して話を聞いてみようと試みる。
「今お子さんが持っているテディベア、まだ破れてはいなさそうですが……」
「…最近この子、よく耳とか齧っちゃって。そのうち破れそうかなぁと」
コネルコの視線がテディベアとカオルに移る。確かにカオルはおしゃぶりをしており、なかったら目の前にある耳を食べそうだとは思った。
だが、テディベアの方をよく見ると手の所が、既製品とは何かが違うような気がした。
「この人形、手作りですか?」
「いえ、普通のお店で買った物ですよ」
「そうなのですね……だとしたら何か変ですね」
首を傾げるサクラギ。子供は相変わらずテディベアを持ち上げたり引っ張ったりしている。それを見てコネルコは違いがハッキリした。
「変…ですか?」
「テディベアの腕、右と左で縫い目が違うんです」
コネルコの言葉で視線をテディベアに向けるサクラギ。両腕を持ち上げられた時、縫い目がが左右で全く異なっていたのがハッキリと見えた。
「……やっぱり館長さんには、隠し事は出来ないかぁ」
項垂れて観念したサクラギ。薄々コネルコには隠し事が効かないような気がしていたのか、言葉とは裏腹に表情は少しだけしか悔しがっていなかった。
「今、事務室に裁縫が得意な子が居るので、そっちで話しませんか?」
コネルコの誘いにサクラギは首を縦に振った。
事務室の前でサージュに中に入っていいか確認を取ってから、扉を開けてサクラギを中に入れる。てっきりコネルコだけ来るかと思ってたサージュとメルシュカルは、驚きと困惑の表情でいっぱいだった。
「コネルコさん、サクラギさんをどうしてここに連れてきたんですか?」
「その子もグズってる様子も無いし、何かトラブルでもあったの?」
受付をよくやるサージュとカオルをあやした事があるメルシュカルはサクラギとは面識があった。それ故の疑問が挙がって来る。
「実は、この子の持っているテディベアについて調べて欲しいの」
「テディベアですか?」
コネルコに言われてカオルが持っているテディベアを一目見るサージュとメルシュカル。一見すると可愛らしい何の変哲もない人形である。
「あら、可愛いじゃない。これがどうしたの?」
「……これって後から改造とかしました?」
メルシュカルには特に疑問に思う箇所は無かったが、サージュにとっては何か違和感があったようだ。
「いえ、普通のお店で買った物そのままの筈です」
「そうすると……腕が変なんですよね。ほら、ここ。縫い目や縫い方がまるっきり違うんです」
コネルコと同じように腕の違和感に気づくサージュ。彼女はそのまま話を続行する。
「通常、腕は左右ワンセットで縫い付ける事が多いんです。それに加えてこのテディベア、左手だけ返して無いんです」
サージュの説明でテディベアの腕をよく見るコネルコとメルシュカルとサクラギ。
確かに右手よりも左手の方が平べったく感じ、縫い目も左手だけ腕の周りに縫われた跡が付いていた。
「返してないってどういう事?」
メルシュカルがサージュに質問する。
「テディベアといいますか、こういう手縫いの人形って縫った後に生地を裏返しにするんです。そうした方が縫い目が隠れて綺麗に仕上がるので、手縫いにしても普通に売られている物でも、こういう縫い方はしないんですよね」
「なるほどね。なら裁縫の仕方を知らない人がやったのかしら?」
サージュの説明を聞いてコネルコが質問をする。
「恐らくはそうだと思います。もしかしてサクラギさんが縫いましたか?」
サージュはコネルコの質問に肯定をしながら、サクラギに縫ったかどうかを聞いてみる。サクラギは首をゆっくり横に振る。
「実は、この子がこの前、この人形の腕を噛んで破ってしまったんです。それで捨てようとと思って家に置いてきたのですが、帰ってきた時には今のような状態に……」
「お父さんがやったんじゃなくてですか?」
サージュが可能性の一つを提示する。サクラギはその質問には首を軽く縦に振る。
「ええ、夫はやっていないようです。あの人も裁縫はやった事ない筈ですから。それにこの事が起きたのは、夫が仕事へ出てしばらくした後から、帰って来る数時間前までの間だったので……」
「そうなると……他の人が盗んで縫って戻した……のかしら?…確かサクラギさんの所ってひとりっ子でしたよね?」
「えぇ、この子が1番最初の子です」
コネルコの質問に肯定するサクラギ。サクラギ家はサクラギ、夫、カオルの3人家族である。
サクラギも夫も裁縫をしていない上、カオルはまだ裁縫なぞ出来るわけがない年齢の為、彼女達がやることは無いという事になる。
「なら、サクラギさんやお父さんのご家族は?」
「合鍵を持っていないので、こっそりやるのは無理だと思います。それに、その日は来客はありましたが全員知っている人でしたし……それもあって少し怖くなって調べに来たんです」
なるほどと事情を把握したコネルコ達。だがそうなれば一つ疑問が思い浮かぶ。
この手の事ならば裁縫関連よりも、まずはホラー関連の方を先に調べる筈だが、何故サクラギは裁縫関連を調べていたのだろうか?
メルシュカルがその疑問をそのままぶつける事にした。
「それならなんで裁縫の本を先に探していたの?」
「え?」
「話を聞く限り、なんかホラーとかオカルトとかの方が合ってると思うけど……」
「……もし本当に
「あら、怖いの苦手?」
メルシュカルの問いに首をゆっくりと縦に振るサクラギ。恐怖心を紛らわす為に別のアプローチで調べていたのだろう。他の2人もその様子を見て納得がいった。
だからこそ、見えてこなかった。サクラギは何をしたいのか。コネルコは彼女がどうしたいかが気になった。
「サクラギさんはこの人形と、直したとされる人にどうしたいのですか?」
暫しの無言が流れる。その間に意を決したサクラギは静かに告げた。
「…………出来れば、この人形を直した人が知りたいんです。もし仮に全く知らない人に入られているとしたら、本当に怖くて堪らなくて……でも警察に相談しても入った証拠が無いと言われて……」
どことも知らない人間に家に入られるという恐怖を今も受けている。警察も今の段階では積極的な介入が出来ない。それが彼女の恐怖をより増長させている。
それを聞いたサージュがある提案を持ちかける。
「このテディベア。私に貸していただけませんか?」
サクラギは首を傾げた。
「何をするんですか?」
「一度腕の部分をほぐして、調べてみます。あと腕のパーツを作り直したくて……今よりも綺麗に仕上げます。お願いします。遅くとも明後日までには出来上がりますので」
「そういうことなら……お願いします」
サージュの提案を受け入れ、頭を下げるサクラギ。これで何かが分かれば良いというのと、気付いてしまった違和感を残したままにするのは、あまり良い気分で無かったというのもあった。
「ではこの人形、お預かりしますね」
サージュが同意を得てカオルから人形を貰おうとすると、彼は力を込めて抵抗する。
「ちょーっとだけ貸して欲しいんだけどなー」
どうやらカオルは気に入っているようで手放そうとはしない。どうしようかサージュが考えているとメルシュカルが何かを持って彼に近づいていった。
「ほーら、これあげるから。そのお人形ちょうだい?」
持っていたのはアン◯ンマンのぬいぐるみだった。このぬいぐるみは、絵本コーナーに置いているぬいぐるみの余っている物だった。
「え?それ、いいんですか?」
「全然構いませんよ。この人形は前に間違って買ってきてしまった物なので、せっかくなので貰ってください」
サクラギが少し驚いた様子で貰っていいのか確認を取ると、コネルコが困り笑顔で答えた。
実際、どのキャラクターが居ないのかを忘れて買ってきた物なので、余っているというのも事実だった。
カオルもアン◯ンマンのぬいぐるみに興味を持って手を伸ばして掴み取り、テディベアを手放した。
「じゃあ、お言葉に甘えてお借りします」
サクラギはカオルの様子を見て、貰う事に決めた。あの様子ではその場で返すとは言えなくなってしまった。
サージュはカオルが落としたテディベアを拾い上げる。
「修理が終わったり何かあったりしたら、登録されている電話番号に掛ければいいですか?」
「はい、大体出れる筈です」
サクラギの電話番号は、本の貸出登録をする時に登録してあった。
「分かりました。しっかりと直してお返ししますね」
「よろしくお願いします」
そう言うとサクラギはカオルを抱えて事務室を出た。
「コネルコさん、今日このテディベア用の台紙とか諸々を買ってから帰りますので少し帰りが遅くなります」
「分かったわ。でも今日裁縫キットを持ってきてると言う事は何か縫おうとしている物があったのでは無いかしら?」
コネルコは疑問に思った。彼女は趣味で裁縫をしており、休憩時間などの合間に自身で持っている裁縫キットで色々縫っているのを、よく見かけたからだ。
「そっちは全然後でも大丈夫です。それよりもすみません、勝手に引き受けてしまって」
サージュは頭を下げる。勝手に色々引き受けた事に対して申し訳ないと思っていた。
普段はあまりそういう事はしないのだが、今回は裁縫を趣味としている上でどうしても気になって仕方なかったが故に、引き受けてしまったのだ。
「いえ、大丈夫よ。それにここに連れてきたのは私だから、気にしないでね」
コネルコは少々自罰的になっているサージュが気にしなくて良いように励まそうとしていた。
ふと時間を見てみると、結構時間が経っていた。
「さて、とりあえず今はお仕事をしましょう?」
流石にヴィラーシュに後で怒られそうなので、一旦サージュとメルシュカルに業務に戻ってもらう事にした。
「分かりました」「うん」
2人は促されて事務室を出て、業務に戻っていった。
コネルコは1人になり、テディベアを見つめる。
何かが隠されているかもしれない。そう予感しながら自分も作業に戻った。
テディベアを修理するために引き取ったサージュ。
サージュはレインドロップのプリンセス進化……なんですがなんか本編で無い趣味生えてます。