「ねえ君、大丈夫!?」
雨に濡れるのも気にせず、こちらを心配そうに見つめる少女の姿が目に映る。
「大丈夫、誰も君のことを傷つけたりしないよ」
恐怖に怯えるボクをそっと抱きしめる彼女の温もりが伝わってくる。
「さあ、今日からここが君のお家だよ!」
笑顔でそう言う彼女の言葉に訳もなく涙が溢れる。
あの時誰も信じられなかったボクを優しく受け止めてくれた彼女がいたから。
何も持っていなかったボクに居場所を、家族を、名前をくれた彼女がいてくれたから。
もう一度、もう一度だけ誰かを信じてみたいって思えたんだ。
照りつけるような日差しが眩しい昼下がり、人気の少ない公園の隅、ちょうど木陰になっている場所で涼みながら昼食を摂っていた。
遠くの方で何かを追いかけ回しているヘレルを眺めながらバスケットからサンドウィッチを取り出し口へ運ぶ。
「あまり遠くの方には行くなよー!」
最近、試験勉強なんかであまり外に連れて行ってやれなかったせいなのか、いつもより幾分かテンションの高い彼に少し大きめな声量で声をかけ、芝生の上に横になる。
目を閉じて、木々のざわめきや鳥のさえずりを聞き流しながら微睡む。
しばらくボーっとしていると、一通り体を動かして満足したらしいヘレルがボクの傍に戻ってきた。
ボクの横で丸くなったヘレルにモゾモゾと近づいて体を預ける。
彼の温もりと爽やかな風を感じながら、このまま一寝入りしてしまおうかと思っていると、ふとヘレルから声がかかった。
『そういえば今日は、午後から何か予定があるとか言っていなかったか?』
『ティーなんとかから何か頼まれたのだと』
彼の言葉を聞き、そういえばそうだったと思い出し体を起こす。
流石にティーパーティーの現ホスト代理から直々に頼まれた依頼をすっぽかす訳にはいかないので、手早く荷物をまとめ公園を後にした。
保護活動部の部室へ向かうさなか、現ホスト代理──桐藤ナギサと交わした会話について思い出していた。
曰く、補習授業部とやらを作り、その部活の顧問に近頃話題の“シャーレの先生”をお呼びするのだとか。
しかし、土地勘も生徒との関わりも少ない先生一人に全て丸投げするのも気が引ける。
一応補習授業部の部員の中にもサポートをお願いしている生徒がいるそうなのだが、その生徒も漏れなく落第の危機にあるので、他にも部外の生徒から誰かしら補佐という形でそばにつけたい。
しかし、ティーパーティーや正義実現委員会、その他要職につく部活はどこも、諸事情により今は人を回せるほど暇では無いんだとか。
しかし、一般生徒に任せる訳にも行かない、そんな時に白羽の矢が立ったのがボクだった。
そこそこ実績のある部活の部長かつ、血の繋がりは無いとはいえ、嘗てのティーパーティーホストの縁者であり、尚且つ今現在特に仕事がある訳でもないなどなど色々な理由を含めボクが適任なのだそうだ。
「先生ってどんな人なんだろうね」
『知らん。オレはソイツがオレ達に害をもたらさなければなんでもいい』
そんな会話をしながら二人で歩いていると、見慣れた建物の前に見慣れぬ人物が立っているのが見えた。
その大人は灰色の背広の上着を片腕に抱え、ワイシャツを二の腕あたりまで捲り、額から流れる汗を拭いながら、胸元を扇ぎ、辺りをキョロキョロと見渡していた。
おそらくこの人物が件の“シャーレの先生”だろう。
聞き及んだ通りの人物であるならば、根っからの善人であることは疑いも無い事実だ。
しかしながら、犯罪幇助をしただの、生徒の足を舐めただのと真偽は定かではないが、そういったあまりよろしくない噂が流れているのもまた事実である。
果たしてどちらが真実なのか探る様な態度を、悟らせぬよう微笑み貼り付けて、努めて自然な声音で話しかけた。
「すみません、貴方がシャーレの先生でよろしかったですか?」
「"うわっ!びっくりした。うん、私がシャーレの先生だよ!"」
「"そういう君は?"」
「すみません驚かせてしまって。ボクはトリニティ総合学園二年生、保護活動部所属の
「ティーパーティーの桐藤ナギサ様から貴方の補佐を頼まれています。短い間ですがよろしくお願いします」
「……補習授業部の顧問になっていただけませんか?」
荘厳な空気の漂うテラス席、大きな長机を挟んで対面に座り、こちらを冷静に見定めんとする亜麻色の髪の生徒、桐藤ナギサとその隣で好奇心旺盛な瞳でニコニコとこちらを見つめる桃色の髪の生徒、聖園ミカから頼まれたのはそんな内容だった。
「"補習授業部?"」
「はい。先日行われた定期試験で、残念ながら赤点となってしまい、落第の危機に陥ってしまった生徒たちを救って頂きたいのです」
こちらがその生徒達になりますと手渡された名簿を上から順に流し見る。
その中につい先日知り合ったばかりの生徒の名前があり、苦笑がこぼれた。
怪訝そうにこちらを見る二人になんでもないと伝え、貰った名簿を鞄にしまう。
「それと。先生一人に全て任せっきりになってしまうのも申し訳ないので、こちらで二名ほど補佐を用意しております」
「どうかトリニティにおける“愛が必要な生徒達”をよろしくお願いします」
二人と別れて、「補佐をお願いした方の一人には、ここに行けば会えますよ」と教えられた場所を目指して歩く。
しばらく鬱蒼とした雑木林を歩いていると、少し開けた場所に二階建ての建物が見えてきた。
場所は合っているはずだが、建物の周囲や中からは人の気配がしない。
場所を間違えたかなと頭を掻きながら辺りを見渡す。
しばらく周りをキョロキョロと見て回っていると、不意に後ろから声がかかった。
「すみません、貴方がシャーレの先生でよろしかったですか?」
驚いて後ろを振り返ると、灰褐色の毛の狼を連れた、薄墨色の髪の生徒が立っていた。
先程ティーパーティーの二人から聞いた特徴と一致するので、この生徒が件の補佐を頼まれたという生徒だろう。
「"うん、私がシャーレの先生だよ!そういう君は?"」
「すみません驚かせてしまって。ボクはトリニティ総合学園二年生、保護活動部所属の水縹ネモです。それとこっちの彼はヘレルといいます」
一通り自己紹介を終えた後、中へどうぞと一人と一匹に連れられ目の前の建物──保護活動部の部室にお邪魔した。
ネモと名乗った生徒に、リビングのようになっている場所に通され、冷たい麦茶を出される。
程よく空調の効いた部屋で、夏の日差しに照らされ火照った体を冷ましながら待っていると、荷物を置いて先程よりも少しラフな格好になったネモが戻ってきた。
おかわりもどうぞと注がれたお茶を、ありがたく貰い、簡単な情報共有と、今後についての相談を対面に座った彼女に投げかけた。
非常にわかりずらいと思いますが、一応ネモちゃんにしか聞こえていない声は『』にしてあります。