「お掃除、ですよ♡」
少々遅れながら入った教室で聞いた第一声は、そんな浦和さんの言葉だった。
「……お、お掃除、ですか?」
「はい。管理はされていたようですが、長いこと人の出入りがなかったこともあって、あちこち埃だらけじゃないですか。なのでまず今日はここのお掃除から初めて、勉強は明日からにしませんか?」
「どうせなら気持ちいい環境で勉学したいじゃないですか」と言う彼女に確かにと思う。
一見綺麗に見える自室として割り振られた小部屋や今集まっている教室だけでも、よく見れば薄らと埃が積もっている事が分かる。
「身の回りの整理整頓から始めるのは定石ですし、早いうちにやっておかないと後から気になってしまいますし、いいかもしれません!」
「ボクも賛成。汚れた場所じゃ勉強にも身が入らないと思うしね」
「うん、衛生面は大事。実際、戦場でも士気に関わりやすい部分だ」
「普通のお掃除なら、まあ……」
浦和さんの言葉に皆同じような事を思ったのか、特に反対も無く全会一致で賛成だった。
「それではまず、ここの大掃除から始めるとしましょう!」
「"よし皆、頑張ろう!"」
「それでは汚れても大丈夫な服装に着替えてから、十分後に建物の前に集合とします!」
自室で体操着に着替え、集合場所に向かうと、どうやら一番乗りだったらしく誰の姿も見えなかった。
ちょっと早く来すぎたかなと思いながら、日陰になっている場所で待っていると、ここに来る途中で合流したらしい阿慈谷さん達が向こうから歩いてきた。
「"お待たせネモ。……随分と厚着だね?"」
「確かに。ネモちゃん、暑くないんですか?」
出会って早々に暑くないのかと先生達に尋ねられる。
それもそのはずだろう、今のボクは上下長袖のジャージを身に纏い、その上から普段制服の上から着ているフードの付いたカーディガンを羽織っている。
「ちょっと暑いけど気になるほどじゃないよ」
「"そっか。……いつも厚着だけどもしかして冷え性だったりするの?"」
「まぁ……、そんなところかな」
厚着をしているのは別に冷え性だからという理由では無いが、暑くないというのは本当のことだし、これ以上詮索されても面倒なので曖昧な返事で誤魔化す。
そんな風に暫し先生達と雑談をしていると、体操着を着た──若干一名水着を着ている者もいるが──残りの補習授業部の面々も集まってきた。
「アウトーーーーーーーー!!!!!」
「動きやすい格好ですしいいじゃないですか♡」
「絶対ダメ!アウトったらアウトなの!!」
その後、ちゃんと体操着に着替えててきた浦和さんを待って、別館の掃除に取り掛かった。
「なるほど、敵が隠れそうなポイントから取り除くのは、確かに理に適っている」
「"多分そういうことじゃないと思うけど……"」
時には汗を垂らしながら敷地内の草を手分けして抜いて回ったり。
「ケホッ、ケホッ……。この部屋は埃が凄いね」
「そうですね、家具がほかの部屋よりも多いからでしょうか……」
時には大量の埃に咳き込みながら建物を隅から隅まで掃いて拭いてを繰り返したりして、別館中を綺麗にしていく
皆で手分けして取り組んだおかげか昼過ぎあたりには大方の掃除が完了していた。
「"こんなところかな……?"」
この一週間で使いそうな場所を一通り片付け終わったボク達は、初め集まっていた場所で休憩をとっていた。
「使いそうな場所は粗方綺麗になったし、このぐらいで大丈夫だと思うよ」
「そうね、ずいぶん綺麗になった気がする。うん、気持ち良い」
「……うん、悪くない」
「皆さん、お疲れ様でした!」
どこか充足感のある疲れを感じながら風にあたっていると、「まだ一か所残ってますよ」と浦和さんから声が上がった。
「あれ、そんなところありましたっけ……?」
「はい、屋外プールです♡」
「これは……」
「随分酷い有り様だね」
浦和さんの案内について行くとそこには、あちこちが黒ずみ、長いこと人の手が入っていないのが一目で分かるほど汚れた屋外プールがあった。
これだけの大きさなのだ、昔は色々な生徒に使われていた時期もあったのだろう。
過去の賑やかであったであろう風景に意味もなく思いを馳せなんだか寂しい気持ちになってくる。
「ここも元々は賑やかな声が響き渡っていた場所なのかもしれない。それでも、こんな風に寂れてしまう。“Vanitas Vanitatum”……それが、この世界の真理」
感傷に耽っていると、不意に白洲さんの口から聞き覚えのある言葉が飛び出した。
その言葉がトリガーとなったのか、心の奥底に封じ込めていた思い出したくもないあの日々が、乗り越えたと思い込んでいたトラウマが唐突にフラッシュバックする。
急激に視界が狭まり呼吸が意味もなく浅くなる、完全には消えなかった体中の傷痕がズキズキと痛みだす。
心臓が早鐘を打つように騒がしくなる、全身から血の気が失せ上手く立っていられなくなりその場に座り込んでしまった。
急に座り込んだボクの尋常ではない様子に、先生が駆け寄って来てくれているのが見える。
「"……ネモ!?大丈夫!?"」
心配そうに手を差し伸べてくれている彼女の姿に、顔に、あの女の怒りのままに拳を振り下ろす姿が、自分のことしか考えていないあの歪んだ笑顔が重なる。
「ッ!触らないでっ!!」
「"ネ、ネモ?"」
思わず差し伸べられたその手を思いっきり払いのけてしまった。
先生の困惑したような声にハッとなり慌てて取り繕う。
「ご、ごめん。ちょっと立ち眩んじゃっただけだからさ、気にしないでよ!」
「"気にしないでって……、あっ、ちょっと、ネモ!!"」
無理やり笑顔を貼り付けて立ち上がり、早口でそう捲し立てて、逃げるように屋外プールから走り去った。
自室に戻り、勢いよく開いた扉を乱暴に閉めてヘレルに抱きついた。
『おい、急にどうした。ってまた“ソレ”か』
嗅ぎなれたお日様のような香りと確かな温もりに徐々に鼓動が落ち着いていく。
冷たくなった手足に少しずつ血が巡り初めて体温を取り戻していった。
『最近はなかったのに急にどうした?』
「分かんない……」
『そうか、まあ無理に思い出す必要もないだろう』
いまだに震え続ける体をヘレルに預け、彼の力強く脈打つ鼓動に耳を傾ける。
そうしている内に段々とボクの意識は微睡み始めていく。
『おい、こんな所で……。ハァ、まあいいか。ゆっくり眠れ』
彼の呆れたような優しい声を聞きながらボクは意識を手放した。
水縹ネモに悲しき過去あり────
というわけで、今回はネモちゃんの過去に若干触れました、どうでしたか?
今回のも含め書きたいこととか構想自体はあるのに、設定をしっかり練る前に見切り発車で書き出したせいで違和感なく矛盾なくお話を繋げられないという状況に非常に頭を抱えました。
自分の文章力と計画性の無さが妬ましいぜ……。
皆も大まかな計画だけは立てようね!おじさんとの約束だよ!!!