今回は先生視点です。
書きたいことがうまく纏まらず、何だか少し長くなっちゃいましたが許して下さい。
「あっ、ちょっと、ネモ!!」
恐怖の色に染まった表情で私の手を振り払ったネモは、誤魔化すようなぎこちない笑顔を貼り付けて走り去ってしまった。
「あれ?ネモちゃんどっか行っちゃったんですか?」
「"う、うん。なんか体調悪くなっちゃったみたい"」
物音に気付いたのか、少し離れた所で談笑していたヒフミ達が、こちらに駆け寄ってきた。
どうやら私達のやり取りは聞こえてなかったようで、不思議そうな顔でこちらを見ている。
とりあえず当たり障りのない返答で、何でもないように取り繕った。
「そうか。私達はこれからプールを掃除するために、濡れてもいい服装に着替えてくる」
「"私はこの服しか持っていないからここで待ってるよ!"」
上手く誤魔化せたようで、ヒフミ達は特に気にするような素振りも見せず、別館の中に戻っていった。
プールサイドで一人待っている間、先程のネモの様子について考えていた。
あの只事では無さそうな表情、何かしらが彼女のトラウマか何かに触れてしまったのだろうけれど、てんで見当がつかない。
「先生、お待たせしました!」
堂々巡りに陥りかけた思考が別館から戻ってきたヒフミ達の声で中断される。
「……?先生、考え事?」
「"うーん、ちょっとね"」
コハルの問いに曖昧な笑顔で返答する。
「"やっぱり、聞いてみるしかない……、よね"」
またしてもハナコが何かやらかしたのか、騒がしく言い合っている補習授業部の面々を見ながら、誰にも聞こえないような声量で独り言ちた。
プールの掃除を終え、水を溜めきる頃には日も落ちきり辺りは既に、真っ暗になっていた。
「結局、プールに入って遊ぶことは出来ませんでしたね……」
「それでも十分楽しかった」
水面に反射してキラキラと輝く街灯の光に目を奪われる。
なんだか幻想的な光景をボーっと眺めていると、コハルがうつらうつらと舟を漕ぎ始めた。
「あら、コハルちゃんおねむですか?」
「そ、そんなことないもん……」
コハルは強がってはいるものの、眠そうに目を擦っている。
「"そろそろ中に戻って休もうか"」
「そうですね、明日からは本格的に試験勉強が始まってしまいますし、早く寝ないと支障が出てしまうかもしれません」
大部屋の前まで皆と一緒に世間話をしながら歩いて行った。
「それでは、お疲れ様でした」
「"何かあったらいつでも呼んでもいいからね。それじゃあ皆おやすみ!"」
「はい、ではまた明日」
大部屋の前で皆と別れた後、一人で自室の横にあるネモの部屋に向かった。
静かに閉ざされた扉を控えめに数回ノックして、大きすぎない声で部屋の主に声をかける。
「"ネモ、起きてるかな?私だけど入ってもいい……?"」
声をかけて暫く待ったが、一向に返事は返ってこない。
「"ネモ?……入るよ?"」
これ以上待っても仕方がないと思い、もう一度声をかけてからゆっくりと扉を開けた。
「……先生、ボク入ってきていいって言ってないはずだけど」
「"返事がなかったから何かあったんじゃないかと思って……。それにどうしても聞きたいことがあったし"」
中に入ると部布団にくるまったネモが、屋の隅で小さくなっていた。
彼女を守るように立ち塞がり低く唸るヘレルに少したじろぐ。
今にもとびかかってきそうな雰囲気に気圧されながら、意を決して口を開いた。
「"今日の昼のことなんだけど、何か私がしちゃったのかなって思って。良ければああなっちゃった理由、教えてもらってもいいかな?"」
「……話したくない」
出来るだけ優しい声音で尋ねた私に返ってきたのは、拒絶の言葉だった。
予想していたとはいえ、取り付く島もない様子に少し困ってしまう。
しかし、先生として生徒が心に抱えている傷を見逃す訳にはいかない。
「"どんなものをネモが抱えてるのか、私じゃ全然見当もつかないけど。でも、話してくれたらきっと何か力になれるかもしれないし"」
「"それに力になれないとしても、話してくれるだけでちょっとはネモの心も軽くなると思────"」
「話したくないって言ってるでしょ!!!!」
「……ッ!」
それでも何とかと言葉を続ける私の声を、遮るようにネモが叫ぶ。
窓から差し込む月明かりに照らされた彼女の顔には、私に対する敵意とすら勘違いするような、強い拒絶の意志が滲んでいた。
いつも、優しい微笑みを絶やさない彼女からは、想像もつかないその表情に私は言葉を失ってしまう。
「これ以上ボクの事を詮索しないでほしい。誰だって話したくない事の一つや二つ抱えてるものでしょう?」
「明日になったらいつもみたいに振舞うからさ、もう放っておいてくれないかな」
「お願いだから」と消え入りそうな声で言う彼女に私は何も声をかけられなかった。
絶句している私の横をするりと抜け、部屋を出て行ってしまう。
反射的に追いかけようとした私のスラックスの裾が、何かに引っ張られつんのめってしまった。
そちらに視線を向けると、ヘレルが、“これ以上はやめておけ”とでも言いたそうな眼差しでこちらを見つめていた。
暫く時間がたった後、漸く解放してもらえた私は、肩を落として自室の机に向かっていた。
何にも手が付かないが、眠れそうな気分でもない為、何もせずにただボーっと先程の会話を反芻していると、不意に扉を叩く音が聞こえる。
「"……?どうぞ、入って"」
「あ、えと、失礼します……」
入室を促すとおずおずと扉が開かれ、ヒフミが中に入ってきた。
「その、夜分遅くにすみません」
「"ヒフミ?どうしたの?"」
「えっと、ネモちゃんの部屋から、何か言い争うような声が聞こえてきたので、何かあったのかなと思って……」
あれだけ大きな声を上げたのだ、別室とはいえ聞こえてきてしまったのだろう。
言うべきか否か迷うが、もう誤魔化しも効かなそうなので、何があったのか正直に話し始めた。
「"お昼にネモが体調不良で自室に戻ったって言ったでしょ。過去のトラウマが原因ぽかったから、そのことについて話を聞こうと思ったんだけど、ちょっと強引すぎて怒らせちゃった……"」
「……そうだったんですか」
強引に聞き出そうとしたことは悪いと思っているし、触れてほしくない所にずけずけと踏み込んでしまったのは申し訳ないと思う。
きっと、このまま放っておいてあげた方がいいのだろう。
でもやっぱり、先生として生徒が抱えている問題を、見過ごしたりしたくないと思った。
「"騒がしくしちゃってごめんね?"」
「い、いえ、なんだか眠れなくて、廊下を歩いてたら聞こえてきちゃっただけですから」
さっきまで全く纏まらなかった思考が、ヒフミに話したおかげか徐々に明瞭になっていった。
「"ありがとうヒフミ、おかげで何となくやりたいことが見えた気がする"」
「それは良かったです」
「"ごめんね、長々と話し込んじゃって"」
一通り話し終わったところで時計を見ると、丁度短針が真上を指し示すところだった。
もう遅い時間だからと退室を勧めるが、ヒフミは中々立ち上がろうとしない。
「"ヒフミ?"」
「……あの、先生。その、ナギサ様から何か言われましたか?」
「"全員退学の件?それとも、……“トリニティの裏切り者”を探してほしいこと?"」
「……!?先生も、そう言われたんですね……」
動き出さないヒフミに声をかけると、彼女は徐にナギサから何か聞いたかと尋ねてきた。
三次試験に合格しなければ、ネモを含めた補習授業部全員が退学になること。
それと、補習授業部に潜む裏切り者を探してほしいこと。
私が聞いたのは大まかにこの二つの事だと告げると、ヒフミも同じようなことをナギサから頼まれたと語りだした。
「皆、同じ学校の仲間じゃないですか・・・今日だって、皆でお掃除して、一緒にご飯を食べて・・・」
「これで、誰が裏切り者なのか探れだなんて、そんな、そんな酷いこと、私には・・・」
優しいヒフミの事だ、ずっとそのことを考えていて眠れなかったのだろう。
そんな彼女に弱音を吐くなんて、情けないことをしてしまったと自嘲気味に思う。
自分の両頬を思いっきり叩いて気合いを入れ直し、驚いているヒフミに声をかける。
「"裏切り者の件は、ヒフミは気にしなくても大丈夫!私に任せておいて、どうにか解決してみせるから"」
「"だからヒフミは、ヒフミに出来ることを頑張ってほしいな"」
「私に、出来ること・・・。はい!分かりました!あ、その、私に何が出来るのか、まだ分かりませんが、頑張ります!」
「先生、ありがとうございます!何だか心が軽くなりました・・・!」
「"私も話を聞いてもらちゃったからね、お互い様だよ"」
早く寝るんだよと言ってヒフミと別れ、先程よりもスッキリした頭で寝床に潜り込む。
明日はまずネモに謝るところから始めようと決め、私は眠りについた。
一度操作ミスで書いていた内容が八割ぐらい吹き飛んだときは焦りました。
自動保存機能が無ければ三日ぐらい寝込んでいたかもしれません。