お姉ちゃんはいろPと幸せになるべきだと思うの   作:いろかぐヤチは美しい

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欠けた月とかぐや姫

「──────生きてる……!生きててくれてるっ……!!ツキミ……!つきみぃ…………!!」

 

「お…ねえ………ちゃん……………?その、嬉しいけどちょっと離し──」

 

「離さない……!もう絶対にツキミのこと離さないから……!!」

 

まるで何処にも行かないように、私を強く強く抱きしめながら、縋るように泣きじゃくっているお姉ちゃんの姿に困惑することしか出来ない。

 

───なんで、こんな事になってるんだろう。本当に、分からない。

 

だって、私はちゃんと役割を達成できたはずで……お姉ちゃんに身体をあげられたはずで………。

 

なのに……どうしてお姉ちゃんはそんなに泣いているの?どうしてそんなに辛そうなの?

 

私は…ツキミはただの道具なんだよ?部品(パーツ)なんだよ?それだけの価値しかないんだよ……?

 

そんな私が消えても、いろはとさえ再会出来ればお姉ちゃんは幸せになれるはずで……だってそれが正しい歴史なんだから……なれなきゃ、おかしいじゃん……。

 

──私たちの知っているヤチヨはこんな事しなかった。歪めているのは(お前)だ。

 

………………やっぱそうだよね、私なんかが居るから歪みが生まれるんだよね。

 

「……お姉ちゃん、離してよ」

 

今までにないくらい冷たい声色が、私の口から飛び出す。

 

だがそれを聞いたヤチヨは、力を緩めるどころか、ツキミを抱きしめる力を更に強めて──。

 

「やだ…!絶対に離さない……!!離したら…また……っ」

 

涙ながらにそう叫んだ。

 

……分から……ないよ………私なんかに縋り付いて、一体なんの得があるの?

 

愛される価値も、必要とされる価値もない。

 

大好きなお姉ちゃんを助けることも、未来を変えることも、何一つ出来なかった。

 

そんな無能でどうしようもないほど無価値な人間が私なんだよ……?

 

「ツキミは……つきみは私とずっと一緒にいるのっ……!離れ離れになるなんていや……いやなの………」

 

「私が……お姉ちゃんと一緒に…………?」

 

───何一つとして分からない。

 

だって、お姉ちゃんが一緒に居たいのはいろはであって私じゃないでしょ……?

 

正史を知っているが故に、本来存在しない自分が居なくても、彩葉さえ居れば姉は幸せになれると本気で思い込んでいるツキミにとって、ヤチヨの言葉は到底理解が及ばないものだった。

 

「行かないで…行かないでよ……私と一緒にいてよ………つきみ………」

 

「あ……お姉……ちゃん……?

 

──子供のように泣き崩れて、妹が何処か遠くへ行かないように、必死に繋ぎ止めている彼女の姿を見てツキミは───。

 

「お……ねえちゃんは……………ひょっとしたら……わたしを…………必要として……………?」

 

思わず、そんな言葉が溢れ出す。

 

それに対しヤチヨは。

 

「そんなの……そんなの当たり前でしょ……?」

 

ツキミの頭を撫でながら、耳元で優しくそう呟いた。

 

「そっ…か……そうなんだ……お姉ちゃんは……私を…………」

 

 

──もしかしたら、お姉ちゃんはずっと……私を、ツキミを愛してくれてたんじゃないの?

 

それを見てみぬふりをしていただけで、最初から────。

 

 

──ほんの少し、ほんの少しだけ、凍りついていた心が溶かされていく感覚が胸の内に広がっていき、その心中を暖かな光が満たし始め──。

 

 

──何を勘違いしているの?あくまで私はお姉ちゃん達が幸せになるための部品(パーツ)でしかないんだよ?

 

──自身の罪を忘れ、幸せを感じるといつも聞こえてくる、私自身を責める私の声。

 

お前みたいなクズが愛されてるなんてあるわけないだろうと、苛立ちと侮蔑を込めた、私の声。

 

………そう……だよね………お姉ちゃんは優しいから……………こう言ってくれてるだけだよね…………。

 

だって私は──。

 

異物で邪魔者で卑怯者で臆病者、生きてる価値なんて欠片もない、そんな存在なんだから。

 

そう、それが私。疫病神の私は生まれてしまった贖罪として、お姉ちゃん達の役に立たないとね?……それだけが(お前)の価値なんだから

 

……ごめんね、忘れちゃうところだった。……ありがとうね、私。

 

──私、私の価値はそこにしかない。お姉ちゃんといろはが幸せな未来へ辿り着けるように、一刻も早く消えないとね。

 

異物な私はお姉ちゃん達の未来には要らないから。

 

自分のやらなきゃいけない事を、改めてちゃんと理解できた気がする。

 

そうだ、私はお姉ちゃんに幸せになってほしくて……その為だけに生きてきた。

 

それだけが、私が生まれてきた意味だったのに。それ以外に価値なんてなかったのに。

 

──お姉ちゃんに身体をあげる、そんな生きてていい理由を見つけてしまって、浮かれてしまって……馬鹿みたい。

 

お姉ちゃんやいろはともっと一緒に居たいだなんて……思っちゃいけなかったのに………。

 

……ああ、早く……消えたいなぁ………楽に、なりたいよ………。

 

──これが、私の本音だ。

 

………私だって本当は、お姉ちゃんや彩葉ともっと一緒に──────

 

──────うるさい、(クズ)は黙ってて。

 

浮かれていた心と、幸せを望む浅ましい心を押さえ付けて、私は姉といろはの幸せの為だけに生きるいつも通りのツキミ(お姉ちゃんの妹)に舞い戻る。

 

……これで、いいんだ。

 

「お姉ちゃん。……そんなに、そんなに辛いんだったらさ……」

 

姉の心を軽くしたくて、笑って欲しくて、私は何の気なしに。

 

「私のことなんて、忘れてくれても良かったのに」

 

姉の抱擁を解きながら、笑顔で安心させるようにそう言った。

 

だが、それを聞き届けたヤチヨは笑うどころか、目を大きく見開いたあと、未だ止まらない涙を拭うことなく、ツキミの肩を勢いよく掴み。

 

「……なんでそんなこと言うの?やめて…やめてよ……!!」

  

泣き喚くようにそう叫んだ。

 

その慟哭には怒りと悲しみ、恐怖と不安、妹にそんな事を言わせてしまった自分自身への怒りなど様々なものが含まれていたが、何より辛かったのは───。

 

「自分のこと……忘れてなんて………言わないでよ……………!!」

 

──ツキミが笑いながら発したその言葉だった。

 

……今なら、分かる。ツキミがどれほど苦しんでいたのか、ずっとずっと一人ぼっちで何かを抱えていたんだって。

 

私はそれに気付いていながらも踏み込めなかった。……ツキミが壊れてしまうのが怖くって。

 

でも、だけど……こんな風になっちゃう前に、何かが出来たんじゃないの?

 

手遅れになる前に出来たことがあるんじゃないの?

 

私は、お姉ちゃんなのに……ツキミに何もしてあげられなくって……。

 

───本当に、駄目なお姉ちゃんでごめんね。

 

「お、お姉ちゃん……で、でも!私の記憶がお姉ちゃんを苦しめてるんなら……そんなの、忘れてしまった方がいいじゃん……」    

 

FUSHIならそういうことも出来るって言ってたし……私の事なんて忘れちゃっても彩葉が居るんだから絶対幸せに───

 

「……なんで?なんでそんなこと言うの……?ツキミの事まで忘れたら…私……わたしは自分が誰なのかも、分からなくなって……私は誰なの……?私の……名前は……………っ」

 

まるで迷子になった子供のように、自身の膝を抱え怯えながら身を竦めるヤチヨ。

 

その声は弱々しくも震えていて、恐らくそれはこの8000年間で培われた絶望と恐怖の一端。

 

かぐやでありながら、今はヤチヨで、すっかり変わってしまった。

 

キラキラのかぐや姫は、もういない。

 

だから、最も愛しいその人からこの名前を呼ばれることも、今後一切永遠に訪れ───。

 

「お、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ!私にとってはただ一人の大切で、大好きな唯一無二のお姉ちゃん。……だからそんな表情しないで……?」

 

今にも崩れ落ちそうな姉の姿に、精一杯の抱擁と自身の思いの丈をぶつける事によって、何とか元気になって貰おうと笑いかけるツキミ。

 

それは、もう自分はツキミが好きでいてくれたかぐやでは無くなってしまったのかもしれないと、心の奥底で不安を抱えていたヤチヨの心を癒し、そして───

 

「ツキミ……えへへ、良かった……」

 

「?」

 

───本当に嬉しそうな彼女の笑顔を、引き出したのだった。

 

「実はね……少しだけ怖かったんだ。……ツキミが私のこと、お姉ちゃんって呼んでくれなかったらどうしようって」

 

「何歳になってもお姉ちゃんは私の大好きな、お姉ちゃんのままだよ?寧ろ……大人の魅力のようなものまで溢れ出てて……へへへ……可愛いねお姉ちゃん……」

 

「っ……もう、ツキミは本当……変わらないんだから……っ」

 

お姉ちゃんはやっぱり、笑ってる顔が似合うなぁ……うん、可愛い。

 

……私が居なかったら、もっとちゃんと笑ってくれたのかな。

 

……やっぱりお姉ちゃんを苦しめてるのって……私、なんだよね。

 

──生きてるだけで、お姉ちゃんを苦しめる。本当に救いようがない毒物だね。

 

…………知ってるよ、そんなこと。

 

「ねえお姉ちゃん。お姉ちゃんはさ、どうしてそんなに辛そうなの?だってもういろはと再会できたでしょ?なのに……」

 

「……どうして?そんなの……ツキミが居てくれないからに決まって……」

 

「私?……え?でもお姉ちゃんにはいろはが居るじゃん。だから幸せになれるでしょ?」

 

私の知ってる原作ではそうだった。お姉ちゃんは彩葉が超ハッピーエンドまで連れて行ってくれるから、絶対に幸せになれる。

 

ツキミなんて不純物、お姉ちゃん達の幸せには必要な──。

 

「────ツキミも居ないと駄目なのっ!!」

 

「どうして……?どうして分かってくれないの……?」

 

ツキミの言葉を強く遮り、勢い良く彼女の両肩を掴み掛かり俯くヤチヨ。

 

その身体は心なしか震えていて、気のせいで無ければ涙も零れ落ちているようにも見える。

 

「お、お姉ちゃん……?」

 

「確かに私は彩葉が好き。……大好き。ずっと一緒に居たいし、また一緒に暮らしたいなって思ってるよ。……でも、そこにツキミも居てくれないと意味ないんだよ……!私も彩葉も、幸せになんてなれないの……!!」

 

──お姉ちゃんが幸せになれない?なんで……そんな……だ、だっていろはが居るのに……。

 

私はお姉ちゃん達が幸せになる為だけの部品(パーツ)……それがツキミ()なのに、その役割を果たせなかったの?

 

…………………………どうして?

 

「ツキミ、私にとっての幸せはね……彩葉とツキミ、そして私の三人でずっと一緒に暮らすことなんだよ……?」

 

──三人で……いっ……しょ………に…………?

 

うそ、うそだ。私はただの部外者で、邪魔者で、異物で疫病神で……お姉ちゃん達の幸せに、私の存在なんて邪魔なだけで……。

 

「……ツキミが居ないのに私は……"かぐや"は幸せになんてなれないよ……」

 

──そう、なんだ。……私、そばにいてもいいんだ。

 

お姉ちゃんは……私に生きてて良いって、そう言ってくれてるんだ。

 

一緒に居てもいいよって言ってくれてるんだ。

 

……そっか………なら、私も──。

 

──異物な(お前)が?

 

「……お姉ちゃん……私、生きてていいの……?一緒に居てもいいの……?」

 

──やめろ、それ以上喋るな。そんなこと許されて良いはずが──

 

「当たり前でしょ?かぐやがツキミの事、要らないって言ったことが一度でもあった?」

 

「……ううん、ないよ……」

 

──ない、けど……やっぱり私はどこまで行っても邪魔者で……お姉ちゃんは優しいから、そう言ってくれてるだけで……。

 

そう、そうだ。優しさに縋るな、お姉ちゃんの重荷になんてなるな!本来の世界にツキミなんていなかったんだから!!彼女達の幸せを汚すな!!!!!

 

あ……………ごめ………なさ………………………。

 

「……ねえツキミ、ツキミは未来のこと……もしかして知ってたの?」

 

「────────」

 

私の、最大の秘密。ずっと怖かった。

 

これを知られたらどうなるんだろうって。

 

気味悪がられるのかな、嫌われるのかな……本来存在しないはずの私が、お姉ちゃんの近くでのうのうと息をしてたこと。

 

その上未来のことも全部知ってて、お姉ちゃんの事も見捨てて……私が居なかったらちゃんとハッピーエンドに──。

 

──ここだ。言え、言ってしまえ。……そうしたら嫌ってくれるはずだ、恨んでくれるはずだ。それが一番(お前)に相応しい末路なんだから。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、地獄を味合うのが姉に出来る唯一の贖罪。

 

……そう……だよね……何を今更期待してたんだろう。

 

──忘れるな、私は異物(ツキミ)だ。

 

「うん……知ってたよ」

 

「そっか……やっぱり。……だから、ずっと苦しんでたの?未来を知ってて、何も出来ないのは……辛いもんね……」

 

──違う、違うよお姉ちゃん。私はヤチヨお姉ちゃんとは違って──。

 

「私の知ってるその未来にはね、私の存在はなかったの」

 

──私はただの邪魔者なの。

 

「え……?」 

 

「ツキミなんて人間はね、本来の歴史には存在しなかったの……だから私は、生まれてくるべきじゃなかったんだよ。生きてるだけで歪みを生むし、お姉ちゃん達に迷惑かけるし、本当なら幸せになれる筈のかぐやちゃんもヤチヨちゃんも彩葉ちゃんも全部台無しにしちゃうかもしれない猛毒なんだよ」

 

「つ、つき……っ」

 

もう、どうでもいいや。やっと、バッドエンドを迎えられる。

 

お姉ちゃんに嫌われて気味悪がられて責められて……私らしい最後でよかった。

 

──これが、私のエンディング。

 

「だから私はね、生まれた時からずっと自分のこと世界にとっての異物で邪魔者で疫病神で……消えなくちゃいけないってずっと思──」

 

「──ごめんね、ツキミ」

 

「…………え?」

 

──暖かな感触が、私の身体全体を包み込む。それは身体だけじゃなく、まるで精神(こころ)まで満たしてくれるかのような安らぎ。

 

その安心感の正体は──。

 

「気づいてあげられなくて、ごめんね」

 

──泣きながら私を抱きしめる、姉の優しい抱擁だった。

 

なんで……?どうして…………?だって私は……こんなことされる資格……異物……なのに…………。

 

全部終わらせる筈だった。全部終わる筈だった。嫌われる筈だった。

 

なのにどうして……。

 

──どうして貴方は、私を抱きしめてくれるの?

 

「ツキミのこと、助けてあげられなくてごめんね」

 

「ぁ……………っ」

 

──やめて。

 

そんなこと、言わないで。

 

貴方が……お姉ちゃんが謝らないでよ………。

 

だって私は……私は…………っ

 

「未来を……未来を知ってたんだよ……?ツキミなんて居なかったんだよ……?気味悪いでしょ……?嫌いになるでしょ……?

 

「……ううん、そんな事ないよ。……だってツキミは、私の妹だもん。そんなちっぽけな事で、嫌いになったりする筈ないよ」

 

…………嘘だ。そんなの、嘘だ

 

「ごめんね……ごめんねツキミ……気付いてあげられなくて……ごめんね……っ」

 

やめて、やめて……やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!!!!!!

 

悪いのは、全部私なのっ!!

 

なのにお姉ちゃんが謝らないでよ…………!!!!

 

姉の抱擁を振り解き、私は──。

 

「……わたし、は……全部知ってて……!お姉ちゃんが8000年間苦しみ続けることも全部知っててっ……!!」

 

私の中でずっと溜め込みながらも抑え込んでいた醜い何かが一気に決壊したのを感じた。

 

──もう、止められない。

 

「でも!余計なことをしたら未来が台無しになるかもって言い訳して!!見て見ぬ振りを続けてっ……何食わぬ顔でお姉ちゃんの側で笑ってたんだよ!?クズでしょ!?気持ち悪いでしょ!?卑怯者で臆病者でどうしようもないでしょ!?」

 

──今度こそ、終わりだ。私はもう、お姉ちゃんの妹ですらなくなる。

 

誰も、私を愛してなんてくれない。……当たり前だ、だって私はツキミなんだから。

 

「その上言い訳に言い訳を重ねて!生きてていい理由を探してっ!!お姉ちゃんのためって言いながら私は自分が楽になる為に……!楽に……消えられるように………………して…………っこんなクズに、なんで優しくするのっ!?」

 

ハッピーエンドを迎えていいのは、お姉ちゃんや彩葉みたいに優しくて、人の事をよく考えられて、大切な人のためにどんな無理難題だってこなしてみせる、そういう暖かい人だけなんだよ。

 

私みたいなのに、幸せなんてあっちゃいけないの。

 

「こんな私に優しくしないでよ……!憎んでよ………!!お前みたいなどうしようないクズは、私の妹なんかじゃ無いって切り捨ててよ……!!」

 

それが一番私に相応しい末路──。

 

「……そんなこと言わないし、してあげない」

 

「……なんで?………っどうして!?嫌いになってよ……!!私は……お姉ちゃんを見捨てて────怒ってよ!!お願いだから……怒ってよ……嫌いに……なってよ………」

 

「怒らないよ。……寧ろ、ツキミが苦しんでる理由に気付けなかった自分が許せないぐらい……。駄目なお姉ちゃんで、ごめんね……?」

 

──何で貴方が謝るの?貴方は私に──

 

「っお姉ちゃんは駄目なんかじゃない!だってお姉ちゃんは私に…!この世界で初めて私に居場所をくれた人で……!自分のこと…‥悪く言わないで……」

 

──右も左も分からない世界で、貴方が私の名前を呼んでくれた時、それがどれほど救いになったのか。

 

きっと誰にも分からない。

 

「ツキミ……うん、ごめんね……。私はツキミの事、邪魔者だとか、異物だとか思ったこと一度もないよ。……その逆なら、沢山あるけど」

 

──ほん、とうに……?

 

私…私みたいなゴミクズを……お姉ちゃんは愛してくれるの……?必要として……くれるの?

 

──違う、そんな事は有り得ない。有り得ていい訳がない。

 

だって…だって私は………色々な事から目を背けて、傷付きたくなくて……逃げた卑怯者で……そう、逃げたんだ。

 

立ち向かう責任や義務から逃げて……逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げ続けてっ!!!!!!!!!

 

そんな私が誰かに愛してもらえる?ふざけるな、そんな権利……どこにも…………!

 

どこまで身勝手で、どれだけ浅ましいクズ女になれば気が済むんだ。

 

これ以上姉に、私を救ってくれた人に迷惑なんてかけるな。そもそも私の存在自体がこの人にとって、世界にとっては毒なんだから。

 

……そうだよ……私なんて、私なんて最初から生まれてこなければ────。

 

「ツキミ……そんな表情(かお)しないで……?誰もツキミのこと、責めてなんかないよ……?」

 

「う………あ………………」

 

───強烈な自己嫌悪によって今にも崩れ落ちそうな私の身体と精神(こころ)を、姉は優しく抱き止めてくれて───。

 

「大丈夫……大丈夫だから……。私がずっと……側にいるから……。泣かないで?……ツキミ」

 

「お…………ねえ……………………ちゃ…………………………………」

 

────許して助けて憎まないで恨まないで嫌いにならないで見捨てないで気味悪がらないで独りにしないで……もっともっとぎゅっと抱きしめて愛して一緒にいて名前呼んで受け止めて。

 

 

私の全てを包み込むかのような姉の抱擁。それによって溢れ出しそうになる私の心の奥底にあった本音と願いが今にも口から───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!!!!!!!!

 

 

私は今更、今更何を言って……!黙れ、黙ってよ……!これ以上、自分のこと嫌いにさせないでよ…………!!

 

 

──もう、自分で自分が分からない。ただ、分からないままでも口は勝手に動き、私なんかを気遣ってくれる姉の心を不躾にも踏み躙っていく。

 

………本当に、最低。

 

「綺麗事言わないでよ!責めてないわけない!!」

 

「……責めてなんかないよ」

 

嘘だ。………嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!!!!!!!!

 

優しいからそう言ってくれているだけだ……!本音は絶対……絶対に違う……!!だって……!だっ………て…………。

 

……違わなきゃ………いけないの…………私なんかを許しちゃ………いけないんだよ…………お姉ちゃん……………。

 

──私を許して。

 

……うるさい。加害者()は黙ってて………黙っててよ……………。

 

「……ツキミのこと、責めたりなんてするわけないよ」

 

「……………………っ」

 

………………優しく、しないで…………………………。

 

──優しくして。

 

────頭の中が、ぐちゃぐちゃする。

 

「なんで責めないの……?だってお姉ちゃんは8000年間……苦しかったんでしょ?辛かったんでしょ?…………だから泣いてるんでしょ!?私はそれを止められたかもしれないんだよっ!?変えられたかもしれないんだよ! ?なのに何もしなくて……!出来なくて………逃げて………にげて……………にげつづけて……………………」

 

「……ツキミは、逃げてなんかないよ。……そう思ってるのは、ツキミだけだよ……?ツキミを責めてるのは、ツキミだけなんだよ……?」

 

──なにも分からない。

 

姉は一体、何を言っている?…………私が、逃げてない………?私を責めてるのは、私だけ………………?

 

…………そんなわけ、そんなわけない………………だって私は………おねえちゃんをくるしめて………こんなに泣かせて…………全部全部私のせいで…………私が居なかったらこんな表情しなかっ───。

 

「ぁ………もう………………やだ……………………………」

 

───辛い苦しい消えたい無くなりたい喪いたい苦しみたい泣きたい忘れたい忘れてほしい必要としないで見捨てて嫌って打ち捨てて………突き放して。

 

心中に浮かぶ言葉は全てが本当で、私自身の願いそのもの。後はそれを口にすれば───。

 

───消えたくない苦しみたくない泣きたくない忘れてほしくない必要としてほしい……見捨てないで好きでいてそばにいて………抱き締めて。

 

なん……で……………どっちが、正しいの……?どっちが私の本音なの…………?

 

ぐちゃぐちゃにかき混ぜられた彼女の精神は、最早ツキミ本人でさえ理解し難いほどに、残酷なまでに捩れていた。

 

どれが本音で、どれが嘘で、何が願いで、何が(ツキミ)なのか、彼女自身も見つけられないほどに。

 

………私………私はだれ……………?名前…………………名前は………………ツキミ。

 

…………ツキミってなに?……………お姉ちゃんの妹…………………最低な存在。

 

……………生まれてきたことが間違いの……………罪人。

 

………………誰にも必要となんてされてない、世界の異物で疫病神。

 

──お姉ちゃんは私を必要としてくれてるのかもしれない

 

……………ち、がう……………………………。

 

──お姉ちゃんは私を責めてなんかない。

 

それは……お姉ちゃんが優しいから……………………。

 

──お姉ちゃんは私を許し────────────

 

───だからっ!それはお姉ちゃんが優しいだけで……!そんな資格、私にはないよ…………貴方()ならそれぐらい分かるでしょ……………?

 

──────そう……だったね…………私は逃げて逃げて逃げ続けた卑怯者で、生きてるだけで歪みを生む疫病神……。世界にとっての異物で邪魔者、誰も私の幸せなんて望んでいない

 

そう……そうなの…………私にハッピーエンドなんて存在しない。

 

だって私は、ツキミ(お姉ちゃんの妹)なんだから。

 

「ツキミ……泣かないで……一人にならないで……?お願いだから、一緒に居てよ……ツキミと一緒に、居させてよ……」

 

「あ…………や…………………っ」

 

───や、めて……優しく……………しないで。

 

私にそんな価値…………価値ってなに?…………………お姉ちゃんがこんなに抱き締めてくれてる私に、価値はないの?

 

そんなものはない。(お前)はただの罪人だ。

 

…………………ああもう、何も考えられない。頭の中がぐちゃぐちゃで気持ち悪い。

 

 

…………………………………………………………………………………………………苦しい。

 

 

 

「いたい…………きもちわるい…………………もうやだ…………………………………死にた───」

 

「っツキミ!!」

 

決定的な一言、それが飛び出したら手遅れ。

 

そうなる前に妹を強く抱き締め、何とか阻止するヤチヨだったが、その身体は恐怖を抑えつけるように震えていて───。

 

────ああ、本当に最低だ。…………お姉ちゃんの優しさを全部踏み潰して、何がしたいの私は…………?

 

うんざり、もううんざりだ。

 

全部ぶち撒けて、楽になりたい。

 

「……私は……嫌って欲しいとか、恨んで欲しいとか……言ってるくせに……本当はそんなことして欲しくないとも思ってるんだよ……?意味分かんないでしょ……?面倒臭いでしょ……?本心を、言ってよ………私のことなんて……どうでも…………っ」

 

いいんでしょと、全てを終わらせる思いで吐き出した私の言葉を遮り、お姉ちゃんは──。

 

「──私はツキミのこと、愛してるよ」

 

────優しく私を抱き締めて、暖かな表情でそう溢してくれた。

 

 

────────────────────愛…してる……?

 

 

……………こんな、こんな私を?………………………。

 

「なん……………で………………………?」

 

「だってツキミは、私のたった一人の妹だもん。……愛さないわけないよ」

 

───嘘だ。これもきっと優しさからくる慰めだ。本音なわけがない、こんな私に愛される価値なんてあるわけ───。

 

「うそ……だ……………」 

 

「……嘘なんか吐かないよ。私はツキミのこと、愛してる」

 

────口だけなら…何とでも………

 

「愛してる。……愛してるよ、ツキミ」

 

「……………………………やめて」

 

──希望なんて持たせないで。

 

「やめない。ツキミを見捨ててなんて、絶対にあげないから」

 

「……お姉ちゃんは、どうしてそこまで……私なんて居なくても別にいいでしょ……?元々居なかったんだよ………?邪魔なだけなんだよ……………?なのになんで……………」

 

「────そばに居たいから、ずっと一緒に居たいから。……それだけじゃ駄目なの……?」

 

私を抱き締めて来るお姉ちゃんの震え、声色、表情、言葉……その全てが私に愛していると訴えかけて来てるみたいで─────。

 

…………………………いい………のかな……………………少しだけ…………ほんの少しだけ、求めてみても…………いいのかな………………。

 

──凍っていた心が、暖かな陽射しを浴びた雪解けのように、甘やかに溶かされていくのを感じる。

 

──私も、お姉ちゃんのそばに居てもいいの?

 

期待は、毒だ。……でも。

 

「……ツキミは私と一緒に居たくない……?」

 

「……………わたし…………は……………………………………っ」

 

怖い。その言葉を吐き出すのが怖い。……私にそれが許されるのだろうか、お姉ちゃんは本当に私と一緒に居たいと思ってくれているのだろうか。

 

私なんかと一緒に居たいなんて……そんなの…………やっぱりあり得な──。

 

『そんなことお姉ちゃんとして当たり前だよ!ツキミと一緒遊びたいもん!!』

 

───再び自己嫌悪に沈みそうになった私の脳裏を不意に掠める、少しだけ前の大切な記憶。

 

……これは、お姉ちゃんが私にかけてくれた……一緒に遊びたいって……いっ…しょ………?

 

───────あ。

 

『!本当っ!?じゃあ行こ!''一緒に''!!」

 

『ツキミ!今日も''一緒''に頑張ろ?』

 

『ツキミも''一緒''来れて良かった!!』

 

『''一緒''食べよ?』

 

『よし決めた!自分達でハッピーエンドにする!そんでハッピーエンドまで彩葉も連れてく、''一緒''に!!』

 

 

────そっ……か…………………。

 

 

お姉ちゃんはいつも私に……ちゃんと伝えてくれてたんだ。

 

 

─────私と一緒に居たいって。

 

 

「……………わたし、だって…………………………………っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────お姉ちゃんと、一緒にいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………そう、だよね。

 

 

 

 

 

──────その本心に気付いてしまったら、もう無理だった。

 

 

 

「お姉ちゃんは……私が妹でもいいの……?ツキミが生きててもいいって……思ってくれるの……?邪魔だって……思わないの……?」

 

「当たり前でしょ?──別の世界の事なんて知らないしどうでもいいよ。……私は、ツキミのお姉ちゃんとして生まれてこれて、心の底から嬉しいんだよ?……だから、そんな悲しいこと言わないで……?」

 

────────────────────────────────────────────────そっ、か……。そうなんだ。

 

 

──これは────本心だ。……今のお姉ちゃんに、取り繕う余裕なんてない。

 

 

だからこれは、優しさでも慰めでもなんでもなくて──。

 

 

──剥き出しの、本音なんだ。

 

 

異物な私を、自分勝手な私を、一人の妹として愛してくれてるんだ。

 

 

「ぁ………お、お姉ちゃ──」

 

 

────私は?私はお姉ちゃんのこと、一人の人間として大好きになったって思ってたけど……それは本当に?

 

 

──心のどこかで、キャラクターとして見てたんじゃないの?

 

血の通った人間として、見ていなかったんじゃないの?

 

 

原作にツキミなんて居なかったから、私が居なくなっても……例えそれが妹だったとしても……彩葉さえ居れば原作通り幸せになれるって……勝手に思い込んでたんじゃないの?

 

──かぐやみたいに優しい人間が?妹を犠牲にして、幸せになれる?……なにを、考えてたの?私は……?そんなの、人に対してじゃなくて……本当にただのキャラクター(記号)としてしか──。

 

「あ…ああ……っ」

 

「……ツキミ?」

 

その事実に気付いた瞬間、私は──。

 

「──うわあああああああああああっ!!!!!!!!!!!」

 

恥も外聞もなく泣き喚くことしか出来なかった。

 

それは姉に対する申し訳なさ、自分自身に対する情けなさ、それら全てが爆発した結果だ。

 

そして──

 

「ご、ごめんなさいっ…!ごめんなさいっ……!!お姉ちゃんっ………!!ごめんなさいっ………!!!!!」

 

そのまま泣きじゃくりながら、お姉ちゃんにしがみつく私を。

 

「……よしよし」

 

──ヤチヨお姉ちゃんは優しく、それはもう優しく撫でてくれた。




やっと、こころが晴れたね。

……まあツキミちゃんの精神が上向きになったところで、この世界の因果は既に定まっているのでツキミがかぐやちゃんに身体をあげるという事象は必ず起こるんですけどね。そのあたりは次回でやります。
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