お姉ちゃんはいろPと幸せになるべきだと思うの 作:いろかぐヤチは美しい
「何か良く分からないけど…細かい事はどうでもいいじゃん!それよりほら、早く行こうよ!」
「いや全然細かくないんですけどねかぐやさん…由々しき自体なんですよかぐやさん…」
今すぐにでもツクヨミで彩葉やツキミと遊びまくりたいかぐやお嬢様の楽観的発言に、思わず彩葉が突っ込みを入れるのだが…。
「何があるかな〜?ここから見ただけでも超楽しそうだし!楽しみ〜♪」
当のかぐや様は聞く耳を全く持っておりませんでした。
あー…これは駄目ね…まだ短い付き合いだけど分かるわ…断言出来る。こうなったかぐやはマジで人の話を聞かない。
なんだかんだでかぐやの事を理解して来ている彩葉が、姉絡みじゃなかったらそこそこまともなツキミにふじゅ~のバグ挙動について色々と聞こうとしたのだが……。
「……うんそうだねお姉ちゃん!行こ行こ!」
──ツキミさんはヤチヨお姉ちゃんの露骨すぎる贔屓による話題をこれ以上掘り下げたくないらしく、内心の冷や汗をすべて消し去るかのような満面の笑みで、かぐやの提案にノータイムで便乗するのだった。
「は!?ちょっとツキミ!?あんたは割とまともな方でしょ!?なに現実逃避してんの!?」
これには流石の彩葉もツッコミを入れざるを得ない。
唯一のまともな感性の持ち主だと思っていた仲間の余りにも潔すぎる裏切りと現実逃避を前にして、彩葉はツクヨミの常夜の空を見上げてガックリと肩を落とすのだった。
「……大体ツクヨミであんな挙動聞いた事ないし…それにヤチヨは何でツキミにだけあんな事を……?ツキミの見た目もそうだし…指輪とかアクセサリーとか……」
冷静に考えるとどう考えてもおかしいこの事象に対して、ブツブツと呟きながら情報を整理している彩葉を見てツキミは非常に焦っていた。
うぐ…やはりいろpは手強い…!流石ははいろp…たった数ヶ月でお姉ちゃんの脳みそを焼き尽くした魅力溢れる最強の女の子なだけはある……しかも優しいし可愛いし、格好良いし…お姉ちゃんの為ならどんな無理難題もこなしてくれる世界一素敵な人だし……大好きです♡
……ってそうじゃなくて!ヤチヨお姉ちゃんの贔屓溢れまくってるふじゅ~ペイとか、私のキャラメイク姿とか、指輪とかアクセとか色々な特別扱いの理由がバレたら、未来が…変わっちゃう…な、何とか誤魔化さないと……だってヤチヨちゃんの正体に気がつくのは今じゃないんだから……。
「うっ…だ、だからね?FUSHIさんも言ってたじゃん!そっくり記念って…あとヤチヨちゃん優しいから!私の相談にも乗ってくれたし…」
必死にオオカミ耳をパタパタと震わせながら、上目遣いで甘えるように弁明するツキミ。
そのどこか必死で、だけどこれ以上ないほど縋るようなあざと可愛い上目遣いを前にして、この姉妹のこう言う表情に弱い彩葉は完全に思考停止に追い込まれてしまった。
……酒寄彩葉はかぐやとツキミのあざと可愛い表情や泣き顔にはとても弱いのである。完璧女子高生の唯一の弱点と言っても良いだろう。
──彩葉はこの姉妹のおねだりには絶対に勝てないのだ。
その結果……。
「うっ……ま、まあ…ツキミは月人だし…ヤチヨにそっくりだし…ヤチヨも結構お茶目なところあるかもだし…そっくり記念で特別なのです〜…とか言いそうかもだし…ヤチヨは優しいし…そっくりなツキミに親心的なのも芽生えてもおかしくないし…ツクヨミの母だし…私も救われたし…こう言うことも……ある、かな…」
顔を真っ赤に染めながら、もはや自分を納得させるように超高速の早口でヤチヨ様の正当性を並べ立てる彩葉なのでした。
「そ、そうそう!ヤチヨちゃんは尊さと優しさと可愛さと美しさ、全てを兼ね備えた世界で一番のお姫様なんだから!ふへへ…本当に可愛いよね……ヤチヨちゃん……♡」
「……むー……!もー!彩葉もツキミもヤチヨヤチヨって!そんなにヤチヨが好きなの!?ズルいズルいーっ!かぐやの事もちゃんと見てよー!」
……あ、お姉ちゃん…違うんだよ…!私はかぐやお姉ちゃんもヤチヨお姉ちゃんもこの上なく愛してて…!でも、言えないんだよぉ……!
「ち、違うのお姉ちゃん!私はね?お姉ちゃんの事が世界で一番好きだから!誰よりも愛してるから!……お姉ちゃんの事が、大好きなの……!」
「……本当?ツキミはかぐやの事がヤチヨより好き?」
………………う、ぐっ……かぐやお姉ちゃんとヤチヨお姉ちゃん…どっちがとかないよ……だって私にとっては二人とも最高のお姉ちゃんで…。
「……ちょっとかぐや。推しと家族としての好きはまた別物なの。どっちがとかじゃなくて、どっちも別の方向で大好きなの。余り意地悪な質問するものじゃないわよー」
「う…確かに……ごめんねツキミ……私…またツキミのこと困らせちゃった……?」
お姉ちゃんが不安そうな表情で、私の顔をおそるおそる覗き込んでくるけど…。
……そんなに気にしないで良いのに…だって私は……お姉ちゃんの事、大好きなんだよ?だから私は、それをそのまま口にした。
「……ううん、全然困ってないよ?お姉ちゃん。 ……だってお姉ちゃんが私にヤキモチ妬いてくれるの凄く…すっごく嬉しいんだもん……♡」
私は心の内から溢れ出る感情のままに、ギュッとお姉ちゃんの細い腰に抱きついてその胸元に顔をぐりぐりと押し当てた。
いろpの冷静なフォローのおかげで、どっちが好きかという人生最大の難問からはなんとか逃げ切れたけれどそれ以上に、私のことを大切に想うがゆえに不安そうな顔をするお姉ちゃんが愛おしくてたまらなくなってしまったのだ。
……ヤチヨお姉ちゃんに救って貰わなかったら、お姉ちゃんが嫉妬してくれてるなんて、一生気付かなかっただろうなぁ……ありがとう。お姉ちゃん
「〜〜〜〜~っもう!本当にツキミは可愛いんだからーっ!!!!お姉ちゃん、やっぱりツキミを誰にも渡したくないよ!ツキミはかぐやのだからね!…… ツキミを助けてくれたヤチヨと…彩葉だけなら…許すけど……」
「わっ、お姉ちゃんにぎゅーってされるの、やっぱりあったかいなぁ……♡」
さっきまでの寂しげな空気なんて一瞬で吹き飛び、お姉ちゃんはきらきらとした向日葵のような笑顔を完全復活させて、私の身体をこれでもかと強く抱きしめ返してくれた。
ヤチヨお姉ちゃんとお揃いの髪型、藤や蝶をモチーフとした綺麗な簪、ウミウシと兎のイヤリング。そして、左手の薬指に結ばれた三日月の銀の指輪。
ヤチヨお姉ちゃんからの贈り物だけでも、天に昇るほどに幸せなのに…私には、かぐやお姉ちゃんもいて。
「ツキミ……大好き」
──こうして、愛を伝えてくれる。抱きしめてくれる。それがどれだけ幸せな事なのか、前までの私は気付けなかった。
……本当に、今までごめんなさい。……こんなに愛を伝えてくれてたのに、気が付けなくてごめんなさい。
……私はこの先……どうやっても消える未来が確定している…お姉ちゃんを、8000年間も一人にする事が確定している。
……お姉ちゃんは私を愛してくれてる…そんなのはもう分かってるよ。…そんな私が目の前でお姉ちゃんに身体をあげて消えるんだ…。『お姉ちゃんはいろpと幸せになるべきだと思うの!』なんて最悪の呪いを残して。
……そのせいでお姉ちゃんは……精神的ショックで何も食べられなくなっちゃって…正史とは違ってものを食べられるようになってたのに……何でこうなるんだろう。何で私は、世界に嫌われてるんだろう。
……お姉ちゃん…ごめん…ね。……でも、でも絶対に…バッドエンドになんてさせないから。運命になんて、世界になんて負けてたまるか。だって私は……約束したから。絶対に復活して…そして──。
もう一度彩葉が作ってくれた粉と水だけのクソまずパンケーキを一緒に食べるって
……ふふふ…改めて思い返すと変な約束……だけど絶対叶えてやる。復活してやるんだ…!私だけじゃ無理だけど……私達にはいるんだもんね。
どんな無理難題だって、絶対に不可能な事だって、かぐやお姉ちゃんやヤチヨお姉ちゃんを泣かせない為なら、世界を敵に回してでも最高の超ハッピーエンドを作り上げてくれる人。 ……酒寄彩葉がいるんだから。
(……背負わせてばかりで、頼りきっちゃってごめんね。──でも、お願い彩葉……お姉ちゃん達を助けてあげて……!)」
── 私も絶対に諦めないから。お姉ちゃんを一人ぼっちになんて、絶対にさせないんだから……っ!
胸の奥で、確固たる誓いの炎を静かに燃え上がらせる。左手の薬指にある指輪の重みを世界で一番愛おしい約束の証として心地よく感じながら、私はお姉ちゃんの腕の中でさらに愛おしそうに目を細めた。
「はぁ……もう勝手にやってなさいよ。……って、いつまで抱き合ってんの! そろそろ本当に移動するわよ。ライブまでまだ結構時間あるけど、どうせあんたら遊び回るんだし」
二人の間に漂う他者が介入する隙のない圧倒的な姉妹の結界を前に、彩葉が呆れたように一つ大きなため息をついた。
だけど、そんな彼女の口調とは裏腹にその表情と声色はどこまでも優しくて。
口では勝手にやってろなんて突き放しながらも、私達との最悪だけど最高に騒がしいこの日常を何処か楽しんでくれているのが分かる。
「……優しいね、いろp」
「……はあ!?いきなり何言ってんの!?」
「おー…彩葉照れてる~♪可愛いじゃん☆」
「うっさい!ほら、もう行くわよ居候エイリアン達!」
顔を赤く染めながら、私とお姉ちゃんの手を引っ張っていく彩葉の姿を見て、私は改めて確信した。
彩葉なら絶対に超ハッピーエンドに導いてくれるって。原作知識の有無なんて全く関係ない。私自身がそう思ったんだ。
少しの間だけど一緒に過ごして、この人の優しさや思いやりを知れたから。
……彩葉がいてくれるなら、どんな運命のバッドエンドだってひっくり返せる。 だって彩葉は誰よりも格好良くて、誰よりも優しくて……そして何より、彩葉はかぐやとヤチヨを泣かせたまま終わらせる人じゃないって、私は知っている。
……だって彩葉は、かぐやとヤチヨが大好きだもんね。
「……ちょっとツキミ。何さっきから私を生暖かい目で見守ってんのよ」
「んー?…へへへ……いろpはお姉ちゃんの事好きなんだろうなーって」
「!?だから!そんなんじゃないっての!追い出そうにも追い出せないから居させてあげてるだけだから!早く月からの迎え来てって思ってるからね!?」
「あー!また彩葉がいじわるゆってる!」
「あーあー!聞こえない聞こえない!良いからもう行くわよ!絶っ対遊びに時間かかるから!どうせ遊び回るんでしょ!?」
彩葉は顔を真っ赤に染めながら、まるで自分の心音から逃げるように大股で歩き出しながらも、しっかりとかぐや達に確認を取るあたり、人の良さが伺えるのだった。
それを聞いたかぐやは当然大喜びで。
「そりゃ遊ぶっしょ! だってこんなおもしろそうなものが沢山あるんだもん! ほら、ツキミ! 行こ〜♪」
最愛の妹の手をしっかりと握り、楽しげに走り出すのだった。
「う、うん! へへへ……お姉ちゃんとツクヨミで遊べる……幸せぇ……♡」
限界シスコンシスターツキミさんも、目を♡に染めながらかぐやの後をついて回るのでした。
最早恒例となりつつあるこの光景を目撃した酒寄さんの反応は……。
「……平常運転で安心したわ……転ばないでよー」
完全に子供を心配する母親のようでした。
二人の間に漂う他者が介入する隙のない圧倒的な姉妹の結界を前に、彩葉は呆れたように一つ大きなため息をつきながら、かぐや達に続きツクヨミの常夜の街へと歩みを進めたのだった。
─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ───
「うお、すげー!おもしろそうなもんが死ぬほどある!」
「お姉ちゃんお姉ちゃん!空になんか飛んでる!光の魚かな!?」
「えっ!?マジで!?……本当だ!でけー!おもろー!」
あんぐりと口を開け放ち、棒立ちのまま夜空を見上げて目を輝かせるお姉ちゃん。常夜の空を優雅に泳ぐデジタルな光の魚に、私も一緒になって大はしゃぎで指を差していた。
……これ全部ヤチヨちゃんが作ったのかな?…流石お姉ちゃん!センスの塊!天使!女神!!大好きぃ……♡
私は改めてヤチヨお姉ちゃんの電子の歌姫としてのセンスに心の中で感涙していたんですが…。
「ツキミツキミ!あっちにもなんかある!お店かな?行ってみよ!」
突如としてお姉ちゃんが輝かしい笑顔で私の手を引っ張ってくれて…!それがこの世で一番可愛らしくてですね……!
「無邪気なお姉ちゃん可愛いよぉ……!」
思わず口から言葉が溢れ出てしまいました。
「?どったのツキミ?」
「何でもないですぅ…お姉ちゃんが好きなだけですぅ…♡」
「そっか!知ってるよ!私もツキミが大好きだからね!」
「お姉ちゃん……!」
「ツキミ……!」
お互いを見つめ合い、他者が介入する隙のない圧倒的な甘々姉妹結界を展開するシスコンシスターズ達。
それを遠目で見ていた彩葉は……。
「…いや、はしゃぎすぎでしょあいつら……」
余りにもテンションが限界突破している二人に対して、彩葉は呆れたように小さくため息をつきながらも、その表情は何処か穏やかで楽しそうだったのは秘密だ。
「お姉ちゃん…凄く、楽しいね!」
「!……うんっ、私も超楽しい!」
ツキミもかぐやも、憑き物が取れたかのように全力で楽しんでいる。それを一番近くで見ている彩葉も、自然と口元が緩んでしまうのだった。
……本当に…楽しいな…お姉ちゃんや彩葉とこんな風に笑えるなんて思わなかった…ヤチヨお姉ちゃんも一緒だったらもっと良かったのにな……。
──全てが解決したら、皆んなで一緒に遊べるのかな?かぐやお姉ちゃんとヤチヨお姉ちゃんと彩葉と……そこに私も居れたらいいな……。
「………ふふふ」
未来への希望なんて、ツクヨミにログインしてヤチヨちゃんと話すまで考えることすら出来なかったのに…。ずっと苦しくて、張り詰めてて……異物な自分が綺麗な理由で消える為の言い訳を探していた暗い日々が嘘のよう。
──やっぱりお姉ちゃん達は、凄いなぁ……。
「?ツキミ?どうしたの?もっと強く繋いで欲しい?はい、ぎゅー!」
お姉ちゃんの差し出してくれた手はとても温かくて、私の脆い心をどこまでも優しく包み込んでくれる。
「……大好き…ありがとう。お姉ちゃん」
先ほどまでの、雛鳥が甘えるような『大好き♡』じゃない。一人の少女としての強い覚悟と心の底からの本心が乗せられた、驚くほど真っ直ぐで真面目な声だった
「え………………あ、う、うぇっ!?あ、あの……ツ、ツキミっ!?」
ギュッと力強く握り返された手のひら。至近距離から熱いほど真っ直ぐに突き刺さったツキミの真剣な眼差し。それを脳天からまともに喰らったかぐやは、まるで時が止まったかのようにように、その場でピタリと硬直してしまった。
「お姉ちゃん……?」
「あ、え、えっと……」
ツキミがチュートリアルを終えて、私に愛してるって言ってくれた時みたいに『かぐやもツキミが大好きだよー☆』って秒でハグを返せるはずだったのに、言葉が喉の奥で完全に引っかかって出てこない。自己を確立しどこか大人びた艶っぽさすら纏って愛を伝えてくる妹の、あまりのギャップと破壊力。かぐやの限界シスコン脳は処理能力のキャパシティを一瞬で置き去りにされ、胸の奥が高鳴りすぎて完全にショートを起こしていた。
に、二回目なのに…ツキミの愛してるは二回目なのに…全然耐性出来てないじゃん……!
「ツ、ツキミ…………いまのは反則、だよ……っ」
みるみるうちにかぐやの顔が、耳の先から首元まで真っ赤なトマトのように染め上がっていく 。
普段の破天荒な明るさはどこへやら、恥ずかしさのあまりまともに目を合わせられないらしく、視線を激しく泳がせながら私の服の裾を震えた指先できゅっと強く掴み返すのが精一杯のようだった 。
トクトクと速いお姉ちゃんの心臓の鼓動が、繋いだ手を通じて私の肌にまで直接伝わってくる。
お姉ちゃんの体温や心音がどんどん上がっていくのが心配で、私は繋いだ手をさらに優しく握りしめた。
「お姉ちゃん…どうかしたの……?」
「うえっ!?な、何でもないよ!うん、ちょっとびっくりしてさ!あははは!」
慌てて弁明をしながら誤魔化すかぐやだったが、何故一回目の時と違ってここまで動揺してしまっているのか?
その理由はただ一つ。チュートリアル後の『お姉ちゃん──愛してる』の時とは状況が違うからだ。その後にツキミはかぐやに『地球にこれて良かった!』や『すっごく楽しい!綺麗だね!』と最高の笑顔で伝えた。これにより、かぐやはやっとツキミのお姉ちゃんとして自分自身を認められたのだ。だからこそ、今のツキミからの本気の大好きはかなりクリティカルだったのである。
これ以上は何かが不味いと無意識のうちに感じたかぐやは、ツキミと繋いでいた手を一旦離して、少し距離を取ったのだった。
「ふっ…はは……っ」
「もー!笑わないでよ彩葉!」
「いやだってっ……負けすぎでしょ……!」
「負けすぎ……?お姉ちゃん、いろp。どう言うこと?」
いろpが突然笑って…お姉ちゃんが怒ってる…?負け…?何が……?
……分かんないよ!私、何かしちゃったのかな……?
「お姉ちゃん…私何かしちゃったの?」
「うえっ!?い、いや何もしてないからね!ツキミは悪くないから!気にしないで?」
「そ、そうなの?…良かったぁ……」
お姉ちゃんの焦りっぷりに首を傾げつつも、怒られていたわけじゃないんだと分かって、私は心底ホッとした表情を浮かべた。
(お姉ちゃんが困った顔をしてたから、また私が余計なことをしちゃったのかと思って、一瞬心臓が止まるかと思った…本当に良かったぁ……)
根底にある自尊心の不動の最低値が、またしても一瞬だけ顔を覗かせかけていたけれど、お姉ちゃんの慌てた笑顔がそれを優しく上書きしてくれる。
そんな私の安心しきった様子を前にお姉ちゃんといろpの二人は、私の後ろでこっそりと、でもかなり限界度の高い内緒話を繰り広げていた。
「罪悪感が凄いよ彩葉…!」
「素直にドキドキしたって言いなさいよ…」
「……恥ずかしいからやだ」
「(可愛っ…くない!)」
「お姉ちゃん?いろp?何話してるの?」
背後からこそこそと何かが聞こえてくるような気がして、私は後ろを振り向きながら二人に問い掛けたのだが……。
「あ…えっと……あー!あれ見てツキミ!ほらほらツキミ! あっちにも色々あるよ!」
何故かお姉ちゃんは何処か慌てた様子で賑わっている方へと指を指してきた。
そこには……。
「わっ……ほんとだ! 屋台……かな? グッズとかもいっぱいあるね!」
前世の記憶の残滓なのか、私には屋台などの記憶が少しだけ残っていた。お姉ちゃん達のこそこそ話も気になってはいたが、それよりも屋台に気を取られてしまった。
……私の前世って、何だったんだろ?……まあ良いや。きっと徳を積んだから、お姉ちゃんの妹になれたんだもんね!
……………………思い出さないのが正解だよ
…………………?何だろ、今の……よく聞こえなかったな……。
いや、今はそれよりも……!
「お姉ちゃん!いろp行こ行こ!」
「はいはい。そんなに急がなくてもライブまで時間あるから大丈夫よ」
「何言ってんの彩葉!時間は有限!今時は何もかものスピードが早いんですわ!」
「どこで覚えたそのインタビュー風な言葉」
そんなやり取りをしながら、私たちは遂にツクヨミを遊び回りに旅立ったのでした。
因みにお姉ちゃんは片腕で犬ドージ様を器用に抱っこしたまま、もう片方の手で私の手をブンブンと振り回し、今にも物欲センサーを大爆発させそうな勢いで鼻息を荒くしている。
……犬ドージ様……こっちに来ないでくださいね……負けるので……。
それはそうと……お姉ちゃん可愛い……♡私が改めてお姉ちゃんの尊さに感無量になりかけていると、お姉ちゃんはいい事思いついた!と言わんばかりに国宝級のドヤ顔でこう言ってきた。
「全部制覇しようよ! お金ならお姉ちゃんに任せとき!」
胸を張って、これ以上ないほど誇らしげに言い切るお姉ちゃん。……お、お姉ちゃん……その気持ちは凄く…凄く嬉しいんだけど…全霊で拝みたいくらい嬉しいんだけどさ……。
「え……で、でもさ……私の方がお金……」
チラリと自分のシステムウィンドウに視線をやる。
そこにはヤチヨお姉ちゃんによる超次元の職権乱用エコ贔屓によって、割と目を見張るレベルの『ふじゅ~』が今もなお鎮座している。どう考えても、今の私のアカウントはツクヨミ内屈指の大富豪、いや、歩く超富裕層と化している。
……ヤチヨお姉ちゃん!やっぱりやりすぎだって!
だってこれって現実の金銭にも変えれるんでしょ!?何処から持ってきてるの!?お姉ちゃんは私をどうしたいの!?
………う、嬉しいけど…お姉ちゃんからの贈り物だし……でも使えないよ!卑怯っていうか…頑張ってる他の人に悪いし……。
お姉ちゃんは奢ってくれるって言ってくれてるけど…客観的に見れば私はお姉ちゃんにおねだりする側ではなく、お姉ちゃんといろpにこの世の全ての富を貢ぐ側の経済力なのだ。
だけどそんな私の
「大丈夫大丈夫! 私お姉ちゃんだからね!かぐやちゃんに任せとき!」
「(……うぐっ……!! か、可愛すぎる……!! 頼りがいアピールしたいお姉ちゃん可愛すぎるよぉ……っ!!)」
妹の前ではいつだって格好いい「お姉ちゃん」でありたいという、宇宙より重い底なしの無償の愛。
たとえ私がどれだけの富を手にしようともお姉ちゃんにとっての私はいつだって自分が守り、世の全ての楽しいもので満たしてあげたい大切な「妹」なのだ。
その真っ直ぐな言葉の破壊力に、私のお姉ちゃん大好き脳内空間は早くも限界突破を記録し、左手の薬指の三日月の指輪が、私の興奮心拍数(愛の最大値)に反応してドクドクと藍色の光を放ち始めるような気がした。
── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ──
「ふんふーん♪何処から行く?お姉ちゃんが何でも奢ってあげるよ!」
完全に姉として、ツキミを甘やかしたいお姉ちゃんがそこにいた。……恐らくツキミがヤチヨに大量のお小遣いを貰った事を若干気にしているのだろう……姉心と言うやつである。
「…ね、ねえいろp……ツクヨミの屋台とか食べ物とかゲームってお金掛かるの……?」
お姉ちゃんにバレないように、私はこっそりといろはに尋ねた。
「そうね…掛かるやつもあるけど、運営提供の色んなワールドやゲームなんかの体験施設、アバターを彩るアイテムとかは基本無料よ。……グッズとか屋台とかのゲームとかは掛かるやつもあるけど…」
彩葉は情報を整理するようにブツブツと呟きながら、初心者の私にわかりやすく説明してくれる。
「(なるほど……基本は無料で楽しめる施設が多いんだね。だったら、お金の掛かる可愛いグッズやちょっとした屋台ゲームの時だけ、お姉ちゃんに目一杯おねだりして甘えちゃおう!)」
そうすればお姉ちゃんの嬉しそうな可愛い表情も見れるし、私の精神も完全に限界突破の大回復する。完璧な作戦である。
ドヤ顔の可愛いお姉ちゃん……へ、へへへ……♡
「よーし!それじゃあお姉ちゃん!まずはあそこのきらきらした電脳グッズの屋台から行こ! 私、お姉ちゃんに選んでもらったやつが欲しいなっ!」
私が最高の笑顔で袖を引くと、かぐやお姉ちゃんは一瞬で瞳をこれでもかと輝かせ、「任せとき!」と鼻息を荒くして大はしゃぎで駆け出した。
「……なんかオチが見えそうねー」
──何やら彩葉が不穏な事を呟いていたが、ツキミにもかぐやにも聞こえてはいなかった。
『お姉ちゃん!これ可愛い!!』
『よし任せとき!これ下さい!!』
『あ、お姉ちゃん!来てきて!これ、カッコいい!』
『おー、なになに?……あはは、ほんとだ!すげー、おもろー!』
『面白くないよ!カッコいいの!!』
『……うん、ツキミってたまにセンスズレてる時あるよね』
『えー…あ、これウミウシに似てる!欲しい…』
『ぐ…ウミウシ…ヤチヨ…ぐうぅ…分かった!買ってあげるよ!』
『本当!?お姉ちゃん大好き!!』
『えへへ〜ツキミが喜んでくれるのが一番だからね!』
『やったー!』
──とまあ…ツキミもかぐやもテンションが爆上がりしたわけでありまして……結果。
「………お、お姉ちゃん?あの…わ、私のふじゅ~あげるから…」
「……大丈夫大丈夫…まだあるから……」
──かぐやさん。全てを使い切ってしまいました。
「あーあ…やっぱこうなったのね…知ってたけど」
ほぼ確実にかぐやはツキミの欲しいものがあったら絶対買うし、ツキミもツキミで今はテンション高いし、かぐやと一緒に買い物なんて自分を抑えられるわけないのにね…。
「……お姉ちゃん…ごめんなさい……」
「ツキミ…謝らないで?私はツキミが喜んでくれて、凄く嬉しくて楽しかったんだから!ね?」
「お姉ちゃん……!」
お金がなくなっても、私の笑顔が一番のご褒美だと言い切ってくれる無償の愛。
その温かさに胸がいっぱいになり、私の心はお姉ちゃんへの愛で溢れかえってしまった。
お姉ちゃん…好きぃ……♡
目を♡にしながらお姉ちゃんの手をこれ以上ないほどギュッと握りしめていると、背後からあきれ返ったような声が降ってきた。
「絶対こうなると思ってたのよね…それで?これからどうするの?無料施設にでも行く?」
「あ、待って!私のふじゅ~は沢山あるからそれ使って……!」
「「それはダメ」」
彩葉とかぐやと声が同時にハモった。
「え?な、何で……?」
「いや…だって…それはツキミがヤチヨから貰ったものでしょ?」
「うん…あと妹から奢られるのは……私の姉としての立場が……」
「うぐっ……、お、お姉ちゃん達の意地っ張りぃ……!!」
二人のあまりにも綺麗にハモった即断即決の拒絶に、私はオオカミ耳をこれでもかとペシャンと寝かせて、しょんぼりと声を漏らした。
「……じ、じゃあさ!お金が掛かりそうにないゲーム探そうよ!いろp、ツクヨミ詳しいでしょ!?」
「……あるにはあるけど…ほら、ああ言うのとか」
そう言っていろはが指差した先には…。
「?何あれ?変なのー」
かぐやは見た事ない形状の屋台?にクエスチョンマークを浮かべていたが。
「……あ!射的!?ツクヨミにもあるんだ!2030年なのに!?」
──前世の記憶の残滓があるツキミには一発で分かったらしい。
これに驚いたのは彩葉だった。
「あ、あんた…よく知ってるわね。今時、地球人でも余り馴染みないんじゃない?」
……あ、しまった…!そうだよ、私月人でお姉ちゃんも知らないんだから知ってるはずなくて……!ど、どうしよう……!えっと…えっと……!
「ヤ、ヤチヨちゃんがね!?ヤチヨちゃんが凄くオススメしてくれて!ほら、沢山話したしさ!『ヤッチョ的なおすすめは~やっぱり射的なんかのレトロゲームが良いと思うのです!古き良きかな奈良時代~♪』って言ってたし!」
「あ、ああ…そうですか…まあ確かに今時、射的とか導入してるゲームは珍しいかもね。ヤチヨも配信で昔ながらのゲームは好きって言ってたし」
「そ、そうだよね!うん!ヤチヨちゃん古風な感じで奥ゆかしいし!」
ご、誤魔化せた…!ヤチヨちゃん…!ありがとう!…あとごめんなさい嘘ついて……!
「ふーん…よく分かんないけど、楽しそうだからやろ!」
何はともあれ、目の前の面白そうなゲームにすぐ飛びつけるのが、お姉ちゃんの最高に素敵で破天荒なところだ。だから皆んなに好かれるんだろうなあ…私も好きです♡
そう言ってお姉ちゃんは犬ドージ様を一旦地面に下ろすと、早くもやる気満々で屋台の木製カウンターへと詰め寄っていった。
「あれ……でもいろp。射的ってお金掛からないの?」
私はふと気になって隣に立つ彩葉の袖をそっと引きながら、こっそりと尋ねた。
先ほどのお買い物でお姉ちゃんの全財産(ログボのふじゅ~)は綺麗に溶けてしまっている。
これでまたお金が掛かるとなるとお姉ちゃんの『お姉ちゃんとしての意地』が再び失われて…またしょんぼりしてしまうかもしれない。
そんな不安を取り除くように彩葉が口を開いてくれて。
「あー……あくまでレクリエーションみたいな物だから。景品にあたっても貰えないし、スコアが加算されるだけ。ランキング的なやつよ」
彩葉は腕を組んだまま初心者の私にも分かりやすいように、その明晰な頭脳でツクヨミの仕様を解説してくれた。
要するに、完全に無料で遊べるスコアアタックゲームというわけだ。
これなら、お姉ちゃんの財布を痛めることもなければ、私のバグふじゅ〜を使う事もない。
「(よかったぁ……! これならお姉ちゃんにお金の心配をさせずに、目一杯楽しんでもらえる!)」
私は内心でホッと胸をなでおろしながら、ふさふさの狼耳を嬉しそうにピコピコと揺らした。
「マジで!? タダで遊べて、しかも点数で競い合えるとか最高じゃん☆ よーしツキミ、彩葉!この『しゃてき』ってやつで、一番高いスコア叩き出す勝負しよ!勝ったら褒め称えてね!」
お姉ちゃんはいつもの、いや、それ以上の眩しい向日葵のような笑顔を満開に咲かせて胸を張った。
お金はなくても、妹の前ではいつだって格好よくて頼れる存在でありたいという底なしの無償の愛。そんな愛おしすぎる彼女の姉心がこれでもかと伝わってくる。
「お、お姉ちゃん……♡」
「ツキミ、発作は一旦抑えなさい。……あとねかぐや、射的は狙いを定める集中力が必要なの。あんたみたいに猪突猛進なギャルいお姫様が適当に引き金を引いても、一発も当たらないからね?」
「そんな事ないもん!ぜーっっったい勝つ!」
彩葉のツッコミに、お姉ちゃんは頬をぷくーっと膨らませて全力で地団駄を踏みながら対抗している。
……やっぱりお姉ちゃんは凄いなあ…初めてのことでも全力で勝ちに行って…ううん、違うか。……楽しんでるんだ、お姉ちゃんは。何もかもを、全力で。……カッコいいなぁ……私のお姉ちゃんは。
「よーし!じゃあ早速私からね!」
かぐやが先陣を切ってコルク銃を構えて、高スコアの景品に狙いを定める。
「………おりゃー!」
バキュン! と小気味いい電子音が響き渡りお姉ちゃんの放ったコルクの弾が、真っ直ぐにターゲットへと吸い込まれていく。
「お、お姉ちゃん…カッコいい……」
狙いを定めている時の、普段の破天荒さが嘘のように真剣なその横顔。お姉ちゃんが全力で何かに挑む姿は、いつだって私の胸を熱く焦がすほどに眩しくてたまらなく愛おしい。
パシッ、と的の中心を捉える小気味いい音がツクヨミの常夜の空に鳴り響く。お姉ちゃんが狙いを定めていたのは屋台の最上段に鎮座する、いかにも高得点そうな『レインボーメンダコ』のマトだった。
「えっ…当たった……!?」
横で腕を組んで見守っていた彩葉が、思わずといった様子で目を見開く。
「やったぁぁぁぁぁっっっっっ!!!! 見た!? 見たツキミ、彩葉!! 一発で大命中だよ!流石私!かぐやちゃん最強☆」
「ワンワンっ!」
お姉ちゃんは持っていたコルク銃を掲げながら、飛び上がるようにして満面の笑顔を咲かせた。
かぐやの足元で見守っていた犬DOGEも、主の快挙を祝福するようにブンブンと激しく尻尾を振っている。
お金はすっからかんになっちゃったけれどこうして大好きな妹と友達の前で最高の「格好いいお姉ちゃん」を証明できたことが、彼女にとっては何よりのハッピーなのだ。
「す、すごいよお姉ちゃん!!天才!賢い!!世界一のスナイパー!!格好いいよぉぉぉぉぉ!!!!!」
「ふっ…ツキミ。だから発作を抑えなさいっての。……でもかぐや、案外センスあるのかもね。もしかしたらKASSENとかも…」
「?カッセン?何それ?」
「あ、いや…何でもない。それよりほら、まだ弾残ってるわよ?」
思わず口を滑らせてしまったが、かぐやにKASSENなんて教えたら確実にやりたいやりたい!って騒ぐに決まっている。だからこそ彩葉は一瞬で話題を切り替えた。
「んー?ま、いっか。……残り九発、全弾命中させてやるんだから!ツキミ、お姉ちゃんの勇姿を見ててね!」
「うん!頑張ってお姉ちゃん!!」
さあ、妹バフがかかったかぐや選手。ここから快進撃が始ま──
「…………………何で!?当たる時は当たるのに!」
──らなかった。
確かにかぐやはセンスがある。あるにはあるが…ムラっ気が多く、感覚でズバーンとやってバキューンとやるタイプなので割りかし安定しないのである。
「お、お姉ちゃん…!四発当てるだけでも凄いと思うよ!」
「つきみぃ……」
「その慰めは逆効果よ……ツキミ」
流石に彩葉も同情を隠せなかったようだ。心なしか声が優しい。……いやいつも優しいのだが。
「つ、次は私がやるね!お姉ちゃんみたいに出来ないかもだけど…」
姉の仇は私が討つと気合を入れるツキミ。コルク銃を構えて、最高得点の景品に狙いを定める。
「……………ここかな?」
バキュン!放たれたコルク玉は正確に『金色のウミウシ』を撃ち抜いて、見事倒したのだった。
「おー…ツキミも上手いじゃん!流石は私の妹だね!」
「姉妹揃ってセンスあるのね…月人だから……?」
「ま、まぐれじゃないかな?後九発…頑張ります!」
果たしてツキミはどうなのか、姉の雪辱を果たす戦いが今、始まった。
──その結果。
「や、やった……!やったよお姉ちゃん!いろp!!」
──全弾命中でした。
「──えええええええええええええっっっっっっっっ!?!?!?!?!?」
ツクヨミの常夜の空に、今日一番の彩葉の絶叫が盛大に響き渡った。
システムウィンドウのスコアボードには、最高得点の『金色のウミウシ』を含む全十個のマトを完璧に撃ち抜いたことを示す、まばゆい『PERFECT』の文字がこれでもかと点滅している。
「ツツツ、ツキミぃぃぃぃぃっ!? あんた何者なのよ! 初心者どころかガチのプロハンターじゃないのよっっ!!」
「え、えっと…なんか…出来ちゃった…?月人だから…?」
「理由になってないっての!かぐやだって月人じゃない!」
「あはは!流石ツキミだね!ツキミは器用だからさ、これくらい余裕だよ余裕!」
驚愕する彩葉と対象的にかぐやは妹の勇姿にこれでもかと誇らしげにしている。
「き、器用?私が……?」
心当たりがないと言った様子のツキミに対してかぐやは。
「うん!だってさ、月でなんか食べ物?作ってたじゃん。よく覚えてないけど」
首を傾げながら、朧げな記憶を辿っているらしい。こめかみを抑えながらむむむとしている。
「月にも食べ物あるのね…てか、かぐや。あんた月での事覚えてないって言ってなかった?」
「覚えてないよ?でも…ツキミのことだけは全部覚えてる!だって、大切な妹だから」
その言葉が私の鼓膜を優しく、けれどこれ以上ないほどに熱く震わせた。
……ああ、そっか……。お姉ちゃん、本当に……本当にそうなんだね……。
世界の全てが反転して、何もかもが変わってしまって、大切な月の記憶さえも曖昧な霧の向こうに消え去ってしまったとしても。
私のお姉ちゃんの世界の真ん中には、いつだって
例え何を忘れてしまっても、私のことだけは絶対に忘れない。それがどれほど無理難題で、どれほど不条理な無茶苦茶な理屈だったとしても、お姉ちゃんの根底にあるのはいつだって、宇宙よりも重い底なしの無償の愛なんだ。
……いつも私を特別扱いしてくれて…私のために全てを投げ打って、自分のことなんて後回しにしてしまうお姉ちゃん。
──────ずっとそうだった。
『ねえツキミ!これ超美味しそーだよ!!はいあーん』
『お、お姉ちゃん!私はいいからまずお姉ちゃんから……!』
『駄目!ツキミが最初っ』
『う……じゃ、じゃあ……い、いただきます……あ、あーん』
『あーん♪』
『だって外の方がおもしろそーだったし、ツキミに楽しいこといっぱいやらせてあげたいし』
……お姉ちゃんはいつでも、私を最優先に考えてくれてて……自分勝手に消えた私を…8000年間も思い続けてくれてて……。
世界一不器用で、世界一かっこいい私のお姉ちゃん。……本当に…私には勿体無いくらいの……っ。
「……っお姉ちゃん……大好き……っ大好きだよぉ……!!」
胸の奥から溢れ出る愛おしさと、救われた喜びが涙となって零れそうになり、私はたまらなくなって再びお姉ちゃんの細い腰に思いきり抱きついた。
「わっ、ツキミぃ!? えへへ、お姉ちゃんもツキミがだーーい好きだよっ!!」
涙で服が濡れるのも構わず、きらきらとした向日葵のような満面の笑顔で私を抱きしめ返してくれるお姉ちゃん。
その細い腕の温もりは、前世のどんな過酷な記憶よりも、これから訪れるどんな凄惨な未来の運命よりも、ずっとずっと確かに私の存在を許してくれている。
「……はぁ。本当に、この姉妹は一瞬でも目を離すとこれなんだから」
呆れたような言葉とは裏腹に、彩葉の口元はこれ以上ないほど緩んでおり、とても優しく微笑んでいた。
二人を見つめる彩葉の綺麗な瞳の奥には、かぐやとツキミが本当の意味で互いの愛を認め合えたことを祝福するような、隠しきれないほど穏やかで優し気な光が宿っている。
……ありがとう、ヤチヨお姉ちゃん。ありがとう、かぐやお姉ちゃん。……そして、ありがとう、彩葉。
私は二人の大好きな姉たちの温もりと彩葉の不器用な優しさをその肌に確かに感じながら、繋いだ手をさらに強く、もう二度と離さないと誓うように握り締めた。
どんな無理難題だって、絶対に不可能な運命だって、この四人でなら絶対にひっくり返せる。
世界で一番重くて温かい愛の檻に守られた私はもう何も恐れずに、最高の超ハッピーエンドの未来へ向かって歩き出せるのだから。
「お姉ちゃん。彩葉……大好き!」
「んなっ!?い、いきなりそんな事言うんじゃないわよ心臓に悪い!誰かに聞かれたらどうすんの!?」
真っ赤になった顔をこれ以上ないほど不器用な怒声で隠しながら、彩葉はそそくさと私たちから距離を取った。
そのあまりにも分かりやすすぎる完璧ツンデレ女子高生の過剰防衛っぷりに、隣を走るお姉ちゃんがこれ以上ないほどケラケラと愉快そうな鈴の音のような笑い声を響かせる。
「あはは、彩葉照れてる〜♪顔真っ赤!おもろー」
「うっさい!追い出すわよ穀潰しエイリアン!!」
「大丈夫だよお姉ちゃん…私が養うからね…!バグふじゅ~があるから……!」
「ツキミ……」
「お姉ちゃん……」
「あーもう!早く月に帰ってくれーっっっ!!!!!」
──切実な限界女子高生の叫びがツクヨミに響き渡ったのでした。
書きたいやり取りが多すぎて全然進まなくてすいません。
ツキミの前世については本編では書かないので安心してください。