お姉ちゃんはいろPと幸せになるべきだと思うの 作:いろかぐヤチは美しい
どうもツキミです。今私達はいろpの案内の元、ツクヨミを回っているのですが。
「おー……これ楽しい!彩葉、次のやつ!次のやつ早く頂戴!」
──花火を思う存分に楽しんでおります。いろp曰く、ここはツクヨミの中でも特にヤチヨお姉ちゃんが力を入れている花火コーナーらしいです。
温かみのある提灯の光に照らされて、木造の屋台がずらりと並ぶ、どこか懐かしい夏の夜の雰囲気が広がっている。
その一角にある、誰でも手持ち花火を楽しめる広場で、お姉ちゃんが子供みたいに瞳を輝かせながら、色とりどりの花火を抱えてはしゃいでいた。
いろpが手慣れた様子で小さな種火を差し出すと、お姉ちゃんが持った細い手持ち花火の先へ、パチパチと赤色の火花が灯りだした。
「ちょっとかぐや、一気に何本も火をつけようとしないでよ。いくら眩しくて綺麗だからって、手元が見えなくなるでしょ」
いろpは口元を尖らせながらも、花火の入った籠を優しく抱えて、次のおねだりに備えている。
その口元は僅かに緩んでおり、やはり彩葉はかぐやの笑顔が何よりも好きらしい。
彩葉の瞳には、ヤチヨがこの場所に込めたこだわりや、みんなで楽しんでほしいという想いを知る、古参ならではの優しい愛着が滲んでいた。
そして私はお姉ちゃんの隣に腰掛け、自分の手元でパチパチと小さく弾ける、薄紫色の火花を見つめながら。
「………綺麗だなぁ……」
ふと、そんなことを呟いてしまった。
少しだけ、目元が潤んでしまう。でもこれは、悲しいからじゃない。寧ろ真逆だ。
私はただ──ヤチヨお姉ちゃんが、どんな想いでこの場所を創ってくれたのかなって、胸の奥が少しだけ切なくなっているだけだ。
だって私は知っているから。お姉ちゃんが、彩葉と私との思い出をとても大切に思っていてくれることを。
ヤチヨお姉ちゃんが未来の──遥か八千年の孤独な闇を越えた先にある、かぐやお姉ちゃんの姿なのだということを。
楽しかった思い出を、私たちと見た景色を何千回、何億回も色褪せずに覚えていることを。
……私は、知ってるんだよ。お姉ちゃん
…あの大切な花火大会の時のこと、絶対に忘れるわけないってことを。
──私は知っている。今よりもう少し先の未来。私と、かぐやお姉ちゃんと、彩葉の三人で現実の花火大会へ行って、初めて本物の大きな花火を見上げる日が来ることを。私は『知識』として知っている。知ってしまっている。……本当の世界に、私は居なかったんだけどね。
……それでも、この世界ではきっとそうだったんだろうな。だって、お姉ちゃんといろはが私を置いていくはずなんてないから。
──夜空を埋め尽くす大輪の光を、三人で肩を並べて見つめた記憶が、お姉ちゃんには絶対に残っている。忘れるわけがない。
……だって、私のお姉ちゃんは、ツキミのお姉ちゃんなんだから。
『わぁ……』
『綺麗……』
『うおおお、腹に響く!煙の匂い!いいな──!』
──私の知っているお姉ちゃんは、こう言ってたから。
きっと…ううん、絶対の絶対、ヤチヨお姉ちゃんの胸の中では、その初めてみんなで見た花火の光が、果てしない時を巡っても決して色褪せることなく、大切な道標として鮮やかに残り続けていたんだ。
だからこそ、お姉ちゃんはこの場所に、こんなにも優しくて温かいお祭りの景色を、誰もが来られる場所として用意してくれたのだろう。
いつかまた、私たちがこうして隣に並んで、あの夏と同じ温かい光に包まれる日のために。
溢れそうになる愛おしさと切なさをそっと飲みほしながら、私は手元でパチパチと小さく弾ける薄紫色の火花を、ただ真っ直ぐに見つめていた。
その優しさの形を、一つも取りこぼさないように、この胸に刻みつけるために。
「ツキミ!これ、すっごく綺麗な色だよ! 一緒に持とう?」
振り返ったお姉ちゃんが、私の手に自分の花火の持ち手をそっと重ねてくる。未来でも決して色褪せることのない金色と薄紫色の火花が、夜風の中で静かに躍っていた。
……楽しい、な。ずっと…このまま一緒にいられたらいいのに…。
喉の奥まで出かかったその言葉を、私は静かに嚥み下した。ツクヨミの常夜の空はどこまでも穏やかで、現実のような時間の経過を私たちに強いることはない。
だけど、手元でパチパチと爆ぜる火花には、いつか必ず潰えてしまう儚い命の終わりがある。消えてほしくない。
この温もりを、この眩しさを、ずっとこの手のなかに留めておきたい。
隣で、私の手とお姉ちゃんの手が重なっているのをじっと見つめていたいろpが、ふう、と小さく息を吐き出した。
「……何よ、二人して静かになっちゃって。まあ、たまにはそういう静かな感じも悪くないけどね。いつもこうだったらいいのに」
少し意地悪気味に、けれど本心では全くそう思っていないのがバレバレな、からかうような声音。
口元にはいつもの手厳しさはなくて、ただ、夜風に揺れる小さな火花の明かりを、慈しむように見つめている。
お姉ちゃんの無邪気な暴走にいつも振り回されている彼女もいま目の前にある、この何気ない三人の空間を心の底から愛おしく思っているのだろう。
提灯の仄白い光に照らされた彩葉の表情は、いつも母に認められることを目指して強がっている限界女子高生のそれではなく、ただ純粋に、大切な家族の隣で安らいでいる一人の少女の顔だった。
「あー!彩葉、またそうやってすぐ意地悪言うー!」
お姉ちゃんがすぐにぷくーっと頬を膨らませて抗議の声を上げる。
だけど、私の手を握るお姉ちゃんの指先には少しも棘がなくて、むしろいろpの言葉を楽しんでいるみたいに、トントンと優しく私の手の甲を叩いた。
「ふふ、そうだね。いつも賑やかだから、こういうお姉ちゃんも新鮮かも」
私がそう言ってクスクスと笑うと、お姉ちゃんは「もー、ツキミまで彩葉の味方するのー?」と大袈裟に肩を落としてみせる。
そんな他愛のないやり取りを交わしている間にも、私たちの手元で躍っていた金色と薄紫色の火花は、少しずつ、少しずつその勢いを小さくしていった。
さっきまでの勢いよく吹き出すような光が消え、紙縒りの先には、今にも零れ落ちそうな、赤く丸い小さな火の玉だけが残る。
「……あれ?ツキミ、これ消えちゃいそうだよ?でも……パチパチって、小さな星みたいに小さく弾けてる……」
お姉ちゃんが息を殺すようにして、その今にも落ちそうな光の塊を不思議そうに覗き込んだ。
線香花火を知らないお姉ちゃんにとっては、この終わりの一瞬の輝きも、初めて見る未知の綺麗な光なのだろう。
さっきまでの賑やかな灯りとは違う。チチチ、と、夜風に震えながら健気に火花を散らす、あまりにも繊細な光の雫。
「むむむ…!頑張れー……!」
応援するように、お姉ちゃんの手が私の手をさらにきゅっと握りしめる。そんなお姉ちゃんの純粋な姿を、隣で腕を組んで見つめていたいろpが、少しだけ得意げに口元を緩めた。
「それは線香花火って言うのよ。火をつけてすぐの勢いがある時よりも、その最後の、今にも落ちそうな火の玉になってからが本番なんだから」
「せんこうはなび……?」
初めて聞く名前に、お姉ちゃんが不思議そうに復唱する。
「そう。その小さな火の玉を落とさないように、みんなで息を潜めて、じっと静かに見つめるの。……ほら、よく見てみなさいよ。火花が飛び散る形、さっきと変わってきたでしょ?」
彩葉の言葉に促されるようにして、お姉ちゃんはさらに顔を近づけて、手元の光を凝視した。チチチ、と細かく、だけどどこか優しく火花を散らす線香花火。
終わる間際が一番愛おしくて、どこか胸を締め付ける、儚い光。その丸くて愛おしい光の粒を、解説を終えた彩葉もお姉ちゃんも、そして私も。みんなで息を呑んで、ただじっと静かに見つめ続けていた。
静寂のなか、手元の薄紫色の火の玉が、夜風に吹かれてぷるぷると小さく震える。
その今にも消えてしまいそうな儚さに、私の心がほんの少しだけ寂しさで翳った、その時だった。
「……線香花火。あ、ツキミの落ちそう……」
隣でじっと見ていたお姉ちゃんが、ふふっと柔らかく目を細めて、囁くような優しい声で呟いた。
そして、私の寂しさを包み込んでくれるような、まばゆいほどに温かい笑顔を浮かべると、自分の持っていた金色の火の玉を、私の薄紫色の火の玉へと、そっと吸い寄せられるように重ね合わせてきたのだ。
「……よーし、いいこと考えた!融合~♪ツキミが困ってたらかぐやが助けるから安心してね!」
「ちょっとかぐや!?何やってんのよ、それじゃあ──」
本来のルールを無視したお姉ちゃんの気まぐれに、彩葉が慌てて声を上げる。だけど、お姉ちゃんの金色の光と、私の薄紫色の光がひとつに融け合った瞬間。
花火の先で二つの塊は、倍以上に膨らんだ、見たこともないほどに大きくて温かい、ひとつの新しい火の玉へと姿を変えた。
チチチ、と、さっきよりもずっと力強く、大粒の火花が周囲の夜の闇へとパチパチと優しく弾け広がる。
「わあ……すごいよツキミ!おっきくなった!どうどう?」
嬉しそうに声を弾ませるお姉ちゃんの横顔が、二人の重ねた光に明るく照らされている。
一緒に持てば、消えそうだった光だって、こんなにも大きくて温かいものに変わるんだ。
「……うん!すっごくおっきいね、お姉ちゃん!ありがとう!」
「えへへ〜それほどでも〜」
「そんなことないよ!やっぱりお姉ちゃんは天才で賢くて優しい!世界一のお姫様!」
「かぐやのツキミも可愛いよ?宇宙一!」
「お姉ちゃん……♡」
私の目元をにじませていた寂しさは、お姉ちゃんの手の温もりと、目の前で力強く躍る光によって、今度こそ完全に消え去っていた。
いろpも、呆れたように、だけどどこか優しく肩をすくめて、私たちの大きくなった火の玉を静かに見つめている。一つの光を三人で囲みながら、私は、このお揃いの温かさをずっと忘れないでおこうと、胸の奥でそっと誓うのだった。
「あんた達って本当…相思相愛にも程があんでしょ……」
私たちの頭の上で、呆れ返ったいろpの、だけどこれ以上ないくらいに優しい溜め息が、ツクヨミの夜風に溶けて消えていった。
「?彩葉ー、相思相愛ってなに?」
「え……ま、まあ…お互いが好きあってるみたいな感じ…かな」
まさかそんな根本的な言葉の意味を聞かれるとは思っていなかったのだろう。
彩葉は少しだけきまずそうに視線を彷徨わせながら、言葉を濁すように教える。
その答えを聞いた瞬間、お姉ちゃんはこれ以上ないくらいに嬉しそうな、満面の笑顔を咲かせた。
「へー……じゃあじゃあ!私と彩葉も相思相愛だね!」
「はっ!?ち、違うから!!そう言う意味じゃないから!」」
予想外の方向からクリティカルヒットをまともに喰らった彩葉は、一瞬にして顔を真っ赤に染め上げて、見たこともないほどの大声で大慌てで否定した。
「えー?何で違うのー?私、彩葉のこと好きだよ?」
「っ……だ、だから!そういう意味じゃないって言ってるでしょ!」
追い打ちをかけるお姉ちゃんの純粋な好きの言葉に、彩葉は完全に限界を迎えたように顔を背け、耳まで真っ赤にして口を噤んでしまう。
しかしここにはいろかぐ過激派のツキミがいる事を忘れてはいけない。ツキミは即座に口を開き。
「その通りだよお姉ちゃん!さすがお姉ちゃん!賢い!」
間髪入れずに捲し立てるのだった。
「ちょっとそこのシスコン馬鹿!だから甘やかすなって言ってんでしょうが!」
ツキミのすかさずの全肯定追撃に、今度は彩葉がこちらを向いて、怒髪天を衝く勢いでピシャリと怒鳴り散らしてきた。顔はまだ茹でダコのように真っ赤なままだ。
「あはは!彩葉が照れてるー♪おもろー」
「これは照れ隠しだよお姉ちゃん!」
「照れてないっつーの!本当にあんたら姉妹は組むと碌でもないわね!」
「仲良し姉妹だって!やったねツキミ!」
「ありがとういろp!嬉しいな!」
「どこを聞いたらそうなんのよ!?」
恥ずかしさで怒る彩葉と、それを聞いて嬉しそうに笑うお姉ちゃん。ツクヨミの常夜の空の下、重なり合った金色と薄紫色の温かい火花の向こうで、三人の賑やかで愛おしいやり取りが響き渡る。
すると、少しだけ顔の赤みが引いた彩葉が、夜風に吹かれる花火の煙を避けるように少し位置を変えて、ツクヨミの常夜の空を見上げながら、
ぽつりと呟いた。
「……まあ、今回は手持ちだけどさ。このツクヨミ、夏になったら大きな打ち上げ花火とかも上がるらしいわよ。ヤチヨがそういう季節のイベント用にスケジュールを組んでるみたいだからね」
「え!打ち上げ花火!?あのドーンってなっておっきく丸く広がるやつ!?見たい見たい!夏になったら絶対みんなで見ようね、ツキミ!彩葉!」
「はいはい、夏になったらね」
いろpがこぼした何気ない一言に、お姉ちゃんがこれ以上ないくらいに目を輝かせて、私の肩を優しく揺らす。
──夏になったら、大きな打ち上げ花火。
いろpの言葉が呼び水となって、私の脳裏に、これから訪れるあの輝かしくも残酷な夏の夜の記憶がこれ以上ないほど鮮明に蘇る。
お姉ちゃんの言葉は嬉しい。彩葉の言葉も嬉しい。だけど……私の胸の奥を走ったのは、温かさだけじゃなかった。だって、私は知っているから。私とお姉ちゃんにはタイムリミットがあるっていうことを。……お迎えが、来てしまうと言う事を。
そしてその夏の花火大会が、私たち姉妹が月に帰る前の──彩葉とお姉ちゃんと私で過ごせる、たった一度きりの最後の思い出になってしまうということを。
夜空を埋め尽くす大輪の光を、三人で肩を並べて見つめる、あの眩しすぎる時間。
それは、もう二度と戻らない日常の終わりを告げる、寂しくて少しだけ辛い、お別れの合図。
終わりの時を知っているのは、この三人の中で私だけ。だからこそ、お姉ちゃんの無邪気な「みんなで見ようね」という言葉が、私の心の柔らかい部分を優しく、そして痛いくらいに締め付けていく。
……だから、どうした。もう決めたんだ、私はもう折れたりしない。ヤチヨお姉ちゃんが八千年の闇を越えてでも絶対に忘れなかったあの光が今、こうして彩葉の口から約束として紡がれたのだから。
──たった一度になんて、してやるかよ。胸の奥に去来した切なさを、私は強固な意志の力で一瞬にして掻き消した。
……誰が決めた。そんな悲しい未来。最後の思い出だなんて、そんな結末は絶対に認めない。
いつか絶対、お姉ちゃんと、ヤチヨお姉ちゃんと、彩葉と私の四人で、花火大会でも何でも、楽しいこといっぱいしてやるんだから。
だったら私は、その全ての運命をねじ伏せて、みんなで幸せになる道を掴み取るだけだ。
「うん……!夏になったら、絶対に三人で見ようね!お姉ちゃん、いろは!」
私はお姉ちゃんの手の温もりをぎゅっと握り返しながら、手元で最後のひと粒がパチンと弾けて消えた愛おしい光の余韻を胸に抱いた。
闇が明けた視界の先、私の呼びかけに、彩葉が「はいはい」と呆れたように、だけど本当に嬉しそうに目を細めて微笑み返してくれる。
大好きなみんなで、何度でも同じ景色を笑い合える、その最高の未来に向けて。私は確固たる決意の炎を胸に灯しながら、ツクヨミの優しい夜風のなかへと、愛おしい二人の声に重ねて、力強く幸せな笑い声を響かせるのだった。
──と、私が一人でそんな熱い未来の誓いを胸の中でたぎらせていた、まさにその時。
儚い余韻なんてどこへやら、私の目の前では、そんな私のシリアスな思考を置き去りにするいつもの賑やかな光景がすでに再開していた。
「あー!花火楽しい!彩葉、これも欲しいなー!現実に帰ったらこれいっぱい買って、みんなでまたやろうよ!」
籠のなかに残った金色の花火を指差し、お姉ちゃんはらんらんと瞳を輝かせる。
お取り寄せの藤の花の次は、まさかの現実での花火の提案だった。
だが、そのピュアすぎる提案を聞いた瞬間、彩葉の表情が再び険しくなり開口一番に。
「あんた家の中でやりそうだから絶対にダメ」
そう言ったのだった。
まだ場所のことなんて一言も言っていないのに、見事な先読みで却下された事実に、かぐやは不満げに口を尖らせて不満げに口を開いた。
「えーだめなのー?」
「駄目に決まってんでしょ!馬鹿なの!?家燃やす気!?」
本日一番の怒声が広場に響き渡る。いつもの冷静さを完全に失った限界ツッコミに、お姉ちゃんは。
「冗談だよー」
あっけらかんと、本気になりすぎだよー、やるわけないじゃん。とでも言いたげに、お茶目に笑いながらペロッと舌を出して見せた。
「あんたの冗談は全然冗談に聞こえないのよ!!」
額を押さえて本当に胃が痛そうにしているいろpと、そんな彼女の過剰防衛っぷりを見てクスクスと楽しそうに笑うお姉ちゃん。
仮想空間の常夜の空の下、二人の賑やかで愛おしいやり取りが再び響き渡る。
やっぱり、お姉ちゃんもいろpも、本当に可愛くて大好きな存在だ。
私は、いつか訪れる四人の未来に思いを馳せながら、二人の楽しそうな背中を追いかけて、今度こそ心の底からの幸せな笑い声を、夜風のなかへと優しく響かせるのだった。
騒がしくも、楽しい時間はあっという間に終わってしまう。──パチン、と。私たちの手の中で重なり合っていた金色と薄紫色の火花が、最後のひと粒を名残惜しそうに散らして、静かに消えてしまった。
手元が元の常夜の暗がりに戻り、花火の白い煙が夜風にさらわれて、少しだけ静かになった広場。
焦げた紙縒りの匂いを感じながら、私は空になった籠のほうを片付けようとしている彩葉へ、歩きながら声をかけた。
「いろp、おすすめのエリアはこれで最後?」
私の問いかけに、彩葉はツクヨミの夜空を見上げて、クスリと小さく笑みをこぼしながら言葉を返した。
「まさか。最後は時間的にも気持ち的にも、あそこしかないでしょ。きっと気にいるわよ」
その少しだけ誇らしげな横顔と、今日案内してもらった完璧なルートを思い返し、私は彼女の顔を覗き込む。
「いろp……デートコース作るの上手いね」
「は!?ふ、普通でしょ!大体デートじゃないし!」
予想外の角度から突っ込まれた彩葉は、一瞬にして顔を真っ赤に染め上げて、大慌てで否定した。
「そうかな?射的で遊んで、お花を見たあとに花火でしょ?そして最後に行くところはまだ分かんないけど……きっと落ち着く場所なんだろうね」
私が一つずつ楽しかった思い出を振り返りながら解説していくと、彩葉はさらに耳まで真っ赤にして視線を彷徨わせる。
そんな私たちのやり取りに、お姉ちゃんが不思議そうにこてんと首を傾げて入ってきた。
「ツキミー、デートって何?」
「好きな人と一緒に出かけることだよ、お姉ちゃん!」
私が満面の笑みで即答すると、お姉ちゃんはこれ以上ないくらいにらんらんと瞳を輝かせた。
「おー!じゃあじゃあ、今度デートしよ!彩葉、ツキミ!」
「勿論だよお姉ちゃん♡」
「わ、私は遊んでる暇ないから」
嬉しいはずの誘いに対して、彩葉は完全に限界を迎えたように顔を背け、ツンと強がった態度で冷たく突き放そうとする。
だけど、その真っ赤になった耳が本心をこれでもかと物語っていた。
すると、そんな照れ隠しの同居人へ向けて、お姉ちゃんがすかさず逃げ道を塞ぐ一言を投下した。
「今遊んでんじゃん」
ぐ…こ、こいつ…たまに鋭いツッコミを……!
正論すぎるカウンターをまともに喰らい、彩葉は言葉の通りにぐうの音も出ない様子で固まった。
いつもは天然でフリーダムなはずのかぐやから放たれた、逃げ場のない正論ナイフ。
その予想外のキレ味に、心の中でそう悲痛な絶叫を上げていそうなほど、見事なまでに敗北している彩葉。
「………時間があったらね」
結局、最後までそんなことしか言えなかった彩葉と、自分の放った一撃の威力に気づいているのかいないのか、隣でふにゃりと無邪気に笑っているお姉ちゃん。
ツクヨミの優しい夜風が、そんな愛おしすぎる二人の姿を包み込むようにして、静かに吹き抜けていく。
私は、手元で消えた花火の余韻と、目の前にある大好きな日常の温もりを、ただ愛おしそうに見つめ続けるのだった。
忘れられるわけないですよね。