お姉ちゃんはいろPと幸せになるべきだと思うの 作:いろかぐヤチは美しい
お姉ちゃんの「今遊んでんじゃん」という鋭い正論の突っ込み。それに完全にノックアウトされてしまった彩葉を、私とかぐやお姉ちゃんはさんざんからかいながら、私たちは花火の広場をあとにした。
そしていろpが最後に案内してくれたのは、お祭りの賑やかな通りから少し外れた場所にひっそりと佇む、静かなドーム状の建物だった。
「ここが最後。ツクヨミでも一番落ち着けるって評判の、月見ゾーンよ」
彩葉が扉を開けると、そこには言葉を失うほどの静寂と、息を呑むような満天の星空が広がっていた。
まるで巨大なプラネタリウムのなかに迷い込んだかのように、 視界のすべてを無数の星々が埋め尽くしている。
「うわあ……!星がたくさんある!超綺麗じゃん!手伸ばしたら届くかなー?」
「届くわけないでしょ……」
お姉ちゃんが真っ先に駆け出して、子供のように目を輝かせて天井を見上げた。ドームの天井の最も高い場所には、この世界の象徴のような、優しい光を放つ三日月のモニュメントが静かに浮かんでいる。
首が痛くなりそうなほど上を見上げて、まるで星を掴もうとするように何度も小さな手を伸ばしているお姉ちゃん。
その無邪気な後ろ姿を、隣に立つ彩葉が、ふっと口元を緩めて見つめていた。いつものツッコミ役としての険しさはどこにもなくて、ただ、自分の大好きな場所をお姉ちゃんが気に入ってくれたことが、心底嬉しいのだと顔に書いてある。
そんな二人のやり取りを特等席で眺められる贅沢さを噛み締めながら、私は一歩後ろへと下がり、心地よい静けさと、星々の仄白い明かりに包まれながら、ゆっくりと広場のベンチに腰を下ろした。
「三日月ってあんな形なんだ!そういえばかぐやの髪飾りも三日月に似てるよね?どうどう彩葉?可愛いー?」
「あーはいはい可愛い可愛い」
「もー!適当禁止!」
「ぐっ…こいつ……」
遠くでお姉ちゃんといろpが楽しげにはしゃいでいる声が、ドームのなかに優しく反響して消えていく。
「ふふ…よいしょっと……冷たっ」
触れたベンチの木肌から伝わる冷たさと、ドーム全体を満たすしんとした空気に、先ほどまで花火ではしゃいでいた体の熱が心地よく引いていく。
ひんやりとした夜風が心地よくて、私は背もたれに体を預けながら、吸い込まれそうなほどに深い天井をただぼんやりと見つめていた。
ゆっくりと瞼を閉じれば、ドームのなかに響くお姉ちゃんと彩葉の楽しそうな笑い声が、耳の奥へと心地よく染み込んでくる。ここに流れる空気のすべてが優しくて、愛おしくて、まるで私の心をそっと包み込んでくれるかのようだった。
──このまま、ずっと。溢れそうになる願いを胸の奥にそっと仕舞い込み、再びゆっくりと目を開けると。
視界が広がったその先、天井の星々を見上げていたお姉ちゃんが、ふと私の方を振り返って満面の笑顔を咲かせた。
「ツキミ、見て見て!あそこの星、すっごいきらきらしてるー!」
遠くから私を呼ぶ、弾んだ愛おしい声。お姉ちゃんはベンチの私に向けて、ちぎれんばかりに大きく手を振ってくれている。
その隣では、彩葉が「ちょっと、そんな大声出したら一番落ち着ける場所の意味がないでしょ」なんて言いながらも、本当に優しく目を細めて私たちのことを見守っていた。
「うん、本当だねお姉ちゃん!でも……お姉ちゃんの方がキラキラしてて可愛いよ!」
「え~?そうかな~?」
「また始まった……」
私は小さく両手を振り返しながら、胸の奥がじんわりと、温かい幸福感で満たされていくのを味わっていた。
本当に、時が止まってしまったかのような、息を呑むほど完璧な夜。
私の視線は自然と、お姉ちゃんたちが並ぶその頭上、星空の真ん中で静かに佇む三日月のモニュメントへと、吸い寄せられるように固定された。
──その時だった。
まるで私たちがこうして同じ空を見上げる瞬間をそっと待っていてくれたかのように、三日月の周囲から、きらきらとした温かい光の粒子が溢れ出し、生き物のような滑らかな動きで静かに降ってきた。
天井からこぼれ落ちてくる光の粒は、作り物の光特有の冷たさなんて微塵もなくて、触れた肌からじわりと魂まで伝わってくるような、言葉にできないほど優しい温もりを帯びている。
「おー!すげー!彩葉!光が降ってきたよ!しかもなんか動物っぽい!」
驚きと喜びに満ちたお姉ちゃんの弾んだ声が、静かなドームに心地よく響き渡る。
「ちょっと、触ろうとして跳ねないの……!これはそういう演出……って、あれ?おかしいわね。この演出、いつもは白狼ばっかりなのに、今回は他の珍しいやつらまで一斉に出てない……?」
降ってくる光の温もりに戸惑いながらも、いつもとは明らかに違うレアな光たちの出現に、彩葉が不思議そうにウィンドウを見つめて眉をひそめる。
そんな彼女の困惑を置き去りにするようにして、きらめく光の帯は満天の星空をキャンバスにして、ゆっくりと、愛おしい未来と過去の輪郭を描き出すようにいくつかの小さな形を結んでいった。
「おー!あれ兎じゃない?狐もいる!狼も!可愛い~」
「は?嘘でしょ…?こんな一気に出ることなんて今まで一度も……てかかぐや、はしゃぎすぎ。もっと落ち着いて見る場所よ、ここは」
「だってだって!超面白いんだもん!ヤチヨって結構凄いんだね!」
「ふ、ふーん……ま、まあそれが分かってるなら別にいいけど」
パタパタと耳を動かして無邪気に跳ねる兎。楽しそうに夜空の海をゆったりと泳ぐメンダコとウミウシ。それらを優しく追いかけるようにして、ふさふさとした長い尾を持つ狐の光が、星の小道を小気味よく跳ね回りながら、白狼の周りに集っている。
遠くで無邪気に手を振るお姉ちゃんと、それを呆れながらも、なぜか少し誇らしげに見守る彩葉。夜空で踊りながら白狼に笑いかける光の兎と狐は、まさにその真下にいる二人の姿そのものだった。
──寂しげな表情で中心にいる白狼を、優しく囲み込むように。
──どんな時だって、私を、一人にしないでくれるところもそっくり。
「あはは!あの狐の光、彩葉にそっくりー」
お姉ちゃんがケラケラと笑い声を響かせながら彩葉を揶揄う。
それに対して彩葉は。
「ちょっと、私のどこがこれに似てんのよ」と顔を背けるのだった。
そんな、どこまでも愛おしくて、眩しすぎる二人の日常。
その賑やかな笑顔と、頭上できらめく優しい光の群れをじっと見つめているうちに、私の胸の奥に、言葉にならないほどの温かさと、それと同じくらいの切なさがじわりと広がっていく。
ヤチヨお姉ちゃんが、どんな想いでこの空にこの光たちを並べたのか。その本当の意味を一人で噛み締めている、まさにその時だった。
私の胸の奥が、トクンと小さく切なく跳ねた。
──だって、私には分かってしまったから。
私達の周りを楽しげに舞っている、この光の群れの正体を。
パタパタと跳ねる兎は、かぐやお姉ちゃん。夜空の海をゆったりと泳ぐメンダコとウミウシは、ヤチヨお姉ちゃん。
そして、夜空を小気味よく跳ね回る賢そうなシルエットは間違いなく、私の目の前で呆れながらも少し誇らしげに微笑んでいる、彩葉の姿だ。
それだけじゃない。光の群れのなかには、鹿やモモンガ、さらには鬼の形をした優しい光たちまでもが混ざり合い、夜空のなかで本当に楽しそうに綺麗な輪を描いて踊っている。
……そして、何よりも。すべての光る動物たちに囲まれるようにして、光の群れの中心で静かに佇む、一匹の美しい白狼。
少し寂しそうで、だけど、どこか嬉しそうな表情でみんなを見守るその姿は──間違いなく、私だ。
──ヤチヨお姉ちゃん。
視界の端が、急激に熱くなっていく。だって、ヤチヨお姉ちゃんが私達のために創ってくれたこの世界に込められた想いが伝わってきたから。
大切な過去を、忘れないために。大好きだった日々を失わないために。
かぐやだった時の思い出が色褪せないように残しておくために。
──そんな切実な願いが分かるのは、ヤチヨお姉ちゃんの正体を知っている私だけ。
……だからこそ、二人はこの光が持つ本当の意味に気づかない。ううん、気付けるわけがない。
いつもは白狼が一人きりで、誰かを待つように佇んでいた寂しい空に、今日はこんなにも沢山の彩が満ちている理由を。
──きっとこれは、私たちが三人でここへ来たからこそ呼び出された、めったに見られない特別な光の輪。
この場所にようやく集うことができたすべての仲間たちを祝福するみたいに。それは温かくきらめきながら、私たちの頭上を優しく巡っていく。
──ああ、そっか。今更ながら、私は改めて気付かされた。これは孤独な旅の果てに、お姉ちゃんが何億回も夢見た景色なんだ。
みんなで一緒に、笑い合いながら一緒にいられる人生。隣を見れば当たり前のように大好きな人がいる景色。永遠に続いて欲しい、日常。
たった一度きりの人生で、逢いたいと願う人にもう一度逢いたい。ただそれだけの──。
「………そんな、お伽話」
浅い吐息と一緒に、形にならないほど小さな声が、自分でも気づかないうちに唇の隙間から零れ落ちていた。
──キミと今見てるこの景色
──何億回思い出したろう
──七色きらめいて
── Ex-Otogibanashi
未来のステージで、彩葉とかぐやお姉ちゃん、そしてヤチヨお姉ちゃんの三人で歌うことになる、あの特別なコラボライブのメロディ。
その切なくも愛おしい歌の一節が、今、ふと脳裏を過って消えていった。
その言葉に込められた果てしない祈りの深さに、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。まだ何も始まっていない、眩しすぎるほどに優しい私たちの日常。その愛おしい時間を心へと深く刻みつけるように、私はきらめく光の下にいる二人の姿を静かに見つめ直した。
隣を見れば、彩葉は「あり得ない……これ、全種類のレア演出が同時に出現してない……!?」と、目の前で起きている奇跡のような光の共演に、驚きを隠せない様子でただただ目を丸くしていた。
最推しのヤチヨが創った場所の凄さを誇らしく思いつつも、想定外の事態にすっかり圧倒されている。
そしてお姉ちゃんは、「すげー!全員で同じ踊りしてる!おもろー!」と、初めて見る可愛い光の動物たちのパレードに、ただ純粋に声を弾ませて無邪気にはしゃいでいた。
二人は、この空に集まった優しい光たちが何を意味しているのかも、ヤチヨお姉ちゃんがどんな想いで「みんなでここに揃う未来」をこの空に仕込んでいたのかも、何一つ知らない。
だけど、お姉ちゃんたちが命をかけて紡いだこの美しい景色の真ん中には、いつだって私がいて、私たちの幸せを願う光が、ここで優しく踊っている。
──ヤチヨお姉ちゃん。ちゃんと届いてるよ。
みんなをここに連れてきてくれて、本当にありがとう。
胸の奥から溢れ出す愛おしさと切なさに、私は自分の藤の花の簪にそっと触れながら、二人にバレないように深く深く、息を吐き出すのだった。
それと同時に。ドームの静寂に溶け込むようにして、上空からとても優しくて、どこか切ない旋律が降ってきた。
深い星空から響いてくるのは柔らかいピアノの音色と、澄んだ透明な歌声。
──埃をかぶったノート 中身なんて覚えていないけど
──たどたどしいピアノ ほの甘いパンケーキ なぜか懐かしい
「え……この、曲……」
── Rememberだ。
耳に触れたそのフレーズの、メロディの裏側に刻まれている鼓動に気づいた瞬間。私の口から、衝撃に震える声が小さく漏れ出ていた。
でも、どうして?押し寄せる驚愕に、私の思考が激しく混乱し始める。
本来の世界では……もう想いが届いたから、ヤチヨお姉ちゃんはこの曲を歌わないって決めていたはず。
直接、言葉を交わしたわけじゃないけれど、確かに届いたからって──。
──あやふやな物語歩こうとして
──何一つ上手には描けなくて
──涙がこぼれだして気づいてく
──大人になってく今日にいるんだって
静かに流れていたイントロから、切なくも美しいサビへとメロディが向かっていく。そして、一番大切なその心臓部に到達した瞬間──私の心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。
──暮れてく夕日の向こうに朝焼け
──あなたを照らして星はまた巡ってく
──小さな願いは確かな道標
──微笑む明日はきっとそばにあるから
…………小さな、願い。
── 『私は彩葉もツキミも、どっちも大切で……大好きで……!だけど、どっちかしか選べなくて……!!もう、分かんないよぉ……!!』
──『……ツキミと離れたくない』
「………っ」
脳裏に過るのは、お姉ちゃんの本音と叫び。この曲は、彩葉と私に贈ってくれた歌なんだ。
あまりにも深すぎる愛の因果を一人で受け止め、私の胸が激しく締め付けられていた、その時だった。
ドームに響き渡る優しいサビのメロディに包まれながら、隣にいる彩葉が、ふう、と夜風に溶けるような細い息を吐き出した。
組んでいた腕をゆっくりとほどき、深い星空を見上げるその瞳は、どこか遠くを見つめるようにして小さく揺れている。
「……やっぱり、私はこの曲が好き。辛くなった時は、いつも聞いてるの。……ヤチヨは歌ってくれなくなったけど、ここに来たら聞けるから。しんどくなった時は、よくここに来るの」
いつもの強がりな面影を消して、じっと歌声に耳を傾けていた彼女は、ぽつりと、本当に小さく囁くように言葉をこぼした。
その不器用で、だけど本当に切実な本音を静かに受け止めて、私は隣にいる彩葉の横顔を見つめる。
喉の奥がツンと熱くなるのを必死に堪えながら、私は彼女の寂しさを優しく包み込んであげるように、ふふっと柔らかく微笑んで言葉を返した。
「……そっか…うん…私もこの曲……凄く好き……」
私のその言葉に、彩葉は少しだけ驚いたように眸を瞬かせたけれど、すぐにまた静かに星空へと視線を戻した。寄り添い合う私たちの頭上から、さらに優しく、澄んだ歌声がドームの空を巡っていく。
──焦がれてやまなかった誰かの背が 遠くにいっても
──ぬかるむ水たまり乾いていつかは 頭上に虹かかる
その歌詞を耳にした瞬間、私の胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように熱くなった。遠くへいってしまっても、いつかは頭上に虹がかかる。
それは、孤独な八千年の闇を独りで歩み続けたヤチヨお姉ちゃんから、今この時を一生懸命に生きている彩葉へ宛てた、これ以上ないくらいに温かい励ましのメッセージ。
続いて流れてきたのは、さらに優しく、私たちの背中を力強く押してくれるような歌声。
──壊れてしまったら直そう 自転車を
──萎れてしまったら水やろう 花びら
──あなたの世界はそこでは終わらない
──眩しい日々がどこかで待ってるから
世界は、そこでは終わらない。眩しい日々が、どこかで待っている。
「……うん。そうだよね、お姉ちゃん」
歌声に答えるように、私は胸の奥でそっと呟いた。
誰かが描いた別れだけの悲しいお話なんて書き替えてしまえばいい。もし壊れてしまったら、直せばいい。萎れてしまったなら、また何度でも水をやればいいだけだ。
たった一度きりの最後の思い出になんて、絶対にさせてやるものか。
穏やかに刻まれていた前奏を越えて、胸を締め付けるほどに切ないサビへとメロディが融け合っていく。そして、その歌の一番大切な核心が世界を満たした瞬間──私の心は切なさと愛おしさでいっぱいになった。
──大切なメロディは流れてるよ
──あなたのハートに
──鼓動のよう途絶えずにあふれてるよ
サビのリズム、テンポ。音の跳ね方。それは、まだ見ぬ未来の夏に彩葉が私たちのために作ってくれるはずの、あの『Reply』のサビの部分と、全く同じリズムを刻んでいる。
イントロやメロディは違っても、この曲の一番大切なサビの旋律は彩葉。あなたが私たちのために作ってくれた、あのはじまりの音そのものなんだ。
気が遠くなるほどの果てしない時を巡り、孤独な地獄を独りで歩み続けたヤチヨお姉ちゃんが。
彩葉が作ってくれたこの曲を、この優しい贈り物を絶対に忘れないために。その祈りのすべてをこの歌に込めて、自らの最初の一歩として世界へと放ってくれたんだ。
……絶対に忘れないよという、ヤチヨお姉ちゃんからの時を越えた切実なお返事。
── RememberはReplyに対する、愛の約束そのものなんだ。
未来のヤチヨお姉ちゃんが八千年の闇を越えてでも絶対に忘れなかったこの光が今、大好きな二人の隣でこうして鳴り響いている。
だったら私は、その全ての運命をねじ伏せて、みんなで笑い合える最高の未来へと繋げるための道標に、今度こそなってみせる。
負けてなんてやらない。証明するんだ、絶対に。
──いつか訪れる別れの先でも、私たちは必ず繋がっていて、その先の眩しい日々を四人で一緒に迎えられるんだって事を。
静かに流れていた約束の歌が、最後の旋律を星空のなかに溶かすようにして、ゆっくりと終わりを迎える。
ドームを包む優しい静寂のなか、隣にいたお姉ちゃんが、ふっと柔らかく目を細めて微笑んだ。
「なんか……彩葉やツキミがヤチヨのこと好きって気持ちが、ちょっと分かった気がする。……いい曲だね」
押し付けるような元気さではなく、ただ、大好きな私たちの心に触れてくれたような、どこまでも穏やかで優しい声音。
その言葉を聞いた彩葉は、少しだけ気まずそうに視線を彷徨わせたあと、ふいっと顔を背けて、だけど本当に嬉しそうに口元を綻ばせていた。
そんな少し照れくさそうな空気の中、お姉ちゃんはドームの壁面に映し出されている光の動物たちを見つめながら、今度はいつもの調子を取り戻したようにらんらんと瞳を輝かせて。
「でもさ、あの動物達ってまるでかぐや達みたいだよね。私が兎でツキミは三日月! 彩葉は狐ー」
「ちょっと、それ私のアバターの姿じゃない!大体ツキミは動物ですらないし!」
「えー?彩葉の狐姿、ツンツンしてお耳がシャキーンってなってて可愛いよ?ツキミは綺麗なお月様!」
「あはは……っ!」
壁の光と彩葉の愛らしい狐の姿を見比べながらケラケラと笑うお姉ちゃんと、顔を真っ赤にしてお耳をパタパタと動かしていそうな彩葉。
そんな愛おしいやり取りに、私も思わず笑ってしまった。
目の前で響く二人の楽しそうな笑い声。そのあまりにも眩しくて温かい姿をじっと見つめていると、胸の奥がじんわりと優しい熱で満たされていく。
彩葉も、お姉ちゃんも、二人はまだ何も知らない。目の前で流れたこの『Remember』のサビのリズムが、かつて彩葉が作った『Reply』への、愛の約束そのものなのだということを。
だけど、そんな真実は今はまだ、私だけの秘密でいい。
今はただ、この幸せを噛み締めていたい。
………いろはとお姉ちゃん達の仲良しのやつ、早くみたいなぁ……。
「へへへ………」
「ちょっとツキミ、何一人でニヤニヤしてんの。置いてくわよ」
「あはは、待ってよ彩葉!ツキミも早くおいでー!」
振り返った二人の笑顔が、ドームの星空よりも何倍も眩しくて、愛おしい。
いつか訪れる別れの日を想う切なさは、二人の温かい声によって、今度こそ完全に消え去っていた。
壊れてしまったら直せばいい。萎れてしまったなら水をやればいい。
私は二人の隣へと駆け寄り、そのお揃いの温かさをずっと忘れないでおこうと胸に抱きながら、ツクヨミの夜風の中へと、幸せな笑い声を優しく響かせるのだった。
「うん!今行くね!お姉ちゃん、いろは!」
駆け寄った私の両手を、お姉ちゃんといろはがそれぞれ当たり前のように握り返してくれる。
掌から伝わってくるお揃いの温もりと、胸の奥に灯った約束の歌をそっと抱きしめながら、三人の足音はツクヨミの夜風の中へと、どこまでも優しく溶けていくのだった。
── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ──
──場面は変わり、ツクヨミの中で提供されている、風情溢れる和風の無料休憩施設。
ヤチヨお姉ちゃんのライブ開演までは、まだもう少し時間がある。
そこで私たちは、涼しげな庵の縁側に並んで腰掛け、透き通った冷たい湧き水が流れる足湯──ならぬ『足水』に、白く滑らかな足を三人揃って浸していた。
誰でも自由に使える場所なのだが、時間帯のおかげか私たちの他には誰もいない。
「うおっ、冷たっ!でもすっごく気持ちいいね、彩葉、ツキミ!」
お姉ちゃんが水面をパチャパチャと叩きながら、お取り寄せの特大抹茶和風パフェの入ったガラスの器を、大層嬉しそうに両手で抱え込んでいる。
「ちょっとかぐや、暴れてパフェの中に水飛ばさないでよ。大体あんた、なんでそんなにパフェの器を大事そうに抱え込んでんのよ」
呆れたように言いながらも、彩葉はお気に入りの栗とほうじ茶のパフェを愛おしそうに見つめていた。
スプーンを手に、ツンとすました狐の耳が、目の前のお取り寄せデータの完成度の高さに心なしかピコピコと嬉しそうに揺れている。
「えー?だって美味しそうなんだもん!ほら、ツキミの苺パフェも凄く美味しそうだし!」
「……まあ気持ちは分かるけどね」
「へへへ…良かったら分けてあげるよお姉ちゃん!」
「本当っ!?あ、いやでも…ツキミが満足してからね!」
「お、お姉ちゃん……♡」
「マジで一秒で自分達の世界に入るわねあんたら…」
少しでも目を離すと秒速で二人だけの世界を展開してくる仲良し姉妹に少し呆れながら、彩葉は自分のパフェを口に運ぶ。
そんな彩葉の呆れ顔をめざとく見つけたツキミは、ふふっといたずらっぽく微笑んで身を乗り出して、自分の器から漂ってくる甘い苺の匂いに目を細めながら、隣に視線を移す。
──世界でただ一人、お姉ちゃんを救い出してくれる大切な人。その横顔に純粋な笑顔を向け、ツキミは少しだけいたずらっぽく口元を綻ばせて言葉を紡いだ。
「……それにしてもいろp、最後にこんな素敵なところに連れてきてくれるなんて、やっぱりデートコース作るの上手いね?」
「は!?べ、別に普通でしょ!それにデートじゃないって言ってんでしょ!ここはただの、ライブまでの時間潰し用の無料施設よ!」
予想外の角度から再びデート扱いされて、彩葉は一瞬にして顔を真っ赤に染め上げ、見たこともないほどの勢いで大慌てでまくし立てた。
だが、顔を真っ赤にしながら必死に言い訳をしている彩葉を見て、お姉ちゃんはすぐにケラケラと楽しそうに笑い声を上げた。
「あはは!彩葉、また照れてるー、可愛い〜♪」
「これがツンデレだよお姉ちゃん!」
「照れてないし、ツンデレでもない!!あと可愛い言うな!」
赤くなって怒る彩葉をからかいながら、お姉ちゃんはスプーン山盛りにすくった抹茶アイスと大きな白玉を、思い切り口の中へと放り込んだ。
「あむっ……むぐむぐ…味しなーい!匂いはするのに〜」
頬をリスのように膨らませて咀嚼していたお姉ちゃんが、一瞬にして絶望したような顔になって叫び声を上げる。
見た目はこれ以上ないくらいに完璧で、甘い抹茶の香りは確かに鼻腔を擽っているというのに、舌の上に広がるのはただの冷たい触感だけなのだ。
悲しげにスプーンを見つめるお姉ちゃんに向かって、彩葉は自分のパフェを口に運びながら、至極冷静に肩をすくめてみせた。
「味とかはまだ全然無理みたいよ。いつか天才科学者とかがやってくれるでしょ」
彩葉が吐き捨てるようにそう言った瞬間、お姉ちゃんは何か素晴らしいアイデアを閃いたように、パッと顔を輝かせて彩葉の肩を揺すった。
「えー?じゃあ彩葉が作ってよ!」
「は!?無理無理正気!?何言ってんの!?」
まさかの自分への開発無茶振りに、彩葉は食べていたパフェのスプーンをひっくり返しそうになりながら、素っ頓狂な声を上げた。
普通の女子高生に一体どこまでの技術革新を求めているのだろうか。
だが、お姉ちゃんはそんな彩葉の焦りなんてどこへやら、さらに距離を詰めて、瞳をうるうると輝かせながら両手を合わせた。
「お願ーい♪」
「う……いや無理!絶対無理だから!天地がひっくり返っても不可能だから!」
かぐやからの直球の可愛いおねだり攻撃を正面から喰らい、彩葉は一瞬だけ「う……」と言葉を詰まらせたものの、すぐに正気を取り戻して両手で大きなバツ印を作った。
水に浸した足元から伝わる冷たさと、目の前で繰り広げられる二人の賑やかなやり取り。
「あはは……!」
私は、そんな愛おしすぎる二人の姿を見つめながら、今度こそ心の底からの幸せな笑い声を、和風の庵のなかに優しく響かせるのだった。
すると、限界を迎えた彩葉が、藁にもすがるような目をしてこちらへと顔を向けてきて。
「ツキミも笑ってないでこの無茶ぶりお嬢様止めなさいよ!」
全力で助けを求めてくるのだった。そんないつも通りの彼女に向けて、私はスプーンを手にしたまま、ふふ、と優しく目を細めて言葉を溢した。
「私も天地がひっくり返ってくれたら嬉しいな?」
「ちょっとツキミあんたまで何言ってんの!?無理だからね!絶対に無理だから!!こればっかりは本当に!」
予想外の追撃にますます顔を真っ赤にしてお耳をパタパタさせている彩葉を見て、私はふにゃりと瞳を緩ませながらそっと噛み締める様に呟いた。
「……ふふ、そうだね。でも……」
──私は本気で信じているから。いつだって一生懸命で、誰よりも頼りになる彩葉なら──いつか本当に天地をひっくり返すような奇跡を起こしてくれるって。
お姉ちゃんの為なら、彩葉はどんな無理難題だってこなしてみせるって、私は知ってるんだよ。
だって貴方は、酒寄彩葉なんだから。
どんなに不可能な未来が待っていようとも、大好きな人のためなら、貴方はそれを全部笑顔でやってのけてしまうんだって、私は心の底から信じているんだ。
だから……。
「──いろはなら、きっとやってくれるって私は信じてるよ」
ツキミはまっすぐに彩葉を見つめ、にっこりと笑った。
「………だ、だから…無理なものは無理なんだってば……私の何にそんな期待するのよ……」
彩葉はたまらず、ツキミの視線から逃れるように目を伏せる。
「だっていろpはいろpだもん。信じる理由はそれだけで十分だよ!」
「……っ」
そんな予想外の追撃に、彩葉はますます顔を真っ赤にしてお耳をパタパタさせるのだった。
一方、味のしない抹茶パフェを抱えたお姉ちゃんは、「え?本当に出来るの?」と不思議そうに首を傾げつつも、その瞳にはしっかりと眩しいほどの信頼を宿らせていた。
そして、パフェのフチから顔を上げ、彩葉に満面の笑みを向けて口を開く。
「でも確かに彩葉なら出来そう!彩葉、待ってるからね!超楽しみ〜」
「だから無理だってば……!」
ツキミだけでなく、いつもはマイペースなお姉ちゃんにまで真っ直ぐな言葉で裏切られ、いよいよ逃げ場をなくした彩葉は、本当に胃が痛そうに額を押さえていた。
庵を吹き抜ける涼やかな夜風が、そんな二人の愛おしい影を優しく包み込んでいく。
私は冷たい水に足を揺らしながら、庵に漂う甘い匂いのなかに身を委ねていた。そのままライブの開演を待つこの愛おしい時間を、ただじっと噛み締め続ける。
……ああ、このままずっとお姉ちゃんといろはと一緒にいたいなぁ……。
──心地よい静寂が、私たちの間を満たしていく。
そうしてのんびりと過ごしているうちに、遠くのステージの方から、地平線を黄金色に染め上げるほどの眩しい光の束が、常夜の夜空へと一気に噴き上がった。
「あ、大変!もうこんな時間じゃない!行くよ、かぐや!ツキミ!」
「え!?本当っ!?急ごお姉ちゃん!いろp!!」
「わっ、待ってよ彩葉、ツキミー!!」
──いよいよ、待ちに待ったヤチヨお姉ちゃんのライブが始まる──!
月見ゾーンに一人で来てひっそり泣いているヤチヨは多分います…。