お姉ちゃんはいろPと幸せになるべきだと思うの 作:いろかぐヤチは美しい
『──キタキタキター!これがないとツクヨミの夜は始まらない!本日もヤチヨミニライブの開演だあああーっっ!!』
拡声器を通したような、突き抜けるほど元気な女性の声が、ツクヨミの夜空を震わせる。
ヤチヨの熱狂的な大ファンを公言しているMC担当ライバー・忠犬オタ公による全力のアナウンス。
それが広場のボルテージを一気にぶち上げた瞬間、周囲を埋め尽くしていた人だかりから地鳴りのような大歓声が湧き上がった。
「ねえ彩葉、何が始まるの?」
突然の爆音ときらびやかな光の演出に驚いたのか、かぐやが少し身を縮めながら、隣の彩葉の顔を覗き込む。
「見てれば分かるから!」
押し寄せる人混みの熱気に圧倒されそうになりながらも、彩葉の視線は興奮に沸き立つステージの中心を真っ直ぐに捉えて離さない。
「む…ツキミー?」
真剣な横顔の彩葉からおざなりな返事を返され、少しだけ不満そうに頬を膨らませたかぐやが、今度はツキミの袖をきゅっと引っ張り、助けを求めて声をかけるのでした。
しかし悲しい事に、今のツキミはヤチヨの生ライブに夢中だった。その愛らしい声も、衣服が擦れる微かな感触すらも何一つ届いてはいなかった。
「や、ヤチヨちゃんの生ライブ……!」
じっとりと手のひらに汗がにじむのを感じつつ、ツキミはただ、震える声を漏らす。
激しく明滅を始めたステージのライトが瞳を焼き、視界のすべてが眩しく染まっていく感覚。最愛の姉の生ライブという現実を前にして、ツキミの五感は完全に、ステージのセンターただ一箇所へと吸い寄せられていた。
「……むー」
彩葉だけでなく、完全に心ここにあらずでステージを見つめているツキミにまでスルーされ、完全においてけぼりを食らってしまったかぐや。今度こそ本当に面白くなさそうに、眉をハの字にして小さく唇を尖らせるのだった。
──だが、そんな少女の小さな拗ねさえも、押し寄せる圧倒的な熱狂の渦が瞬時に飲み込んでいく。
ツクヨミの広大な夜空の下、広場を優しく満たしていた淡い提灯の灯りと、宙を舞う蛍のような光の粒子が一斉に掻き消え、あたりが深い深い闇に包まれたのも束の間。
ステージに聳え立つ巨大なスクリーンへと、ぱっと弾けるようなネオンカラーの大きな数字が浮かび上がった。
それを合図に、ツクヨミを埋め尽くす群衆のボルテージが臨界点を突破する。誰もが待ち望んだ瞬間の到来に、周囲のアバターたちが一斉に拳を突き上げ、喉を震わせ始めた。
「5……4……3……」
──その刹那、会場を埋め尽くす群衆の地鳴りのような咆哮と、画面の向こうから生中継を見守る無数の視聴者たちの声が完璧にシンクロする。
ツクヨミ中の人間が熱狂に身を委ね、同時に天を突くような大歓声で「0」を叫んだ。
その瞬間──。
「ヤオヨロー!神々のみんな〜、今日も最高だったー?私は最高だったよ!」
眩い黄金の残光を割って、ステージの中央へと姿を現した月見ヤチヨ。
常夜のツクヨミを統べる管理人である彼女は、これまで誰も目にしたことがないほどに輝く、素敵な笑顔を咲かせている。
「ふわーっ!ヤチヨちゃーん!!可愛いよぉ!!」
「ちょ、ちょっとツキミ!あんた声がデカ……た、確かに今日のヤチヨ……なんか滅茶苦茶可愛……っ」
我を忘れて絶叫するツキミと、その隣で顔を真っ赤にしてうろたえている彩葉。自分を置いて一瞬でヤチヨの世界に持っていかれた二人を真横で見つめながら、かぐやは更に面白くなさそうに、深く唇を尖らせて腕を組む。
「……ふーん」
そんな少女の小さな嫉妬を置き去りにするようにして、先ほどヤチヨが放った至高の一言と、眩しすぎる歌姫の微笑みが引き金となり、会場のボルテージは一瞬にして臨界点を突破。
割れんばかりの大歓声が、会場中を完全に包み込んだ。
「よーし今宵も皆を誘っちゃうよ☆……外に浮かんでる綺麗なお月様に負けないように、ツクヨミの世界を彩るから、最後まで楽しんでいってね」
ステージの上で軽やかにステップを踏みながら、茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばすヤチヨ。
その圧倒的なカリスマ性と、街の夜空に響き渡る澄んだ声に、押し寄せた群衆の熱狂が激しく弾け、降るような大歓声が街を優しく揺らした。
「あ…い、いろp……い、いまヤチヨちゃんが私に目配せしてくれたような……!?」
熱狂の渦中、ツキミはステージの光を全身に浴びたまま、隣にいる彩葉の袖を千切れんばかりの勢いで激しく揺さぶった。
最愛の姉からの、自分たちだけに向けられた特別な視線。その大興奮と確信に、ツキミの瞳はきらきらと大きく見開かれている。
「は、はあ!?そんなわけ…!大体あんたにしたんだったら隣にいる私にも……してくれたって事にならない!?」
予想外の言葉を叩きつけられ、彩葉は見たこともないほどの勢いで大慌てでまくし立てた。
あり得ないと否定するはずが、口から出たのは「自分も目配せをされたのではないか」という、隠しきれない本音と期待。
顔をこれ以上ないほど真っ赤に染め上げ、うろたえながら髪をくしゃくしゃといじるその狐のお耳は、恥ずかしさのあまりに激しくパタパタと左右に揺れ動いているのだった。
「…………ふふ」
そんな彼女達の様子をひっそりと楽しそうに見つめながら、ヤチヨは。
「── Let's ' go on a trip!」
弾むような掛け声を合図に、最高のステージを始動させた。
あたりを優しく満たしていた全ての光がすうっと消え去り、静かな期待がこの街を包み込む。
その一瞬の静寂を切り裂くようにして、どこまでも澄んだ、完全に透き通ったヤチヨの歌声がツクヨミの夜空へとダイレクトに突き抜けていった。
「幾千の時を巡って今、僕ら出会えたの──ほら、見失わないように──手を離さないで──」
切実な祈りを込めるような、息を呑むほどに美しい歌い出し。
繊細な余韻が夜空に溶ける、まさにその瞬間のなかで、ヤチヨが小さく指をパチンと鳴らした。
たったそれだけの微かな音が、幻想的な世界の引き金となる。
それまで深い闇に包まれていた周囲が一瞬にして鮮やかな瑠璃色の輝きへと反転し、私たちの足元から透き通った青がこんこんと溢れ出してきた。
きらめく光の波が、立っている街中を瞬く間に満たしていく。
「わぷっ……!」
目の前を本物の海のような世界が満たし始め、かぐやの口から可愛らしい驚きの声が零れ落ちた。
重力から解き放たれた光の粒子が、足元から頭上へと向かって、まるで蛍の群れのようにゆっくりとせり上がっていく感覚。
見上げれば、広大な夜空そのものが青い深海へと様変わりしたかのように、ゆらゆらと波打つ光の水面が遥か高くに広がっている。
衣服の裾が穏やかな水流に揺れるような、どこか懐かしくて心地よい余韻。そんな幻想的なきらめきのパレードへ、かぐやは一瞬にして瞳をらんらんと輝かせた。
「わぁ…!すごっ!超綺麗じゃん!」
さっきまでの寂しげな拗ねなどすっかり忘れたかのように、目の前をゆったりと泳いでいく光の魚たちを追いかける。無邪気に小さな手を伸ばしては、楽しそうに光の波を泳ぐようにしてその場を跳ね回るのだった。
「ねぇ耳を澄ませて──星の降る音が聞こえるでしょう? ──もっと近くに来て、誰も知らない世界が待ってるの」
その澄んだ一節が青い水底に響いた瞬間、ツキミの胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように熱くなった。
誰も知らない世界。それは、暗い過去への扉なんかじゃない。ヤチヨお姉ちゃんの手のひらから零れ落ちた、まだ誰も目にしたことがない眩しすぎる朝焼けの予感。
耳を澄ませば、その透き通った歌声はいつでも、私たちのまだ見ぬ明日の向こう側へと優しく手を引いてくれている。
……ああ、本当に綺麗だなぁ……私のお姉ちゃんは。……もっと近くに、行きたいな……。
ずっと一緒にいたいな……。
「ん……あ、小さいヤチヨちゃん……ふふ…あったかいね」
思わず涙ぐんでしまった私を慰めるかのように、手の平サイズの小さなヤチヨお姉ちゃんが、そっと寄り添ってくれた。
ふわりと肩へと舞い降りた、小さなぬくもり。耳元に一番近い場所で愛おしい気配を感じるツキミを包み込むように、次のフレーズが優しく吹き抜けていった。
「宙、海の匂い──きみに届くかな、距離なんてないのかな──どんな時も──きっとどこかで、見守っているからさ」
紡がれる切ない問いかけが、青いきらめきのなかをどこまでも優しく巡っていく。
ツキミの瞳に映るツクヨミの街は、言葉を失うほどに美しく、どこまでも深い青に染まっていた。
光の魚たちが歌声のリズムに合わせてゆっくりと泳ぎ去り、まるで夜空そのものが、私たちのささやかな日常をそっと抱きしめてくれているかのような錯覚を覚える。
どれほど気の遠くなるような時間の果てから放たれた旋律であっても、耳元を吹き抜けていくぬくもりは、確かに今、この瞬間の肌を優しく包み込んでいた。
この愛おしい約束がいつでもすぐそばで鳴り響いているなら、もう、何も怖くなんてない。
「ほら、くしゃくしゃになって笑う日を──集めて紡いで──未来へ踏み出す先も、きみと心震わせて──叶うさ今 物語を巡ろう」
歌声の熱が最高潮へと達し、青く澄み渡った街中に、まばゆい光の粒子が優しく降り注いでいく。
ツキミの視線の先、ステージの真ん中で歌う最愛の姉は、凍りついていた時をすべて溶かすように、本当に愛おしそうな笑顔を咲かせていた。
そのまっすぐな響きに導かれるようにして、すぐ隣からは、光の魚たちを追いかけながら、ヤチヨの紡ぐ音楽そのものを全身で楽しそうに満喫しているかぐやの、鈴が転がるような笑い声が聞こえてくる。
どれほど過酷な結末がこの先に待っていようとも、この胸に灯った『はじまりの音』が消え去ることはない。
溢れそうになる愛おしさをぐっと堪えながら、ツキミは自分の藤の花の簪にそっと指先で触れた。
きらめく青い世界の真ん中で、心震わせながら新しい物語へと歩み出していくみんなの姿を、ただ真っ直ぐに、その瞳の奥へと深く深く、刻みつけるのだった。
──会場は熱狂の海となった。
── ── ── ── ── ── ── ── ──
耳を貫くような大歓声と、視界を優しく満たす瑠璃色の余韻。ヤチヨの放った圧倒的な旋律の残光に包まれながら、二人の少女は完全にその場に立ち尽くしていた。
「──彩葉!ねえ、彩葉ってば!ツキミも!」
鼓膜を心地よく震わせる群衆の熱気の間を縫って、すぐ近くから弾むような声が響く。
「……え?」
動きを止めていた彩葉の狐の耳が、ピクリと小さく跳ね上がった。夢から覚めるようにして視線を彷徨わせ、ようやく目の前にいる人物へと焦点を結ばせる。
「あ……お姉ちゃん?」
ツキミもまた、藤の花の簪からそっと指先を離し、現実に引き戻されたように瞳を瞬かせた。
「もー…何回呼んでも全然答えてくれないからびっくりしたよ!」
そう言って二人の顔を覗き込んできたかぐやは、悪戯っぽくらんらんと瞳を輝かせている。
カウントダウンの直前にはあれほど寂しそうに唇を尖らせていたはずの彼女が、いまやライブの興奮を全身に纏ったまま、置いてけぼりにされた仕返しとばかりに、嬉しそうに腰に手を当てて胸を張るのだった。
「ご、ごめんねお姉ちゃん!?私なんか夢中になっちゃって…!お姉ちゃんの声を聞き逃すなんて私はなんてことを……!」
頭を抱えながら本気でうろたえ、絶望の表情で平謝りを始めるツキミ。いつもなら誰よりも早く気づくはずのかぐやの声をスルーした事実に、限界シスコンとしての血が激しく罪悪感を訴えかけている。
「ちょっとツキミ、今最高の余韻に浸ってるんだからそのモードやめて」
その凄まじいパニックっぷりに、彩葉が呆れたようなジト目を向けながらすかさずツッコミを入れた。
せっかくのヤチヨの極上の歌声が、隣にいる少女の限界オタクと重度なシスコンのハイブリッドなドタドタによって一気に現実へと引き戻されていく。
「ごめんいろp…」
一瞬にしてしおらしくなったツキミを庇うように、かぐやが彩葉の前に立ちはだかって小さな両手を広げた。
「彩葉!ツキミをいじめないで!」
「いじめてないでしょ!?」
間髪入れずに、彩葉の理不尽そうな叫びが夜風に響き渡る。
そんな三人のドタバタなやり取りを包み込むようにして、一曲を歌い終えたステージの真ん中から、再びヤチヨの明るい声が街中へと張り上げられた。残響に浸っていた周囲の群衆が、その新たな動きを察知して一斉にステージのセンターへと視線を戻していく。
「イェーイ、感謝感激雨アラモード!ヤチヨは果報者なのです。あ、ここでお知らせ!ヤチヨカップっていうイベントを開催しま~す☆FUSHI、詳細よろしくぅ」
ステージの上でヤチヨが弾けるような笑顔で告知を投げかけると同時に、夜空の巨大スクリーンへと映像が投影されるのだった。
「はーい!参加資格があるのはツクヨミの全ライバー!一ヶ月の期間の中だけで最も多く新規ファンを獲得した人が優勝だよ!優勝者にはなんと、ヤチヨとのコラボライブの権利を進呈!世界一盛り上がるコラボライブのステージを一緒に作れるよ!」
ヤチヨの隣でぽよぽよと身体を揺らし、小さな身体をパタパタと動かしてイベント概要を説明していくFUSHI。
背後のスクリーンには、優勝者がヤチヨと並んで光の中で歌う楽しげな参考アニメーションが、大々的に投影されている。
だが、その愛くるしい見た目とは裏腹に、ウミウシの口から放たれたのはあまりにも衝撃的な爆弾発言だった。
それが引き金となり、街中を埋め尽くしていた観客たちの間に、まるで地殻変動のようなざわめきが一気に広がっていく。
「うっそ!?コラボライブ?ヤチヨが?」
あまりの衝撃に、彩葉の狐の耳が文字通りシャキーンと垂直に跳ね上がった。
ツクヨミの絶対的な頂点であり、誰もが憧れる歌姫である月見ヤチヨ。彼女が誰かとステージを並び立つなど、これまでの常識ではあり得ない、まさに前代未聞の事態だった。
「コラボライブ?何それ、すごいの彩葉?」
街全体が狂乱したように沸き立つ中、一人だけ話の規模が掴めず、かぐやが不思議そうに小首を傾げる。
「当たり前じゃん!ツキミ、あんたなら分かるでしょ!?」
食い気味に、彩葉の叫びのような大声が夜風を割った。
普段の冷静さはどこへやら、完全に目を見開いたまま、隣の少女を揺さぶらんばかりの勢いでその凄まじい価値を叩きつける。
「………うん。分かる、凄く楽しみ」
だが、ツキミから返ってきたのは、予想に反してどこか静かで、穏やかな微笑みだった。
その瞳は、スクリーンの参考映像を見つめたまま、ただ純粋に、最愛の姉が誰かと手を取り合って笑う未来のステージを祝福するように優しくきらめいている。
「でしょ!?何、誰と!?これは歴史的なライブになるよ!今まで配信でのコラボはあったけど、ライブはいつも一人で歌ってたんだから!」
ツキミの静かな肯定にさらに勢いづいた彩葉は、両手を振り回しながら、その熱弁のボルテージを限界まで引き上げていく。
「へー、じゃあ彩葉、一緒にやろ?」
街中が狂乱するほどの価値だと言われてもなお、かぐやは全く物怖じすることなく、ひょいとそんな言葉を口にする。大好きな妹と、今こうして目の前で熱弁を振るっている彩葉。その二人と自分とヤチヨが一緒に並んで歌う楽しげな未来を、ただ純粋に思い描いての無邪気な提案だ。
「はぁ…私らみたいなモブとやるわけないじゃん。こういうのは最初から誰になるか大体決まってんの!ヤチヨーっ!!!!」
あまりにも現実離れしたおねだりに、彩葉は大きくため息をついて肩を落とした。ツクヨミの絶対的な歌姫のステージに立てるのは、一握りのトップライバーだけ。
自分たちのような配信すらしたことのないモブ中のモブには届くはずのない世界だと、彩葉は現実的な意見を叩きつける。
だが、その切なさと諦めを全て吹き飛ばすように、彩葉は天を仰ぎ、喉が張り裂けんばかりの声で推しの名前を夜空へと絶叫するのだった。
そんな彼女達を尻目に、「バーン!」とド派手な爆音が轟いて、観客全員の注目を一瞬にして集める。
ライブ会場に突然出現したのは、牛舎ならぬ、虎が屋形を引く絢爛な虎車。
街を巻き込む驚天動地の演出に、早くも何者が現れたのか察したファン達が一斉に声を上げた。
「黒鬼じゃん!」
「帝様ー!!」
熱烈な歓声に応えるようにして、中央の屋形が綺麗に割れる。
まず現れたのは、鬼をイメージしたスキンを纏う男性アバター。更にその両脇をそれぞれローブのような服を着たアバターと、地雷系女子っぽいファッションのアバターが固めている。
彼らこそが、ツクヨミ内で抜群の人気を誇る三人組のプロゲーマーユニット、ブラックオニキス。
通称「黒鬼」と呼ばれる、絶対的なカリスマたちの降臨だった。
「よう、子ウサギども。お前らの帝様が来たぜ」
割れんばかりの歓声の中、虎車から降り立ったリーダーの帝アキラが、不敵な笑みを浮かべながら漆黒の角を光らせた。
彼がぱちん、と指を鳴らすと同時にこの場所のすべてのモニターが見事にジャックされ、彼らの輝かしい経歴をまとめた特別映像が流れ始める。
洗練されたユニットのロゴから始まり、名だたるスポンサー企業や、数々のeスポーツでの優勝記録。果てには過去のド派手なライブ映像まで。
裏で流れている重低音の効いた格好いいBGMは、彼らのオリジナルだ。
相変わらずやってんなあ……と彩葉は内心で思いながら、見つからないようにかぐやとツキミの後ろへひっそりと身を隠した。
……別に向こうは私のアバターを知らないと思うけど。
現実での関係が頭をよぎり、思わず防衛本能が働いてしまう。そんな彩葉の小さなうろたえには誰も気づくことなく、街中に投影された黒鬼の華麗な実績映像は、集まった群衆の熱狂をさらに激しく煽り立てていくのだった。
「また、祭りが始まるな」
漆黒のプロモーション映像が流れるなか、寡黙な男、雷がフードの奥から低く静かな声を響かせる。その一言だけで、彼が背負う数々の戦場の重みが伝わってくるかのような風格。
「俺って今日も作画良すぎ♡でしょ♡」
続いて、地雷系をモチーフにした可憐な少年。乃依がカメラに向かってあざとく小首を傾げながら完璧なファンサを繰り出した。
ふんわりと揺れるツインテールに、ひらひらとしたミニスカート。
どこからどう見ても愛らしい少女にしか見えない容姿だが、そのアバターは「男性」であり、スピーカーから響く声もまた、低く艶のある紛れもない男のもの。
その強烈なギャップが、集まったファンたちの理性をさらに狂わせていく。
「俺たちに優勝してほしいよな?底なしの夢を見せてやるぜ!」
最後に帝が不敵な決めポーズでファンの心を鮮烈に打ち抜き、会場中の歓声が完全に大爆発を起こす。
もう、この瞬間に未来は決まったも同然。
ヤチヨカップの優勝者は間違いなく彼ら、ブラックオニキスだ。
圧倒的な知名度、実力、そしてツクヨミを支配するこのカリスマ性を前に、一体誰が勝てるというのか。
この場に集まった何万という群衆の誰もが、彼らの絶対的な勝利を心の底から確信していた。
「というわけで、俺たち優勝するから。ヤチヨちゃんコラボよろしくね」
他ならぬ、ブラックオニキスのメンバーも。
「そういう運命なら、もちろんヤチヨは従うよー」
もしかすると、主催者であるヤチヨも?
「すげー、ヤチヨと黒鬼の夢のコラボだ!」
「こりゃあ、伝説になるぞ!」
更に詰めかけた観客たちも、画面の向こうからライブ配信を見ている無数のリスナーたちも。
──その場の全員が、ブラックオニキスが優勝して、ヤチヨとコラボライブを行う未来を確信していた。
「む……!」
──たった一人の宇宙人を除いては。
誰もが諦めと納得のなかにいるなかで、かぐやだけが、不満を隠そうともせずに小さな唸り声をあげる。
かぐやはヤチヨが嫌いではない。むしろ、最愛の妹であるツキミを孤独な暗闇から救い出してくれた彼女には胸の奥で、言葉にできないほど深く感謝していた。
だからこそ、そんな大切な恩人の隣に並び立って最高のステージを作るのは、自分達がいい。
大好きな彩葉と、ツキミと、かぐや。そしてヤチヨ。──この四人で一緒にハッピーな物語を紡ぎたいと、心から願っているのだ。
「最高のライブを約束するから、皆ドシドシ参加してね!一緒にハッピーになって、めっでたししちゃおー!」
ステージの真ん中でヤチヨが弾けるようなウィンクを飛ばし、ツクヨミ中の神々へと甘い声を投げかける。その眩しすぎる歌姫の微笑みと、空間全体を骨抜きにする極上のファンサ。
「しちゃうぅ……♡」
物理的な距離など関係なく、そのあまりの破壊力をダイレクトに脳へと浴びせられた彩葉は、さっきまでの現実的なモブ発言はどこへやら。一瞬で理性を消し飛ばされたように熱い吐息を漏らした。
「いろp……ふふふ……!ヤチヨちゃーん♡」
ヤチヨのウインクに一瞬で脳を焼かれた彩葉のその崩壊っぷりと、ステージ上の最愛の姉。二人のあまりにも尊すぎる光景を目の当たりにして、今度はツキミがとろけた瞳で完全に正気を失い、幸せそうな笑い声をあげる。
「むー………!」
完全に自分を置いてヤチヨの世界へと旅立ってしまった目の前の二人の限界っぷりに、かぐやは面白くなさそうに眉をハの字に下げ、ぷくーっと両頬をこれ以上ないほど大きく膨らませて唇を尖らせていた。
──だが、少女の胸の内に渦巻く熱い感情は、もう小さな拗ねだけで収まるものではなかった。
自分を置いてけぼりにする二人への、寂しさと独占欲。
黒鬼が勝手に優勝を決めつけ、誰もがそれを当然だと受け入れている現状への、抑えきれない反発。
何より、最愛の妹であるツキミをあの暗闇から救い出してくれた、大好きなヤチヨへの言葉にできないほどの深い感謝。
張り裂けそうなすべての想いを胸に、ついに、かぐやの我慢が限界点を突破する。
「ヤぁぁぁぁぁーチぃぃぃぃぃーヨぉぉぉぉぉー!!!!!」
喉を引き裂かんばかりの勢いで放たれた、魂の絶叫がツクヨミの夜空へと響き渡った。
それは隣にいる二人を驚愕させ、遠いステージの上のヤチヨへと真っ直ぐに突き刺さり、果ては集まった全ての観客や、あの黒鬼にまで届くような、凄まじいまでの意思が込められた宇宙人の咆哮。
誰もが「黒鬼の優勝」という未来を確信していたその場所で、たった一人の少女の叫びが、まだ見ぬ新しい物語の始まりを告げるように力強く轟くのだった。
──その際、ヤチヨの表情が何か眩しいものを見たかのように綻んでいたのは、今はまだヤチヨだけの秘密である。
初めて見た時指パッチンしてると思ってたんですが、見返すとしてないですね…。