お姉ちゃんはいろPと幸せになるべきだと思うの 作:いろかぐヤチは美しい
──『あっ、待って! 彩葉には色々聞いてもらったし……特別サービス!!』
「ふ、くく……ヤチヨぉ……」
ツクヨミからログアウトしても、私の脳裏には先ほどの鮮烈すぎる幸せが焼きついて離れてくれない。
あのヤチヨに握手どころか抱きしめて貰えるなんて……!安心感を感じる暖かい体温と、心地よい柔らかな感触……そんな天国を私だけが今日、与えられたんだ。
そう、私だけが……ふわ〜♡嬉しすぎる〜♡これで向こう十年は頑張れる〜♡
きっと私は今日、一生分の運を使い果たしてしまったんだ…思わずそんなことを考えてしまうほどに、胸の中が幸福感で満たされすぎておかしくなってしまいそうだった。
「ライバー……なり方……っと!おお、凄い面白そー!ツキミツキミ、絶対優勝しようね!」
「うん!私も裏方として精一杯応援するからね!!お姉ちゃん!」
「?うらかたー?ツキミが?一緒にやろ?」
「え……?わ、私もやるの……?」
「……ツキミが嫌なら彩葉と二人でやるけど……」
「い、嫌じゃないよ!びっくりしただけ!……は、挟まらないように全力を尽くすね……!」
「あはは、またツキミが変なこと言ってるー、おもろー」
……おい、少しは余韻に浸らせてくれよ。てかナチュラルに私を巻き込むな、かぐや。
先ほどまでの幸せな余韻を余裕で吹き飛ばしていく我儘ハデハデなかぐや姫と、銀髪ちんまりなツキミさんに抗議の視線を向けると。
「……ってあれ?かぐやあんた何でまだ金髪なの?」
目に飛び込んできたのは、何故か未だに金髪のかぐやがそれはそれはもう楽しそうにパソコンと睨めっこをしている姿だった。
「え?だめ?んー…じゃあ──えいっ、えいっ、えいっ!!」
掛け声の度に変わっていくかぐやの髪色。赤、緑、黒、紫、白、ストライプ……マーブルを経た後に。
「けどやっぱこれっしょ⭐︎彩葉笑ってくれたし、ツキミの銀髪と対になってる感じで最っ高♪」
最終的に元の金髪に戻って、酷く楽しそうに手櫛を通してドヤ顔を決めた。
……何だこれ、私まだツクヨミにいる?もしかしてヤチヨに抱き締められた段階で実は気絶してて……今見てるのは夢とか?
「お姉ちゃんはどんな髪色でも可愛いよ……♡」
「ありがとー、ツキミも変えてみる?きっと似合うと思うなー、一番は勿論元の銀髪だけどね!」
……いや、夢じゃないなこれ…私の想像でこいつらのやり取り再現出来るわけないし……じゃあマジで現実ってこと?
理解の範疇超えし宇宙人……。髪色自在って……インパクトありすぎでしょ。
「ごめんねお姉ちゃん。私はヤチヨちゃんとお揃いのこの髪色がいいんだ」
「む……ぐっ……!そ、そこはヤチヨとお揃いって言い方じゃなくて、かぐやと対照的な髪色が好きって言って欲しい……な?」
「……お、お姉ちゃんが褒めてくれたから、私は銀髪が好きだよ!」
「そっか~♪なら良いや!」
……何かもうどうでも良くなってきた。私は余韻をぶち壊された怒りも何もかも忘れて、勉強机の参考書に頭を突っ込むのだった。。
ああ、それにしても…ヤチヨのライブ最高だったな……今日のヤチヨ、何時もより何百倍も可愛かった気がする……ライブもそうだけど、笑顔…って言うのかな。凄く綺麗な表情をしてた気がする。
……何で私、ヤチヨのあの表情を見てかぐやって思ったんだろう……確かにかぐやも可愛い表情は良くすっ……ない!しない!立ち去れ煩悩!
慌てて浮かび上がってくる妙な感情を脳外に追い出すことに専念する彩葉でした。
……私今日、ヤチヨと直接話せただけじゃなくて、握手とハグまで出来たんだよね……いやツキミはそれ以上のことして貰ってたけど…贈り物とか……やっぱりヤチヨとツキミって何かあるんじゃ……?何だろう…本当に何か、致命的な認識のズレがある気がする……。
「ふんふーん♪」
──あと一歩、あと一歩で何かにたどり着けそうな寸前で、楽しげなかぐやの声が聞こえてきた。
また何かをやらかす気かと、視線を向けると、そこにはかぐやが何やら楽しそうにキーボードを抱えている姿が視界に映ってきまして。
……はい?キーボード?……あ、あいつまさか……!
もしやと思ってキーボードを注視してみると案の定、私が昔使ってたやつだった。
「……ってちょっと!勝手に出さないでよ!何処から見つけてきた!」
「彩葉が帰ってくる前にツキミと家探ししたらあった!配信の為の小道具とか置いてないのかなーって」
そう言って悪びれもなくてへっ、と舌を出しながら盗みの報告をしてくる傍若無人なかぐや姫様。
油断も隙もないなこいつ…。その内私の私物全部取られるんじゃないのかこれ……。
そんな恐ろしい未来を夢想してしまった自分を賞賛してしまいたくなる程に、自然な私物化だった。
……私が怒らないのも悪化の原因なのか?もしかして。
ここはしっかりと叱っておくべきなのかもしれない。一応育ててるんだし……。
拾ってしまった責任は果たさなければならないと、改めてかぐやに向き合うが……。
「彩葉~、一緒にやるって言ってくれたもんね!絶っー対一緒に優勝しよ!」
えへへ〜と朗らかに笑うかぐやを見てると、まあ別に良いかと思ってしまって叱る気も失せてくる。
「……んふふ……♡」
……おいツキミ、その彩葉もお姉ちゃんの可愛さに骨抜きなんだねみたいな視線やめろ。違うから、私はあんたと違ってかぐやに陥落なんてしてないからな!
心の中でそう切実に叫びながら、ツキミの生温かない視線から逃れるために口を開く。
「…‥てかかぐや、あんたキーボードとか弾けたわけ?」
この前地球に来たばっかりだろうに。……確かに成長は異常なほど早かったけど。
人間界の常識がカケラも通用しないこいつなら、別に弾けたとておかしくはない気も……しないでもない。
もしそうなら、少し聴いてみたい気もする。……かぐやならきっと、凄く楽しそうに弾くんだろうなって、思いながら若干の期待の視線を向けてみるが。
「ツキミが褒めてくれた!」
「……へー」
その一言で急速に期待が萎んでいってしまうのを痛感して、期待の視線が疑いのジト目に変わってしまうのを実感してしまった。
……いや、だって…ツキミはかぐやが何しても褒めるでしょ。その内息してて偉い、可愛い。とか言い始めても全然おかしくないくらいのシスコンモンスターだし……。
「お姉ちゃんって感じがして私は感動したよ!心震えたもん!!」
「……そうですか」
はしゃいでいるツキミには悪いけど、全く期待値が上昇してくれない。
何故ならツキミのかぐやへの評価って割と当てにならないからだ。まだ数日の付き合いだが、流石にもう分かる。
ツキミはかぐやがかぐやしてるだけで、無限に限界化するタイプの筋金入りな姉狂い。
……この子、かぐやが配信とか始めたら本気で毎秒赤スパ投げそうな空気あるんだよな……元手がないなら安心だけど……今のツキミには、ヤチヨからそっくり記念とやらで贈られた頭のおかしい額のふじゅ~ぺいがある。そう、あってしまうんだ。
……ヤチヨ様。貴方はひょっとして与えてはいけない子に…資金を渡してしまったのではないですか……?
思わず神格化している最推しにクレームを入れてしまいそうになる程、彩葉は待ち受けていそうな恐ろしき未来に戦慄していた。
……かぐやが配信者になる状況で、潤沢な資金を所持しているツキミ……うわ、こわっ……!やめよう、胃が痛くなる。
──彩葉は考えるのをやめた。
「……それで?そのキーボード使って何する気よ?」
そのまま現実逃避気味にかぐやにそう尋ねる彩葉さんでした。
「ジングル作るの!配信の時流したらいい感じじゃん?」
……ジングル?軽やかなメロディでリスナーの心を掴む、あのジングルのこと?
「……弾けるの?」
「勿論!オリジナルで作るんだ~♪」
やけに自信満々だな…もしかして本当に弾けるのか?射的も結構凄かったもんな。
ひょっとしたら本当に上手いのかもしれないと、期待値が若干増幅していくのを感じる。
「じゃあ取り敢えず一回弾いてみてよ」
私のリクエストが予想外だったのか、かぐやは弾けるような笑顔を見せながら。
「任せて!」
──自信満々にキーボードの鍵盤に指を伸ばし、手元で旋律を奏で始めた。
……デン……デン……デン………ベベン…………!
…‥なんだこの不安になるような不協和音。フリー素材でも落ちてないだろこんなの。
「どうどう彩葉?いい感じ?」
下手くそとかのレベルではない、そもそも音楽の体を成してすらない代物。
だが何故かかぐやは自信満々に私の反応を確かめるようにキラキラした瞳で覗き込んできている。何故だ…何故これでそんなに自信を持てるんだかぐや……。
「お姉ちゃん……♡素敵……」
あ、分かった。絶対ツキミのせいだ。あの子の褒め殺しに舞い上がって現実見えてないんだ、かぐやの奴。
「えっ…と……」
どう答えればいいんだこれ…本気で弾いてる?はちょっと冷たい感じがするしな……。
かぐやを傷つけず、かつ「それを世間に流すのはやめなさい」と遠回しに伝えるには、どう言えばいいのか。彩葉が必死に言葉を選びあぐねていると。
「お姉ちゃん!やっぱり私は好きだよ!ずっと聞いてたいレベル!流石お姉ちゃん!天才!!」
──酷く興奮した様子で、心の底から本気で賞賛の声を上げるツキミさんがかぐやを褒め称えるのだった。
……ちょっ…は?ツキミ!?何言ってんの正気っ!?
「本当っ!?やった!これでヤチヨカップ優勝間違いなし!やるぞー!」
「天才歌姫だもんねお姉ちゃん!」
「ふふん…♪このボロアパートから伝説が始まる……!」
……本気で言うとんのかこいつら?え、これで勝ちに行くつもりなん?嘘やろ?
曲どころかただの不協和音にしかなってないものを、最上のものとして褒め称えるツキミと、それを一切疑わずに舞い上がるかぐや。
余りにもカオスな状況に、彩葉の脳内言語が地元に里帰りを始めてしまった。
……さ、流石に音楽を嗜むものとしてこれを世間に公表させるのは…忍びなさすぎる。……い、一応一緒にやってあげるって約束もしたし……。
……指導、してやるか。少なくとも形になるくらいまでは。
「あのね…まずかぐや。これジングルでもなんでもないから。ツキミの意見を当てにしたらだめよ。この子、あんたがやる事全部に感動するんだから」
まずは大前提、全肯定シスターツキミの性質を思い出させて、かぐやを夢から現実に返さなければならない。
「そ、そんなことないよいろp!私はいいものをいいって言ってるだけだもん!!お姉ちゃんは何してても素敵なんだから!!」
心外だと言わんばかりにプンスコと抗議を開始するツキミ。
「ふーん……ならかぐや、もう一回弾いてみて」
「えー…?なんか彩葉怒ってる?」
「別に怒ってないよ。いいからほら、三、ニ、一……どうぞ」
かぐやは私のぶっきらぼうな対応に、少し首を傾げながらも、再び鍵盤に指を伸ばして。
……べん……べべん………べべべーん………!
………パターンだけは複数あるんだ…まあいいや。
「……ツキミ、感想は?」
「お姉ちゃんらしくて可愛い♡」
「ほら見たことか!音楽に感動してるんじゃなくて、好きな人の行動に心震わせてるだけじゃない!」
「そ、そんなこと……ないよ……?」
私の鋭い指摘にツキミは何処か気不味そうに視線を逸らしながら、モニョモニョとか細い声で否定の声を上げてきた。
……否定するんならもっとハッキリと否定しなさいよ。やっぱり若干自覚あったんかい。
「ツキミー…そこで自信無くされるとかぐやちゃんも自信なくなっちゃうよー……」
「え!?ご、ごめんねお姉ちゃん!えっと…でもお姉ちゃんらしくて私は本当に好きで……!感動したのも本当で……!!」
……強情だなこいつ。
仕方ない……絡め手で行くか。彩葉は声音を少しトーンダウンさせた。
「……ツキミ。もしあれが街で突然流れ出したらどう思う?」
「へ?不気味だなっておも……あ!?いろは!誘導尋問した!!」
「ははは!勝手に引っかかったのはそっちでしょ!?」
見事なまでに綺麗に引っ掛かったツキミが頬を膨らませて怒りをぶつけてくるが、怒りをぶつけられる謂れは私にはカケラもない。
寧ろあのクオリティでかぐやに初配信をさせる事態を防いであげたことに感謝して欲しいくらいだ。
「むぐ……お、お姉ちゃん……その……ごめんなさい……」
やはり自覚があるのか、申し訳なさそうにかぐやに頭を下げるツキミ。
しかしかぐやは怒るどころか、どちらかと言えば嬉しそうな笑顔を浮かべて。
「何で謝んの?ツキミが私のこと大好きなんだって分かって、むしろ嬉しかったよ?ほんとにツキミはしょうがないんだから〜♪」
──愛おしそうに妹を抱きしめながら、噛み締めるようにそう溢したのでした。
「お、お姉ちゃん……♡」
……結局そこに帰結するのか、ほんっとうにこの姉妹……お互いのこと好きすぎでしょ……。
呆れ果てながらも、その口元には僅かな微笑が隠しきれていない彩葉だった。
「てか彩葉。その口ぶり……もしや弾けるね?いっちょ教えてくださいよ、先生!」
音楽への深い造詣が滲む彩葉の言葉を、かぐやが目敏く拾い上げる。目をキラーンとさせた彼女は、有無を言わせぬ勢いでキーボードを差し出してきた。
ぐ…かぐやめ…相変わらず妙な所で鋭いやつ……まあ…形になるくらいまでは面倒見てあげようかな……。
ここで突き放したらただただ嫌なやつだしね。
「先生とか言うなー…まずキーボードにはコードってのが……あって……」
仕方ないか、と。昔日の鍵盤に手を伸ばして、懐かしの旋律を作ろうとしたら。
──『彩葉、音楽は自由に楽しむんやで』
胸の奥で何かが弾けてしまった。それは私がずっと、封じ込めていた、過去の記憶。
お父さんの言葉。まだ母が、笑ってくれていた時期の記憶。私がピアノを弾くときは、楽器の音よりも笑い声の方が強く響き渡っていた。
お兄ちゃんも母も、お父さんも笑ってくれていて。
母はいつからか、笑わなくなってしまった。笑ってくれなくなってしまった。お父さんの葬式の日から、母は感情をあまり表に出してくれなくなった。
あの優しい表情を忘れてしまうくらい、無機質なお人形のように棺に収まったお父さんを、私だけが泣きながら見送っている。
──どうして私は一人で泣いているの?お母さんは……悲しくないの?
「彩葉?」
「いろは?」
──私の耳に届いたのは、期待に満ちたかぐやの声。私を信頼してくれている、ツキミの声。
いつの間にか嫌になった音楽、遠ざけてしまったピアノ。
──形無しで成功するんはホンマに一握りや。楽しんでる場合やあらへん。お父さんから貰ったもん、遊んで食い潰すんか?
……違う。それはきっと違うと思う。だって、今目の前に……私の演奏を心の底から楽しみにしてくれている子達がいる。
これは……食い潰すのとは……違うと、思う。そう思いたい…だけなのかもしれないけど。
でも、何故だろう。不思議とそれでもいい気がしている。だって……ここでトラウマになど屈してしまったら、かぐやとツキミとの出会いも、私に向けてくれる無垢な信頼も、何もかも無かったことにしてしまう気がするから。
それだけは……嫌だ。
……この二人の前では、私は格好良く在りたい。……裏切りたく、ない。
震える手を溢れる願いで押さえつけて、私は鍵盤に指先で触れた。
──そこからは、止まらなかった。
「わあ……!」
音楽が溢れ出す。鍵盤を弾くたびに、強く心に染み付いていた何かがポロポロと剥がれ落ちていく。
「彩葉!すごい!天才じゃん!」
──ああ、本当にかぐやは……眩しいな。私なんかの音楽を、こんなにもキラキラした目で楽しんでくれるなんて。
「……………………」
──ツキミはどうして、そんなに泣きそうな目で私を見るんだろう。笑っては、くれないのかな。
「ラ…ララ……誰も止められ──やしない──歌わずにはいられ──ない」
かぐやは私の演奏に合わせて、一緒に歌ってくれた。
なんて綺麗な声。なんて綺麗な歌声。どんな暗闇も吹き飛ばしてくれるような、豪快で優しい春風みたいな歌声。
「イエイ♪」
気がつくと一曲丸々弾き終わってしまっていた。……久しぶりだな、本当に心の底から楽しいと思える演奏が出来たの。
「これ彩葉が作ったの?すごすぎ!超いい曲じゃん!!ねえ彩葉、プロデューサーになって!」
興奮を隠しきれないかぐやが、捲し立てるようにそう言ってくる。
……はい?プロデューサー?
「な、何で私が……」
「だって一緒にやってくれるんでしょ?彩葉!」
「い、いやだからそれは……時間が、あるときだけって意味で……!」
確かに私は言ってしまった。言ってしまったが!ここで押し切られるのは……押し切られる、か。
…………楽しくはあった。間違いなく、楽しくはあったんだよね。
……時間、か。作れないことも…ないかもだけど……。
「彩葉の曲を私達歌いたい!お願い彩葉、曲作って~?」
曲なんて作れるわけ……いや、昔に作った曲をアレンジするくらいなら今の私でも出来るか……。
自分の音楽を、かぐや達の声がなぞる。そう想像しただけで、胸の奥が酷くむず痒くなるような、奇妙な感覚に襲われた。
「……ちょっとだけなら…いいよ。素人のアレンジでいいならね」
「素人ー?彩葉が?あはは、こんなすごいの作れるのに変なのー」
かぐやがケラケラと笑う横で、ツキミはまっすぐな瞳をこちらに向けてきた。
「……お姉ちゃんが歌う曲は、彩葉にしか作れないよ。彩葉の曲が一番、お姉ちゃんの魅力を引き立たせられるんだから」
「お、ツキミいいこと言うね。分かってる~」
……本当、変な奴ら。……それに絆されて何だかんだ悪くないって思ってしまってる私も、人のことは言えないか。
「……これで優勝出来なくても、拗ねないでよ」
照れ隠しの、そして最後の抵抗として、そんな言葉をポツリと零すことしか出来なかった。
「!拗ねたりなんかしないよ。だって優勝するもん!彩葉の作った歌を私たちが歌えば、大バズ確定じゃーん!」
「……え?私も歌うのお姉ちゃん?それは私の推しを応援する矜持的には許されないよ!?私はお姉ちゃんといろpの間に挟まるわけには……!」
……ずっと思ってたけど、ツキミって私とかぐやをカップリングか何かと勘違いしてるんじゃないの?て言うか今更だけどいろpって呼び方……まさか最初から私をプロデューサーにしようとか思ってたんじゃないでしょうね?……流石に、考えすぎか。
何やら揉め始めた彼女達を尻目に、私は少しだけ思案に耽るのだった。
「……ツキミと一緒に歌いたい、な……?」
「う…だ、だめだよお姉ちゃん…!いくらお姉ちゃんの頼みでも今回だけは本当に……!」
ツキミからしたら、彩葉が作ってくれた曲をかぐやに混じって自分も歌うなんて、驚天動地の解釈不一致。
断固拒否、断固拒否の姿勢を強く見せるツキミ。
「ツキミ………?」
「う……うぐぅ……!」
あー、オチが見えそう……てかこれ前にも見たことあるな。あの時はかぐやがツキミの耳に息を…ふっ……やば、思い出し笑いしそう……。
「ツキミが本気で嫌なら諦めるけど……そうじゃないなら私と一緒に歌って……?、かぐやのこと助けて……?」
「是非やらせていただきますぅ♡…………ハッ!?」
「くっ…ホントブレないわねあんた……!あははっ」
──相変わらずの姉妹漫才に、彩葉は笑いを抑えられなかった。
「もー!笑わないでよいろp!!」
「無理でしょっ……!あんた防御力低すぎ……!」
「ぐ…いろpもお姉ちゃんのおねだり断れないくせに……」
「……で?かぐや。配信って言ってもいきなりは出来ないわよ?ライバーになるなら立ち絵とか……」
「話逸らした!」
まだ顔を真っ赤にしているツキミが何やら猛烈な抗議を発しているが、彩葉は努めてそれを意識の底へと追いやった。
「立ち絵ー?あ、あの画面の中で動いてるやつ?ヤチヨのやつで見た!彩葉作れないのー?」
「無理に決まってんでしょ……」
突然の無茶振りを即座に却下する彩葉。しかしかぐやはへこたれない。
「えー……じゃあじゃあ、ツキミが描いてよ!」
「は?かぐやあんた何言って……」
「だってツキミ器用だし、ツキミのやつでライバー出来たらそれって最高じゃん?お願い~♪」
かぐやがツキミの両手をぎゅっと包み込み、至近距離から潤んだ瞳で見つめている。
「──お姉ちゃんの立ち絵を、私が……?」
その瞬間、ツキミの目の色が変わったのを彩葉は目撃した。
あ…これヤバいやつ……!ツキミにやらせたら予算とか限度とか全部無視してとんでもないもの作る気がする……!
「つ、ツキミ!一応言っておくけど、ツクヨミのアバターの流用とかも出来なくはないと思うから……!それで手を打つのも大いにありだと思うけど!?」
破滅的な暴走を食い止めようと、彩葉は必死に声を張り上げた。しかし、ゆっくりと首を巡らせたツキミの瞳には、すでに底知れない暗黒の情熱が宿っている。
「──いろは。お姉ちゃんは私に、私にお願いしてくれたんだよ」
地を這うような低音。先ほどまでのツッコミのキレは消え失せ、ツキミはトランス状態に陥ったかのように、ブツブツと呪詛めいた早口で語り始めた。
「お姉ちゃんの可愛さを世界に完璧な形で届ける大役を私に任せてくれたんだよ。一から作らなきゃ。お姉ちゃんの魅力を余すことなく表現する為には…何億回もリテイクして…でもそれじゃ時間が足りないから…機材を買ってお姉ちゃんの肌感や質感、髪の毛を再現出来るようにデータを打ち込んで…イラストは大丈夫…私なら描ける…お姉ちゃんの事なら私は目を瞑ってでも全部分かるから……後は違和感なく滑らかに動かす為の最高峰のモーションキャプチャーを……」
終わった。完全に完璧に完膚なきまでに終わった。
「か、かぐや!あんた馬鹿なの!?この姉狂いにあんたの立ち絵描いてなんて言ったら、こうなるに決まってるでしょーが!」
「つ、ツキミ?私はツキミが作ってくれたやつならどんなのでも嬉しいよ……?」
「──何言ってるのお姉ちゃん。お姉ちゃんの可愛さを隠すなんて世界の損失だよ。任せて、私ならお姉ちゃんを世界一の大天使に……ううん、女神様にだって出来るんだよ!いやお姉ちゃんは元から女神様が霞むくらいの美しさと慈愛の究極の頂点なんだけどね!?うぅ…ごめんねお姉ちゃん…!お姉ちゃんの魅力を表現する言葉が今の世界にはないんだ……!私が作る!作るからね♡お姉ちゃん♡♡♡」
こっわ……!やっぱこの子怖い!目がもうガンギマリすぎてる……!
止まらないツキミの暴走に彩葉は心底震え上がっていた。だがやはりそこは責任感の強い酒寄彩葉さん。何とかツキミを正気に戻そうと言葉を投げかけるのだった。
「さ、最高峰のモーションキャプチャーなんて個人で買うものじゃないでしょ!幾らすると思ってんの!?てか部屋の広さ的にも無理だし!」
「……いろp。そこはこの部屋で使える最高額の物を買えばいいんだよ。あとスペックの高いカメラとパソコンを……」
「馬鹿なの!?正気!?あんたまさか…ヤチヨから貰ったふじゅ~ペイ全額使う気じゃないでしょうね!?」
「……いろp。お金には使いどきがあるよね。今がそ──」
「──んなわけないでしょ!幾らあると思ってんの!?そんなに拘る必要ないから!絶対!!」
「何言ってるのいろp!むしろこれでも足りないくらいだよ!本当は国家予算くらい欲しいよ!それで一からお姉ちゃんの為だけのモーションキャプチャーを制作して……!」
「正気に戻んなさい!立ち絵に国家予算とか、自分がどれだけ荒唐無稽なこと言ってるか分かってんの!?」
彩葉の魂の叫びが部屋に響き渡る。
しかし、完全に『お姉ちゃん至上主義モード』に入り浸っているツキミの耳には、そんな常識的な正論など一ミリも届いていないようだった。
二人の間で火花が散り、部屋の温度が限界まで上がろうとした、その時──。
「い、彩葉〜……ツキミ〜……喧嘩しないで〜……」
少し離れたところから見守っていたかぐやの、ふにゃふにゃとした気の抜けた声が降ってきた。
見れば、この恐るべき軍拡競争の引き金を引いた張本人であるかぐやが、不安そうに眉を下げて二人を見つめている。
「お姉ちゃん。これは喧嘩じゃないから大丈夫だよ。譲れない矜持の徹底討論だからね」
先ほどまでの狂気はどこへやら、ツキミは聖母でも見るかのような極上の微笑みをかぐやに向ける。
「本当…?ツキミと彩葉、喧嘩してない……?」
「まあ…別に喧嘩はしてないわよ。ただツキミが暴走してるからそれを止めようと……」
かぐやのか細い声により、一時的に落ち着いたかに見えた二人だったが……。
「む…!いろp、私別に暴走してないよ平常だよ正常だよ普通だよ!!」
「鏡見てから言いなさいよ……」
「~〜~~~っじゃあいろはは、もしヤチヨちゃんにグッズの外注とかされたとして、その時に予算とかリソースを出し惜しむの!?」
「────それ、は……」
鋭い弾丸が、彩葉の胸のド真ん中を打ち抜いた。
一瞬で言葉に詰まり、彩葉の視線が泳ぐ。自分にとっての『特別』のために全力を尽くしたいというファンとしてのサガを、これ以上ない角度から突かれたのだ。
「どうなの!?いろp!!」
勝ち誇ったツキミが、ここぞとばかりに距離を詰めて畳みかける。
じっと耐えるように拳を握りしめ、長い沈黙のあと──彩葉はがっくりと肩を落として白旗を上げた。
「……………………出し惜しみません」
「でしょ!?」
完全勝利を確信したツキミのドヤ顔が、部屋の中でこれでもかと輝いた。
──此度の討論の勝者、ツキミ!
「じゃあお姉ちゃん!私早速準備するね!大丈夫、一週間以内には終わらせるから!!」
「……う、うん。ありがとうツキミ……えっと…無理したらだめだよ?」
「善処するね!」
満面の笑みで親指を立てるツキミだが、その瞳の奥の輝きは完全に限界突破している。徹夜どころか不眠不休で作業に没頭する未来しか見えない妹の姿に、かぐやは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
「……かぐや。これからはもっと考えて発言しなさいよ」
「うん……ごめん……ツキミ!ちゃんと一緒に毎日寝るからね!!約束!!」
「勿論だよお姉ちゃん♡」
──狂愛に満ち溢れたクレイジーシスコンシスターの全力投球が今、始まる。
止まらないなこの子……。