性別が変わってしまった親友の背中を押したら大事故を起こした話   作:かりほのいおり

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こういうのが好き


あいつの話 2

 

 0

 

 俺達の関係性がなんなのか聞かれたら、多分『親友』としか言いようがない気がする。

 そんな変わらない距離感、変わらない日常。

 

 それを俺はただ享受していたし、あいつはその空間を提供していた。

 まあ正確に言えば、俺が搾取していたと言えるのかもしれないけれど。

 そうでないと証明するためには、互いが相手に求めていたものを整理するべきだろう。

 

 まず、俺があいつに求めていたのは『居場所』であると答えを出せる、そしてまた達也もその答えを外すことはないと思う。

 それを互いにわかっていたからこそ、あの時、あの夏休みに、この関係が成り立っていたんじゃないかと思うのだ。

 俺が求めているものをあいつが容易く差し出したからこそ、あの夏休みは成り立っていたんじゃないかと思う。

 

 じゃあ、ここで話を転換してみよう。

 俺が達也に『居場所』を求めていたとして、あいつは俺に何を求めていたのだろうか?

 そして、俺はその代価を支払うことができていたのだろうか?

 

 あいつが俺に何を求めていたのか、よくわからない。

 そもそも何も求めていなかったのかもしれない。そうだとすれば、無償の奉仕であったと言えるのかもしれない。

 そうなると、それは俺がただ相手の善意を搾取していたと言えるのではなかろうか?

 ただ相手の好意に付け込んでいただけの、どうしようもないやつ、なんて。

 

 でも、俺はそんなことはないような気がする。達也にも何か目標があったのだと思うんだ。

 例えば……「お前が救われるのを望んでいた」、なんて。

 

 クサい台詞だと思う。でも、これが今の所、俺の中では一番しっくりくる答えではある。

 達也に聞いたところで答えを教えてくれるはずがないから、採点されることはないのだろうけれど、自己採点で丸としておいてもいいんじゃないか。

 

 でも、それがあいつの答えだというのなら、ある一面では俺は救われていたと言えるし、ある一面では救われていないと言えるんじゃないかと思えてしまう。

 

 だって、それが間違いだと思い込んでいるから。

 

 その現実を直視しないから、俺の願いすら屈折させてしまう。

 だから、誰も救われないんだ。

 

 1

 

 ザアァァァァァ……っとモニターの向こう側で車が雨中を駆け抜けるシーンが続いていた。

 耳を澄ませれば、それと被せる様にザアァァァァァ……という小さい音が聞こえていたに違いない、日中だというのに閉じられたカーテンの向こう側から。

 

 今、それを聞き取れないのは俺の隣ではバカが大皿の上にザアァァァァァ……とポップコーンを再度盛り付けているところだからだろう。

 

 まるでうまくできたと言わんばかりに満足気なシルエット。その真実を見ぬかんとばかりにタイミングよくカッと雷が画面が切り裂いて、勢い余って現実の世界すら一瞬白く輝かせた。

 

 一部が黒く鈍く輝く、おおよそ食べられると思えないそれが二人の前に置かれている。

 再度暗転した空間の中、俺は無言で立ち上がり、ゆらゆら揺れる魚のストラップを無造作に引っ張れば再び世界に光が戻ってくる。

 

「お前、また失敗してるじゃねーかッ!!」

 

 映画見てる途中に何をするんだと言わんばかりの達也の顔に、炭化したポップコーンを容赦なくめり込ませる。

 

 そう、またなのだ。

 電子レンジで種を加熱させるだけ。それだけの作業だというのに、達也はそれすら失敗している。

 

「俺は悪くねーと思うんだけどなぁ、ってか種が悪いだろどう考えても」

 

 半年前に買った種だしやっぱりもう湿気てるんかねーと言い訳がましく宣っているが、そもそもそんなものを今も残してるのが悪い。

 

 さっさと使いきればいいのに、わざわざそんなものを使った挙句に、不発弾多いからとアドリブで加熱の時間を増やす奴がどう考えても一番悪い。

 

「まじで……ほんとお前、終わってるよ……」

 

 映画の再生を止めて、大皿の仕分け。

 目立った炭化したものはポイポイと横に避け、多少灰色のものはまあいけるかと見過ごして、爆ぜなかったものはどうせ最後に残るから良し。

 もったいねーと思いながら仕分けたものをゴミ箱にイン、わざわざ発ガン性物質を好んで摂取する癖なんて俺には持ち合わせていない。

 

 それを手伝うでもなく達也はぼんやりとスマホを操っていた。後ろから覗き込むと映し出されているのは、青くゆったりと広がる海、それとバックに顔以外を砂浜に埋められたバカ一人。

 思わずおうっと呻いて後退り。

 こっちの様子に気づかないまま、達也は「はやく続きを観たいんだけど?」とかほざいている。

 いや、お前の後始末を俺がしてるんだけど、という言葉は出せなかった。

 

 再び上映が再開される。

 今度は照明が消されることもないまま。

 けれども先ほどまでの集中は薄れていた。そもそも、自分が既に見たことがある映画だと言うのもある。

 

 ネットフリックスの中から今日見るための映画をだらだらと探している時に、ふと目に止まったタイトルがあった。

 ああ、確かにこれは面白かった。数年前に劇場に足を運んでみたそれは、期待されていたほどの興行収入でも無かったし、前作ファンからの評判も芳しく無かったが、それでもその時の俺には甚く響いたものだった。

 

 それを見てからしばらくして、あの映画は面白かったなとネットで他人の感想を探してみたら何やら酷評されていることに気づいて俺は憤然としていたけれど、最終的にはアカデミー賞を取っていたことを知って幾分の救いになった様な気がした。

 その様な中身に触れない話をだらだら垂れ流しているのを聞き終えて、悠がそこまで言うなら見てみるかと、達也は呟いた。

 久しぶりに改めて見ても、面白い映画だと思う。

 

 きっと隣にいる奴も楽しんでみているのはわかる、それは、きっと良いことだ。

 でも、でも、なのだ。

 

 お前は、ここでこの映画を見ているべきなのか?

 

 何も言わないまま、達也の顔を横から眺める。

 

 お前、ここにいて良いのかよ?

 本当は、あいつらと一緒に海に行っているはずじゃ無かったのか?

 

 言わない、言えるはずがない。

 お前の為に残ってるんだよと肯定されるのが怖くて、俺がそれを奪ったということを知りたくなくて。

 

 だから、俺は何も言わないまま視線をテレビに戻した。

 次第にエンディングが近づいてくる、夏休みの終わりもまたヒタヒタと背後に迫ってきていて。

 ふっと隣から視線を感じたけれど、その方向を見ることはない。

 ただ、今の俺と同じ様に、さっき見ていたことをこいつにも気づかれていただろうか、そんなことをぼんやりと考えるだけ。

 

 

 面白い、面白かったけどさ、と言いながら、達也はなんとなく納得がいかない表情のままだった。

 

「やっぱり、あまりに主人公が報われなさすぎだろ」

「だよなぁ……」

 

 抱く感想は同じもの。「続編は?」と言う言葉にないよと首を振って返すと、どうしてだよぉと膝から崩れ落ちた。

 明らかに回収されてない伏線もたくさんあるし、続編を作ること前提の様にも思えるのだ。

 もしかしたら、興行が良ければとっくに続編が制作されていたのかもしれない。

 

「まあそういうところも含めて、特別ではない主人公の話だからここまで、っていう作り方なのかもしれないけどな」

「ああ、そういうこと……」

 

 やけ喰いのつもりなのか大皿を掲げてポップコーンを一気に口に流し込む、やめとけという制止も間に合わない。

 床がポロポロと汚れてるわ、なんか灰の味がするし、種が硬すぎるだろという泣き言を聞いて思わずため息をつく。

 全部、お前の責任だ。

 

「でもさ、特別だと勘違いしてた主人公が、それに気づいた上で行動して特別になれるっていうストーリーラインは本当に好きなんだよなぁ」

「死んだのに?」

「死んだけどね」

 

 死んだっていうなよぉと泣きついてくるが九分九厘死んでいる、間違いなく致命傷を負っていた。

 正解は続編で! 作られるかどうかは神のみぞ知る。

 

 会話も途絶え、二人でぼんやりリビングに腰掛けている。

 ゲームをする気力はなかったし、そもそも最近はゲームをするのも、そんなに楽しくない。

 

 だから最近はもっぱら映画を見て、互いにその感想をくっちゃべって、貰いすぎて有り余っていると達也が語っていた素麺を茹で、それを自分もご馳走様になり、また映画をもう一本見て、またその映画について語り、もう一本見るには時間が見れるか見れないかの判断をする。

 

 今日の二本目の映画はだいぶ重く、そもそも一本目の映画も長かったから、今日の映画はもう良いかと思考を放棄。

 

 そんな隙間時間。こういう家に帰るまでの気怠い時間を、悠は割と好んでいた。

 

 耳を澄ませればいまだに響く雨の音、けれどもきた時よりは弱まっている様な気がして、このままやめば良いのにな、なんて願ったりして。

 雨が止んだところで何をするわけでもないのに、帰路が少しだけ楽になるとか、少しだけ気分が明るくなるとか、そんぐらいの効果しかないのに。

 

 達也はメッセージの返信をしているのか、無言で指を走らせている。多分さっき覗き込んでしまったあのグループのやつ、そんな気がした。

 一つため息をつけば、何と視線をあげてくる、なんでもないと手を振って返せば、そうと再び手が動く。

 

「もうそろそろ、夏休みも終わりだな」

 

 自然と口から言葉が出たのは、達也の気を引くためか、それとも自分に現実を認識させるためか。少なくとも、前者にはそれほど効果がない様でスマホから顔を上げる事もなかった。

 

「お前この休みの期間、何したよ?」

「ゲームと映画……うわっ……私の夏休み、薄すぎ……?」

「それ、俺まで巻き込まれてるじゃねーかよ」

 

 目を見開き、演技臭く両手で口を抑えてそんなことを言う。デコピンで額を弾けば大仰に痛がって何処かに去っていく。

 帰ってきた達也の手にはパピコの袋。無造作に片方をちぎってひょいっと投げつける。

 開封した栓を捨てようとすれば、俺にくれといきなり手が伸びてきてもぎ取っていく。俺が呆然としている中、達也は卑しく先端を吸っている。

 我が子を喰うサトゥルヌス……?

 

「これ、俺の金、わかるか?」

 

 そんな軽蔑する目線に気付いたのか、すぐさま俺に向き直り、ペッと栓を吐き出して正義は我にありと達也は自信満々に胸を張っている。

 まあそうなのだけれど、卑しさは何一つ変わってないというのに、そんなに誇れるのが凄い。

 何も返すことなく地面に吐き捨てられたゴミをティッシュで包み、ゴミ箱にゴー。

 

「……まあでも、こんなに隣に人がいた夏休みも初めてだな」

「悪かったな、ずっとお邪魔して」

 

 すぐさまイヤイヤと手を振って否定される。

 

「そんなことねえよ、こんな夏休みもありだなと思っただけ」

「でも、本当なら行けてたんじゃねーのかよ」

 

 指差した先には達也のスマホ。

 机の上に置かれたそれを、達也は返事をすることなく、アイスを吸いながら見下ろしている。

 じっくり、たっぷり味わった後に、ようやく達也は口を開いた。

 

「もしかして、悠が毎日ここに来ているせいで、俺の予定が潰れたと思ってるのか?」

「……違うのかよ」

「あのさぁ、自惚れるなよ」

 

 さくっと言葉が飛んできて、思わずパピコをギュッと握り締める。

 肌に冷気が突き刺さるが、関係なし。口の部分を噛み締めれば流入も少しは抑えられる。

 そんなことも気づかないまま、口に咥えていたパピコをテーブルに置いて、達也はゆらりと立ち上がる。

 

「悠じゃない、俺が海に行きたくない理由は単純に……」

 

 俺の目の前に立って、肩にぽんと手を置く。

 本当に載せるだけ、力なんて一切込められてないのに、それがとんでもない重さの様に感じられて思わずヒッと息が漏れた。

 もう、逃げられない。尋常じゃない気迫に思わず後退りしようとするが、ソファの背もたれがそれを阻んでいた。

 ずいっと俺に対して顔を近づけてきて、

 

「俺の身体がッ! ひょろひょろのクソガリだからだよッ!!」

「勝手に筋トレしとけやッ!!」

 

 思わず力強く腕を振るっていた。パンッと音が響いて、どさっと達也が倒れこむ。不味い、ついやりすぎた。

 慌てて助け起こそうとするが、達也は大丈夫だとこちらに手を向けてくる。

 そして立ち上がるや否や、おもむろに上のTシャツをパッと地面に脱ぎ捨てて、これが俺の身体だよと見せつけてきた。

 

「なにしてんだよ!!」

「お前が理由を聞くからだろ!?」

 

 咄嗟に両手で顔を隠すが間に合わず、脳裏に上半身裸姿の達也が焼きついてしまった。

 最悪、本当に最悪だ。

 日焼けもしていない不健康そうな身体、こんな様で海を意気揚々と歩けるのだろうか。いや、無理だ。

 さっきまでの言葉を忘れて、そう思う。

 

「お前が、去年俺を海に無理矢理連れて行ったのは覚えてるよな? あの時に思い知ったんだよ。俺、こんなに貧弱なんだって、海に行ける奴らすげえよなぁ……なのになんでこんな奴が海にいるんだろう、俺ってめちゃくちゃ場違いじゃねえかって思って、『あんな身体で海に来るの〜?』、ぷーくすくすって笑い声が聞こえた様な気がして、周りを見てもそんな姿みえねえし、でも……」

「やたら自虐的! 大して周りもお前のことなんて興味ねえし、見てねえよ! ってかみせられる様な身体だって分かってないなら尚更筋トレしろよ!」

「それがトラウマで……俺は海に行けなくなったんだ……」

 

 絶対嘘だろ、とは思った。

 まあ確かに、帰りの車の中ではなんか物悲しい顔をしていたような気がするけれども。

 ゴソゴソと服を着込む音が聞こえて、ようやく手を退けると達也はようやく服を再度装着していた。

 

「まあ、それが理由だから勝手に気に病まれても困るっていうか、本当に関係ないんだよな」

「……お前がそれでいいならな」

 

 フンと鼻を鳴らして再度パピコを口に咥える。っていうか本当に行きたいと思ってるなら土日に入れるしなーって達也の言葉を聞きながら、なら、土日にしてもらわなかった理由はなんだよとは言わなかった。

 

 本当に行きたくなかったからか?

 予定がずらせなかったからか?

 もしくは、俺が海に行かないからか?

 

 俺が土日に何をやってるのか知らないくせに、何もしてないと知らないくせに、俺の何もかもを見透かして、そういう理由で決めたんじゃないのか?

 

 あまりに自己中心的な考えだと分かっているのに、どうにもその可能性を切り崩せない。

 俺は行ったけど、お前は行かなかった、そういう結果を残さない為にあいつならそういう行動を取ってもおかしくないような気がして。

 そうして、いよいよ俺は頭がおかしくなりそうだった。

 

 だって妄想だとはいえ、それは、その行動は、俺が嫌っていた可哀想な奴扱いじゃないか。

 なのに、それだというのに俺の口はヘラっと笑っていた。

 別に、それでも別にいいんじゃないかと思えてしまって。むしろ、そうだったら良いなとほんの少し思えてしまって。

 その考えを全部押し流そうとして、氷解しつつあるパピコをぎゅっと力強く握りしめた。

 

「……お前は海に行け」

「……バカとブスって意味だよな?」

「ちげえよバカ、来年まで筋トレして海に行けって意味だよ」

「バカはあってるんだ」

 

 まあ気が向いたらなー、なははと笑いながら返してくるが、一向に響いている様子はなく、またそれっきり会話は途絶える。

 これを食べ切ったら家に帰るか、時計を見上げるとちょうど良い頃合いだった。

 

 2

 

 外に出ると空はまだ明るく、雨はもう上がっていた。

 ひょいひょいと水溜りを避けつつ歩いていく、その後を追う足音が一つ続いている。

 

 珍しいことに、自分の後ろに達也が見送るよとついてきていた。

 ほんとに最初の日以来、別に送迎なんて要らんとは断ったが、コンビニに行くついでだからと言われたらそれ以上、俺は何も言えない。

 

 行く方向違くね? とは思ってるけど。

 でもそうやって着いてきているというのに、あいつから会話を切り出すこともなかった。

 なんか用があるのではなかったか? 早とちりだろうか、もしくは俺ではなくて母さんの方に用があったのか、問いただそうと振り向けば注意散漫な様子で空を見上げながらふらふらと歩いている。

 足元にある水溜りもお構いなしに、びしゃびしゃと突っ切っていた。えぇ……という声に気づいたのか、達也の意識が帰還する。

 俺の視線の先、泥水でぐしょぐしょに薄汚れた達也の靴を見下ろし、「何じゃこりゃあ!?」と喚きはじめた。

 

 いや知らないけど、勝手に水溜りに突っ込んでたのはお前だし。そもそもコンビニに行くにしても突っかけのサンダルで良かったのではなかろうか? 今の自分と同じように。

 よほどお気に入りの靴だったのか、こんなはずじゃなかったのにと涙目になっている達也を置いて、再び歩き始める。

 

「なあ、悠」

「……なんだよ」

「お前、この夏休みどこに行ったよ」

 

 もう一度振り返ると、また気が抜けたように空を見上げながら、水溜りをびしゃびしゃと歩いているバカが居た。

 

「お前の家と病院ぐらいじゃねーの」

「……はあ、そうですか」

 

 不躾な質問をぶつけておいてなんて態度と思うけれど、あまりに酷い様に突っ込むことすら憚られる。

 さっきまで靴を汚していることを嘆いていたのに、もうここまできたらどうでもいいということなのだろうか?

 今度は俺の目の前までやってきておっとっとと立ち止まる。先程のリプレイ、「何じゃこりゃあ!」という言葉が響いて。

 叫び終わるより俺の右手があいつの頬を鷲掴みにして中断させる方が早かった。

 

「言いたいことがあるなら早く言えってーの」

 

 刻々と首を縦に振る、なら良しと手を離せば達也はピッとまっすぐ手を伸ばした。真っ直ぐに伸びた指の先にあるのは町内掲示板。花火の絵が描かれた一つのポスターが掲げられている。

 

「ほら、今度夏祭りやるらしいんだよ」

「はぁ、あれは毎年やってるけどな」

 

 知らないはずがない、俺たちはずっとこの街に暮らしているのだから。2部制で花火を打ち上げることも、その後半の方が主役だということも、当然知っているはずで。

 

「そこまで言ったらわかるだろ?」

「何がだよ」

「俺が何を言いたいのか、だよ」

「はあ?」

 

 かもんせい、達也はかかってこいと言わんばかりに身構えているが、何をしてるのか微塵も理解できない。

 

「お前が夏祭りに行きたいなら勝手に行けば良いだろ」

「不正解ッ!」

「……人に指を向けるなよ」

 

 教育の結果、達也は指の不自由を暫く負うことなく人として一歩成長した。俺はその代価として知識を得た。

 意外と人の指って曲がるんだなぁと自分の手で軽く試してみると、再び達也が噛みついてきた。

 

「じゃなくて! 今までの会話を通して考えたら答えは一つしかないだろ! 何でそこまできて外すんだよ!」

「汚ねえ唾を飛ばすんじゃねーよ、ってか俺に推測させるんじゃなくて、言いたいことがあるならはっきり言え」

 

 まあ、何を言いたいのかはわかっていたけれど。のらりくらりとやり過ごせるわけでもなさそうで、それならそれとせめて自分の口で言わせることにした。

 達也は何を躊躇っているのか、くねくねと気持ち悪い動きをしていた。

 

「マジでキモいよ、お前……」

「そんな直球で言うことかなぁ!?」

「言いたいことがあるならはっきり言えの実践だろうが」

 

 そうかな……? そうだよ、そうかも……

 達也は全く納得してなさそうだったが、そういうことになった。俺にキモいと言われて捩っていた体も正し、ようやく向き直る。

 

「要するにだ……一緒に夏祭りに行こうっていう誘いなんだが」

「え、やだ」

「そうですか、じゃあまた明日……じゃなくて!」

 

 話す事も終わったと言わんばかりに去ろうして、またすぐに駆け寄ってきて俺の両手を引ったくる。

 

「俺は、お前と一緒に遊びに行きたいんだよ!!」

 

 手を振り払おうとして、振り払えなかった。それ以上、あいつは理由を付け足さないまま、それで十分だと言わんばかりに俺のことをじっと見つめていた。

 下手くそ、と思ったのだ。

 不器用な奴、とも思った。

 

 確かに、これが初めてかもしれない。

 達也が俺に何かを提案するという事は。

 だから下手くそなんだな、と思ったのだ。

 

 ただ隣にいるだけ。

 悠がいいように達也を振り回すという日常が続いて、それがこの先ずっと続くんじゃないかと思っていた。

 

 もしかしたら、それは達也である必要はなかったのかもしれない。

 別の誰かだとしてもそこにすっぽりとハマる事はできたのかもしれない。

 でもそこに居たのはこいつで、そうあれたのもこいつなのだ。

 そして、そこから一歩踏み出そうとしたのも。

 

 行かない理由はいくつでも出せた。

 例えばこんな状態で夏祭りに行ってどうするのだとか、この状況を説明しないまま知り合いにあったらどうするのだとか、そもそもそれってデート扱いされるのではないかとか、なんとなく乗る気になれないとか、そこに行ったら何かが変わってしまうんじゃないかとか、雑多な理由を敷き詰めて強固な城壁を作ろうとして。

 

 ぱっかーんとたった一撃。

 

 一緒に遊びに行きたいと求められたっていう、ちょっとした風で吹き飛ばされそうなもので、全部吹き飛ばされてしまった。

 ちょろい、あまりにちょろすぎる。

 結構長い時間に理由をくっつけて、それをあっさり吹き飛ばされて、心配そうに俺を見つめている達也に向けて俺は言ったのだ。

 

「お前が行きたいなら、仕方ねえな」って。

 

 笑える話だ、言い訳に他人を使って。

 至極単純に、あいつの言葉を聞いて、俺が行きたいなって思っただけなのに。

 

 でも、どうしても恥ずかしくて、そんなことを言えるはずがなかった。

 

 

 3

 

 やっぱり夏祭りに来たのは間違いだったかもしれない。

 

 なんでもないかのように歩きはじめて。

 暫くして振り返って後ろに達也の姿が見えないことを確認してから、俺は遮二無二走り始めた。

 

 もうすっかり日が暮れた道、

「ばっかやろぉーーーーーッ!」と叫べば、向かい側から祭りへ向かっていただろう人影がビクッと道端へ飛び退き、連れたチワワは主人を守らんとウルルルルと唸り声を上げ、それが猛然と吠えかかってくるより先に、俺はその隣を駆け抜ける。

 

 最悪だったのは、と言っても想定していた通りだったけど、あまりに幸先悪く同級生に会ってしまった事、それとその人影を見た瞬間、俺が逃げ出してしまった事。

 

 知らない他人のふりをすれば、きっと気付かれなかったはずなのに。それなのに、堪えきれずに俺は逃げ出してしまった。

 

「ばっかやろぉーーーーーッ!!」と、もう一度叫べば通りの家の窓が開き、住人が何事かとキョロキョロとあたりを見渡すも、後には風しか残ってない。

 

 何がバカって、俺がバカだった。

 こんな夏の終わりになって、夏祭りで高校のクラスメイトを目の前にしてようやく、もうすぐ俺が夏休みが終わって、あの学校生活が戻ってくるのを認識したのだ。

 逃れられない現実を突きつけて、俺はただ逃げ帰っている。

 

「ばっかやろぉーーーーーッ!!!!」と、もう一度叫ぶ。けれども誰も反応する事はなく、ただ背後から花火の音が追いかけてきて、そのまま俺の背中を追い抜いていく。

 本当に、本当に、俺は何をしてるんだろうか。

 どうして俺はあそこから逃げ出してしまったのか、一緒に屋台を回ってぼんやり花火でも見上げてれば良かったのに。

 

 家まで全力で駆け抜けて、もたつく手で必死に鍵を開け、親におかえりも返さず、2階へとドカドカと駆け上がる。

 

 そうして自分の部屋に辿り着いて、後ろ手で誰もここに入ってこないように鍵を閉めて、窓を開けてもう一度全力で叫んだのだ。

 

「ばっかやろぉーーーーーッ!!!!!!」

 

 叫んだ方向は窓から見える裏山の方向。どわあああああっ!?と何やら慌てる声がしたが、その薄暗い陰の中で何をやってるのか、ここからは何も見える事はなかった。

 多分、こんな日だし、花火でも見てたのかもしれない。

 ちょっとだけ気まずくなって、下手人がバレないようにそーっと窓を閉めた。

 多分、大丈夫なはずだ。明かりをつけないまま、とっくのとうに治っていたエアコンを全力で動かし始める。

 

 ブーッとスマホが通知で揺れた気がして、それを取り出してみれば、律儀な事に達也からお好み焼きの写真と『そこそこ美味い 65点』という地味に辛口な食レポが来ていた。

 

「……ほんと、ばっかじゃねーの」

 

『採点ではなくちゃんと食レポをしろ』とだけ書いて、ベッドにスマホを投げつける。

 それが少しでも自分の体から遠くにありますように。

 

 復帰を果たした冷房は快調を超えた絶好調といった様子で、全速力で駆け抜けて汗だくだくの身体を一瞬で冷凍まで持っていきそうになっていた。

 正確に言えば、心の芯からとっくに凍えていたのだろう。それを暖めたくて、こんな真夏に凍死したくねーよと思っていたから必死に走ってきたような気がする。

 冷房を消そうとして、腕を上げる気力もない事に気づいた。

 さっきまでアドレナリンが全開だったから気付かなかったけれども、どうにも体力の限界らしい。

 無理矢理椅子の上まで身体を引きずり上げて、窓の外を眺める。少し爆発音に時間差はあれど、ここからでも花火が小さく見えていた。

 

 バカだなぁと思った、結局自分の本心にちゃんと確認する前に、夏休みが終わったらまた学校に戻るなんて約束しちゃって。

 俺は本当に行けるのだろうか?

 本当に夏休みは終わるんだろうか?

 

 そして不安に駆られた挙句、微妙に踏み込んであっさりと躱されてしまった。

 ばっかじゃねーのと呟いて、フンと鼻を鳴らす。

 なあ達也、お前は俺に何を見たんだよ。

 そこに何かがあると見抜いたから、彼女を作れと言ったんじゃないか?

 

 まだ俺がちゃんと気付けてないものに、達也は勝手に名前をつけて遠ざけようとしたんじゃないか。

 それが、今日一番許せなかった。

 

 なあ、俺にも見せてくれよ。

 それは本当にあるんだよな?

 見間違いとかじゃないんだよな?

 

 もう少しだけ確認するための猶予をくれれば良かったのに、俺の答えも待たずにそうじゃないですよと選択肢をバッサリ切り捨てて、そのままとんずらをここうとしている。

 バカというより卑怯者だ。

 卑怯だと言ったけど、もっと怒鳴りつけてやれば良かった。

 

 でも、別にいい。

 フラフラしてた俺には、それはちょうどいい目標になるのは確かだったから。

 

 学校に行こう。そして夏休み前に密かに憧れを抱いて居た小川 千春に告白して、見事な爆散を見せてやればいい。

 それはきっと、パッと綺麗な花火になって教室を全部吹き飛ばすだろうけれど、それでもあいつは隣にいると約束したんだから、それだけ約束してくれれば十分だ。

 

 何も残らないなんて事はない、あいつは隣にいてくれるだろう。

 

 貯めておいた宿題もやらなきゃいけない、この長く伸び切った髪も美容院に行って整えなきゃいけない、制服は……どうしようか。

 ポケットからコインを取り出して、ピンと上に向かって弾く。

 

 表ならそのまま、裏なら変えよう。

 キャッチに失敗したコインはコロコロと机の上を転がっていき、パタリと倒れたけれども、暗がりで判別がつかない。

 明かりをつける事もなく、ただ椅子に座って待つ。そこまで長いこと待つ必要はなかった。パッと花火が部屋を明るく染めて、裏表をくっきり浮かび上がらせる。

 そうなった、そういう事になった。それなら仕方がない。

 

 よしっと気合を入れて立ち上がる。

 通知で震えるスマホを横目に部屋を出る。

 母さんの名前を呼びながら、下に降りていく。きっとこれが見えない一歩。

 そして多分、これを頼んだからには、きっともう高校からは逃げられないんだろうな、と思いながら。

 

 4

 

 で、どうしてこうなったんだっけ?

 乱れに乱れた服装を整えながら、俺は思い返す。

 いつも通りの待ち合わせ場所に達也が来て、制服が変わってる事に目を見開いて、そこまで気づいたのに髪を切った事には気付かなくて。

 まあそれはいいとして、たわいもないやり取りをしながら登校して、俺は振られる予定だったはずだ。

 

 敗北イベントだった筈だ、木っ端微塵に吹き飛ばされて亡骸を回収される予定だったのに。

 

 俺は何事もなかったかのように突っ立って居て、目の前には席に腰掛けたままニコニコと微笑んでる小川 千春だけが残っている。半径5メートルには誰もいない、どうやら流石に今は二人そっとしておいてやろうと、クラスメイトから気を使われているようだった。

 俺に付き添いできて居た筈のあいつは、とっくにこの場から逃げ出しているようだった。

 

 お前、ずっと隣にいてくれるんじゃなかったのかよ。

 ちょっとだけ失望して、まあ仕方ないかと無駄な思考にドロップキック。

 

 なあ、俺たちは誰がどこで間違えたんだ?

 

 達也が、お前は告白をしろと俺の背中を押したことか?

 俺が、小川 千春を告白の相手に選んだことか?

 彼女が、俺の告白を了承したことか?

 

 分岐は幾つでもあったはずなのに、全部をぶち抜いてこの現状、なんだこれは。

 一度だけ深く深呼吸して、小川さんの一つ前方の席に腰掛ける。

 

「あー……小川さん?」

「千春呼びでいいわよ、井上君」

 

 なんでだよ、とツッコミを入れたくなるが必死に堪える。どういう距離の詰め方をしてるんだこいつは、今まで男を切り捨て続けて居た筈なんじゃないのか?

 ふと、ある仮説が頭によぎっ「私、別に女の子が好きなわけじゃないの」て、それが実を結ぶ前に即座に刈り取られていった。

 

「私に好意を向けてくる男は嫌いなだけ、単純でしょ?」

「単純なのかな、それは。じゃあ、今俺は千春さんに男扱いされてないからおっけーだったってこと?」

「女の子扱いして欲しいなら、そうするけど」

 

 でもその代わりにこの関係は、と指をバッテンに組む。

 わからない、どうしても目の前の彼女の真意が読めなかった。笑顔で覆われたその顔の裏に何が潜んでいるのか、どうしても読みきれない。

 

「私、知りたいことができたの。恋を知りたいと思って、その形を知りたいのなら、きっとこの流れにのるべきだと思って」

 

 ふと、何かを思い出すように彼女は遠い目をして。

 それを見た時に、脳裏にチリッと、ほんの少しだけ嫌な予感がした。彼女がそのような顔をするのを、ついさっき見たばかりじゃなかったか?

 

 そう、たとえば――俺が達也の名前を呼んだ時に。

 

 気のせいかもしれない。でも、今絶対にそれを確認した方がいいような気がして。

 

「ほらみんなー、席につけー」

 

 やる気のない教師の声にみんなが一斉に動き始めて、俺はその機を逸してしまった。

 また後で、ひらひらと手を振る彼女に手を振りかえして、俺は自分の席へと帰っていく。

 

 なあ、達也。

 お前、本当に何もしてないのかよ。

 




多分明日
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