性別が変わってしまった親友の背中を押したら大事故を起こした話 作:かりほのいおり
1
「彼女が欲しい!!」
二学期が開始してほどない教室で、俺は唐突に吠えた。
時刻は昼休み。ふと何でこんな現実なんだろうと現状を見つめ直してしまったが故に、口が勝手に動いていた。
男友達三人で机を囲んでいるのが、どうしても耐えられなかった。
何で俺たちはむさ苦しく集まって、こんな食事をしているんだ?
あまりにも彩りがなさすぎる、花が欲しい。
この机の中心に花瓶でも置いたほうがいい、一昔前のドラマでやってたいじめみたいになるからそんなことはできないのだが。
代替案としてこの三人のうち一人を適当な女子に置き換えてくれればこの淀んだ空気もきっと改善してくれるだろう。
その為にも、心の底から彼女が欲しかった。
「……勝手に作っとけよ」
「……」
つれない返事をする眼鏡に、無視するタコ。
思わずムッとして俺は机を叩いた。
思った以上に音が響き、一瞬教室が静まりかえる。
まるで自分はやってないですよ、どこから音がしたんですかみたいに辺りをキョロキョロと見渡して、一度咳払い。
これで良し。
気を取り直してもう一度。
「彼女が欲しいんだよ、俺はッ!」
「はいはい、わかったわかった」
「わかってなさそうだから、俺がどうしてそこに至ったのか特別に三ツ谷に話してやろう」
「マジで要らねーよ」
「といっても、お前しか聞いてくれる奴が居ないんだから仕方ないだろ」
ほら、守田はとっくのとうにイヤホンつけて逃げ切る態勢だし。そう箸で指すと、三ツ谷は今更ながらその事に気づいたのか絶望の表情を浮かべていた。
それにしてもあの動きは早かった。
彼女というフレーズを出した瞬間にはイヤホンを取り出していたから、どれだけ俺の動きが読まれているのか伺えるというもの。
まあ、別に誰であろうと構わない。
三ツ谷でも守田でも、本当に誰でもいいから、とにかく俺の話を聞いてくれれば構わなかった。
ガシッと三ツ谷の肩を逃げられないように掴み、俺がどのようにしてこの結論に至ったのか、懇々と説明を開始する。
「三ツ谷も男なら一度は彼女が欲しいと思ったことはあるよな、常日頃から多少はそんな考えは心の片隅にあるはずだ」
「あるけど、わざわざ恥知らずにそんな欲を喚き始めるほどではねーよ」
「そりゃそうだろ、常日頃の彼女が欲しいという気持ちを一とすると、今の俺はその百倍には衝動が膨れ上がってるんだから」
ひっと悲鳴を漏らして、俺の腕を振り払ってまで軽く距離を取られるなんて思わなかった。
少しだけ心が傷ついて涙ぐんでいると、三ツ谷からは「犯罪だけはやめろよな」と冷静な忠告が飛んでくる。
熱い友情だ、思わず涙が出るぐらいの。
きっと俺が逮捕されたらアイツはやるやつでしたとインタビューに答えてくれるに違いない。
彼女が欲しい、俺の言葉には全く偽りがなかった。
どうして?とかそういうのをすっ飛ばして、まず彼女が欲しいという言葉が胸をついて出てきてしまうような時期が、悲しいことに今年もやってきた。
毎年の季節を問わない恒例行事だ。
あ、また今年もこの時期がやってきたんだなと思えてしまうぐらい、どうしようもない感情に胸を焦がされていた。
「で、山下はどうしてそんな彼女が欲しいとみっともなく喚いてるんだ?」
「運が良かったな。その失礼な物言いも機嫌がいいから特別に許してやろう」
「どういうキャラ状態だよ、お前は」
「状態異常、恋愛中毒」
俺の言葉を聞いてげんなりしている三ツ谷を置いておいて、どうして俺はこんな平静を失っているのだろうか?
正直なところ答えを見つめようとはしていなかった。
ふむ、と首を傾げて思い返す。
どうしてこんなどうしようもない激情が胸を渦巻いているのか、そのきっかけは何だったのか。
人は情報伝達物質で動く生き物で、あなたは思春期だからホルモンバランスが乱れてるんですよ、なんてつまらないマジレスはとりあえず思考の外へと蹴り飛ばす。
じっと胸の奥底を見据えてみると、朧げに浮かんでくるのは悠の姿である。男子から女子に代わってしまったあいつが見えたかと思えば、隣に見覚えのない人影がくっ付いていた。
小川 千春という彼女である。
これだ、きっかけはこれなのだ。
悠に彼女ができたのがきっかけで、俺はこんな激情と向き合わされていた。
いままで無視していた感情に火がついてしまって、気がついた時にはもうどうにも収拾がつかない状況になってしまっていた。
「そう、夏休み明けでみんな彼女ができていたってのもあるだろうな」
「ああ、悠のことか?」
「いや、そこのダンマリ決め込んでる守田って奴」
はあ!?と素っ頓狂な声をあげて、三ツ谷がイヤホンつけてダンマリを決め込んでのり弁を食っている男に掴みかかるが、俺の知ったことではない。
確かに嘘は言っていないのだ、俺たちに隠れてこいつもこいつでちゃんと彼女を作っていたことを俺は知っている。
そう、あれは夏休みの書店の出来事だった。
守田は知らない女の子と二人っきりで本を選んでいた……と冷静に考えれば、それが彼女と決まったわけではないような気がしたけれど、別にこんな男の彼氏彼女事情なんてどうでもいいことだった。
揉みくちゃになってる二人の横で、俺は再び弁当の焼売を口に運びながら、心の中で再度彼女が欲しいと呟いた。
こうやって呟くたびに俺の感情は固定化され、ラベリングされていく。感情の陳列棚があるとするのならば供給過多の彼女欲しいジャムが一面ぎっしり詰まっているに違いなかった。
誤発注してしまったからみんな買ってください、なんて緊急回避手段も取れないのだからどうしようもない。
溢れ返った在庫を前に、俺は途方にくれている。
結局のところ、俺の問題はここなのだ。
もうまともに勉強にも手がつかない。脳内に言葉が溢れかえり、家では呪言が如くブツブツと呟き続け、気持ち悪いからやめろと叱られる始末。
日常生活にまで被害が及んでいるのだから、三ツ谷の言った通り俺が逮捕される日は近いのかも知れない。
不審者情報に高校生の制服を見にまとった男性が「彼女が欲しい」とぶつぶつ呟いていた、なんて情報を回覧される未来も程ないのかも知れない。
それはどう考えても不味いだろう。
この衝動にけりをつける為にも、俺は彼女を作らなければならない。
その為にも彼女が欲しい。
無限ループだ、どうなってるんだこの感情は。
消火剤がそのままガソリンに転化してしまってるのだから、どうにも救われない。思考の海に沈めたはずが、全てが火の海となって思考リソースを食い尽くしている。
悠のことを友人として、まずは彼女ができたことをとりあえず祝ってあげるべきなのだろうけれども、火だるまとなってしまった今となってはそれより先に『俺より早く彼女を作ってんじゃねーよ』というメラメラとした嫉妬の炎が込み上げてくるのだから、ほんと醜いったらありゃしない。
このままでは俺は触れるものをみんな燃やし尽くしてしまう悲しい化け物として生きていかなければならない。
「おい山下、守田に彼女ができたって話、嘘じゃねーか」
「そうか、まあいい。守田もイヤホン外したし、二人揃って俺の彼女が欲しいという話を聞いてくれよな」
とりあえず、犠牲者二人。
再度弁当を机に置き、朗々と語り始める。
デマを吹き込むなと抗議しに来た二人の顔が、一瞬にして苦痛に染まった。
2
彼女が欲しい。
去年も確か、中学校のあの教室で、同じように彼女が欲しいとなりふり構わず喚いていた。その時は隣に悠がいて、同じように彼女が欲しいと同じように苦しんでいた。
こんなに彼女が欲しいと願っているのに、なぜ俺たちには彼女ができないのだろうと真面目に考えていた。
結論としては努力が足りないという答えに辿り着き、俺たちは前へ進むんだぞと意気込んで、夏祭りの日にナンパをするという愚行に及んでいた。
そう、俺たちは前へ進もうとしたのだ。
その結果、俺はナンパが成功しないための努力をした。
悠はそもそもナンパをしないという日和りをかましていた。
珍妙な格好をした馬鹿、敵前逃亡の馬鹿。
そもそもナンパ成立させようとしてねーじゃねえか、そもそもナンパしてねーじゃねえか。
互いに罵り合って、そもそも俺たちは受験生だし、こんなことしてる場合じゃねえよなという傷の舐め合いになったのだから、もうどうにも始末に負えない。
しかし、その時に俺たちは確かに真理を掴んでいた。
そう、彼女を作るためには努力をしなければならないのだ。何もせずに転がり込んでくるものではないのだから、彼女が欲しいとのたうち回ってるだけではダメなのだ。
悠は前へ進むために告白をして、俺は何もしなかった。
現状がその現れであると言われたら、全くぐうの音も出ない。
そう、ちゃんとわかっているのだ。
あいつに向ける嫉妬はお門違いだってことは俺だって当然わかっているつもりなのだ。それはそれとして俺を置いていったのだから許されるはずがない。
彼女居ない互助会の裏切りだ。
何を誰に許されるのかは横に置いておくとして、彼女を作れよとあいつの背中を押した事にも目を瞑って置いて。
「このままでは思想が極まりすぎて、彼女居ない互助会から彼女不要結社にモデルチェンジしてしまいかねないんだよな」
「そんな情けない互助会があってたまるかよ、負け犬の集まりじゃねーか」
「もう手遅れだってこともわかってないんだぜ、こいつ」
二人の冷たい指摘にやれやれと首を振る。
お前たちもこの道をいずれ辿るというのに。
先達者としてこうなるなと道を示しているのもあるというのに。
とにかく、俺は彼女が欲しい。
二学期が始まったというのに、俺の思考はそれに埋め尽くされていた。
「で、どうしてお前は彼女を作ってどうしたいんだよ」
「どうせ、やる事はセックスだろ」
三ツ谷の指摘に何もわかっていない守田の囁きが割り込んで、俺はそれに対して軽い肩パンで答えた。
違う、違うのだ。
こう、「セックスがしたいんです!」とかそういう色欲まみれ、煩悩まみれではないのだ。まあ一ミリぐらいはそういう劣情もあったかもしれないけれど。
別にそれは俺も否定しないけど。
「何つーか、俺の隣に誰かが居て欲しいんだよなぁ」
「……まあわからなくもないな。俺たちが隣にいるのは置いておくとして」
三ツ谷が軽く頷いたのをみて、俺は思わず目を見張る。
素直に俺の欲望を認められるとは思わなかった。
三ツ谷、お前……大丈夫かよ。
そんな繊細な心の持ち主だったのかよ、お前。
思わずパクパクと口を動かしていると、何事かと彼は不審なものを見るような顔をしていた。
慌てて追及されないように口を開く。
「同性の友人なんて別腹だろ別腹、そして彼女はデザート枠みたいなもん。何でもない生活に甘味が欲しいんだよ」
別に居なくてもそりゃ普通に生きていけるのだ。
どれだけ退屈だろうと、俺がどれだけ彼女が欲しいと叫ぼうと、それが原因で死ぬことは無いのだから。
レイモンド・チャンドラーは優しくなければ生きる資格がないと書いたけれども、別に彼女がいなければ生きる資格がないなんて酷く冷たい台詞を書いたことはない。
それでも、どうしようもなく突き動かされてしまうのは、きっと寂しいという孤独感があったから。その孤独の穴が残っていたら、自分の全部がそこから抜け落ちてしまうような気がした。
悠には俺の他に支柱を作れと偉そうに言った癖に、何もしてなかった俺は今になって孤独を恐れていた。
そういう寂しさを知っていたから、悠にそんな言葉を吐けたのだと言えるのだが。
俺の内面全部を曝け出してしまえる相手を、俺のことを真摯に思ってくれる相手が欲しかった。
俺に対して内面全部を曝け出してくれる相手を、相手のことを思いやれる優しい自分になりたいが為に、とにかく彼女が欲しかった。
まあ、こんな胸の内を誰かに言えるはずがないのだが。
それを打ち明ける相手が欲しくて、俺は彼女が欲しいと喚いている。
「っていうか、そんな事を俺たちにいう暇があったらさっさと彼女作ってこいよ」
「……誰でもいいってわけじゃないんだよ」
「ん、てか指定の誰かと付き合いたいじゃないのか? そういうのって、彼女が欲しいっていう動機を前面に出してくるのもなんか変な話な気がするけど」
変な話なのか?
誰かと付き合いたいって衝動がまず先に来てたんじゃないかと言われて、胸の内を探るもそういうピンとくる相手は誰もいなかった。
そんなことないって、気のせいだってと話を逸らしつつ。
誰でもいいわけじゃない。
そんな適当に自分の穴を埋めてくれる相手を求めてるわけじゃなくて、望みが高すぎると言われるかも知れないけれど、ちゃんと俺のことを見てくれる相手が欲しかった。
もちろん、そんな条件を口に出せるはずがない。
だから、それっぽい条件を加えることにした。
「贅沢言うと、めちゃくちゃ可愛い彼女が欲しい」
何を言ってるんだこいつは、お前には無理だ、という感情が視線に乗っている。
それでも二人とも直球にそんなことを言わない優しさを持っていたから。
「「まあ、勝手に頑張れよ」」
きっとそこに続くセリフがあるとすれば、
『お前には無理だろうけれど』に違いない。
3
「ありがとうございましたー」
すっかり日も沈んだ七時過ぎ。
コンビニのバイト店員の声に背中を押されて、俺はまだ残暑がまとわりつく路上へと歩みを進めた。
片手にはビニール袋、中には割引された手持ち花火のセットが三袋ばかし入っている。
二学期になって、俺は彼女が欲しいという熱弁を昼休みになるたびに毎度のように友人へと振り撒いていた。
もう聞き飽きたって、どうでもいいから静かにしてくれないか、その果てには耳栓をされる始末。
だが、その程度では俺は止まらない。
この感情をみんなで共有しようとすることでどんどん希釈していこうという目論見があった。
きっとそのうちには陳腐化して自分ですら忘れてしまうに違いない。
ふと、もしかしたら逆に忘れることができずに脳裏に刻み込まれるのかもしれないと思ったけれど、ここまで続いたのだからもう止められなかった。
そんないつもの昼休み。
全然関わりがなかったクラスメイトに囁かれたのだ。山下君に特別に手持ち花火のセットをあげるよ、それを使って誰か気になる人にアプローチをかけたらどう?
今日の放課後にコンビニに来て、ちょうど私もバイトしてるからさ、とのことだ。
手持ち花火のセット!
不思議なことにそのフレーズを聞くたびに心が踊る。
高校生にもなっても、それは変わらない。
確かにそろそろ九月になって売り捌けなかった花火も廃棄の季節であったし、彼女が俺を憐れんでそれを恵んでくれるべく、声を掛けてくれたのだろう。
喜び勇んでコンビニに足を運んでみたら、差し出されたのは普通に割引のシールの貼られた手持ち花火のセットだった。
「山下君は当然買ってくれるよ、ね?」
可愛く上目遣いでおねだりされて、当然断れるはずがなかった。ここまでやってきて、無料じゃないなら要らないですって逃げ帰れるなら一生一人で生きていけるだろう。
というか半分詐欺じゃなかろうか。
確かに彼女は無料という言葉を使っていなかったけれども、ホイホイ釣られてきた俺も悪いけれど、そんな騙し方あっていいのか。
「……というか、冷静に考えればアイツに一緒にやろうと誘えば良かったのか」
夜道を歩きながら、ポツリと言葉が漏れた。
一人でやるには多すぎる花火のセットに、都合のいいことに誘う相手も目の前にいたんじゃなかったか。
そう考えると彼女はもしかしたらだいぶ遠回りな誘い方をしていたのかも知れない。私のことを当然誘ってくれるよね、みたいな。
まあ、きっと全部俺の妄想なのだろうけれど。
引き返して彼女の真意を確認する為には遅すぎる、もう俺は目的地まで辿り着いていた。
手持ち花火のセットを貰えると聞いた時から、誰と一緒にやろうと誘うかは決まっていた。
「俺が何を言いたいのか、達也はわかるよな」
額に青筋を浮かせながら、悠はそう言った。
悠の家の庭先で、俺はこいつと二人で花火の準備をしていた。
どうにも御機嫌斜めな様子である。
一体俺が何をしたというのか、全く心当たりはない。
「花火をやるならやるで事前に連絡しろってことだよ、クソボケが」
「うーん、確かに」
「確かにじゃねーよ!」
ドスドスと背中に衝撃が走るのを無視しながら、庭の散水栓でバケツに水を注いでいた。
確かに、俺はそうするべきだったのかもしれない。
怪訝な顔をして出て来た悠は、いかにも風呂上がりといった感じに、寝巻きなのであろうジャージを身に纏い、首にはバスタオルを巻いていて、もうすっかり寝る準備は出来上がっていると言わんばかりに目をとろんとさせていた。
花火しようぜ、なんて直球の誘いをぶつけた瞬間に目をカッと見開いてこの調子に戻るんだから、悠には瞬間湯沸かし器の素質があるのかも知れない。
きっと臍で茶をわかせるんじゃなかろうか。
「まあでも、良いサプライズにはなっただろ?」
「それはそう、じゃなくて。そんなサプライズは誰も求めてないんだから、少しは準備する時間ぐらいくれよっていう話だよ」
そう言うや否や、悠は何かあわあわと慌てているけれども、別に何を準備するっていうんだか。
手持ち花火の準備なんてそう大したことはないだろう。バケツに水を注ぐのと、花火をつけるようのチャッカマンがちゃんと火をつけられるかどうかぐらいだ。
というか、そもそも準備されたら困る。
だから俺はこういう姑息な手を使っていた。
参加の可否を直前に連絡しろなんて常識、当然俺だって持ち合わせている。でも事前連絡の段階で、面と向かってない状況で、花火をやらないなんて断られたら、そうですか、わかりました、またの機会をお待ちしておりますと引き下がるほかなくて、取りつく島も無くなる。
だから、こうした。
あいつにしても、どっちでもいい状況なら断るという選択に振れる可能性も高くなるだろう。考える暇があるから、俺にもまだ他に選択肢があるだろうと高をくくれるだろうから。
だから、直接やってくる必要があった。
選択肢を絞って仕舞えばこっちのもんという考え、少なくとも直接家までやってくれば、悠は断らないだろうという目論見があった。
「……それにしても、この花火3セットとか量が多すぎるだろ」
「全部やる必要はないだろ、余ったら悠にやるよ」
何のつもりだと首を傾げる悠に向かって、不器用なウィンクを一つ。
「つまり、彼女と一緒に遊べってことだよ」
「へいへい、そうですかそうですか」
つまらない返事を聞いたと言わんばかりに、悠はこっちに背中を向けて蚊取り線香に火を付けていた。
気の利いたアイデアだと思ったのに、予想以上に反応が芳しくない。
「今日は二セット開けるとして俺が一セット、悠が一セット。小川さんに持ってくとして一セットを分け合って俺1、悠1.5、小川0.5だから悪くないと思うんだがなぁ」
「初めに断言しておくが今日二セット真っ当に使い切ることはないな。お前はどうせ途中で飽きて、適当に纏めて火をつけ始めるよ」
お前ならそうするねと、俺の底を見透かして笑っている。はたして、そんな勿体無い遊び方を俺はするだろうか。
顎に手を抱えてふむと考える。一通り状況をシュミレート、予想推測確率98%といったところだろうか、きっとそうするような気がした。
「逆に、そんなことをしないように全部のセットから線香花火だけ抜いて使うか」
「どんだけしけた花火をする気なんだよ」
とりあえずさっさと始めようぜと、悠がバリバリと包装を破いている。
適当に手渡された手持ち花火に火をつけて、その花火を使って悠の花火にも火を移す。
「……こういう手持ち花火ってやるまでがピークだよな」
「まあ確かに、否定はしない」
確かに、子供の頃から手持ち花火は何回も遊んできたけれども、そのイベントが1日の最後に待っているという期待感が、この楽しみの大部分を占めているのかも知れない。
手持ち花火は一瞬の閃光と音を残して、呆気なく終わってしまうから。あとに残るのはあの火薬の匂いと残骸だけで、記憶に残りがちなのも線香花火というオオトリばかりなのだから。
「こんなもんだよなぁ、手持ち花火って」
「そういうもんだろ、過度な期待を掛けすぎだよお前は」
ススキ花火も泣いているよと言いながら、悠は火の消えた花火をバケツに放り込んだ。
「だからさ、事前に連絡しろっつーの」
「次回やる際には、必ず」
来年、一緒に花火をやるかなんて、俺にはわからないけれども。その頃にはすっかり俺たちの距離も離れているのかも知れないけれども。
当然、来年も一緒にやる機会が訪れると信じているのか、悠は俺の返事を聞いて薄く笑っていた。
結局、こういう花火なんて誰と一緒に遊ぶかなのだろう。今年は悠と遊びたいと俺は思っていたけれども、来年の俺はどう思っているのだろうか。
一緒に遊びたいという相手を、それまでに見つけられているのだろうか。
半ば作業的に手持ち花火に火をつけているうちに、悠が口を開いた。
「最近、調子はどうだ?」
「なんだそれ、子供と距離を計り兼ねてるお父さんかってーの」
「うるせーよ。全然距離が離れてるんだから、俺は達也が何をやってるのかなんて知るかよ、どうしようもないだろ!」
キレるついでに花火の穂先を向けられて、慌てて飛び退くとそのまま悠が追いかけてくる。対抗手段の花火は手になく、俺は慌てて逃げ惑う。
そう、二学期になってからは、俺と悠の距離は今までよりだいぶ離れている。
そもそも一緒に登校することがなくなったのだから、当然と言っちゃ当然だ。こいつには彼女ができたから、俺がそこに割り込む訳にもいかなかった。
その決断は俺がした。
お前は彼女を第一優先にしろと告げて、悠は素直に頷いた。
そして、登校する時間が一緒でないのであれば、他クラスという関係上仕方のないことではある。
「最近は彼女が欲しいと喚いているぐらいで、それ以外は五体満足、平穏無事な生活を送らせて頂いておりますよ、ええ」
「……彼女が欲しいねえ」
結局、花火をそっちのけに正座をさせられて、俺の現状を語る会が始まったのは本当に理解し難い話。
独り身の俺より、彼女がいる悠の現状を語ってくれた方が100倍は面白いと思うのだけれども、その意見は黙殺するばかりでいつまで経ってもレールが切り替わらない。
「中三の頃と同じような季節病で、とにかく彼女が欲しいんですよ俺は」
「発情期か? 獣なのか、お前は」
「って言っても悠も去年は彼女が欲しいって」
ノーモーションで蹴りが飛んできて、俺は慌てて土下座のポーズ。ブンと頭上を通り過ぎる風を切る音、嫌な想像をして俺は思わず冷や汗を流す。
普通に首がもげかねない、今は男の体ではないとはいえ。
「俺の黒歴史を思い返させるんじゃねえよ」
「イエスサー!」
黒歴史って言ってもナンパしなかったんですよね、とは言えなかった。どう考えても珍妙な服装で夏祭りに行った俺の方が黒歴史だろう。
それならそこまで嫌な思い出にはならないような気がしたけれど、深く突っ込むことはできなかった。
誰だって身の安全は惜しいの、当然俺だってそうなのだ。
「で、彼女候補は見つかったのか?」
「そりゃもう当然」
ぐっと息を呑んで溜めを作ると、
ノリがいいことに悠もごくりと固唾を呑んで見守る。
「――見つかるはずないじゃないですか」
だっはっはっと二人揃って大笑い。
悠は上機嫌にバシバシと背中を叩いてくるし、力の加減を間違ってるのか普通に痛い。
まあ、正直候補は二つばかしあるのだが。
その片方である人物、つまりはあの夏祭りの日にあった『黒田さん』とやらは、一向に俺の目の前に姿を現さなかった。
ほとんどお面をつけていたからまともに顔も見れなかったけれども、要所要所で美少女っぽい要素を醸し出していたあの人。
それなのに友達も彼氏も無しに一人で夏祭りに来るんだから、人には人の事情があるのだろう。
結局、あの日の出来事に関して、悠には告げていなかった。
なんとなく、というのもあるけれど。それを教えてしまったら、悠ならきっと面白がって彼女の事を学校で探すだろうと思ったというのもある。
何となく、それはルール違反のような気がした。
勝手なフェアプレー精神ではあったけれども、何となくしっくりと来ていた。
友達ができないのか、それとも約束なんて忘れてしまったのか。そもそも約束を守る気なんてさらさらなかったのか、理由は知らないけれど彼女はまだ来ない。
「そういや、この花火を手に入れたきっかけを話してなかったんだけどさ」
なんか物悲しい気分につられて、もう片方の話をしていい方の彼女について俺は語り始めた。
「そりゃお前……わりと脈あるんじゃないか」
どういう感情なのか。悠は怒りと平静の表情を行き来して、その挙句もの凄い顰めっ面をしているけれど、どういう気持ちでそんなことを言ってるのだろうか。
「やっぱり? そうだと思ったんだよなー」
「分かってるなら俺に相談するまでもなく勝手に誘っておけよ……」
理解できないと悠は首を振っていたけれど、それを置いて再度花火に火をつける。
まだ半分以上残っている。二パックはどう考えても多すぎた、四人ぐらいでやる想定ならまだしも二人でやってるのだからここ数年分の手持ち花火貯蓄もできてしまうぐらいの量。
「まあでも、俺は貰った花火は返さないからな」
視線に気づいたのか、先回りして悠は言ってきた。
元はと言えば俺のなのに。
視線だけで無言で抗議していると、取ってつけたかのような言い訳を述べ始めた。
「脈はあったかも知れないけど、今日誘えなかったならもう無理だろ」
「……なんでさ」
「そりゃお前、お情けでチャンスをあげたのにわざわざスルーするようなやつ誰だって見捨てるだろ」
「それにだ、そもそもお前が本命ならこんな回りくどい手段を取らずにド直球に自分から誘いを掛けるはずだ!」
はい論破と意気揚々と引き上げていく悠を尻目に、俺はガックリと膝をついて項垂れる。
確かに言われて見ればその通りだ。昼休みに馬鹿騒ぎしていた俺を見て、ちょっとイタズラをしてみただけ。
危ういところだった、このままでは勘違い男としてクラス内に恥を晒すところだった。
持つべきものは友人だなと思いつつ悠に頭を下げると、あいつは困惑の表情を浮かべていた。
「達也さ……俺がいうのも何だけど、人の言葉をあまり信じすぎるなよ」
「まあでも、悠はそう簡単に嘘をつかないだろ」
「そりゃそうだけどさ、信じるか信じないかの取捨選択はお前に委ねられてるんだから、信じたいものを信じろよ」
「だからさ、悠のことを信じてるって」
それに返ってくる言葉はなかった。
正確には呟きはあったのだけれども、それはきっと俺に宛てた言葉ではなかったから。
まあでも、確かにお前はちゃんと取捨選択をしてるんだろうな、信じたいものを信じているんだろうなと悠が呟いていたけれど、それがどういう意味なのか、俺には全くわからない。
なんとなく気まずい沈黙。
自分で火をつける気にもなれずに悠の花火が輝き瞬くのを眺めていると、不意にこちらの方に向きなおって、問いかけて来た。
「そういえば、達也って千春となんか話したことあるか?」
「千春って小川?」
「そ、小川 千春」
まるで何かを疑うかのようにこちらの瞳をじっと覗き込んでくるけれども、何の心当たりもなかったから、黙って首を横に振った。
それだけで納得したのか、すぐに悠は顔を逸らした。
「まあ、当然だよな。そもそも同じクラスじゃないからお前に接点が生まれるはずもないか」
「そうだ、そうだ」
無理やり花火を握らされて、花火から花火へと火渡しをされて、ぼんやりと輝きを目に焼き付ける。
ふと、『黒田さん』の事が脳裏を過ぎった。
もしかして、小川さん=『黒田さん』が成り立つとでもいうのだろうか。確かに友達がいないという接点かも知れないところは似通っている。
それでも。
首を振って考えを振り払う。
流石にそんなことありえないだろう。
あの人、ボクっ娘って柄じゃなさそうだし。
「ちょっとアイス取ってくるわ」
「んー……」
そのまま見送ろうとして、ふと思いついて俺は言葉を投げかける。
「お前の親は花火やんないのか?」
「馬鹿、高校生にもなって親と一緒になってやるわけねーだろ」
そういうもんか、そういうもんかも知れないな。
頷いて、俺は一人で花火の消化に戻る。
4
結局、母親と二人並んで線香花火をする、苦悶に満ちた悠の顔がこの日一番の見ものであったことを最後に付け加えておく。
親と一緒にやるわけないだろと言いながら、そう聞かれたら母親に声を掛けざるを得ないのが、何とも悠らしかった。
二人並んだ姿をバレないように一枚撮って、後で悠の母さんに何とか回してやろうと決意した。
そうして残ったのは思い出だけだ。
それでも、思い出はちゃんと残るのだ。
俺の行動が正解だと認められたような気がして。
その写真を見るたびに、少しだけ心が晴れやかになる。