一番アガるシーンを見ないという天与呪縛   作:意外にも喧嘩好きの不良キャラ居なくね?

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前回のあらすじ: 五条先生の呪術規定破りの件はなんか有耶無耶になったぞ!
砕城響、先輩に絡まれる。

初見殺しの術式なので初見の相手にはこうなるよね&呪術高専東京校の先輩は雑魚じゃないぞ、という話。


戦う相手が悪かっただけ - 今はまだその時期ではない

 滑川の腹部に打ち込まれる響の拳。

 

 己の腹部に吸い込まれるように接近するその拳を視界に捉えながら──滑川の思考は冷静だった。

 

 

(俺の術式を無効化したカラクリについて考えるのは後だ! 今すべきは、この攻撃への対処!)

 

 虚を突かれ、回避行動はおろか、腕を差し込んだ防御さえも間に合わない。

 

 だが滑川も即応する。それができたのは二つの要因。響自身の呪力操作の拙さと、滑川が学んできた環境。

 

 

「──舐めんな素人が!」

 

 響の呪力操作は稚拙の一言。呪力を練り上げ、突き出す拳に乗せる。その動きが滑川の眼にはあからさまに映っていた。

 

 故に選択した最善の行動。打点となる腹に呪力の4割、背筋に2割、さらに下半身全体を2割の呪力で強化し防御態勢を取る。残りの2割の呪力を眼と、術式を回す脳でコントロールし、インパクトの瞬間に備える。

 

 

 ──手で触れてから呪力を通して術式を起動したのは(ブラフ)! 足からだろうが接触点から術式は使えんだ! 

 

 

 足元の摩擦係数を瞬時に調節。

 接触の瞬間に衝撃の半分を"地面に逃がす"ことでダメージを軽減し、残り半分を押し出され滑走するエネルギーに置換する。自身のダメージを最小限に抑えつつ距離を取る。

 

 曲がりなりにも1年間を五条悟の在籍する呪術高専で過ごしてきた学生だ。反射的な防御行動の最適化は、文字通り血反吐を吐いて体得している。

 

 

 ──五条先生の無下限パンチに比べたら、止まって見えるんだよ!! 

 

 

 距離を取り、可能であれば鉄塚とスイッチ(交代)。未知の術式の正体を客観的に観察し推理する。

 

 一手で複数の利を得る。行動の遅れを挽回する紛れもない最良の次善策──そのはずだった。

 

 インパクトの瞬間。

 

 

ビキッ、と。

 

 

 腹で練っていた呪力が削られる。瞬間的に呪力量が激減し、脳で回す【摩擦操術】が乱れた。

 

 

「なっ──」

 

 

 響の拳から流れ込む覇者喧勝(術式)が、滑川の呪力防御と摩擦操術(術式)を削る。

 

 呪力は腹で練る。その呪力源に、穴が開いた。

 

 呪力を源泉から削り取られ、滑川の術式が維持できず崩壊する。

 

 

 操作が打ち切られ急激に戻された摩擦。

 突き抜ける慣性エネルギー。

 

 

 衝撃を殺すことができず、滑川の身体が宙に放り出された。

 

 

「ぐっ、あぁっ!?」

 

「零司!」

 

 

 相棒(バディ)の異状に、鉄塚が動く。

 

 踏み込み一歩で床が沈む。

 

 

「……調子に乗るなよ、新入り!」

 

 

 拳を振り上げる。

 

 その掌に、圧縮された呪力が集束する。

 

 

重圧掌(プレスマッシャー)】!

 

 

 ──鉄塚の術式、貫斤掌術(かんきんしょうじゅつ)は、手の平で触れた対象の"慣性質量"を任意に増加させるもの。そこらの木の葉がいかなる衝撃に小動(こゆるぎ)もしない無敵の"盾"に、ただ放り投げた小石の衝突が小隕石のそれにも匹敵する破壊力を生み出す最強の"矛"になる、攻防両対応の術式である。

 

 使い手である鉄塚は、当然のごとく衝突の瞬間を見極めて最大の破壊力を生み出すことができる。

 

重圧掌(プレスマッシャー)】は鉄塚の得意とする大技の一つ。様子見の手加減込みといえど、本気の叩き下ろし。

 

 

(──初手で動きを止め押さえ込む。骨の2本や3本は覚悟してもらうぞ)

 

 

ゴォン!!

 

 

 数トン級の質量が、空気ごと押し潰さんとする。

 

 

 だが。

 

 

 止まる。止められる。

 

 

「──何という呪力強化の密度──」

 

 

 響が、片手で受け止めていた。

 

 

 膝は曲がらない。

 

 床だけが、放射状にひび割れている。

 

 

「……いいねぇ」

 

 

 響が笑う。滑川の呪力を糧に、今の響の呪力強化は圧倒的だ。

 

 

「軽いより、重い方が殴り甲斐がある」

 

「術式が──」

 

 ──俺の術式が機能していない。新入り(こいつ)の動きを固定できない──

 

 静止している接触対象を、瞬時に固定し動きを止める。攻撃のち制圧の対人戦術が、通用しない。

 

 

ギシッ、と。

 

 異音。

 

 

 鉄塚の顔色が変わる。

 

 

(……削られている?)

 

 

 触れた手の平に宿した自分の術式が、"削り取られている"。

 

 呪力強化も維持できない。

 

 

「チッ……!」

 

 即座に半歩引く。

 だが。

 

 

「遅ぇよ」

 

 踏み込み。

 

 鉄塚が反射で拳を返す。

 

 今度は"打撃の乱打に質量を乗せ、手数で攻める"そのつもりで。

 

 

 その瞬間。

 

 空気が歪んだ。

 

 

ドンッ!! 

 

 

 拳のかち合う正面衝突。

 

 だが──

 

 

「【覇者喧勝】」

 

 一発目。拳同士がぶつかり合い、圧倒的質量を宿した鉄塚の拳が、弾かれる。

 

 

「……ッ!?」

 

 繰り出す拳を中断し咄嗟に差し込んだ手の平のガードを、拳を押し返した反作用で身を翻す響がすり抜け、届く裏拳。胸に二発目。

 

 

「(マズい──防御を──)」

 

 即座に自身へ術式を適用、固定した体で受け止めようとした鉄塚に、背後から声が届く。

 

「ダメだ! ()()()()()()()()()!!」

 

「──」

 

 相棒(バディ)の声が届いた刹那、鉄塚は術式を解除し、呪力のみの防御へ切り替えた。

 

 

ドゴォッ!!

 

 

 鉄塚の巨体が大きく後退する。退がった先には、片膝を突いた滑川の姿。

 

 

 

 踏鞴(たたら)を踏んで踏みとどまり、背後の滑川をかばうようにしながら、相棒(バディ)が素早く情報交換。

 

 

「どう見えた?」

 

 

「お前の手の平に触れても止まってなかった。術式効果は周り(足元)にも本人にも通用しない。呪力強化もだめだ。あいつ、俺らの呪力を吸収して呪力防御も貫通する」

 

「そうか。──対策は思いつくか?」

 

「まだ。もうちょい観察時間くれ。「・とにかく回避 ・触るの厳禁」で。特に腹と、多分顔に攻撃食らったらまずい。俺は今、腹パン食らって練ってた呪力が全部抜けてる」

 

「いなすのもジリ貧か。──わかった。……近接型の術師の天敵だな」

 

「バカ。()()()()の術師の天敵だよ。──クソッ、ここに比野(ひの)がいれば少しはマシだったんだが」

 

 ガシガシと頭を搔く滑川。ほとんど勝ち目のない戦い。二人の顔に、余裕は消え失せている。だが、戦意は衰えていない。

 

 ──調子を取り戻してきたようだな、滑川。

 

 

 鉄塚は内心で、滑川と、亡き同級生を思う。

 

 

 術師に悔いのない死はない。そして残された者は、先に逝った者の思いを背負って進んでいかなければならない。

 

 

 ──いくら惜しんでも紗耶香(さやか)の命は返ってこない。引きずられすぎず、いずれ立ち直ってくれればいいと思っていたが。

 

 

「オイ、作戦会議は終わったかよ」

 

 傲岸不遜に指を鳴らす響に、一歩踏み出した鉄塚が答える。

 

 

「ああ。──後輩、名前は何という?」

 

「ああ? 次は自己紹介の時間かよ。──砕城響だ」

 

 

「そうか、俺の名前は鉄塚剛。──響、お前には礼を言わねばならん」

 

「はあ?」

 

「だが──それは今ではない」

 

 

 拳を固め、全身で呪力を練り上げる。

 

 

 対手の全力を感じ、響の瞳が輝く。

 

 

「なんでもいいが、イイね。──喧嘩、しようぜ!

 

 

 

 

 仕切り直した戦いの場で、鉄塚の戦術は徹底していた。真正面からの殴り合いを避け、卓越したフットワークで間合いを外す。一級に近い実力を持つ二年生。その身のこなしは、彼が纏う巨躯からは想像もつかないほど軽やかだった。

 

 

「ッ……!」

 

 響の拳が鉄塚の体を掠め、空を切る。その度に、鉄塚の体表に纏う呪力は微量ずつ削られていくが、彼は表情一つ変えず、最小限の動きで響の攻撃をいなし続ける。

 

 

(吸収される量は接触時間に比例する。ならば、触れる時間を極限まで短くして、攻撃の出鼻を挫く!)

 

 それが、鉄塚が導き出した、この「怪物」に対する唯一の生存戦略だった。

 

 

「おいおい、避けるだけかよ!」

 

「口を動かす余裕があるなら、拳を動かせ!」

 

 響の煽りに鉄塚が応じる。響の注意が自分に集中した、その瞬間──素早く駆けた滑川の右手が廊下の床を撫ぜ、砕け散ったコンクリートの破片を掴んだ。

 

 

「──貰ったァ!!」

 

 滑川が【摩擦操術】を発動させる。掌中の破片を極限まで低摩擦にコーティングし、空気抵抗を無効化した「亜音速の弾丸」として射出した。

 廊下の空気の壁を瞬時に貫通し切り裂いて、響の眉間へと突き進む鋭い飛礫。

 

 響の意識が、一瞬だけそちらへと向く。

 

 

「……チッ」

 

 反射的に腕を上げ、飛来した瓦礫を砕く。

 その、僅か0.5秒の隙。

 

 

(ここだぁッ!!)

 

 鉄塚が地を蹴った。

 先ほどまでと違い、逃げ腰ではない。迷いを捨て、全ての呪力を右の掌に集中させる。

 

 

 ──手加減は無用! 全身全霊の拳を叩き込む!! 

 

 

重圧掌(プレスマッシャー)】──最大出力!!

 

 

 響の腹部へ、隕石の衝突にも匹敵する質量弾が叩き込まれる。

 廊下の床が悲鳴を上げ、風圧で壁に放射状の亀裂が広がった。会心の一撃。肺の中の空気が全て押し出されるような、完璧な「当たり」の感触。

 

 

(……勝った……!?)

 

 だが、鉄塚の確信は、響の口元に浮かんだ笑みによって瞬時に凍りついた。

 腹部にめり込んだ鉄塚の拳。そこから、凄まじい勢いで自身の呪力が吸い上げられていく。

 

 

「──っ……!!」

 

「あはっ。イイねぇ、これだよこれ。やっぱり重いのは最高だ」

 

 響は、腹部に食らわせた一撃さえも【覇者喧勝(はじゃけんしょう)】で術式ごと抱き込み、自身の力へと変換していた。

 響の左腕が、鉄塚の拳を強引に振り払う。そのまま、無防備になった鉄塚の顔面へ、重力に従順な反撃が打ち下ろされた。

 

 

「ぐっ──!!」

 

 鉄塚の体が床に叩きつけられる。

「あぁぁっ!」という滑川の悲鳴が響く。響の追撃の右足が、無防備に転がる鉄塚の顔面を粉砕せんと、振り上げられたまさにその時だった。

 

 

 

「……何やってんだ、廊下で」

 

 廊下の角から、気だるげな声が降ってきた。

 彼は呪術高専東京校の教師──日下部篤也だった。

 日下部は「訓練するなら外でやれって……」と言いかけ、瞬時に目の前の光景を視界に収める。

 

 

(……えーっと。床は陥没、壁は崩落。二年が一人倒れてて、一年が腰抜かしてて……)

 

 日下部の視線が、鉄塚を今まさに踏み潰そうとしている少年に止まる。

(なんだあの呪力量。特級のなんかか? いや、高専の敷地内に侵入者が? いや、噂の五条の連れか……?)

 

 

 一瞬で状況を脳内処理し、日下部は0.2秒で「面倒事」と結論づけた。教師としての責任感よりも、「今ここで喧嘩を止めないと、俺の給料から修繕費が引かれる」という危機感が脳内を支配する。

 

 日下部は、教師としての顔を作り、心の中の逃走衝動を抑え込みながら、響へと淡々と告げた。

 

 

「──とりあえず、廊下で暴れるのはやめろ。……ケンカなら、外へ行け」

 

 響の足が、空中でピタリと止まった。

 その瞳が、獲物を狙う獣から、初めて「他者」を認識した人間のそれへと変わる。

 日下部は心の中で大きく溜息を吐いた。

 

 

(……やばいな。このガキ、殺し合いの目をしてやがる)

 

 廊下に、重苦しい静寂が再び訪れた。

 

 

 

「……やめだ。萎えちまった」

 

 響が足を降ろす。ポケットに手を差し込み、完全に戦意を収めた。

 

 

 ほっと息をつく滑川。安堵する彼の顔に、影が差す。

 

 

「センパイ、あんたの名前を聞いてなかったな」

 

 ゆっくりと歩み寄った響が、呆然と見上げる滑川を見下ろす。

 

 

「え、ああ……。滑川、です」

 

「そうか……で?」

 

「……へ?」

 

 

 

 

()()川センパイ、挨拶の続きはどうする?」

 

 

 殺気が、落ちる。

 

 

「俺に教えてくれよ」

 

 

 一瞬で己の失言を理解(思い出)した。

 

 当てられる呪力に総毛だつ。勝てない。

 

 これは"格"を比べるだとかいう、"同じ土俵"の相手じゃない。

 

 

「す、すみませんでしたぁぁぁ!!」

 

 

 滑川が即座に土下座。

 

 

 鉄塚も、歯を食いしばりながら身を起こし、痛む頭を下げる。

 

 

 

「俺たちが悪かったですアニキ!!」

 

 滑川のセリフに、響は眉をひそめた。

 

 

「アニキって言うな」

 

 

 二人がビクッと震える。

 

 響は興味を失ったように背を向けた。

 

 

「つまんねえな」

 

 

 視線の先には、必死になって視線を合わせないようにしている日下部の姿。*1

 

 ふん、と鼻を鳴らすと、響はその場から歩き去っていく。

 

 

 と、足を止め、首だけ振り返る。

 

 

「あ。そうだセンパイ」

 

「な、なんでしょうか……?」

 

 

「腹減った。昼飯、奢ってくれよ」

 

 

「っ……! ──ああ、いいぜ! 後輩に飯を奢ってやるのが、先輩の務めってもんだ!」

 

(なんだ急に元気になって、キモイな)

 

 

「ふふ……良かったな、零司……」

 

("先輩にしてもらった先輩らしいことを後輩にしてやる"。望みが叶ったな──)

 

「(なんだか知らんが丸く収まった? やれやれだ)あ、そうだ鉄塚」

 

「ん? なんでしょうか日下部先生」

 

 

「おまえ、この廊下の修繕費、払っておけよ。お前が一番先輩なんだし」

 

「えっ」

 

 

 

 

 

 ──昼食を終えて、砕城響が去って行った後。

 

 

「──チッ。高い昼飯代だったな。あのガキ、平気な顔で特上のカツ丼頼みやがって」

 

 滑川がぼやきながら、軽くなった財布をポケットに突っ込む。その口調には、新入り(砕城響)に話しかけたときの危うさを持っていた陰りはない。少しだけ騒がしい、以前のような軽薄なリズムが戻っていた。

 

 鉄塚は隣を歩く滑川の横顔を、じっと見つめる。

 

 

「……随分と軽口が叩けるようになったな、零司」

 

「あ? なんだよ急に」

 

「お前、ずっと止まってたろう。紗耶香が逝ってから」

 

 滑川の足が、ピタリと止まる。

 鉄塚は立ち止まり、その目を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「俺は、お前もいつか壊れるんじゃないかと思っていた。時間があればいつか立ち直るだろうが、それまでの間の半端な状態で任務に向かい、呪霊にぶつかって死ぬんじゃないかと……だが、今のお前にはそれがない」

 

 滑川は何も言えなかった。

 鉄塚の言う通りだ。響との殺人的なぶつかり合いの中で、必死に生き残ろうと足掻き、作戦を立て、腹を立てた。その刹那、心の中に溜まっていた澱のような喪失感が、荒療治によって強制的に「押し流された」のだ。

 

 

「……あいつに、あてられたのかもな」

 

 滑川は空を見上げた。

 響の強さ、傲慢さ、そして暴力的なまでにギラついた「喧嘩()への渇望」。それらが、傷ついた滑川の心に、知らず知らずのうちに、強引に風穴を開けていた。

 

 

水原(みずはら)先輩は、俺がウジウジしてるのを見たら、きっと『あなた、そんな顔じゃ呪霊に食われるよ』って笑ってただろうな」

 

「ああ。あいつならそう言うだろう」

 

 鉄塚が頷く。二人は、亡き仲間の面影を胸の奥にしまい込んだ。それは忘れるためではなく、これからも歩き続けるための糧として。

 

 

「……ったく。あんな化け物みたいな後輩が、本当に高専に入学してくんだろうな」

 

 

 鉄塚が苦笑する。

 

「ああ。来年、あの砕城響が本格的に俺たちの『後輩』として入ってくる」

 

 

 滑川は自分の手をじっと見つめ、小さく鼻を鳴らした。

 

「……面倒なことになりそうだ」

 

「まったくだ」

 

 

「──あいつ……なんだったんだろう」

 

 滑川が顔をしかめる。

 

 

「最初に床を踏んだ時、腹に食らったときの感触……術式そのものを"砕いてた"みたいだった。呪力の防御ごと」

 

 

 鉄塚は短く答える。

 

「──さっぱりわからん」

 

 少しの沈黙。

 

 

「……来年、あいつ後輩なんだよな」

 

「……ああ」

 

「……敬語、使うか」

 

「使うか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪術高専の敷地は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。

 街灯が作り出すオレンジ色の光の円と、その外側に広がる濃密な闇。校舎の壁を這う蔦の影が、風に揺れて地面を蠢いていた。

 

 

 砕城響は、ただ歩いていた。

 ポケットに突っ込んだ拳には、収まりのつかない熱がいまだ残っている。朝の出来事(特級案件)、最強との衝突(喧嘩)、昼の面談と上級生との喧嘩、そして自分が「ここにいる」という現実への苛立ち。

 今日から暮らせと伝えられた寮で、見知らぬ部屋の知らない天井を眺めても、寝付けない理由など、いくらでもあった。

 

 

「……チッ」

 

 舌打ちが夜気に吸い込まれる。

 その時、不自然に空気が静まった。

 

 

 背後でも、正面でもない。

 横。

 街灯の光が届かない、ケヤキの木の影の中に、何かが「そこに在った」。

 

 

 長い髪を背に流した、男の影。

 影と一体化するように立ち尽くし、ただ静かにこちらを見ている。

 その姿には、何者かが侵入したという気配がない。まるで、最初からこの景色の部品として組み込まれていたかのように。

 

 

 響は足を止めた。

 警戒はない。あるのは、夜の闇に潜む獲物への、野生的な好奇心だけだ。

 

 

「……誰だよ、お前」

 

 問いかけに、男は微かに口角を上げた。

 影から一歩、踏み出す。

 街灯の乏しい光が、その整った顔立ちの半分を淡く照らし出した。

 

 

「ただの通りすがりさ。夜風にあたりにきただけだよ」

 

 穏やかな声。

 だが、その音の響きには、夜の静寂を塗り替えるような重みがあった。

 男は響の全身を、美術品でも検分するように穏やかな眼差しでなぞる。

 

 

「君が噂の、()()か」

 

「噂?」

 

「ああ。五条悟の術式を、その手で砕いたという」

 

 男は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

 響の肌が、ぴりりと粟立った。

 それは恐怖ではない。自分と同じ、あるいはそれ以上に「世界の理」に対して冷めた視線を持つ者特有の、気配。

 

 

「……誰から聞いた?」

 

「情報は、案外どこにでも転がっているものだよ。風が運んできたり、あるいは誰かの呟きが漏れたりしてね」

 

 男は曖昧に笑い、響のわずか数メートル先で足を止めた。

 踏み込めば、殴れる。

 だが、響の足は動かない。

 男の周囲に漂う空気が、あまりに濃密で、不可視の膜のように響の身体を押し返してくるからだ。

 

 

「で? 何しに来た。俺を品定めか?」

 

「確認だよ」

 

 男の声から、冗談めいた響きが消えた。

 夜風が、二人の間を通り抜ける。

 

 

「君が、どちら側に属するのか。あるいは、どこにも属さず、ただすべてを壊して回るだけの嵐なのか」

 

 響は、その瞳をじっと覗き込んだ。

 その昏い瞳には、善も悪もない。ただ、この世界に対する「問い」だけがある。

 

 

面談(昼間)の続きかよ。……どっちでもねえよ」

 

 響は吐き捨てるように言った。

 

 

「俺は俺だ。ムカつくもんをぶっ壊す。それだけだ」

 

 その答えに、男は目元を柔らかく崩した。

 本心からの歓喜なのか、それとも演技なのかすら判別できない、底知れない微笑み。

 

 

「なるほど。シンプルだ」

 

「悪いかよ」

 

「いや。むしろ羨ましいくらいだ。……その迷いのなさがね」

 

 男はさらりとそう言って、さらにもう一歩だけ踏み込んだ。

 視界が歪む。

 男の背後から、目に見えない「重圧」が雪崩のように押し寄せてきた。

 数は語らない。だが、質が違う。

 それは、朝方に響が祓った特級などとは比較にならない、濃密で、禍々しく、そしてどこか洗練された──「呪い」の気配。

 

 

 試し。

 あるいは、検分。

 

 

 響の口元が、大きく歪んだ。

 喧嘩だ。

 理屈じゃない。これは、食うか食われるかの、本能のぶつかり合いだ。

 拳に、破砕の熱が宿る。

 

 

「いいじゃねえか。やんのか?」

 

 響が臨戦態勢に入った、その刹那。

 男は、すっとその視線を外した。

 

 

 まるで、最初から何事もなかったかのように。

 

 

「いや、今日はやめておこう」

 

「は?」

 

 拍子抜けするほどあっさりと、男は背を向けた。

 気配が薄れる。周囲に満ちていた重圧が、嘘のように霧散していく。

 

 

「……おい、待てよ」

 

 響は叫んだ。だが、足は動かない。

 本能が、今は追うなと警鐘を鳴らしている。今この背中を追えば、自分の道筋、その方向性が、何か取り返しのつかない形で「固定」されてしまう、という直感。

 

 

「名前くらい名乗れよ」

 

 背中に向かって、吐き捨てるように言う。

 男は振り返らない。そのまま夜闇の中へと歩き去っていく。

 

 

「……そうだね」

 

 振り返らずに、声だけが返ってくる。

 

 

「いずれ、また会うだろう」

 

 一拍の沈黙。

 

 

「その時にでも」

 

 次の瞬間。

 風が吹いた。

 校庭の木々が大きく揺れ、その影が大きく伸びた。

 そして、その影が消えた時には、そこにはもう、誰もいなかった。

 

 

 響は、握りしめていた拳を、力なく開いた。

 胸の奥が、昼間よりもずっと騒がしい。

 不快感。それ以上に、言いようのない奇妙な喪失感。

 

 

「……なんだよ、あいつ……」

 

 夜空の月を見上げる。

 月は何も言わず、ただ静かにそこにある。

 だが、響の肌には、確かにあの男が残した「重圧」の感覚が、冷たくへばりついていた。

 

 

 この夜。

 二人はまだ、互いの敵ではない。

 だが確かに、二つの運命は、同じ線の上に重なった。

 それは、いずれ世界を二分する、静かな火薬庫の火種となる。

*1
猛獣に対する適切な対処




筆者「なんか書いてて楽しくなってきたなあ。モブキャラとしてデザインしたけどワンチャン準レギュラーになるかもしれません。すまん。

名前だけ出てきた比野についてはまたあとで出るかもしれないし出ないかもしれない。
彼らの元ネタは言うまでもないと思いますが、ドラ〇もんです。

書きたくなったから書いちゃったよ!!(part2)
謎の男さんと戦う予定はさすがにあるので、ここでチラ見せ。伏線撒き撒き。



・謎の男
謎。変な前髪。五条悟の術式を突破した奴の噂を聞いて飛んできた。
今日を逃すと多方面から主人公に監視の目が付くので、唯一のチャンスを掴んだ形。


>>骨の2本や3本は覚悟してもらうぞ
呪術高専東京校には、死んでいない限り大体治せるすごい女医さんが在籍している。


一日の話を5話かけて書いたやつがいるらしいですよ?ほんと怖いわあ……。

投稿予定時間は未定です。ごめーんね。次の話の展開さえ思いついていないのでまた来週~~。
来週まではちまちま気になる部分の肉付けをしたりとかもしかしたらサブタイトルいじったりとか、来週のネタを考えたりします。見切り発車の極み。

ちょいちょい更新。本筋は変わってないので気にしなくていいよ。


以下は読んでも読まなくてもいいモブキャラ設定の続きと③です。10分で考えた。



生得術式: 【貫斤掌術(かんきんしょうじゅつ)

 鉄塚剛の生得術式。触れた対象の「慣性質量」を数倍〜十数倍に引き上げる。発動タイミングで効果が変化する術式。
 自身の肉体はもとより、手にした物体だけでなく"相手の身体そのもの"にも瞬時に術式効果を適用可能(ただし接触必須かつ呪力放出で抵抗可能)。付随する重力質量を変化させるかどうかは、術者の任意で切り替え可能。
 「インパクトの瞬間だけ己の拳の質量を増す」ことで打撃威力を跳ね上げ、「被弾する瞬間に自身の肉体を固定して堅固に受け止める」戦術を基本とするが、その場にあるものを空中に(ほう)って固定し足場にする、あるいは投擲した物体の着弾時エネルギーを増大させる、触れた対象の慣性質量を高めることで動きを封じる、などの応用も可能。

 貫斤()術という術式名と本家の相伝術式(投射呪法)の情報から、手の平で触れることが術式発動条件だと最近まで勘違いしていた。
 よく考えると握り拳での殴打でも接触対象に術式効果が乗っていたので、「掌=手の平」ではなく「掌=掌握」なのではないかと思い始めている。

おまけ: 鉄塚が禪院家にお目通りした時の躯倶留隊の様子

躯倶留隊A: 甚壱さん!?なんで学生服を着てるんですか!?……あ、分家筋の方ですか。ようこそようこそ。

躯倶留隊B: 甚壱さん!?なんか若返ってませんか!?……あ、東京校の準一級。その年ですごいですね。

躯倶留隊C: 甚壱さん!?え、額の傷がない甚壱さん!?……ふむ、もう少したくさん食べて筋肉をつけたほうがいいですね。この後ご飯をご馳走しますよ。



オリモブキャラ③ 水原 紗耶香(みずはら さやか)/故人(二年生)

身長: 160cm後半くらい
体重: ?
体格: スリム
性格: 芯が通った優しい人

高専入学方法: 家系(加茂家の分家筋)
等級: 二級

好きな食べ物: フルーツスムージー
嫌いな食べ物: 寿司(食べ過ぎてしまうから)
好きなこと: 困っている人を助けること
嫌いなこと: 目標のための努力を諦めること
趣味: 水泳、ストリートダンス

最近あった良いこと: 最期に後輩を逃がすことができた
最近あった悪いこと: もう自分の人生を磨くことができない

生得術式: 【泉沓術式(せんとうじゅつしき)

自身の呪力を水のような液体に変換し、それを操る術式。
加茂家本家の相伝術式(赤血操術)の百斂・穿血を再現可能(穿水)で、呪力の続く限り水を生み出し連射可能な点は遜色なく上位互換性を持っていたが、本人の呪力量が決して多いとは言えなかったことと、メインとなるもう一つの術式、赤鱗躍動を再現することも難しいことから、()()は認められるものの、京都校への入学を積極的に勧められるほどではなく、本人の若干の反抗心(と、実家から近かったこと)から東京校へ入学。

本人は穿水を最高火力の攻撃手段に据え、生み出した水を足元に展開、その弾力性を用いた立体的な機動力を用いて接近した相手の身に水をまとわせ動きを遅くし、さらに呼吸器官を覆って窒息させる戦術を操り、呪詛師相手であればかなりの制圧力を持っていた。

術式の副次効果として、呪力操作の精度が同年代では抜きんでており、中でも同じ加茂家の分家筋の後輩、滑川には呪力放出の訓練に協力するなど、入学当初から何かと目をかけていた。


滑川と組んで向かった祓除任務において、呪霊の等級が事前の予想よりも高かったことから、戦闘不能になった滑川をその場から逃がし自身は殿を務め、殉職。
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