呪術の世界に迷い込んだ、パラディ島の悪魔   作:ブァッファイ小五郎

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進撃の巨人のネタバレを含みます!
面白いから見てね!!


一話目

 冷たい鋼の感触が、肉を断ち切り、骨を砕き、首筋を通り抜けた。

 それが、エレン・イェーガーの最後に記憶している明確な感覚だった。

 目の前には、愛する幼馴染の涙に濡れた顔があった。ミカサ・アッカーマン。彼女が振り下ろした刃によって、エレンの命は確かに絶たれたはずだった。いや、絶たれなければならなかった。自らが背負った重すぎる罪、世界を踏み潰した「地鳴らし」の業火とともに、巨人の力はこの世から消え去る運命(さだめ)にあったのだから。

 ユミルの民を縛り付けてきた二千年の呪いは、ミカサの選択によって解き放たれる。その確信と共に、エレンの意識は永遠の暗闇へと沈んでいった。

 あたたかな暗闇。もう、戦わなくていい。もう、誰かを傷つけるための憎悪を燃やさなくてもいい。全ての因果から解放され、静寂に包まれるはずだった。

 

 しかし――。

 

「……ッ!」

 

 エレンは、肺に無理やり空気を流し込まれたような衝撃と共に、鋭く息を吸い込んで目を覚ました。

 視界に飛び込んできたのは、無機質で、不自然なほどに白い天井だった。鼻腔を突くのは、嗅ぎ慣れない薬品の匂い。消毒液という概念すら曖昧な彼にとって、それはあまりにも異質な刺激だった。

 

(俺は……死んだはずだ。ミカサに、首を……)

 

 エレンは無意識に自らの首元に手をやった。ある。確かに頭と胴体は繋がっている。刃が突き立てられた感触も、吹き出した血の熱さも、幻であったかのように何一つ痕跡が残っていない。

 ゆっくりと辺りを見回す。狭く、清潔すぎる部屋。窓の外には見知らぬ形の建造物が見える。パラディ島の風景でも、マーレの街並みでもない。

 

「ここは……どこだ……?」

 

 声に出した瞬間、脳髄を焼き尽くすような激しい頭痛がエレンを襲った。

 

「があああああッ!!」

 

 ベッドの上で身を(ねじ)る。ただの痛みではない。頭蓋骨の内側から、膨大な量の「記憶」が、津波のように押し寄せてきたのだ。

 壁の中での平穏な日々、母が巨人に喰われた日、調査兵団としての血みどろの戦い、海を見た日の絶望、そして――世界を平らにするために歩みを進めた、超大型巨人の群れ。無数の人々の断末魔、血の海、焼け焦げた大地の熱。

 

「やめろ……俺は……俺は……!」

 

 未来と過去が交錯し、自分が何者であったかさえ見失いそうになる。頭がかち割れそうなほどの痛みに、エレンは自身の頭を掻きむしり、獣のようなうめき声を上げた。

 

 その時、病室のドアが静かに開いた。

 

「あら、気がつきましたか?」

 

 白衣を着た若い女性の看護師が、カルテを手にしながら入ってきた。

 エレンは、血走った眼球をその看護師に向けた。痛みに歪む顔、全身から立ち上る尋常ではない殺気。彼の脳内は記憶の奔流によって完全にショート寸前であり、見知らぬ世界への警戒心と混乱がピークに達していた。

 エレンは苦しみながらも、喉の奥から絞り出すような低い声で、謎の言葉を口走った。未来の記憶か、あるいは別の世界のノイズか。

 

「五条……悟……? いや……違う……お前は、誰だ……ここはどこだ!!」

 

 物凄い形相と、病室の空気を震わせるほどの凄まじい威圧感。ただの患者ではない、歴戦の殺戮者が放つ本物の「死の気配」に当てられ、看護師は悲鳴すら上げられなかった。

 

「ひっ……!」

 

 手からカルテを取り落とし、看護師はその場にへたり込み、腰を抜かしてガタガタと震え始めた。エレンの瞳に宿る暗い炎に、彼女の精神は完全に呑み込まれていた。

 

「ちょっと、病院で大きな声を出されちゃ困るわね」

 

 奥から、落ち着き払った声が響いた。怯える看護師の背後から、年配の看護師長が足音も立てずに入ってくる。

 エレンはギラギラと光る眼で看護師長を睨みつけた。

 

「早く説明しろ……! 俺をどうするつもりだ……ここは敵の陣地か!?」

 

 長年の戦いで培われた本能が、エレンに臨戦態勢をとらせる。しかし、看護師長はエレンの放つ圧倒的な圧を全く気にする素振りを見せず、淡々と、まるで事務手続きをこなすように口を開いた。

 

「落ち着きなさい。ここは病院よ。あなたは路地裏で倒れているところを発見されて、声をかけたけど応答がないから、救急車でここに運ばれてきたの」

 

 あまりにも簡潔で、感情の起伏がない説明。

 

「路地裏……? 運ばれた……?」

 

 エレンにとって、その言葉はあまりにも現実離れしていた。「地鳴らし」の最中に死んだ自分が、なぜ無傷で路地裏に倒れていたのか。

 急すぎる展開に、エレンの理解は全く追いつかない。頭痛は少しずつ引いていったが、代わりに深い戸惑いが彼を支配した。

 

「待て……全くもって信用ならん。もう少し情報をよこせ。ここはパラディ島か? それともマーレか?」

 

 看護師長は、エレンの言葉に不思議そうな顔をした。

 

 「パラディ? マーレ? 何の映画の話か知らないけれど、ここは日本よ。東京都内の総合病院。あなたの身元を示すものが何もなかったから、警察にも連絡はいっているわ」

 

「日本……?」

 

 ヒィズル国のモデルとなったような響きだが、ここは明らかに彼が知る世界ではない。

 

「とりあえず、命に別状はなさそうね。私は仕事があるから、これで」

 

 看護師長はそれだけ言い残すと、腰を抜かしている若い看護師の腕を引っ張り、そそくさと病室を後にした。若い看護師は、エレンから視線を外すまいと怯えた表情のまま、逃げるように去っていった。

 

 静寂が戻った病室で、エレンはボーッとしていた。

 自分は死んだ。それは間違いない。だが、今ここで呼吸をしている。ここは「日本」という名の、知らない世界。

 窓の外を見る。気がつけば、外は真っ暗な夜になっていた。しかし、エレンが知る夜とは全く違った。無数の光がまたたき、天を突くような巨大な建造物が立ち並び、鉄の塊が道路を埋め尽くして流れている。パラディ島にも、壁の向こうの世界にもなかった、圧倒的で眩しいほどの「光の海」だった。

 

「俺は……まだ、生きているのか……」

 

 エレンは、自身の腕に刺さっていた点滴の針を無造作に引き抜いた。血がシーツに滴り落ちるが、気にも留めない。ベッドから降り、備え付けられていた簡素な衣服を身にまとうと、彼はそのまま音もなく病室を後にした。

 

 それから数十分後。

 先程の怯えていた看護師が、トレイに乗せた病院食を持ち、恐る恐る病室のドアを開けた。

 

「あ、あの……ご飯、お持ちしまし……」

 

 しかし、そこにエレンの姿はなかった。もぬけの殻となったベッドと、血のついたシーツだけが残されていた。

 

「えっ……! 看護師長! 看護師長!」

 

 慌てて詰め所に駆け込む看護師。しかし、報告を受けた看護師長はカルテから目を離すことなく、サラリと言ってのけた。

 

「まあ、あの元気そうな感じなら大丈夫でしょう。ほっときなさい」

 

「えぇ……!?」

 

 看護師の戸惑う声を背に、エレンは既に病院を抜け出していた。

 

 うるさく、眩しい都会の夜を、エレンはあてもなく一人歩いていた。

 行き交う人々は皆、小さな光る板(スマートフォン)を見つめたり、耳に何かを突っ込んだりして、誰も彼に注意を払わない。少し汚れた寝巻きのような格好で歩くエレンを奇異の目で見る者もいたが、彼は全く気にしなかった。

 初めて見るものばかりの景色。壁に囲まれた窮屈な世界でもなく、自分たちを悪魔と呼んで憎悪するマーレの世界でもない。ただ純粋に、彼を知る者が誰もいない世界。

 

(なんだ、ここは……)

 

 エレンの胸の奥底で、妙な興奮が湧き上がっていた。自由。壁の外に夢見た光景とは違うが、ここには彼を縛る鎖は何もないように思えた。

 

 しかし、その直後だった。

 エレンの足がピタリと止まる。

 

 ――ゾワリ。

 

 肌を粟立たせるような、異様な気配。それは、巨人の力とは違う。もっとドロドロとした、純粋な悪意と暴力の塊のような感覚。

 エレンはゆっくりと視線を向けた。眩しい街の光の向こう側、暗闇に沈む山の中。そこから、信じられないほどの熱量を持った何かが膨れ上がっているのを感じ取った。

 理屈ではない。闘争を求める本能が、エレンの足をその山へと向けさせた。彼は吸い寄せられるように、暗い山林の中へと足を踏み入れていった。

 

   

 

 場面は変わり、夜の静寂に包まれた山中。

 そこでは、人間離れした死闘が繰り広げられていた。

 

「だって君、弱いもん」

 

 黒いアイマスクで目を覆った長身の男、現代最強の呪術師、五条悟が、余裕の笑みを浮かべて言い放つ。彼の傍らには、ピンク色の髪をした少年、虎杖悠仁が小脇に抱えられていた。

 対峙しているのは、頭頂部が富士山のようになっている一つ目の異形の呪霊、漏瑚。

 五条のその一言は、漏瑚のプライドを粉々に打ち砕き、絶対的な怒りの業火に油を注いだ。

 

「舐めるなァアアアッ!! 小童があああッ!!」

 

 漏瑚の頭頂部から、激しい怒りと共にマグマが噴き出す。周囲の木々がその熱で瞬時に乾燥し、発火していく。彼は両手を合わせ、呪霊の最高峰の技、領域展開を繰り出そうとした。

 

「領域展――」

 

 その瞬間だった。

 

 ――サガサッ!!

 

 木々の影から、一人の青年が姿を現した。

 エレン・イェーガーである。

 彼は少し汚れた病院着のような服を揺らしながら、無表情のまま戦場の中央へと歩み出てきた。

 

「あ?」

 

 漏瑚が動きを止める。五条も、虎杖も、突然現れた一般人(に見える青年)に一瞬目を丸くした。

 エレンは、目の前にいる漏瑚をじっと見つめた。一つ目で頭から火を吹く異形の存在。普通の人間なら腰を抜かして逃げ出すだろう。だが、エレンは驚きこそしたものの、決して怯えることはなかった。彼はこれまで、これ以上にグロテスクで巨大な「無垢の巨人」たちと嫌というほど殺し合ってきたのだ。

 

(なんだ、こいつは……巨人じゃない……悪魔か?)

 

 エレンが観察するように漏瑚を見つめていると、漏瑚は直感的に理解した。

 

(こいつ……ただの人間ではない。呪力こそほとんどないが、何だこの底知れぬ気配は……!)

 

 邪魔立てする者は誰であろうと焼き尽くす。漏瑚は躊躇することなく、掌から高圧縮された炎の塊をエレンに向けて打ち出した。

 

「消え失せろ!!」

 

 轟音と共に、灼熱の炎がエレンに直撃した。

 

 ――ドオォォォンッ!!

 

 炎はエレンの体を包み込み、周囲の地面ごと焼き焦がした。

 

「なんだ、ただの雑魚か」

 

 漏瑚は拍子抜けしたような声を出し、鼻で笑った。そして再び五条に向き直り、領域展開の印を結び直そうとする。

 

「死んじゃったよ!! 先生、あいつ死んじゃったよ!!」

 

 虎杖がパニックになりながら、五条に向かって叫んだ。一般人が目の前で炭になったのだ、無理もない。

 しかし、五条悟の反応は違った。彼は先程までの飄々とした態度を消し去り、ものすごく真剣な表情になっていた。アイマスクの下の「六眼」が、炎の中で起きているあり得ない現象を捉えていたのだ。

 

「悠仁、静かにしてて」

 

 五条の低く、凄みのある声に、虎杖は思わず息を呑んだ。

 

「……え?」

 

 ――シュウゥゥゥゥ……。

 

 炎が収まりかけた煙の中から、異様な音が響き始めた。

 大量の高熱の蒸気が、立ち上っている。

 その蒸気の中から、ゆっくりと人影が歩み出てきた。

 

「な、なんだと……!?」

 

 漏瑚がありえない光景に驚愕し、一つ目を見開く。

 全身の皮膚が焼け焦げ、肉が削げ落ちていたエレンの体が、凄まじい勢いで「再生」していたのだ。骨が繋がり、筋肉が編み込まれ、皮膚が覆っていく。蒸気を吹き出しながらみるみるうちに回復していくその姿は、呪霊の治癒とも、反転術式とも全く異なる、異次元の生命力だった。

 

「てめぇ……」

 

 完全に元の姿に戻ったエレンは、物凄い形相で漏瑚を睨みつけた。その眼には、底知れぬ憎悪と殺意が宿っていた。

 

「殺す」

 

 エレンは右手を持ち上げ、その手の甲を自らの口に当てた。

 そして、思いっきり噛みちぎった。

 

 ――ガキィッ!!

 

 直後、空気を切り裂くような黄金の雷鳴が轟いた。

 

 ――ピシャアアアアアッッ!!!

 

 エレンの体を中心に、凄まじい爆発が巻き起こった。閃光と熱風、そして爆発的な質量を持った肉の塊が、一瞬にして空間を制圧する。

 

「うわあああっ!!」

 

 虎杖が爆風に吹き飛ばされそうになるが、五条が咄嗟に虎杖の服の襟を掴み、自身の術式で防ぐ。

 猛烈な土煙と蒸気が晴れた後。

 そこに立っていたのは、人間の青年ではなかった。

 筋骨隆々とした肉体、尖った耳、そして全てを破壊し尽くさんとする緑色の双眸(そうぼう)

 身長15メートルにも及ぶ、「進撃の巨人」がそこには立っていた。

 

「なっ……なんだ、あれは……!!」

 

 漏瑚は、見上げるほどの巨体から発せられる圧倒的な暴力の気配に、言葉を失った。呪力ではない。呪力とは全く異なる、純粋で暴力的な「生命の塊」。

 

「……マジかよ」

 

 虎杖は口をポカンと開け、五条すらも、あまりの現実離れした光景に驚きを隠せない。

 

『オオオオオオオオオオッ!!!』

 

 巨人が、腹の底から響くような雄叫びを上げた。空気が震え、周囲の木々がその音圧だけでなぎ倒される。

 五条に、一瞬の緊張が走った。未知の存在。もしこれが敵に回れば、この周囲一帯がただでは済まない。

 しかし、巨人の標的はただ一つだった。

 巨人は、自らを焼いた漏瑚めがけて、右の拳を振り上げた。その拳の表面が、ピキピキと音を立てて硬質な水晶体へと変化していく、「硬質化」。

 

「くそッ……!!」

 

 漏瑚は咄嗟に我に返り、全速力でその場から跳躍して避けようとした。

 だが、遅かった。

 

 ――ズゴオォォォォォンッ!!!

 

 大地を砕くような轟音。15メートルの質量と硬質化された拳が、漏瑚の回避の軌道を掠め、彼の右半身を完全に粉砕した。

 

「ぎゃあああああああッ!!」

 

 漏瑚の悲鳴がこだまする。半身を失った漏瑚は、その凄まじい衝撃によって、まるでボールのように山の奥深くへとものすごい勢いで吹っ飛んでいった。

 木々をへし折りながら見えなくなった漏瑚を見下ろし、巨人は再び、天に向かって勝利の雄叫びを上げた。

 

『オオオオオオオオオオッ!!!』

 

 その威容に、五条は臨戦態勢を崩さない。

 しかし、次の瞬間だった。

 

 ――シュウゥゥゥ……。

 

 巨人の体から大量の蒸気が吹き出し始めた。筋肉が崩れ、骨が溶け、15メートルの巨体は自重を支えきれずにドスーンと膝をついた。みるみるうちに巨人は小さくなり、朽ち果てていく。

 やがて、巨人のうなじの肉が裂け、中からエレン・イェーガーが出てきた。

 エレンはそのまま意識を失い、蒸気を上げる巨人の亡骸の上に力なく倒れ込んだ。

 

「……」

 

 五条悟は、黒いアイマスクから片目を出し、美しい蒼色の瞳、「六眼」で周囲を見渡した。

 先程吹っ飛ばされた漏瑚の呪力反応を探る。

 

「……逃げたか」

 

 あまりの分の悪さと、謎の巨人の出現による想定外の事態に、漏瑚は吹っ飛ばされた勢いのまま撤退を選択したようだった。

 五条の視線は、倒れ伏すエレンへと向けられた。

 呪力を持たない人間。しかし、自らの体を再構築し、巨大な肉の化け物へと変貌する未知の力。

 五条の口元に、抑えきれない笑みが浮かんだ。

 

「ははっ……」

 

 五条は、虎杖を抱えたまま、気絶しているエレンを見下ろし、興奮気味に言った。

 

「ものすごい化け物が来たようだね」

 

 夜の闇の中、消えゆく巨人の蒸気だけが、そこに起きた常軌を逸した出来事の余韻を残していた。

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