呪術の世界に迷い込んだ、パラディ島の悪魔   作:ブァッファイ小五郎

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九話目

 日は変わり、高く澄み渡った青空が広がる、とある日の朝。

 初夏の清々しい風が、東京都立呪術高等専門学校の敷地内に立ち並ぶ古い木造校舎の間を吹き抜けていく。遠くで小鳥の囀りが響き、どこまでも平和な一日の始まりを告げているようだった。

 そんな静寂を絵に描いたような高専の正門前、待ち合わせの広場には、すでに五つの影が集まっていた。

 エレン・イェーガー、伏黒恵、二年の禪院真希、狗巻棘、そしてパンダの五人である。

 彼らは皆、普段の学生服とは異なり、動きやすいジャージ姿や、呪具を仕込んだ戦闘用の装束に身を包んでいた。エレンもまた、高専から支給された黒を基調とした動きやすい戦闘服を身に纏っている。立体機動装置がないことにはまだ一抹の物足りなさを感じるが、その分、己の肉体への負荷を直接感じられるという点では悪くなかった。

 

「……遅いな、あいつ」

 

 真希が肩に担いだ長柄の薙刀を軽く揺らしながら、舌打ち混じりに呟く。

 

「しゃけ」

 

 狗巻も同意するように首を縦に振った。

 待ち合わせ時刻はとうに過ぎているというのに、一年生の紅一点である釘崎野薔薇の姿がどこにも見当たらない。

 エレンは壁に背を預け、腕を組みながらじっと目を閉じていた。数日前の真依との一件以来、彼の中でくすぶっているどす黒い感情は完全に消えたわけではない。しかし、今日は交流会という「戦い」の日。感情をコントロールし、的確に敵を排除することこそが、兵士として培ってきた彼の流儀であった。

 やがて、遠くの石畳を蹴る軽快な足音が聞こえてきた。

 

「おっ、来たみたいだぞ」

 

 パンダがそちらを指差す。

 そこに現れたのは、息を弾ませながら意気揚々と走ってくる釘崎野薔薇の姿だった。

 しかし、その姿を見た瞬間、待っていた五人の動きがピタリと止まり、全員の顔に「?」という疑問符が浮かび上がった。

 釘崎は、なぜか巨大なキャリーケースをガラガラと引きずり、肩からはパンパンに膨れ上がったボストンバッグを下げていたのだ。さらに、頭にはサングラスを乗せ、首には南国を思わせるハイビスカスのレイまで掛かっている。明らかに、数泊以上の旅行、それもリゾート地へ向かうかのようなフル装備であった。

 

「はぁっ、はぁっ……! 待たせたわね! っていうか……」

 

 釘崎は広場に到着するなり、周囲の五人をぐるりと見渡し、目を丸くして叫んだ。

 

「なんでみんな手ぶらなのー!?」

 

 そのあまりに的外れな叫びに、伏黒は深々とため息をつき、額に手を当てた。

 

「……オマエこそなんだ、その荷物は」

 

 パンダが呆れ果てた声でツッコミを入れる。

 

「なんでって……これから京都行くんでしょ!? 京都! 清水寺に金閣寺、抹茶パフェに湯豆腐! 新幹線の中で食べる駅弁も買わなきゃだし、着替えだって何着もいるじゃない!」

 

 目をキラキラさせながら京都観光のプランを捲し立てる釘崎。

 そんな彼女に対し、パンダは冷酷な事実を突きつけた。

 

「京都『で』姉妹校交流会じゃなく、京都『の』姉妹校『と』交流会だ」

 

「……え?」

 

 釘崎の動きが、雷に打たれたかのように硬直する。

 

「去年、うちが勝ったからな。この交流会は、去年勝った方の学校でやるってルールなんだよ。だから今年は東京校、つまりここが舞台だ」

 

 パンダの追加説明が、釘崎の心に致命の一撃を与えた。

 数秒の沈黙の後。

 釘崎の顔が般若のように怒りに歪み、キャリーケースを思い切り蹴り飛ばした。

 

「勝ってんじゃねーよ!! バカ先輩ども!!」

 

「八つ当たりもいいとこだろ!」

 

 パンダが慌ててキャリーケースをキャッチする。

 

「仕方ないだろ。……確か去年は人数合わせで、うちから乙骨憂太が参戦したんだよな」

 

 真希が苦笑いしながら当時の状況を補足した。

 

「あの時はまだ『里香』の解呪前だったからな。京都の連中は全く歯が立たず、文字通り圧勝だったらしいぜ。京都の校長が泡吹いて倒れそうになったとか」

 

「乙骨憂太ぁぁぁ! 許さんぞー! 私の京都旅行を返せぇぇ!」

 

 見知らぬ先輩の名前を叫びながら、天を仰いで悔しがる釘崎。

 その騒ぎを横目で見ながら、エレンは心の中でひっそりと考えていた。

 

(京都……か)

 

 伏黒や釘崎から断片的に聞いた情報によれば、古き良き日本の街並みが残る歴史ある場所らしい。高い建造物ばかりのこの東京とは違い、パラディ島の街並みに近い雰囲気があるのだろうか。

 

(……いずれ、行ってみたいな)

 

 壁の中の窮屈な世界で育ったエレンにとって、見知らぬ土地へ行くこと自体が、かつて夢見た「自由」の象徴でもあったのだ。

 

「……来るぞ」

 

 ふと、伏黒が低く鋭い声を発し、視線を前方の石段へと向けた。

 その声に反応し、東京校の面々の空気が一瞬にして引き締まる。釘崎も慌ててサングラスとレイをもぎ取り、荷物を放り出して臨戦態勢をとった。

 石段の向こうから、重苦しい足音と、独特の呪力の気配を漂わせながら、複数の影がゆっくりと姿を現した。

 京都府立呪術高等専門学校の一行である。

 先陣を切るように歩いてきたのは、先日エレンに吹き飛ばされ、屈辱を味わわされた禪院真依だった。彼女は東京校の面々、とりわけ真希の顔を見るなり、薄く嘲るような笑みを浮かべた。

 

「あら、お出迎え? 気色悪い」

 

 開口一番の嫌味。真依のその後ろには、筋骨隆々の巨漢・東堂葵が腕を組み、退屈そうに空を見上げている。さらに、箒を持った金髪の小柄な少女・西宮桃、全身に包帯を巻き、どこか機械的な動きをする異形の者・究極メカ丸、そして、目を閉じ、古風な和装に身を包んだ冷静沈着な男・加茂憲紀が並んでいた。

 真希は、真依の嫌味など風の音のように聞き流し、ただ横目でエレンを一瞥した。

 

「おい、エレン。落ち着けよ。ここで揉めたら失格になるからな」

 

 エレンの瞳の奥で、数日前のあの黒い炎が再びチロチロと燃え上がりそうになっているのを、真希は見逃さなかった。

 

「……わかってる」

 

 エレンは低く応え、組んでいた腕を下ろした。視線は真依を捉えたままだが、殺気は完全に皮膚の下へと押さえ込んでいる。

 一方の真依も、エレンの姿を視界の端に捉えた瞬間、顔面を殴られたかのような痛みが腹部の奥で蘇り、一瞬だけ顔をしかめた。

 

(チッ……こいつも出るのか。忌々しいバケモノが)

 

 真依は誰にも聞こえないような小さい声で、ものすごく嫌そうに呟き、エレンから目を逸らした。

 そんな険悪な空気を切り裂くように、釘崎が一歩前に出て京都校の面々を指差した。

 

「おいコラ! わざわざ東京まで来て手ぶらってどういう神経してんのよ! とっとと八ツ橋とかの菓子折り渡せや!!」

 

 威嚇するような野犬の吠え声に、京都校の西宮桃が箒を抱きしめてブルッと身を震わせた。

 

「こ、怖い……。東京の女の子はみんなあんなに野蛮なの……?」

 

「……乙骨憂太がいないのはいいとして、一年生二人と、得体の知れない新入生か。東京校は、我々に対するハンデが過ぎないか?」

 

 メカ丸が、機械的な音声で無機質に分析結果を口にする。しかし、その視線は、エレンに注がれていた。呪力が全く感知できないにもかかわらず、本能的なアラートが鳴り続けているからだ。

 

「呪術師に年は関係ないよ」

 

 目を閉じたままの加茂憲紀が、静かにメカ丸を制した。

 

「特に、そこにいる伏黒恵。彼は禪院家の血筋だ。私と同じ、御三家の血を引く者。決して侮ることはできない」

 

 加茂の言葉に、伏黒は不快そうに舌打ちをした。御三家という家柄のしがらみで語られることを、彼は何よりも嫌っているのだ。

 両校の生徒たちが火花を散らしている中、京都校の引率である教員、庵歌姫が呆れたようにパンパンと手を叩いた。

 

「はいはい、そこまで! はしゃぎ過ぎないで。全くこの子らは……」

 

 歌姫は巫女装束の袖を整えながら、東京校の周囲をキョロキョロと見渡した。

 

「んで? あの五条悟(バカ)はどこにいるの?」

 

「悟は遅刻だ」

 

 パンダが即答する。

 

「あのバカ、交流会の日まで遅刻するなんて……!」

 

 歌姫の額に青筋が浮かんだ、その直後だった。

 

「おまたー!!!」

 

 広場の静寂をぶち壊す、能天気で馬鹿でかい声。

 東京校一行の後ろから、目隠しをした長身の白髪男、五条悟が、両手で巨大な金属製の台車を押し、爆走しながら現れたのだ。

 台車の上には、人間が一人余裕で入れそうなほど大きな、木製の箱が乗せられている。

 五条は急ブレーキをかけて台車を止めると、息一つ乱さずにニカッと笑った。

 

「いやー、皆さんお揃いで! ごめんごめん、私ちょっと出張で海外に行ってましてね」

 

 ペラペラと嘘か本当か分からない言い訳を語り始める五条。

 

「それにしても京都校の皆! よくぞこの東京まで来てくれました! そんな皆に、私からささやかなお土産を!」

 

 五条はポケットからごそごそと何かを取り出し、京都校の生徒たちにポンポンと投げ渡していった。

 

「はいこれ、とある部族の厄除けのお守り! メカ丸の分はないから、誰かのをシェアしてね!」

 

 渡されたピンク色の奇妙な人形を、京都校の面々は困惑したように見つめている。

 

「あ、ちなみに歌姫のはないよ」

 

 五条がサラッと言うと、歌姫は即座に怒鳴り返した。

 

「いらねぇよ!!」

 

「さてさて!」

 

 五条はパンと手を打ち鳴らし、台車の上の巨大な箱をバンバンと叩いた。

 

「京都校にはお守りを渡したわけですが……そして! 我らが東京都立呪術高専の皆には、コチラ!!!」

 

 五条は、これ以上ないほどの最高のテンションで、両手を広げて叫んだ。

 

「故人の、虎杖悠仁でぇーっす!!!」

 

 ――バンッ!!!

 

 箱の蓋が内側から勢いよく蹴り飛ばされ、中からピンク色の髪をした少年、虎杖悠仁が、両手両足を広げた全力のポーズで飛び出してきた。

 

「はい!!! おっぱっぴー!!!」

 

 満面の笑み、そして全身から溢れ出る生気。

 数週間前、少年院で胸をくり抜かれて死んだはずの少年が、完全に生きた姿でそこにはいた。

 

 ――しかし。

 その場を支配したのは、感動の再会でも、驚喜の歓声でもなかった。

 恐るべき、絶対零度の静寂だった。

 

「…………」

 

 伏黒と釘崎は、目を見開いたまま完全にフリーズしていた。その顔に浮かんでいるのは、喜びではなく、文字通りの「ドン引き」の表情。あまりのサプライズのベタさと、その悪ふざけの度合いに、感情の処理が追いついていないのだ。

 

「……えぇー!!!」

 

 虎杖は空中でポーズをとったまま、必死に東京校の面々を見回した。

 

「な、なんで!? 全然嬉しそうじゃないじゃん!! 涙流して喜ぶところだろ、ここ!!」

 

 しかし、伏黒も釘崎も、口を半開きにしたまま幽霊でも見るような目を向けるだけだ。

 一方の京都校一行はといえば、虎杖の復活劇には一瞥もくれず、五条から渡された不気味なお守りを真剣な顔でいじくり回していた。

 

「これ、どうやって使うんだ?」

 

「呪力が込められているわけでもないみたいだけど……」

 

 完全に無視である。

 

「お土産に夢中で俺の存在にすら気づいてない!!」

 

 虎杖が箱に足を突っ込んだまま泣きそうになる中、一人だけ、この状況に心底驚愕している人物がいた。

 京都校の引率として後方から歩いてきていた、京都校学長・楽巌寺嘉伸である。

 宿儺の器である虎杖悠仁の死を裏で仕組んだ張本人である彼は、死んだはずの少年が元気いっぱいに飛び出してきたのを見て、シワだらけの顔を限界まで引き攣らせていた。

 五条は、そんな楽巌寺の顔を横目で見て、最高に性格の悪い笑みを浮かべた。

 

「いやー、よかったよかった。お爺ちゃん、びっくりしすぎて心臓発作で死んじゃうかと思ったよ」

 

 五条の明らかな煽りに、楽巌寺は杖を強く握りしめ、ギリッと歯ぎしりをした。

 

「……糞餓鬼が」

 

 その時。

 

 ――ガンッ!

 鈍く、しかし容赦のない音が周囲の空気を震わせた。

 見事に装飾されたサプライズ用の木箱が、乱暴な蹴りを受けて無惨にひしゃげる。蹴り飛ばした張本人である釘崎野薔薇は、肩で荒い息をしながら、目の前でバツの悪そうに首を竦める少年に鋭い視線を突き刺した。

 

「……なんか、言うことあんだろ」

 

 地を這うような低い声。だが、その声の端は微かに震えていた。虎杖悠仁は、釘崎の顔を直視してハッと息を呑む。

 普段は勝気で隙のない彼女の大きな瞳の縁に、いっぱいの涙が湛えられていたからだ。こぼれ落ちまいと必死に瞬きを堪えるその姿は、怒りという仮面を被った、安堵と悲しみの反動そのものだった。

 

「……生きてること黙ってて、本当にすみませんでしたっ!!」

 

 虎杖は勢いよく頭を下げた。90度、いやそれ以上に深く腰を折り、己の軽率なサプライズ計画を地の底まで後悔する。伏黒恵も横で深く溜息をつきながら、このいたたまれない光景を半ば呆れ顔で見守っていた。

 

 その時だ。

 ザッ、ザッ、と。彼らの重苦しい空気を意に介さない、一定のリズムを刻む足音が近づいてきた。

 振り返ると、そこには見慣れぬ外套を羽織った男、エレン・イェーガーの姿があった。どこか遠くを見透かすような、深い緑色の瞳。この場に集う呪術師たちとは明らかに異なる、硝煙と鉄の匂いを微かに纏う独特の気配を漂わせながら、彼は真っ直ぐに虎杖へと歩み寄ってくる。

 

「あ、アンタは……」

 

 伏黒が警戒を解かないまま一歩前に出た。

 

「エレン。虎杖と会うのは初めてか? こいつは虎杖悠仁。少し複雑な事情で、死んだことになってたんだが――」

 

 丁寧に状況を説明しようとした伏黒の言葉を、エレンは静かに手で制した。

 

「いや」

 

 低く落ち着いた声が落ちる。エレンは虎杖の顔を真っ直ぐに見据えると、微かに口角を上げて言った。

 

「久しぶりだな」

 

「え?」

 

 伏黒が呆気にとられる中、虎杖の顔にパァッと明かりが灯った。

 

「あ! お前、この間の巨人の――ッ!?」

 

 そこまで叫びかけた瞬間、虎杖の脳内にけたたましいアラートが鳴り響いた。

 

『いいかい悠仁。エレン君が巨人になれることは、京都校の連中には絶対秘密だよ? なんたってうちの最終兵器だからねぇ』

 

 いつぞやの五条悟の、黒い目隠し越しでも分かるニヤケ顔が脳裏をフラッシュバックする。そうだ、今は交流会の真っ最中。周囲には京都校の人間もいる。ここで「巨人」などと口走れば、五条の計画をぶち壊すことになる。

 虎杖は「んんっ!!」と変なうめき声を上げ、両手で自らの口をガシッと塞いだ。目を見開き、冷や汗をダラダラと流しながら、必死に言葉を飲み込む。

 

「……おい、どうした」

 

 訝しげに眉をひそめるエレンに向かって、虎杖はバッと両手を広げ、不自然極まりないほどの満面の笑みを作った。

 

「お、おう! 久しぶり! 元気してたか!?」

 

 あまりに唐突なテンションの切り替え。しかし、それ以上に周囲を置き去りにしたのは、二人の間に流れる「旧知の仲」の空気だった。

 

「……は?」

 

 釘崎の涙が、ピタッと止まった。代わりに、恐ろしいほどの剣幕が顔に張り付く。伏黒もまた、目を丸くして二人を交互に見ていた。

 

「ちょっと待て」

 

 釘崎が、ヒールの音を鳴らして二人にズンズンと歩み寄る。その瞳の奥には、先程までの感傷など微塵もない、純粋な怒りの炎が燃え盛っていた。

 

「アンタら、いつ会ったの。どこで会ったの。なんで知り合いなわけ!?」

 

 機関銃のような詰問。圧倒的な圧に虎杖がタジタジと後ずさる中、エレンは涼しい顔で答えた。

 

「俺がここに来て、ほぼ初めての日だ。確か、虎杖と目隠しが……頭が火山になっている呪霊と戦っているところに、たまたま通りかかった」

 

「はあ!?」

 

 釘崎の金切り声が響き渡った。

 

「火山の呪霊!? あんた、あの五条悟の激ヤバな戦闘現場に居合わせてたわけ!? ていうか、虎杖! アンタその時から生きてて、しかもエレンとは面識あったってこと!?」

 

「あ、いや、その……」

 

「なんで黙ってたのよ!!」

 

 ブチギレる釘崎。もはや彼女の怒髪は天を衝く勢いだった。仲間が死んだと泣き明かした夜は何だったのか。この男たちは、裏でこっそりと劇的な出会いを果たしていたというのか。

 詰め寄る釘崎に対し、エレンは淡々と、しかし決定的な一言を放った。

 

「目隠しに、黙っててくれと言われたからな」

 

「…………」

 

 ピキリ、と。釘崎の額に青筋が浮かぶ音が聞こえた気がした。

 虎杖への怒り。エレンへの戸惑い。それらすべてを軽々と上回り、一瞬にして呑み込んでいく巨大なヘイト。

 

(あの、クソバカ目隠し教師……ッ!!)

 

 釘崎野薔薇は両手で己の髪をぐしゃりと掻きむしると、今この場にいない無責任な最強の呪術師に向け、どうしようもない憤りと殺意を天高く咆哮したのだった。

 

 その後、広場の中央に現れた東京校の学長・夜蛾正道によって、京都姉妹校交流会の詳細なルール説明が行われた。

 

「これより、京都姉妹校交流会を開始する。ルールは至ってシンプル。指定された区画内に放たれた二級呪霊を、先に討伐した方の学校の勝利とする。ただし、区画内には二級以外にも複数の低級呪霊が放たれている。日没までに決着がつかない場合は、より多くの呪霊を討伐した方の勝利だ」

 

 夜蛾はサングラスの奥の目を光らせ、両校の生徒たちをぐるりと見渡した。

 

「妨害行為はありだ。ただし、相手を殺害したり、再起不能の重傷を負わせることは固く禁ずる。……以上だ。各校、作戦会議の後、正午より開始する」

 

 夜蛾の宣言により、両校の生徒たちはそれぞれ割り当てられた控室へと移動した。

 東京校の作戦会議室。黒板の前に立った真希が、チョークを片手に素早く陣形を書き込んでいく。

 

「いいか。虎杖が合流したことで、状況は大きく変わった。あいつら京都校の厄介な点は、何と言ってもあの筋肉ゴリラ、東堂葵だ。あいつが前線に出てくると、うちの陣形がズタズタにされる」

 

 真希は黒板の「東堂」という名前に大きくバツ印をつけた。

 

「そこで、虎杖。お前は東堂の足止めをしろ。勝てとは言わねえ、とにかく時間を稼げ。その間に、私や伏黒、パンダ、狗巻で京都校の他の連中を狩る。野薔薇は遊撃でサポートに回れ」

 

 的確な指示に、全員が頷く。

 そして、真希の視線がエレンへと向けられた。

 

「問題は、エレン、お前だ」

 

 真希の言葉に、全員の視線がエレンに集まる。

 

「お前は呪力がほとんどない。だから、普通に殴っても呪霊は祓えない。だが、お前の身体能力と対人格闘術は、呪力なしでも京都の連中にとって十分すぎる脅威だ」

 

 真希は黒板に『エレン』と書き、それを京都校の面々の名前に線で繋いだ。

 

「エレンの役目は、京都校の術師の足止め、妨害だ。特に、狙撃ポイントを取ろうとするであろうメカ丸や、上空から索敵する西宮を物理的に叩き落とす。……まあ正直好きに動いて構わない。……そして」

 

 真希は声を潜め、真剣な目をした。

 

「万が一、どうしようもない窮地に陥った場合のみ……あの『巨人化』を使え。ただし、五条の言う通り、これは最終手段だ。極力、全身の顕現は避けろ。右腕だけ、あるいは脚だけといった部分的な力で、一撃離脱を狙うんだ。……できるな?」

 

 エレンは静かに頷いた。

 

「……ああ。問題ない。索敵と対人戦闘は、俺の得意分野だ」

 

 立体機動装置での空中戦を潜り抜けてきたエレンにとって、箒で飛ぶ西宮など、立体機動装置がなくても、ただの的でしかない。

 

 もろもろの話し合いが終わり、作戦の全貌が共有された。

 全員が立ち上がり、決戦の地となる森へと向かうため、外へ出る。

 初夏の強い日差しが、彼らの顔を照らし出した。

 森の入り口で、伏黒がふと足を止め、隣を歩く虎杖に声をかけた。

 

「……おい、虎杖」

 

「ん? なんだよ、伏黒」

 

 伏黒は虎杖の顔を真っ直ぐに見据えた。

 

「お前……死んでた間に、何かあっただろ」

 

 その言葉に、虎杖の顔から一瞬だけ笑みが消えた。五条の下で映画を見ながら呪力をコントロールする特訓、吉野順平という友人を救えなかった凄惨な記憶、そして、ツギハギ顔の呪霊の手によって無惨に変えられた人間を自分の手で殺してしまったこと。

 虎杖は視線を落とし、誤魔化そうと頭を掻いた。

 

「いや、別になんもねーよ。ずっと映画見てただけだし」

 

 しかし、伏黒の目は誤魔化せないと悟ると、虎杖は小さく息を吐き、素直に答えた。

 

「……あったよ。色々と、な」

 

 虎杖は拳を強く握りしめ、顔を上げた。その目には、少年院の時のような迷いはなく、強靭な覚悟が宿っていた。

 

「……けど、大丈夫なのは本当だ。その色々とあったおかげで……俺は今、誰にも負けたくないんだ」

 

 虎杖のその言葉に込められた熱量を感じ取り、伏黒は静かにフッと口角を上げた。

 

「……ならいい。俺も、割と負けたくない」

 

 その伏黒の言葉を聞きつけた釘崎が、後ろから伏黒の背中をバンッと叩いた。

 

「なにが『割と』よ! 煮え切らないわね! 伏黒は、あいつらに一度ボコボコにされてんのよ!? そうじゃなくてもあの女、絶対にコテンパンにして、京都まで泣いて帰らせてやるんだから!」

 

 釘崎がハンマーを振り上げて意気込む。

 

 その隣で、エレンは森の奥深くに潜む京都校の気配を感じ取りながら、冷酷な目で前を睨み据えた。

 

「……俺は、呪霊なんかどうでもいい。それよりも、あいつを……あの女を、確実に殴り潰す」

 

 エレンの口から飛び出したあまりに物騒で私怨に満ちた宣言に、先頭を歩いていた真希が足を止め、大きなため息をついた。

 

「はぁ……おいエレン。お前、殺しは禁止ってルール聞いてたか? ほどほどにしろよ。半殺しくらいで勘弁してやれ」

 

 真希の言葉も大概であったが、エレンは「善処する」とだけ短く返した。

 全員の意思が一つに固まり、戦闘の準備が整う。

 虎杖が、かつての明るさを取り戻し、両拳をパンッと打ち合わせて号令をかけた。

 

「よっしゃ!! 東京校、絶対に勝つぞ!!!」

 

 その声と共に、開始の合図を告げる呪力の信号が空に放たれた。

 エレン・イェーガーは、巨大な木々が鬱蒼と生い茂る呪いの森へと、その身を躍らせた。

 第二の人生での、本格的な戦いの幕が、今、切って落とされた。

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