女尊男卑な異世界で成り上がるためにはわからせとハクスラが必要らしい 作:ベリーナイスメル/靴下香
アイリという女は常に正解ではなく正義を選び続けてきた。
社会的な正義、従者としての正義、一人の女としての正義など多岐にわたる正義の中で己が信じる正義を貫き続けてきた。
それは例えば、一族がハラメントス家に仕える家系であるから代が変わろうと関係なく当代の主に忠誠を誓うこともそうだろう。
もちろんと言うべきか、アイリとて正義とは立場や時と場合によって形を変えるものだと理解している。
元より正解を掴み取り続けられるほど自分のことを優秀だとは思っていなかった。故にこそ自分の信じる正義を貫き、100点を取り続ける自分ではなく、誰が見ても80点と認められる自分を目指した。
そんな彼女にとってカツオ、もといカッツォは到底理解の及ばない人間だった。
思わず掲げる正義の枠を感情が乗り越え、必要以上に冷たくあたってしまった理由はそこにある。
サティアの従者としてそのような振る舞いは正義と呼べないと思い直せる位には、まだ手遅れではなかったが。
「――あり、えない」
冷静になってから適性レベルに満たない彼を火竜の庭へと向かわせたことを死ねと言ったと同義だと省みて、わざわざ使い魔を放ち彼の安全を確認すれば、使い魔の視界越しに見た光景に絶句した。
どうしてわざわざ危険を冒すのか、どうしてわざわざスタンピードを発生させようと動いているのか。
『ハハッ! やぁっぱキッツぃなぁっ! たまんねぇっ!!』
どうしてそんなに、楽しそうに笑うのか。
「ま、さか。それほどに、愚か、なのです、か?」
あり得なくはない発想だ、スタンピード発生の危険性など知らなくてもおかしくはない。
何より汚らわしく無知蒙昧な男という生き物だから、刹那的な快楽を貪ることはあってもおかしくない。
だが、それはカッツォには当てはまらない。
「うま、すぎる……! 何なの、ですか!? この動きは……!」
誰もが見てわかる苦戦が繰り広げられていた。
当然だ推奨レベルは推奨であって適正レベルではないし、カッツォが苦戦する理由なんていくらでも思い浮かぶ。
だが、カッツォは苦戦しながらも確実に状況を有利へと運んでいく。
致命傷を必死で避けながら、母体を食い破って出てきたフレイムリザードの幼体捕獲を試みる。
恐らく後一撃か二撃攻撃を受けてしまえば死ぬ、そんな時ようやく捕獲を成功させ。
「っ……!」
アイリをしてゾクリとしてしまう笑みを浮かべ。
『ほぉら火トカゲちゃん? コレごと俺を殺してみろよ』
幼体をフレイムリザードの成体に向けた。
そう、人質だ。
フレイムリザードは幼体を守るために狂暴化する。
ならば、守るべき対象を盾にされてしまえばどうなるのか。
その答えが。
『いい子だ。そのまま大人しくしておけよ? じゃないとうっかりコイツ、ヤっちまいそうになっちまうからな』
言葉は当たり前に通じないだろうが、意図は十分に伝わっているのだろうフレイムリザードたちはどうすることもできず、地面を蹴って苛立ちを露わにしている。
まったくもって、どちらがモンスターなのか、悪役なのかと言いたくなる光景だが、重要な点はそこではない。
「アレが、愚かな男にできるわけが、ない」
無知が理由で危険の上を踊っていたのなら嘲笑うこともできるだろう、哀れなピエロだと。
しかし、彼は歴とした勝ち筋を、つまりは攻略法を持った上でああ振舞っていたのだと証明した。
「こん、な……ゼロか、ひゃくか、みたいな、真似を……!」
私には、できない。
アイリは知らずの内にイスへと崩れ落ちるように座った。
『そうだ、しっかりわかってくれたようだな? 安心しろよ、俺はもう退散してやるからさ……後は好きなだけ、好きなように繁殖しとけ』
使い魔から届けられる映像から目を離し、聞こえてきたのはそんなセリフ。
「あぁ、そうですね、わかった、わかりました。わからされましたよ……あなたは、これ以上ないほど私の」
アイリは小さく呟いた。
「サティア様」
「あら? どうしたのかしら?」
「カッツォに任せた仕事が終わったので、そのご報告を」
「へぇ? 何を任せたのかは知らないけれど、随分と早いのね」
ぴくりと、サティアのセリフを聞いてアイリのこめかみに力が入った。
早いのね、という言葉。
アイリなら無理難題に近いことを仕事としてカッツォに任せただろうにも関わらず、その困難な仕事がこんなにも早く完了されるなんてカッツォはやっぱり面白い男だ。
そう言う意味合いが込められていることを察してしまったからだ。
「はい。今回に関して、私は強く反省致しました」
「反省?」
「あの男を、カッツォを見くびっておりました。アレは確かに、サティア様が面白いと言うに足る男だと認識を改めました」
「……ふふっ。そう、アイリがそう言ってくれるのなら、私も私の目と勘を疑わずに済むわ。ありがとう」
心底楽しそうに、嬉しそうにサティアは笑った。
それは言葉通りの意味もだったし、何よりもアイリが偽りない考えを述べたからでもある。
「つきましては」
「ご褒美、ね?」
「はい。ですが、先にこちらを」
「うん?」
一瞬アイリの表情が悔し気に歪んだ。
表情の変化も気になったが、それ以上にアイリが背後より取り出した何かが気になる。
「カッツォよりお土産、だそうです」
「おみやげ?」
布が被された、何だろうか。
再びアイリが今度は露骨に悔しいと顔に書いたまま布を取り除けば。
鳥かごのような檻に入れられ、すやすやと眠っているフレイムリザードの幼体がいた。
「……フレイムリザードの、幼体、かしら?」
「はい。曰く、ペットの一匹でもいれば多少は退屈も紛れるだろう、とのことです」
「――」
アイリが言った言葉の意味を理解した瞬間、サティアは全ての時から置いてけぼりにされた。
「――あぁ」
止まった時が、サティアの熱い吐息によって動き出し。
「アイリ」
「はい」
「カッツォを、ここに」
「……かしこまりました」
音もなくアイリが退出していくのを見送った後、ただ一言。
「カッツォ……なんて、愛おしいの」
目を見開き頬を上気させ、自分の身体を掻き抱きながらサティアは呟いた。