女尊男卑な異世界で成り上がるためにはわからせとハクスラが必要らしい 作:ベリーナイスメル/靴下香
女性が尊く上位にいて然るべきである理由の一つが魔力の存在である。
あるいは超常現象的な能力の行使と言っても良いだろう。
有している魔力でその人だけしか発現できない魔法、奇跡と言ったモノで女性の地位は高く貴き場所を担保される。
トップオブザトップに在る王族たちは別にして。
その魔法や奇跡の価値が高く替えが利かないものであればあるほど上流と呼ばれる位置に据えられる仕組みになっている。
「はい、今日の治療はこれで終わりです。お大事に」
「ありがとうございます、サティア様」
そんな中ハラメントス家は代々高度な治療魔法を、継がれた魔力によって行使できていた。
普段のドレスではなく白衣を身に纏い、家中では見せない外向き、あるいは女医としての笑顔を持って患者を見送るサティアの姿は、何処を見ても完全無欠なドクターのそれである。
「さて、後何人かしら?」
「先ほどの方で終了です。流石サティア様、いつもならもっと時間がかかるのですが、来て頂けて助かりました」
「そう。アイリの方は後どれくらいになるかわかる?」
「奇跡科の方はまだ混み合ってましたから、もう少しかかるかと思います」
対してアイリは魔力を練った祈りによって奇跡を起こすことができる。
例えば心の病気、トラウマの治療であったりは奇跡を用いて癒すことになるが。
「珍しいわね? 心の風邪でも流行していたかしら」
「お言葉ですが……品評会シーズン後ですから」
「あぁ、そうね、そういうものだったわね。ごめんなさいね」
「と、とんでもありません」
カッツォの印象があまりにも強すぎて、つい世間の常識を塗り替えられてしまっていたとサティアは少し恥じ入った。
品評会シーズン後、すなわち新しい男を手に入れた後は決まってダンジョンなどで重傷を負う男が多く現れる。
世間一般の言葉を借りるのであればちゃんと役に立つ男なんて早々手に入らないから仕方ないというものだったが。
サティアから見れば手に入れたモノの力量すらちゃんと把握できず無茶を命じる主人の能力不足が主な原因だろうと捉えている。
「お待ちになられるのでしたら、部屋とお茶をご用意致しますが」
黙り込んだサティアを前に、助手としてついていた看護師が申し出る。
カッツォがいない退屈を癒しに来るべく久しぶりに仕事へ来たというのに、その退屈凌ぎが無いのであればここに居る理由もないだろう。
「いえ、折角だけれども――」
「申し訳ありません失礼します! 急患です! 救急処置、お願いできますか?」
「――ええ、大丈夫よ。容体は?」
ノック無しに診察室へと入って来た看護師の姿に椅子から持ち上げかけた腰をもう一度落ち着けて、サティアは気を引き締め直す。
「それが、ですね、男の患者なのですが」
「怪我人病人に性別は関係ないといつも言っているでしょう。もう一度聞くわ? 容体は?」
「も、申し訳ありませんっ! 腕の欠損です!」
「欠損……こっちに回って来たということは、切断された腕も持ってきているのね? 処置室へ向かうわ」
こくりと頷いた看護師へ向けてではないが、サティアは笑みを浮かべた。
(いい度胸、と言うか胆力をしているわ。普通、欠損案件であれば奇跡科に回されて一か八かにかけることになると言うのに)
いっそのこと気が触れていると言ってもいい。
切断されたという事実と衝撃で頭をおかしくしてしまうほうが普通だ、それも男なら尚更。
だというのにここに腕を持ってきたということは理性を手放さずに冷静な判断を下せたということ。
「まったくどうして、見どころのいる男はいるものね」
いっそのこと治療後は自分の家へと迎えてカッツォと共に自分へ尽くさせるのも面白いか。
そんな風に考えながら、処置室の扉を開けるとそこには。
「っ!?」
「あー……申し訳ありませんサティア様。片腕ナシは見苦しいかと思って治療院に来たつもりだったんですけども」
「カ、ッツォ……」
「そのサティア様に担当してもらうことになるとは思わなかったです。お恥ずかしい。あ、白衣姿も素敵ですね!」
失血によるものだろう顔色を悪くしながらも、気恥ずかしそうに笑うカッツォの姿があった。
努めて、冷静に。
ベッドに寝かされたカッツォを前に適切な治療を手際よく行えるように。
(そんなことを意識することになるとは思わなかったわ)
自分に言い聞かせて平静を保つなど、自分がすることになるとは思わなかったと考えれば不思議と余裕がサティアの中に生まれた。
一言ショックだった。
衝撃の内訳は本人であるサティアとて言い表せないが、片腕がないカッツォの姿を見た時心臓が止まるかと思ったことは確かだ。
「まったく本当に。あなたには驚かされてばかりよ? カッツォ」
「それは、何よりです。あとカツオです」
「うふふ。その返事も好みよ」
大体五日間か、会えない時間が感情を高めるとは本当だったかとサティアは自然と笑みを浮かべてしまう。
この心地よいやり取り。
仮にアイリであるのなら恐縮して申し訳ありませんサティア様の連呼だっただろうと容易に目に浮かぶ。
「だけど、そう言えるあなたなのだからあまり無茶はしないで頂戴? 私を楽しませてくれると言うのなら、無駄死になんてしちゃ期待外れもいいところよ?」
だからだろう心の底からの本音がつい口から零れた。
会って数日、配下にして僅かな時間だと言うのに、早くもサティアはカッツォを大事に愛しく思っている。
あるいは、このカッツォが生きている間は退屈から解放されるだろうという確信が故に、かも知れないが。
「無駄死に? そんなのしませんよ」
「もう。こんな怪我するような人が言えるセリフじゃないわよ」
「いえ、お言葉ですがだからこそ言えるセリフですよ」
「……? ごめんなさいカッツォ、少し意味がわからないわ」
思わず、あるいは予期しない言葉にサティアの手が止まる。
「無駄ではありませんから」
「え?」
「この怪我は必要経費でした、断じてミスや失敗、敗北なんかではありません。その証拠に、ほら」
「……これ、は?」
ごそごそとカッツォの繋がったままだった腕が中空を弄り、インベントリバックから何かを取り出す。
「遠見の手鏡と言いまして。魔力量次第ですが遠くの場所をこの手鏡に映すことが出来ます。これがあれば、離れていても俺を楽しめますよ、サティア様」
「あ……」
「五日間、帰りもせずに申し訳ありません。心配をしてくださったのであれば尚更。ですがこれで俺が家にいなくとも大丈夫でしょう? どうぞ、お受け取り下さい」
「――あぁ」
カッツォの言葉でサティアの胸を衝いたのはやはり愛おしさ。
だったが、その愛おしさは。
「ねぇ、カッツォ?」
「はい。カツオです」
今の今まで、誰に対しても感じられなかった熱量を持っていて。
「私……あなたのことを、どうにかしてしまいそうよ……!」
熱に浮かされたままサティアは、カッツォの首筋へと吸血姫の牙を突き立てた。