女尊男卑な異世界で成り上がるためにはわからせとハクスラが必要らしい   作:ベリーナイスメル/靴下香

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スタートの裏側

 一つ、揺るぎなく間違いない事実を述べるとするのならば。

 

「――あら? どうしたのかしら」

 

 白亜の教会での光景をうっとりと眺めていたサティアに、何一つ過失がない事だろう。

 

「魔力は、大丈夫なはずだけれど……」

 

 カッツォより贈られた手鏡に異常がないかを確かめるサティアだが、何処にもおかしいところは見当たらない。

 

「もう。私の余暇がこんな形で奪われてしまうなんて」

 

 頬を小さく膨らませてサティアは拗ねた。

 そのらしからぬ姿を見るものが見れば、あるいはアイリであったのならメロメロになっておかしくないだろう振る舞いを見せてベッドへと身を委ねる。

 

「でも……うふふ。本当に、素敵よカッツォ。私のために、死をも臆さないなんて。もう、この気持ち、どうしてあげましょうかしらね」

 

 サティアの脳裏に浮かぶのはさっきまで見ていた光景だ。

 

 アイリの奇跡を使った攻略であることは理解している。

 ただ、どうやっても自分では死を耐えるなんて使い方を思いつくことは出来なかっただろう、何よりそんな必要がサティアにはないために。

 

 そうとも、カッツォは必要だからしているのだ、他ならぬ自分のために。

 

「あぁ、カ、ッツォ……あなたの愛が、心地よいわ……」

 

 そう信じている、信じているから心地よい。

 一体どこまで行くと言うのか、高みへ昇ると言うのか。

 

 そのために、カッツォが至高の位置にまで羽ばたくためならば。

 

「カッツォ……あなた、になら、わたし、はぁ……ん、ぅ」

 

 この身、この心をも捧げてしまっても構わない。

 

 湧き出る情愛、その心が向くままにサティアは自分の身体へと手を伸ばそうとするが。

 

「っ……だめ、だめよサティア。この身は、カッツォが求めた時、キレイなままで。そう決めたじゃないの」

 

 際どい所で我に返ることができた。

 

 そうだ、サティアにはもうカッツォが残した軌跡に見合うご褒美が思いつかない。

 ならばこそ求めたものを全て捧げようじゃないかと決めた、それが例え己の身体であってもだ。

 

 だからこそこの身体には手垢一つすら残さない。

 たとえ今のように離れていても、一切の妥協を許さない。

 

「カッツォ……早く、早く私を、求めて、ちょうだぁい……」

 

 カッツォが刻む軌跡、その全てがサティアのためにあるとするのならば、自分もまたそう在るべきで、在りたい。

 

「こんな気持ち、初めてなのカッツォ……いいの、いいのよ。あなたがいつ、どこで、私を求めても。私は、私はいつでも笑って、あなたの褒美となるわ……」

 

 サティアはこれを純愛と信じて疑わない。

 相手に見合う自分であろうとする気持ちは美しいものだ、想い合っていることの証明だ。

 

 そう、これこそサティアの初恋だ。

 

 だからこそ、あるいは故にこそ、サティアに過失は存在しない。

 

「ふ、ふふ。うふふふふ」

 

 初恋が故に、恋路の歩み方が拙いだけなのだから。

 

 

 

 この異世界にはそもそも男女間における恋愛感情とは存在しない。

 それはある意味、何処かの世界で男女の間に友情は成立しないだとか言う言葉と同程度のモノではある。

 

 あるが、どちらの世界にも共通して。

 

(アイリ、カッツォ……? い、ったい、何を、しているの?)

 

 初恋は成就しないという言葉は存在する。

 そしてその意味を今、サティアは実感する直前へと足を運んだ。

 

 屋敷へと戻る途中、ようやくと言うべきか繋がった遠見の手鏡に映った光景は、カッツォの前へと跪き、膝の間で何かをしているというものだった。

 

「……すー、ふー……」

 

 一つ、サティアは大きく深呼吸をした。

 

 初恋は成就しないという言葉は知っている。

 知っているが、敗れたと決まったわけではないのだ。

 

 あえていうのであれば、そう。

 

「これは、試練、ね」

 

 純愛の証明を試されている。

 サティアはそうだと認識した。

 

「ええ、私は言ったもの。己を高めるためになら、アイリを使って良いと」

 

 アイリも言った、カッツォに尽くせと。

 自分が言ったことなのだ、多少想定外の予想外を前にして腹を立てるなど器が知れると言うものだ。

 

「怒る権利は私にない。何よりこうなってもまだ、守れと言ったことは守っているみたいだし……ええ」

 

 それでも多少拗ねるくらいはしても良いだろう。

 理由を聞いて、どうしてそうなったかの詳細を聞いて。

 

 自分が勘違いをしている部分だってあるだろう、それは相手も同じく。

 

 何よりサティア自身が心奪われた相手だ、アイリとてカッツォと接する時間を長く取ることによって心をつい寄せてしまったとしてもおかしくはない。

 

「まったく、もう。ちゃんと、説明して貰わないと許さないんだから、ね」

 

 どうにも初めての感情を与えられてばかりなことに、サティアの顔へ苦笑いが浮かんだ。

 

「拗ねる、ね。どういう風にしたら、いいのかしら」

 

 重ねて、誰であっても初めてすることなら上手くできなくて仕方ない、それどころか当たり前。

 

「もうっ、どういうことなのかしら? カッツォ、アイリ。説明なさい! こ、こんな感じ、かしら?」

 

 ただ、この時点でサティアは一つ忘れてしまっていた。

 

「――あら、随分と……私のために、自分を磨いてくれたようね? カッツォ。……えぇ、これがいいわね」

 

 世界有数、上流階級と呼ばれた女の少し(・・)が、下位のものからみて、どのように映るのかを、だ。

 

 

 

 すなわち、一言で言えば勘違いのすれ違いが産んだ悲恋、と言えなくもない。

 見ようによっては喜劇とも言えるだろう、当然当人らは至極真面目、必死も必死だったが。

 

(お、落ち着き、なさい、私。こ、これじゃあ二人を責め立ててしまっているかのようじゃない……!)

 

 理性的に、自制して話すつもりだったサティアではあったが、想像通り上手くは行かなかった。

 

 目の当たりした光景が生々しすぎたことも理由の一つとしてあっただろうが、やはり慣れない感情を御しきれるはずもないというモノが一番の理由だろう。

 

「ねぇ? 教えて? どうして私のモノを取ったの?」

 

 違う、全然違う。

 こんなことを言いたいわけじゃない、それでも言葉は止まらない。

 

(違う、こうじゃないの……こんなことを言いたいわけじゃない、あなた達を詰りたいわけじゃない)

 

 止まらない言葉の歯車となっているのは感情だ。

 だが感情が故にどうにも自分では止められないことをサティアは嘆く。

 

(もう、嫌……誰か、誰か私を止めてちょうだ――あ)

 

 不意に閃いた。

 

「答えなさい、カッツォ。どうして?」

 

 カッツォだ、カッツォに止めて貰えたのなら、きっと。

 

 目の前の景色が急に開けた気がした。

 そうとも、自分を愛して止まないカッツォなら。

 

 あの時のように、上手く自分を止めて、諫めてくれるに違いない。

 

(結局、あなたに縋ってしまう私を許して、カッツォ。けど、あなたなら。あなたに止めて貰えたのなら、その時は――)

 

 願い、期待、そして絶対的な信頼。

 

 そんな思いで、カッツォを見た、縋った、その時。

 

「くはっ、く、ククク……」

「カッツォ……?」

 

 開けた視界の先で。

 

「はーーーっはっはっは!! なぁに考えてんだよ! 俺はっ!!」

 

 大きく、笑った。

 

「こうだから良いんだろうがよっ!! ははっ! はははははははっ!!」

 

 それこそ、目が覚めたと言うかのように、漂う愚かな空気を吹き飛ばすように。

 

「いいさ! それでいい! 逆ギレでも自暴自棄でもなんでもいい! 俺は、俺はっ! こういう場面でこそ逆転できる男なんだよっ! バカタレがっ!!」

 

 ……あぁ、わからない。

 カッツォは何を言っているのか、サティアにはこれっぽっちも理解できなかった。

 

 ただ、こうして笑うカッツォは。

 

(あぁ、そう、あなたはそれでいい。そうだからいいのよ、カッツォ。さぁ、止めて? 愚かで未熟な私を、さぁ)

 

 サティアが愛して止まないその人そのままで。

 

「サティア」

「っ!? きゅ、急に呼び捨ててくれるじゃない……何? 納得できる言い訳でも考え付いたのかしら?」

 

 未だ口から零れる言葉はトゲトゲしい。

 期待を持って、次の言葉をサティアは待つ。

 

「……あぁそうだな。考え付いたよ、さいっこーに滾る状況設定をな」

「状況、設定……? 何を、カッツォ? あなたは何を、言っているの?」

 

 しかし、どうにも、少し、違った。

 求めていた言葉とは、少し違う匂いがした。

 

 だが、時は動いた。

 サティアはただ待つしかできない、賽は投げられカッツォの手元で回っている。

 

 そうとも、カッツォにしか進めることはできない。

 出来ないからサティアは待つ、止めることなく、不穏な空気を感じていても。

 

 待った、結果。

 

「っ!?」

 

 目の前で、カッツォはアイリと口付けを交わした。

 

「そんなだから、だぜ? いつでもウェルカムって股濡らしてるメスをさー、勿体つけてもっともっととか欲張るからこうなる。いや違うか、もっと単純に、一言でアンタのことを言い表してやるよ」

「い、や……やめ、なさい。それ、以上は……い、今なら――」

 

 あぁ、もうサティアにはわからない。

 

 わからないが、一つだけ、そう重ねて一つだけ。

 

「じゃ、いれる――間違った。じゃ、言うね……この、チキン野郎がっ!! 寝取られても仕方ねぇよ! そんな勘違い拗らせたバカ女じゃなぁっ!!」

 

 私は、悪くない。

 

 そんなちっぽけな、初心な女の言い訳を握りしめたまま。

 

「――殺すっ!!」

 

 目の前で笑う、あり得ない男へと飛び掛かった。

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