シャアのいない宇宙世紀で 作:ギレンの野望大好きおじさん
極彩色な空間でシャリア・ブルは思案する。
「ギレン閣下、面白いものが見れるとはこのことですか?」
この地に派遣される際、艦政本部長のギレン・ザビ大将から放たれた言葉を思い出す。
『……ついでに、ララァ・スンと会うといい。きっと面白いものが見れる』
話の締めに、ついでのように語られたが、もしかするとこれが本題だったのかもしれない。
そうでなければ、わざわざ木星輸送艦隊設立のための準備委員会から自分がここに呼ばれる理由がなかった。
「おや、貴方もギレン閣下に見出されたのですか?」
いつの間にか目の前でパプテマス・シロッコが浮いている。
そう、浮いているのだ。
当然、自分も無重力空間特有の浮遊感で浮いている。
異なるのは、自分の意思で移動可能なことだ。
「……シロッコ博士は、これをご存知でしたか」
シャリアの疑問に、シロッコはギレンとの出会いにララァとの修行までを思念で返してきた。
成程、ギレンの思考が読めないのは不思議に感じていたが、彼らの様な熟達した人間でも読めないのだ、そういうものだと納得する。
「あら、貴方が気になるのはそちらなのね」
いつの間にかララァ・スンも近くに浮いている。
木星船団時代から稀に自分と似た勘のいい人間はいた。
そういう人間とは仕事がやり易い。
故にララァやシロッコの様な人間がいることに不思議はない。
全く読めない人間はギレンだけだった。
「あの人は、そうね。不思議な人」
言葉にしなくてもふんわり伝わる。
楽は楽だが、会話をするには言葉にした方が早い。
雑多な思念で会話がこんがらがる。
「あちらは宜しいので?」
視線の先、アマテ・ユズリハとカミーユ・ビダンが激しくぶつかり合い、ファ・ユイリィはそれを止められずに引っ張られ、ハマーン・カーンがそれを制止しながらもアムロ・レイに疑問をぶつけている。
「問題あるまい」
シロッコの返答には愉悦が混じる。
こういった意思のぶつかり合いをシロッコはプラスに捉える。
有意義な討論は新たな技術の地平線を見出す。
ぶつかり合うことで深く結びつく友情もあるのだと、年長者目線で彼らを観ている。
「アムロはともかく、カミーユは止めた方がいいのでは?」
ミライ・ヤシマが慣れない様子で話に混じる。
シロッコへの呆れと、カミーユへの心配の思念が流れて来る。
「流石はミライだ。この空間の本質を掴んでいる」
シロッコが未来の妻を称賛する。
このキラキラな空間──割と、相互理解が出来るか? といえばそうでもない。
ララァクラスが相性のいいアムロと通じ合えば近い未来さえ見通せるが、ハマーンとカミーユでは覗き込んだ野心に怒り、踏み込まれたことへの怒り、と通じ合う以前の問題だ。
NTといえども他人の秘めたる思念までは読み取れないし、出力差でそもそも思念に触れられない事だってある。
故に喜怒哀楽の感情がそのままこの空間での思念に繋がる。
その時の思考がそのまま読心への防御壁になる。
言葉にすると更に強まる。
カミーユなどは怒っている時には、怒っていることしかわからない様に。
成程、今のミライはシロッコに呆れていることと、カミーユを心配していることしかわからない。
「ところで、ここに居られない方もいますが、彼女との時間軸はどの様に?」
勿論、ここにフラウ・ボウはいない。
既に体感として数分は経過しているが、時間の齟齬はどうなっているのだろう。
「それは区々かな。外の時間と同期している事もあれば、一瞬の時もある。今回は、一秒もかからないだろう」
──空間が開く際に、ララァ・スンがそれを掌握し時間の流れをずらした。
そのシロッコの解説に驚愕するが、
「別に大した事はしていないの。私たちにこの空間に意識を飛ばせる能力があって、そこの設定をいじれる事を知っているだけだもの」
──今の所、内緒話にしか使えないわ、離れた場所には繋がらないし。
ララァがなんでもない風に捕捉する。
サイコ・コミュニケーターが無ければ、案外出来る事が少ないのがNT。
簡単に人体実験をできないのがこの世界、NTが戦争に用いられる事はなさそうである。
そもそも戦争が起きそうにないが。
「ところで話は変わりますが、お二方はギレン閣下が何をお考えか知っておられますか?」
喧々囂々の若者たちは置いておいて、シャリアは付き合いの長そうなニ人に尋ねる。
連邦宇宙軍、艦政本部長ギレン・ザビ大将の目的が分からない。
割と喉に刺さった小骨程度には疑問が残り続けている。
普段、人の考えがわかる故の弊害だ。
「戦争のない世界かしら?」
「火星の人類圏への組み込みかな? 動力機関関連の投資が割と露骨だ」
二人は直ぐに返答する。
思考は読めないが、行動はわかり易い。
軍事費は拡大しているが、全体としての割合は縮小している。
その分、火星開発事業が拡大しており、その中継点として史実の小惑星要塞、ア・バオア・クー、ソロモン、アクシズがそれぞれ、ゼダンの門、コンペイトウ、モウサと呼ばれ三カ所に配置する計画だ。
現在、急ピッチで集積基地としての機能を建設中で、それが終わり次第グワジン級に更新されたジュピトリス級を同伴して目的地に向かう算段である。
「木星支援の前段階の火星開拓ですか」
シャリアも火星方面艦隊の研究会には何度も参加している。
地球圏に帰還した際には木星輸送艦隊と合わせて発足していたので、気が付かなかった。
シロッコとしては、パプテマス粒子の研究が動力機関に偏っていることが不思議であった。
既にある答えに向かうかのような研究に違和感を感じている。
粒子で物体を包み込み、その状態で加速するとスーパーキャビテーションに似た挙動が発生した。
この前段階の粒子散布空間で発生源がスライドする現象があり、重力下での浮遊実験も行われている。
史実のミノフスキードライブとフライトだが、こちらでは戦争に使われる事なく惑星間移動のための技術として発展していた。
「艦隊派が大人しいのは、新型機関搭載艦が餌として目の前にぶら下げられているからだ。設計局では相当数の新造艦計画が動いていると聞く」
まだ噂の新型機関が完成もしていないのに……
テム・レイがそんな事を思案していた事があった。
シレッと読み取った上、この場で漏らすシロッコにララァは呆れた視線を向ける。
「私はそちらは詳しくはないけれど」
そう前置きした上で、シャリアの疑問に返答する。
「ジャミトフ閣下の行動の是非を聞いた時にこう言われたわ」
ギレンとの会話を思い返す。
『ジャミトフのアレか。まあ、貴様には聞く権利もあるだろう』
『本来は地上の格差から、古の例に倣い大反乱が起きる事を想定していた。そう思って、食料の供給だけは欠かさずにいたのだが、政府がああ動くとは想定外だった』
『ゴップ閣下の許しを得てジャミトフがああも迅速に動くとはな。言い訳にもならんがね』
『元々、公共機関の劣化で文明レベルが後退していたから、四半世紀もしないうちに人口は半減していただろうが。様々な想定外が歴史を早回しにした、そう言うしかない』
『ふむ、想定通りはあったか? か。そうだな、戦争は起きなかった。兵士は怒るだろうがね、アレは戦争ではないよ。だから、戦争は起きていない、それだけは想定通りだ』
何度か苦笑を交えながらギレンはそう語った。
一切の揺らぎも無かったと思い返す。
まあ、内面が読めないのだから見たまましか分からないのだ。
ただ、戦争が起きていないと強調していた事が印象に残った。
その後、テムに引き合わされ、その流れでアムロと出会う。
そこで空間認識が弾けた。
広がり流れ込んでくる膨大な思念、しかしそれは地上の怨念に塗れたそれと異なり、明るい未来への期待に溢れていた。
『ララァ! これが、これが君の見ている世界なのか!』
『いいえ、違うわアムロ。貴方と出会う事で開けた世界、こんなに広い世界は初めてよ』
アムロと語り合いながら、こちらが良いなと無意識で思う。
テムの不器用な息子への愛情、フラウから向けられる複雑な嫉妬混じりの友情。
多分、明日の不安が無いからだろう。
今日より良い明日を信じる事ができる環境が宇宙にはあった。
そして、シロッコに引き合わされた。
『これが! 私が目指す果てか!』
『そうかしら? 私にはこの先があると感じるのだけど』
ギレンにこの男を導く様、言われた気がする。
近視眼的な男だ。
ただ才能は最上に感じる。
多くの方向にこの男の才能は開花するだろう。
その分野の頂点には及ばない。
しかし、複数の分野を組み合わせて次の扉を開く鍵になる男だ。
面倒事を投げられた気がした。
「あの時は私も若かったのだよ」
余計な事まで思い返して、シロッコが言い訳をしてきた。
元々自分の開発した技術より優れたものがあれば、そちらを普通に自身の開発体系に組み込んでしまえるだけの器はあった。
しかし、この超能力だけは別だった。
史実では己以上の才能はいないと慢心し、それが死因となっている。
こちらではギレンと会い、価値観が揺らいだところにララァと遭遇したのだ。
能力の果てを見たと立ち止まった自身と異なり、まだ先を見るララァにシロッコは己の分を弁えたのだ。
「大分、脱線したけれど……」
「いえ、ギレン閣下がお二人に相当気を遣っていることは理解しました」
そして自分が相当便利使いされていることにも気づく。
成程、軍人として優秀で、読心も周囲の人間関係の調整に腐心していれば、上の人間から重宝されようというものだ。
とはいえ不満があるわけでは無い。
直接答えは貰えないが、こうしてヒントは与えられている。
故に疑問であった。
ギレンから特別視されている二人と異なり、シャリア自身は彼の視界に入らないアムロたちに近い枠組みの人間だ。
木星帰りの超能力者にそこまで目をかける理由が無い。
よもや、前世で上手く使いこなせなかった反省で便利使いされているとは思わないだろう。
「そろそろこっちを助けてくれ」
アムロが苦笑しながらヘルプを求める。
カミーユとアマテの諍いは未だに収まらない。
観客目線のアムロファンと、選手目線のハマーンのコンビがお互い理解できるはずもなく、僅かな年齢差が余計な諍いを生む。
カミーユもハマーンが下手とは思っていない。
アムロが特別に上手いのだ。
素人目線の自分だけでなく、シロッコもボッシュも手放しに誉めている。
故にアマテの言い分が癇に障る。
アムロさんは真面目に、真面目……半分以上真面目に取り組んでいるんだ!
しかし、アムロへのフォローが、少し詰まる。
思い返すと、割と大学生らしい適当さに溢れていた気がする。
半分じゃねーか!
当然、アマテがキレる。
余裕を持った遊び部分が、努力を何倍にもするんだよ!
楽しむ力が才能の伸びに繋がるんだ、とカミーユ自身の体験を叫ぶ。
カミーユもアムロに似て機械工作が趣味の一つだ。
間違いなく両親の血を引いている。
アマテから見ると眩しいくらいに羨ましい。
特別な親を持ち、特別な才能をもった普通じゃない人間。
普通の親から生まれた普通の自分。
……特別になりたい。
ハマーンと出会った事で、やっと特別な場所に立てる。
私とハマーンの邪魔をするなァ!
アマテの勝手な憧れに、カミーユも切れる。
人の事も知らずに! 勝手な!
思念がぶつかり合うが、サイコミュの補助もないそれは子供の喧嘩に他ならない。
他ならないが、ぶつかっては弾かれ、またぶつかる。
それに巻き込まれたファは目を回している。
しばらくして、ハマーンは二人の喧嘩が大事にならないと判断した。
そしてアムロに説明を求める。
とはいえ、アムロもこの空間が何なのかは知らない。
「何から言ったものかな? 俺から言えることなど何もないようなものだが……」
この空間は一体何か? マチュは、もう…… やはりMWの専門知識も必要かしら?
「ああ、思念をまとめるといい。聞きたい事を一つにして集中すれば、俺みたいに言葉にできる」
本来であれば、一対一で訪れる空間に多人数が来た為、色々考えがちなハマーンは複数の思念が飛び交う。
反面、カミーユとアマテは真っ直ぐな思念のぶつけ合いで言葉でなくとも、分かり合えない事が分かっている。
そして流石のハマーンである。
「そうか、この空間では考えている事がそのまま伝わるのか……」
すぐさまこの空間の特異性を把握する。
肉体感覚が無い、夢に似た無重力とはまた異なる浮遊感がある。
「先に俺の知っている事を言っておく。この空間の学術的な名称はない。今の所、意図的に発生させる事ができるのはララァだけだ。外との時間差は区々、入る際に決めるらしいが俺には出来ない。あと、なんだったか……」
アムロもここではララァとふんわり語り合う事ぐらいしかしていない。
史実より遅く覚醒し、その後も長く触れ合う事でコントロールも上手く調整できている。
カミーユの様に周囲に過敏に反応する事なく、それでも僅かな機微には気付く程度の感度にしている。
「そうだ、ここに来ると他人の思考に過敏になる。特に無心でいるとなだれ込んでくる様になるから、なんでも良いから考え事を。それこそ夕食の献立についてでも良い」
あとでカミーユにも説明しないとな……
ここに触れると感度が広がる。
元々、感度が鋭敏なカミーユのことを考えると頭が痛い。
「とりあえず、ここがよく分からない空間という事は把握しました。そして、割と便利使いしていましたが……デメリットも、まあ、ある様で……」
昔から他人の顔色を窺うのが上手いと思ってはいたが、一種の超能力であったかと納得する。
アマテのイラつきも多分それ絡みだろう。
この力を使う先が有るか無いかでストレスのかかり方が違うのだ。
因みに、力を使い過ぎると史実のように精神崩壊に至るので注意だ。
「ごめんなさい、アムロ。話し込んでしまったわ」
「構わないさ、ララァ。そちらの軍人さんにも説明は必要だ」
和やかな会話の二人だが、その直前に前触れもなく空間が捻じ曲がり、ララァとアムロは隣り合っていた。
この空間の動きに、シャリアとハマーンは内心で慄き、ミライがまあ、と口に手を当てる。
「ここは距離も時間も無いのだよ。……これを何かに使えないかと思うのは科学者の性かな」
シロッコだけが既知から解説し、己が探究心が抑えきれずぼやく。
史実では私製のバイオセンサーを作り上げた天才も、フラナガン機関が存在しない世界では形無しだ。
この世界のフラナガン博士は予算確保に苦慮し、残す様な業績もなく70年代に没している。
そしてギレンが掌握している宇宙軍は非人道的な脳科学研究は禁止しているため、サイコミュ関連技術は史実より遅れているどころか限りなくゼロである。
そして史実のミノフスキー物理学を、今現在パプテマス物理学として確立していく最中のシロッコにはそちら方向に手を出している暇はなかった。
こうして余暇でララァの師事を受ける以外の手段を持ち合わせていないのが現実である。
「ほら、カミーユ。心を落ち着かせて?」
「落ち着くんだ、カミーユ。ファが目を回しているぞ」
ララァとアムロが、カミーユをアマテから引き離す。
でも、アムロさん! アイツ、俺たちの事を何も知らないくせにッ!
既にカミーユは、アマテが自分たちの家庭環境に羨望の念を向けたことに腹を立てている。
知らない事に怒っているが、知ったら知ったで踏み込まれたことに怒るだろう。
これでも史実よりフランクリンがマシなダメ人間なため、母親からは復縁のための楔としての愛情と、父親からは自身の血を強く引いている優秀な息子として見込まれると言う歪な家庭環境に晒されている。
これで両親からしっかり愛されているアマテに羨まれたら怒りも湧くというものだ。
「マチュ! って、あら?」
あ、ハマーン! 凄いよね! ここ! キラキラしてる!」
カミーユと離され、ハマーンが近づくとアマテの雰囲気が一変した。
「ほう」
「まぁ」
「……」
それを見たシロッコは感心し、ミライは切り替えの速さに驚き、シャリアは捉えどころのない異質さを感じた。
家庭環境に問題のあるアムロたちとは異なる、環境的にはファが近いがどこかズレている。
そもそも類型自体少ないのだ、実際統計をとればアマテタイプが多いかもしれない。
単純に気分屋で、引き摺らないだけかもしれないが……
それを見た引き摺るタイプ代表のカミーユが怒髪天をつくが、アムロに宥められる。
二人がぶつかった原因は、先のMW戦への物言いだ。
その後の家庭環境への羨望は腹が立つが、喧嘩をするほどの理由はない。腹は立つが。
「何なんですか、アイツ」
「何って、今時の女の子だろう?」
いつの間にか、この空間に慣れたカミーユの疑問にアムロが答える。
隣でララァに介抱されているファを見て、違うと判断する。
──変な女だ。
・色々と補足するあとがき
ミノフスキーの末路について
この世界ではジオン公国に招聘される流れが無いので、ペテン師呼ばわりのまま妻に先立てれて死亡。
これはギレンが前世の恨みで何もしなかったせい。
まあ、この時期の連邦軍佐官のギレンに何ができたって話ですが。
シロッコが生きている意味
史実のコイツの才能を考えれば分かりますが、政治的なセンスを除けば非常に優秀です。
ミノフスキー粒子が存在する以上、どこかで発見されるでしょう。
で、ここではシロッコが見つけた。
ギレンは別にデュランダルみたいに緩やかな滅びは意図していません。
基本的に人類の生存圏を広げたいので、転生者知識にある様に惑星間航行が短縮できる技術がここから派生するなら発展させておきたい。
また宇宙歴0120年代には通信妨害も技術革新で克服している様なので、長距離間移動も含めてコントロール出来るうちに発展させてしまいたいという意図があります。
あとは作者的に、コイツは乱世の煽動者、治世のテクノクラートと判断しています。
また、女性がどうこうの戯言は、木星で変なものを見たせいと思っています。
フラナガン、ナレ死
まあ、キシリアが居ないので残当。