「いいですねセンシさん、今回は迷宮の規模を図るだけで深くは潜りません」
森の中で見つけた迷宮の入り口になっている大型動物の元巣穴でセンシにそう警告する。
俺は鎧を着こみ、武器も隠し持てる短剣だけではなくロングソードも装備。
2~3日しか潜らないつもりだが、万が一に備えて干し肉などの食料は商団で買い込んで5日分用意した。
今回の探索で迷宮の規模を図って、本格的な探索隊が必要か否かを判断する。
最初から大人数で行かないのは、下手にこの事を知る人間を増やす愚は避けたいからだ。
迷宮の情報が広まるようなことがあれば、最悪人がどんどん集まった末にまたカナリア隊に割り込まれて振り出しになる。
いや、本当の最悪は過去ウタヤであった、迷宮内の欲望が膨らんだ末に地上に魔物が溢れるようになることだ。
それだけは絶対に避けねばならない。
「迷宮の危険性は十分に理解している」
真剣に考えている俺と反比例するようにセンシはいつもと変わらない表情でそう宣言した。
ほんとかなあ。
センシの装備はボロボロの斧と穴が開いた兜と軽鎧で...ちょっとしょぼい。
背中に背負った大鍋などの調理器具と調味料はたくさん持っているが。
「あの、深く潜らないとはいえ装備は入念にしたほうが...」
「調理できない魔物だらけでも大丈夫なように、1週間分の食料も持ってきている」
いや、そんなことより武器とか防具面の話なんだがな。
迷宮探索というより、魔物を料理するために来たような気の抜けようだな。
迷宮に10年以上いたと言っていたから戦力として期待していたのだが、ダメかもしれない。
村人に怪しまれるリスク承知で、ファリンを追加のパーティメンバーとして連れてくるべきだったか?
「えーと...僕が先導しますから、センシさんは後ろで──」
「迷宮の構造は熟知しているから問題ないぞ。地図の作成はわしが行おう」
こりゃ駄目だと思った矢先、大きな袋から地図用の羊皮紙を見せるセンシ。
その裏面には恐らくカーカブルードの迷宮と思わしき迷宮地図が緻密に描かれていた。
前言撤回。
思ったより頼りになるかもしれないな。
そんなやり取りをした後、俺は恐る恐る迷宮に足を踏み入れることにした。
「ほいっ」
気を張り詰めた俺とは逆にセンシは気負いも無しに、迷宮に繋がる大きな巣穴に飛び込んでいった。
彼にとって迷宮は家の庭も同然と言わんばかりに。
「よし...」
それに続いて俺も大きな巣穴に足を入れる。
滑り込むように中に入ろうとするが...。
ドスン。
「いって...」
内部に足を入れて潜ろうとしたらずるりと落ちて、中にあった迷宮の石床に尻もちをついた。
じんわりとくる鈍い痛みに俺は尻を抑えた。
まだ地面が土だと思ってたのに。
「あれセンシさんは...」
先に降りて行ったのか、センシの姿が見当たらない。
久々の迷宮で興奮を隠しきれなかったのだろうか。
「待ってくださいー!」
迷宮での単独行動はまずいと、痛みを我慢して下り坂になっている石床を進んでセンシを追う。
巣穴だから狭いと思っていたが、中は思ったより広く俺たちがいた坑道のように大きなトンネルになっていた。
中は光が全く差さず、真っ暗で何も見えない。
坂を下りながら、持ってきたランプをつけるべきか悩んだが...その前に奥に迷宮内の明かりとセンシの背中が見えてきた。
「おお...生態系が調和しておる...!」
背中に追いつく前にセンシの感動する声が聞こえてきた。
「センシさん、単独行動は...!この迷宮...」
センシに追いついたので、勝手な行動を怒ろうと思ったが、先に迷宮内の光景が目に入った。
「これは迷宮というより...自然環境ですね」
迷宮内は幾重にも緑が重なった深い森になっていて、迷宮と言われて想像するような石の迷路とは真逆だ。
太陽のような光が空から木々を照らしていて、魔物ではない小動物までいる。
「カーカブルードの迷宮地下二階と似ている...?」
俺の頭に真っ先に浮かんだのはそのことだった。
カーカブルードの迷宮地下二階は黄金城の尖塔を囲むように巨大な木々が生えている構造だ。
「いや、全然違うぞカブルー!これは明らかに生態系を意識して作られておる!地上の森の栄養も汲んでいるのだろう、川のたっぷりの水分で潤う肥沃な土に日の光まで与え、魔物が生活するのに最適な環境だ!」
興奮したセンシが鼻息を荒くして俺にそう語る。
土がどうとかはどうでもいいが、ヤバいかもしれないなこれは。
「センシさん、“魔物が暮らすのに最適な環境”って言いましたね」
「ああ、この環境なら歩き茸以外の魔物も良く育つだろう。ここは一階だからそうそう大きな魔物はいないだろうが、食物連鎖で言えばちゃんと一番下の生物が増えておる。」
「...その、それはかなりまずいかもしれません。魔物の生態系に詳しい人間がこの迷宮を作っているという事になります」
「...?」
どうやらセンシはこの深刻さを理解できていないみたいだな。
「魔物を効率的に増やして、かつ地上にあふれる魔物はその地域にも出る魔物で最低限」
「素晴らしいことだな」
「...迷宮の主は意図的に魔物を増殖させているという事なんですよ。しかも誰も迷宮に踏み入れていない状態で。本来は魔物は防衛のための存在なのに、過剰に増やしている」
そう、極めて深刻な状態だ。
カーカブルードの迷宮の主は国の存続を望んでいた。だから、迷宮を無駄に拡大したり、防衛用の魔物をいたずらに増やすこともしなかったのだろう。
だがこの迷宮の主は意図的に魔物を増やしている。
「恐らく相当に魔物に興味と知識がある人物が、この迷宮を作り出したという事は分かるが」
「魔物に対する知識はともかく、僕には迷宮の主が好奇心でこんなことをやっているのか、この魔物を使って何かしようとしているのかまでは分からないです。分からないですが...バレないように行っているということは、相当にろくでもない」
迷宮の主の目的は分からないが、迷宮を拡大する気は満々だろう。
金を生む生物...確かダンジョンクリーニングだっけ?みたいな名前の生物の亜種をばら撒く真似までしていたんだ。
その金鉱石に引き寄せられるような強い欲望を持った人間を集めてから、頃合いを見て迷宮の存在を発覚させて一気になだれ込ませて...カナリア隊に目をつけられる前に一気に欲望で迷宮を成長させる。
────想像以上にヤバいかもしれない。
この迷宮がまだ大きくなければいいのだが。
「この魔物に最適な迷宮ならば、その目的に達するのも近いでしょうね。そこでセンシさんの経験則からお聞きしたいのですが...この環境ならば迷宮は何階まで存在できるでしょうか?」
この迷宮の脅威度を測るためにセンシに聞く。
今すぐ何かが起きるわけではないが、タイムリミットがどれくらいか計算しなければならない。
「...流石にそこまでは分からん。この階層の大きさもまだ判明してはおらぬし、今言ってもわしの勘になる」
「勘でいいですよ」
センシが蓄えた黒ひげを弄りながらそう答える。
流石にセンシでも細かい部分までは分からないようだが、魔物知識が無い俺が推測するよりはいい。
「ふむ...魔物がなるべく地上に溢れないように食物連鎖を回しているという事は、この下の階層ではここにいる小さな魔物を食べる中型の魔物、それまた下の階層には中型の魔物さえも捕食する大型の魔物もいるだろう」
「つまり...?」
「少なくとも5階程度は存在している。恐らく6階層もあるだろうな。迷宮の大きさはカーカブルードのものよりもいくらかは小規模だろう」
カーカブルードより小さい程度か...。
それじゃあ人がなだれ込めばこの迷宮はカーカブルードやウタヤの規模になるってことじゃないか。
ガルドは鉱夫を増員する予定で、3か月以内にそれが実行されるとして...。
そうやって人が十分集まれば、もう迷宮の主は人を招き入れることに躊躇しなくなって...。
そうなれば迷宮の噂は一気に広がって聞き付けた冒険者で、更にどんどん迷宮に人が増える。
迷宮の主もカナリア隊も間に合わないハイスピードで人を集めにくるだろう。
...ウタヤのような地上に魔物が溢れる惨事まで...1年も、ない。
「...とにかく早急に調査しましょう」
迷宮に生える木の根を踏みつけて、俺は緑に覆われた森へと足を進める。
木々の木目が顔に見えて睨みつけているようにも感じるが、ためらってる場合じゃない。
────────
「ポイントFの目印はここに立てておきましょうか」
俺は森の木に赤い布を巻いて、番号を刻んで即席の目印を作った。
森には目印になるようなものが無いので地図を作るにしても、こういった工夫が必要になる。
そういった点では石で作られた迷宮より厄介な迷宮だ。
「お...こんな迷宮でも宝箱はあるんですね、まあ鍵師がいないので開けれませんが」
赤い布を巻いた木の横に森とは不釣り合いな宝箱があった。
勿体ないが、罠が仕掛けられている可能性があるのでノータッチ。
「うむ。少しずつ全体像が見えてきたな」
この迷宮をマッピングしていたセンシが、長い黒ひげを弄りながら納得したような声を上げた。
「1階の構造が分かりましたか?」
地図を見ようと俺はセンシに駆け寄った。
まだ迷宮に踏み入れて3~4時間だが、早くも構造を掴んだのか。
「全域は森によって見えなかったが、見かけよりはかなり小さくドーム状になっている。これでは魔物の生態系が成り立たないが、単純に1階が多いのかもしれんな」
「1階が多い?」
どういうことだ?
迷宮が複数あるわけじゃないだろうし...。
「恐らく1階が複数存在している。枝がいくらあろうと木の幹にたどり着くように、全ての1階層部分が下の階層でひとまとめになる構造なのだろうな」
「どうりで簡単に見つかるわけだ...」
あっさり迷宮の入り口が見つかったと思ったが、そういうことか。
この構造の目的は...考えるまでもなく、迷宮の拡大を制御して隠蔽するためだな。
迷宮の主は慎重な事だなまったく。
「なんにせよ、2階にはすぐ行けそうですね、2階の様子はうかがう程度で済ませましょう」
「わしは残っても構わん。生活に関わることだ、調査も引きついで進めよう」
「それは嬉しいですが、僕が困ります」
いくら1階とはいえ、単独で戻るのは怖い。
毒をもつ生物とかに刺されて動けなくなったらそこで終わりだ。
毒消しはあるとはいえ、死んだ俺を蘇生できる人間もいないし、この迷宮で蘇生が可能かどうかも分からないしな。
カサカサ。
...?
何か草木が揺れる音がするな、歩き茸か何かか?
俺はその音がする方向に無造作に近づいた。
...!なにか陰から尖ったものが俺に迫って────
「カブルー!」
「うおっ...!」
センシが俺の腕を引っ張り、迫りくる針から退避させる。
草むらに潜んでいた正体は、大きなサソリだった。
偶然か意図的かは分からないが音を出して、それを聞きつけた獲物を刺そうと待ち構えていたようだ。
「危なかった...すみません、無警戒すぎました」
いくら1階層とはいえ、歩き茸と野生生物ばかり相手にしていたので気を抜きすぎた。
噂をすれば影がさすというが、実際に刺してくるやつがいるとは。
「大丈夫だ、それよりもこんなまるまるとした大サソリを見つけるとは大手柄だな」
大サソリを見てセンシが笑顔を見せる。
俺の失態よりも旨そうな魔物を見つけたことの方が大事なようだ。
何なんだこの人。
そんなセンシはその辺にあった木の枝を掴んでサソリに向かって突き出す。
「...むんっ」
サソリが持った木の枝をサソリのハサミが掴んだ瞬間、枝を引っ張ってハサミが使えないところを斧で仕留めた。
大サソリにそんな仕留め方があるのか...この情報は頭に刻んで覚えておこう。
...いや、今みたいに大サソリは待ち構えるだけで積極的に襲ってくるような生物じゃないんだ、無視するのが普通だ。
つまりこの仕留め方は魔物を食べる人間にしか役に立たない。
ムダ知識が頭の中に入ってきただけだった。
「大サソリは地上でも見ましたが...大きいですね」
センシが尾を掴んで持った大サソリを見ると、見せ方も相まってかなりのサイズに見えた。
まるまるとしていると言ったセンシの言葉通り、坑道付近にいた大サソリより一回り大きい気がする。
「それだけではなく、地上より迷宮の大サソリはもっとうまい。食材も手に入ったことだしそろそろ食事の時間としよう。野営できそうな場所はもう目星がついておるしな」
「いやそれは...」
ガサガサ。
魔物を食ベさせようとするセンシと俺の近くから枝を掻き分けるような音が。
「また何かいるようですね!」
俺は大声を出し剣を構えて、魔物の話題を逸らす。
持ち込んだ食料があるのに、わざわざ二度も大サソリを食わされてたまるか。
「今度は油断しませ───ん!?」
森の中から出てきたのは、色とりどりの歩き茸。
ただし、こちらを見下ろしてくる3mサイズのものが複数体も...!