「ラティス姉さん、父さんの部屋の前で何してるの?」
「静かに」
もう10歳になるラティス姉さんはドアの前で聞き耳を立てていた。
私と同じ長い金の髪をサイドアップにし、胸元までかかる長い髪を少し残して頭の後ろに編み込んで纏めている。
とても綺麗だけど、ラティス姉さんはセットがめんどくさいからとバッサリと切ろうとしたこともあった。でも、母さんと私の猛反対にあってそのまま。
あと、私たち姉妹は同じ垂れ目だけど、姉さんは少し鋭く父さん似かも。姉さんにその事を言ったら母さんに目元を変える化粧を習いに行った。
それくらい無口な父さんとラティス姉さんは仲が良くない。
父さんはそんなに悪い人じゃないんだけどなぁ...。
「──トーデン村長ありゃ間違いなく死人だ、生者を妬んで襲うに違いない」
「金を出し合って呪術師を───」
「──信用できん」
「ではどうするのですか、近隣の──」
村長の父さんの部屋にたくさんの村人の人が集まっている。
現実主義で慎重な父さんは、村人の無理な提案を突っぱねるようにして、話し合いを進行しているみたい。
「墓場に幽霊が出るんだってさ、ファリン。幽霊なんてはじめて...どんな姿かな」
聞きたいことはあらかた聞き終わったのか、ドアから聞き耳を離したラティス姉さんは外に繋がる窓に腰を置いた。
私はその幽霊の噂が本当の気がして、ラティス姉さんについていこうと続いて窓に足を掛ける。
「付いてきたらケガするかもしれないよ?ファリン」
姉さんは私の事を心配していたけれども、逆に私はちょっとラティス姉さんの事が心配。
私に森の景色を見せようと、姉さんお気に入りの森の上の断崖で走って落ちかけたことなんてこともあったから。
「「ワゥ゛!」」
「「あっ」」
ヴァルルグースとムイムイ(私命名)が駆け寄ってきて、はっはっはと荒い呼吸をしながら尻尾を振る。
かわいい光景だけど、今近寄ってこられたら...。
「......?待てラティス!」
「走って、ファリン!」
犬の声を不審に思った父さんに気づかれちゃった!
バレたらしょうがないと、姉さんは私を抱え込むように走って逃げた。
困惑する周りの村の人を無視して村を抜け、その景色が遠くなるまで足を動かし続ける。
「はぁ...はぁ...ここまで来れば大丈夫かな...」
父親の追跡を振り切り、何とか村はずれの墓地にたどり着いた。
私を抱え込む形で走った姉さんは、初冬なのに暑そうに息を切らしていた。あったかいポンチョを着ていたので猶更。
周りを見ると、風化した石の墓が並び立っていて、それを囲むようにそびえたつ枯れた林が。
落ち着くと墓地の風景が目に入ってきて、不気味だった。
ぎゅっ。
その光景が怖くて姉さんに強く抱き着く。
「あつい...もう、8歳なんだから姉離れくらいしなさい、ファリンは私と違って器用な子なんだしさ」
「ん...」
「...分かった、しょうがないから手だけはつないであげる」
本当に姉さんは優しい。
同性の家族としてほっとけないだけなのかもしれないけれども、その手の温かさが染みた。
「う~ん、いないね」
ラティス姉さんが幽霊はどこにいるのかと辺りを見渡す。
墓地には霊どころか虫一匹も視覚ではいないけど...。
「姉さん、早く帰ろうよ、ここは危ないって」
背中に寒気が走る。
この墓地が怖いのもあるけど...気配がする。
「さむい...さむいよぉ...」
「...わかったよファリン。冬なのに連れ回しちゃってごめんね、父さんに怒られるかもしれないけど...温かい家に帰ろう」
その言葉に反応した姉さんは背後を振り返ろうとする。
「姉さん...!」
でも、その寒いという台詞は私のものじゃなかった。
「とってくれえぇぇぇ...たすけてくれぇ...」
振り返った姉さんの首を半透明の男の幽霊が掴んだ。
幽霊の身体はところどころの肉が剥げていて目はあらぬ方向に向き、苦しそうに嘆いていた。
「冷たい...息が...。ファリン逃、げ...」
憑りつかれた姉さんはさっきよりも呼吸を荒くして倒れこんだ。
苦痛でこぼした涙と脂汗は凍り付いて肌に張り付き、首は見えない手に絞められて息が全くできていない。
このままじゃ姉さんが...!
「ラティース!!!」
遠くから異常を察知した父さんの声と複数の馬が駆ける音が聞こえる。
でも、父さんの救助は間に合う距離じゃない。
助けないと...!私が姉さんを助けないと...!
私は林の近くに落ちていた大きな木の棒を拾い──
「姉さんを...放せーっ!」
「ギャアアアアアアアアア...」
姉さんに叩き付けて除霊した。
凍てついた姉さんの表情は元に戻り、幽霊は霧散して消えていく。
「これはいったい...」
駆けつけた村人の人達はその行為を見て恐れるように驚いた。
「そこのお墓の人、指輪が魂を縛っている。とってあげて...それで霊は解放される」
「指輪?一体...」
この霊を助けてあげられるよう、木の棒でこの人の墓を指し示す。
父さんに付いてきた村の人は私の言葉を不気味に感じながらも指輪をつまみ上げる。
他の人には見えないけど、私にはそれで縛り付けられた幽霊が消えていくのを知覚できた。
「これ、先日死んだオルマンの墓だ...!エルフから金の指輪を買ったと、生前よく自慢していた...」
「なぜそんなことを?」
「あの子供は一体...」
村人の中で恐れが広がっていく。
視線を向けながら、ヒソヒソと私たちを取り囲むように話していた。
「ファリン、家に戻るんだ。今すぐ」
父さんはすぐに立ち去るべきだと、気絶した姉さんをおんぶして乗っていた馬に私を乗せてくれた。
この場所から離れても周りの噂話は止まず、この墓所でずっと続き続けるようだった。
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「私、何か悪いことした?」
始めは気にしていなかったけれど周りの声で不安になって、同じベッドの上の姉さんに話しかける。
ベッドは別々に用意されているけど、私は姉さんと一緒のベッドで寝ることがほとんど。
「大丈夫だよファリン、貴女は正しいことをしたの。大人は魔法が怖いだけ。」
私を落ち着かせるために優しく頭を撫でながら話してくれる姉さん。
「でもちょっと残念だったかもね」
「?」
「幽霊に憑りつかれてグールになれば、この村のことなんて考えない自由な魔物になれたもの」
「姉さん!」
「ふふっ、冗談冗談」
冗談でも言わないで欲しいよぉ...。
姉さんホントにグールになっちゃいそうなくらい苦しんでたのに...。
「私は好きには生きられないけど、ファリン...貴女には魔法の才能があるから、ちゃんと勉強すれば自由な仕事に就けると思うわ」
「自由な仕事?」
「例えば司祭や墓守...いや旅の除霊師がいいかしらね。外国を練り歩いて、私みたいに苦しんでる人を助けてあげるの」
「ふふっ、楽しそう~。そしたら姉さんも一緒に来てくれる?」
その質問の瞬間、姉さんの表情が固まった。
そしてゆっくりと口を開く。
「私には...無理ね。女の身空で魔法の才能がないもの、家を継ぐことになると思う」
悲しそうに、悔しそうに姉さんはそう語った。
「そんなぁ...じゃあ、私は姉さんと一緒に居られるこの村で墓守に──」
「ファリン。」
私の言葉を姉さんが遮る。
「ファリンあなたは才能があるの。こんな村に居たら一生偏見の眼で見られるだけ、もっと広い世界に出た方がいいわ。私の事を思うなら...お願い」
「いや、ラティス姉さんと一緒がいい」
「だめ!ファリンにだけは...自由になって欲しいの。村から飛び出て、渡り鳥になって生活して欲しい...。ファリン、自由に生きられない私にとって貴女は...あなただけが希望なの!」
将来への天望を語る私に対して、姉さんが珍しく私に対して怒った。
一緒に寝そべる私の肩を強く掴んで語りかける。
私は姉さんと一緒に居られるだけでいいのになあ。
けれど、姉さんの手は寝る時になっても離さず、強く私を押し出すようだった。
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──私は姉さんに押し切られる形で寮制の魔術学校に入学することになった。
お母さんが自己流の知識で私の体質を直そうとするくらい心配してくれたり、お父さんがノームの先生と相談して村から出た方が良いと決めたのもあるけど。
両親は私のためにとたくさんの事をしてくれた。
...けれどラティス姉さんは、その二人の姿を見て更に不仲になっちゃった...。
魔法の知識が無かったお母さんは、自己流のお祓いとか薬草風呂に漬けたりとかいろんな方法で私の霊媒体質を直そうとしてくれた。
それは全然上手くいかなかったけど、お母さんと一緒に何かが出来るのは楽しかったし、その時に私の金の髪の毛を短く切ってショートに変えてくれて暗い気持ちも気分転換できて良かったなあ。
でも、ラティス姉さんはおそろいで伸ばしていた私の髪の毛を切った事に強く怒った。
無口な父さんはノームの先生と相談したことは言わずに「村から出ていけ」としか最初は言わなかったの。
もちろんちゃんと父さんなりに考えたことだし学費は出してくれたんだけど...ラティス姉さんは厄介払いで追い出したんだと誤解をしたまま。
「絶対戻ってきちゃダメだよ、ファリン...もし村なんかに帰ってきたら貴女を妹と思わないから。...その、えっと...魔術学校、がんばれ」
10歳になって魔術学校へと旅立つ日。最後に姉さんが残した父さん似で不器用な言葉。
私の事を一番に思って言ってくれた温かいもの。
...もう、村に帰れなくなっちゃったなあ。