「これは...どういう事なんでしょうか?流れで付いてきちゃいましたけど」
あの容姿が全く同じの3人組の男に連れられて、レオス村長とラティスあと異常を聞きつけた鉄砲持ちの猟師の人と一緒にこの家まで付いてきてしまった。なんとなく流れで。
客人の自分が行く必要は一切なかったのだが、村に来たばかりの俺が家に残っていた村長の妻と二人きりになるのもマズいだろう。
「なんで家族がこんなことに...もしかして一生このまま生活しなければならないんでしょうかレオス村長...」「昼食を取ろうと居間に向かったらこの有様で...」「これは何かの黒魔術とかなんでしょうか?」
「頭が痛くなってきたわ...」「そうね...」「......」
「「「ねえ、パパ、ママ...」」」
この家の中には同じ容姿の人間が計3人ずつおり、3×3の9人家族になっていた。
猟師とレオス村長の近くには若い夫が三人で眉を曇らせて相談しており、細身で大人しそうな妻は三人でソファに窮屈そうに座っている。三人の男の子に至ってはどの親に縋ればいいの分かっていないカオスな状況。
名前は父親がフレッド、母親がアルフ、8歳の息子がマコルというらしい。
こんなことが起きた原因として真っ先に浮かぶのは幻覚魔術だが、こんな一般家庭に人格まで再現した高度な幻覚魔術を使用する理由がない。
物取り目的でやったとしても、さっきまで夫がいなかったのだからそのチャンスに盗もうとするはずだし。
一体どういうことなのだろうか。
「う~ん...ああ、これは...あいつの仕業だな」
「シェイプシフターですね、この現象を起こしたのは」
何か心当たりがあった猟師が正体を言う前にラティスが答えた。
魔術じゃなくて、魔物が作り出した幻覚だったのかこの異変は。
ラティスは魔物の話が好きなだけあって、迷宮に潜ってた俺より詳しいみたいだ。
俺が魔物嫌いで避けていたというのを考慮しても、これだけで見抜くのは専門家レベルだ。
「シェイプシフター?」
「ここら辺でたまに現れる魔物の名前だよ、5年くらい前に会ったことがある。人に幻を見せ集団に紛れていつの間にか家畜を食ったり人を襲ったりするとんでもねえやつだ。山で獲物を狩りに仲間と一緒にけもの道を歩いていたら、いつの間にか俺と同じツラしてるやつが増えていてな。それに驚いた隙に俺のダチが腹を食いちぎられて危うく死ぬとこだった」
猟師がそら恐ろしい実体験を話した。
いや、説明してくれるのはありがたいですけど、こんな状況でそんな事を言ってしまったら...!
「「「え!もしかして私たち食べられてしまうかもしれないんですか!?」」
「「「え、僕食われちゃうのパパ!?怖いよ...」」」
「「「...その、息子のマコルはどうなってしまうんですか...!?」」」
このバカ。
一般人にそんなことを話したら、恐怖でパニックになるに決まっている。
「...解決方法はありますよ」
この家族を落ち着かせるためなのか、あるいは伝聞でしか聞けなかった魔物を目の当たりにできるチャンスなのが嬉しいのかわずかに微笑を浮かべて喋るラティス。
この騒ぎでさっきのレオス村長に掴みかかりそうになった怒りは忘れているようで良かった。
「ですから、落ち着いてください。その魔物が襲ってくるようであれば、猟師さんもいらっしゃいますし...ね?」
解決方法を俺が知っているわけではないが、この家族の不安が収まる様にラティスに便乗していかにも頼れる感じを演出する。
「ああ、アイツは見かけによらず体はひ弱だからな。なんかしようとしたらこの俺が鉄砲でズドンだ、だから安心しろ」
「「「は、はい...」」」
大きな鉄砲を構えて、この家族を落ち着かせようと便乗した俺に更に乗っかる猟師。
何とか場は落ち着いたものの、内心穏やかじゃなさそうだ。この人数だ、今この瞬間にも隙を見たシェイプシフターが襲ってきたら大きなパニックを起こして大惨事になるだろう。早期にケリをつけなければ。
...てか猟師よ。安心しろだなんて言ったけど、不安でパニックになりかけたのはお前のせいでは...?
「それで解決方法とは何なんでしょうか」
そんな不満は胸の中にしょい込んで、ラティスにこの魔物を退治する方法を聞く。
では、魔物の専門家のお手並み拝見と行きますか。
「私が得意な猟犬の真似をして吠えれば...それに驚いて正体を現すわ」
ラティスは地面に向かって両手を下げて四つん這いになり犬の真似をしようとした。
えっ...。
「ラティス、やめろ」
レオス村長は地面に付きそうなラティスの手を持ち、寡黙な父親にしては全力でひき止めた。
「それは...流石に人としてどうかと思います」
ちょっと俺も引く。
命に関わる状況なので背に腹は抱えられないかもしれないが、こう...人には捨ててはいけない最低限の品性というものがあるんじゃないか。
「はぁ...その方が早いのに」
ため息をつきながらめんどくさそうに立ち上がるラティス。
手段は選ばないタイプらしいなこの人。
「じゃあ二つ目の解決方法。シェイプシフターって魔物が生み出す幻は他の人の記憶を読み取って作っていて、例えば3人いる妻のアルフさんは、夫と子供が想像するアルフさんの幻が2人紛れている。で、その幻は今言った通り他人の記憶とイメージから作られるものだから、本人とは誤差が生じるの。その誤差を見抜いて9人中6人の幻を見破れば、シェイプシフターが正体を現して幻は消えるわ」
他人の記憶を読み取って作られた幻を見抜けばいいわけか。
少なくとも既婚者が地面に手をついて吠えるよりはいいだろう。
「でもよぉ、見分けるっていっても見ず知らずの人間同士ならともかく、家族間から生み出された正確な幻なんだろ?そんなもん赤の他人の俺らに見分けられるのか?完全に動き一緒に見えるし...」
短絡的な猟師にしてはもっともな事を言う。
幻と本物の発言が被るくらい親しい家族から作られた正確な幻なんだ、判定役になれる俺たちが見分けるのは難しいだろうね。
「だから私が吠えたほうが早いって言ったのよ」
ラティスは否定した割に代案が無い周りに呆れているようだ。
確かにこの幻を無口なレオス村長と人間嫌いのラティス、粗暴な猟師に見抜くのは難しいだろうね。
だから、俺が見抜くやりがいがあるってものだ。
「三人の奥さん、ちょっといいですか?」
「なんでしょうか...」
「その、子供だけでも安全なところに移動できませんか...?」
「は、はい...」
それぞれ妻としてもっともらしい反応を返してくる。
分からないようにうまく幻を作っているが他人の記憶で作られた幻覚である以上、一発で見抜く方法がある。
「化粧のやり方を見せてもらってもよろしいでしょうか?」
「え、今そんなことを...?」
「どうして...?」
「そんな場合じゃ...」
この質問に混乱する3人の妻たち。
「...そういう事ですか」
俺が質問の意図を説明する前にラティスは理解したようだ。
頭の回転が速いな。その回転の速さで犬の真似をしようとしたときはどうかと思ったけど。
「先ほどラティスさんが説明された通り、家族二人の記憶から作られる貴女の幻が紛れているわけですが...逆に言えば父子の記憶に無いことは幻もできないというわけです。つまり、化粧なんて幻は出来ないのです。たとえ夫でも化粧の詳しいやり方までは知らないものだし、お子さんも女の子ではなく男の子なのでアルフさんが化粧を教える事もしていないでしょう。だから、本物のアルフさんだけが化粧を行えるというわけです」
理解できていない奥方たちに、順路を追って本物を見抜く方法を説明してあげた。
化粧のやり方まで分かってる男なんてそうそういないのだ。まあ俺は女の子と付き合ううちに覚えちゃったけどね。
「......分かりました。まず今の化粧を落としてからになるかと思いますが」
「ううぅ...」
「えっとその......」
実際に化粧をするところを見るまでもないな。
誰がどう考えても本物はもう明らかだ。
「...この偽物を俺が鉄砲で撃ちゃいいわけか」
もういいだろうと、偽物二人に鉄砲を構える猟師。
「待って、あくまでいるのは幻だから撃っても無意味。見分けがつくようにするだけでいい」
「そうなのか?」
ラティスが先走りそうになった猟師を制止する。
本当に短絡的だな...。
そもそも幻全員に対して撃ったら弾切れするだろうに。
「んじゃあ...拘束するか?俺が今持っててよかったなロープ...全員分足りっかな」
どれが本物か判明したのでレオス村長と猟師が偽物の母親を縛っていく。
6人分確保できるように短くロープを切って手首だけを後ろに拘束する形にしたようだ。
縛った偽物はまた紛れ込まないように部屋の隅へと追いやる。
さて次は父親と男の子の幻だな。
だが、見るべきはこの父子ではなく────
「アルフさん、もう一度あなたに協力をお願いできますでしょうか」
「私...ですか?」
自分の偽物が消えて少しほっとしていたアルフに再び話しかけた。
この父子の幻を見抜くカギは母親だ。
「貴女は本物の母親であるということがもう分かっています。であれば、話す言葉は真実です」
そう、今この家族で唯一本物と分かっているのがこの母親のみ。
「アルフさんに夫か子供のみが知らない話をして頂ければ幻を見抜けれます」
いくら親しい家族が作り出した幻といえども二人の間でしか分からないことは知らないのだ。
夫婦でしか知らないことは子供が作り出した夫の幻は出来ず、母子でしか知らない事は夫が作り出した子供の幻には出来ない。
「知らない事...」
「例えばあなた方夫婦が付き合うことになった切っ掛けを三人の夫に聞いてはどうでしょうか」
「ちゃんとあの時の事覚えてるよね...?」
「うん、冬至祭の時に蜂蜜パン苦手だからって僕にくれたのがきっかけだね。そうやって話すうちに硬い表情から笑いかけてくれて...あの、聞くのはもう少し恥ずかしくない話にしてほしかったです」
「忘れたりなんかしないよ。村の行事で一緒の班に配られた蜂蜜パンを甘いもの苦手だからと渡してくれた時に見せた笑顔に惚れたんだ...みんなが見てる場で言うの恥ずかしいですね」
「あ、あのそうです。私もそれを言う予定でした」
「はい、確保」
「あっこれは違うんだ...!」
明らかに知らない子供が作った父親の偽物は拘束する。
出遅れた本物と仮定しても、もっと詳しい話を言って弁解できるはずだし。
「次は息子さんですが...」
「マコル、昨日あなたがつまみ食いしたものは、せーの」
アルフが同時に答えを言うように息子全員に語り掛けた。
「「ヤギのチーズ!」」
「ジャガイモ!...違ったチーズ!」
息子のアルフは母親の号令に同時に答えたが、間違った一人は言い直した。
いやそれは無理があるだろう。
「二度言うのは無しです」
「ちぇー」
当然間違えた偽物は確保した。
これで残る偽物は母親が作り出した子供と父親の幻影二人。
「次はどう見抜くのカブルー?」
俺の話を聞いて内容に興味を持ったのか、普段の人間嫌いを収めて次の推理を聞くラティス。
「そうですね後は...お父さんと子どもで母親が知らない話をしてください」
「いやそれは無意味なんじゃ...?」
俺の提案に否定的になる猟師。
一見偽物含めて全員それらしいことを言って終わるだけで無意味な行為に見えるが...。
「一昨日に父さんの職場の友達と話をしたのを覚えてるよな?マコル」
「うん」
「さっき昼食は何かって予想したのを聞いてたよなマコル」
「お肉のスープって言ってた!」
親子4人が二つのペアになるように証言が分かれる。
「あっ」
「偽物二人は母親の記憶である以上、こうなるわけですよ」
猟師が俺の質問内容に納得する声を上げた。
本物の二人と母親から作られた幻2人なのだから証言は全員同じにならない。
こう聞けば偽物と本物のペアに分かれる。
「もうこうなったらカンタンですね」
これでこの推理ショーも終わりだ。
最後のとどめを刺すだけ。
「ではレオス村長、本物のフレッドさんしか知らないことを教えてください」
父親のフレッドはこの魔物騒動を信頼できる親族や村の警備に話さずにレオス村長に先に相談している。
つまり、レオス村長を大きく信頼するくらい会話する機会が多かったというわけだ。
それこそ、村長とフレッドの間で母親が知らないことがいくつかできるくらいにね。
当然その内容を母親が知らなければ、母親が作り出した父親の幻も知らない。
「...以前、村外から商団が来た時に私に相談したことを教えてくれ」
「商品を運んでいた人間と村の人間の間に小さな諍いがあったので...その事を相談させていただきました」
レオス村長の問いに昼食を予想していた方の父親がハッキリと答えた。
「チェックメイトですね。答えれなかった父親は偽物ですし、ペアとなったお子さんも偽物です」
「んじゃコイツも縛って...」
これで6人全ての偽物を見抜いた。
もう終わりだと残った偽物を猟師が縛ろうとするが...。
「ウォーン、ヴゥ~!!」
縛られる前にシェイプシフターが幻を解いた。縛られていた幻は木の葉になって地面に落ちる。
シェイプシフターの姿は白い多尾の狸のようで、周りを威嚇する鳴き声を出す。
そしてこちらが態勢を整える前に勢いよく飛びかかってきた!
その狙いは近くに人がいない女のラティスだ...!
猟師はロープを先に持ってしまったため、銃を持ち直す時間が必要になってすぐに撃てない。
しまった、全ての幻を見抜いてしまう前に警戒させるべきだった。
...緊急時だから仕方ない隠し持った剣を...ダメだ咄嗟の事で俺も準備できていなくて間に合わない!
「...!」
危険が迫ったラティスは避けるでも反撃するでもなく、飛びかかってくるシェイプシフターをただ睨みつけた。
そうすると、シェイプシフターは噛みつく直前で急ブレーキを行い......動きが止まる。
「ウッウウ......」
シェイプシフターは睨んできたラティスを恐れて、その周りであたふたし始める。
さっきまでの威勢が嘘のようにただ怖がっていた。
どういうことなんだ...?
「どけっ!」
銃を構え直した猟師が前のめりになっていた俺に割り込むように出て、無防備なシェイプシフターの後頭部に狙いをつけた。
シェイプシフターはカエルに睨まれた蛇のようにラティスから視線を外せず、銃で狙われたことに気が付いていない。
バァン!
騒々しい音を立てて放たれた猟銃の一撃がシェイプシフターに直撃した。
怯んで動かなかったことで狙い通り急所の頭部に弾丸が命中し、ビクンビクンと痙攣した後にそのまま倒れこむ。
「ラティスさん、大丈夫か!?」
「大丈夫、ケガはしてない」
シェイプシフターに襲われた実体験があるためか、いの一番にラティスに駆け寄って心配する猟師。
見たところ平然としていて噛まれた負傷とかはないのだが、シェイプシフターはなぜ直前で止まったのか分からない。
「何をしたんですか......?」
「はぁ...シェイプシフターは臆病だから睨めば怯むことがあるのよ」
やっと騒動が収まったと視線を下に向けて、大きくため息をつくラティス。
なんだろう、違和感があるぞ今の発言は...。
いや、そうじゃない。
今のも確かに不自然だが、一番おかしいのはラティスの態度だ。
好きなはずの魔物が現れたのにラティスは最初からあまり喜んでいなかった。
村じゃそうそう魔物に会う機会なんてないにも拘わらず、普段の調子を崩していない。
そうやって考え込んでいるうちに、周りは撃ち殺されたシェイプシフターの事後処理で話し合っていた。
結論をつける前に一旦シェイプシフターの死体を外に運ぶことになり、俺も猟師たちと協力して重いシェイプシフターの死体を持っている最中にラティスが口を開く。
「ねえ、“お父さん”」
「...なんだ」
レオス村長に対してワザとらしく“お父さん”と呼んで話しかけるラティス。
「カブルーさんの推理のおかげでみんなが助かったから、カブルーさんはこの場にいる全員の命の恩人よね?」
「何を言いたいんだ」
「はは、確かに部分的にはそうかもしれませんが...皆さんの協力あっての物ですよ。恩を感じていただくほどの事でもないかと」
ラティスの発言にレオス村長は疑問に思い、俺はそんなことないと謙遜した。
まあ、確かにこの場にいる人間の信用を得たい打算はあったかもしれないが。
周りと声を掛け合い、外に用意した草編みのマットにゆっくりとシェイプシフターの身体を下ろす。
「その恩を返せないまま放置したら人でなしだもの、客人のカブルーさんはしばらく私たちの家に泊まってもらうことにしましょう。開いている部屋もあることだし...ね」
「はい??いっぅ!」
っっ痛い!
ラティスの素っ頓狂な提案に手の力を抜いてしまい、シェイプシフターの身体を下ろす時に軽く指を挟んでしまった。
えっ村長の家で同居...!?急に積極的すぎないか、この人!