「レオス村長に、もう鉱山の方で働くことを許可していただきました。この場所で話せる機会が無くなるのは残念です」
トーデン宅のラティスが絵を描くのに使っている部屋で、俺はモデルのポーズをとりながらラティスに別れの報告をする。
村での俺の働きを見たレオス村長が、1週間程度で許可してくれた。
ファリンの薦めや、俺にずっとタダ働きをさせるわけにもいかないという総合判断もあっただろうが。
「...そう」
椅子に座っているラティスは、俺を見ていた視線をキャンバスに移して何事もないように相槌を打った。
筆を動かす手は止めずに、淡々と受け止めている雰囲気だが...違う。
ここ最近のやり取りで分かったのだが、ラティスは嘘をつくときに視線を動かす。
予想外だったのか、思ったより一緒に居られる期間が短かったのはショックだったのか。
どちらにしても、はいそうですかといった心象ではないだろう。
でも、俺にしてやれることはない。
自分には何の責任もないことだが...少し嫌な気分にはなるな。
「絵の方は大丈夫でしょうか?僕はもうモデルになれないかと思いますが...。」
しばらくの間は鉱山勤めになるので、この家にいることはもうない。
あっちの方に宿泊する場所もあるそうなので、寝泊まりするのも今日で最後だ。
「...問題ないわ、絵のあたりはつけたもの、後は肉付けしていくだけよ」
「そう、ですか...」
...それも本当なのだろうか。
いや、俺が無関係の時に引き受けていた仕事だ、偶然来た俺というモデルがいなくなっても問題はないはず。
描くのが大変にはなると思うけど。
「......」
「......」
ラティスが口を止めて筆を動かし続ける。前と同じような沈黙だ。
だが、今回の沈黙は苦しいというか痛々しかった。
押し殺すような内心を察したばかりに息が詰まる。
「ねえ、カブルー」
突然、ラティスが口を開いた。
「なんでしょうか?」
「貴方はどんな魔物になりたい?」
「え?」
俺にいきなり変な事を聞くラティス。
どんな魔物になりたいだって?
...おえっ。
故郷のウタヤで魔物に変えられた親族の事を思い出してしまった。
勘弁してくれ。
そんなこと考えたこともないし、考えたくもない。
...だが、答えなくてはいけないだろう。
この人は魔物好きな以上、俺が嫌いな事を言えば関係がこじれる。
だが、どうする...。
そうだ。
「そうですね、もしなるなら空を飛ぶ魔物がいいかなと思います。自由に空を飛ぶことは昔から続く人類の夢ですから」
ラティスが空を飛ぶ魔物を沢山描いていた事を思い出して、俺は合わせるようにそんなことを喋った。
好きな対象を合わせるのは、運命を感じさせて人に好かれるテクニックだ。
「良かった。ふふ、私と一緒ね」
好かれるテクニックが功を奏して、暗い表情から少し笑うラティス。
「もし、私も空を飛ぶ魔物になったら貴方も一緒に来てくれる?」
「...ええ」
俺はラティスの悪夢のような提案に少し遅れて返答した。
女性に一緒に来て欲しいと言われるのはロマンチックかもしれないが、魔物かぁ...。
嫌だなあ...。
「ありがとう」
ラティスは琥珀の眼を閉じて、笑顔を俺に向ける。
珍しく素直な気持ちの礼。
まあ、あれだ。
さしてこの村では有力な情報を得られなかったが、この笑顔を見られただけ収穫とするか。
──────────────────────────
「お世話になりました」
「あっちでも頑張ってください」
「がんばって~」
約束の日。
トーデン家の夫婦と子供に見送られて俺は鉱山へと向かう。
この村で過ごした1週間は慌ただしくも、楽しいものだったと思う。
「いってらっしゃい」
ラティスも小さく手を振って俺を送り出してくれた。
────その裏で、ラティスはわずかに口を動かした。
隣の人間にも聞こえていないような小さな声。
ミルシリルに読唇術を習っていたから、俺だけは何を言ったか分かる。
“私はいつも見送る側にしかなれないのね”
俺の前にも見送った人間がいるようなセリフだが、それはファリンだ。
ファリンだけ村を出ていけたことが、相当堪えたのか。
ファリンとラティスが直接やり取りするシーンは見たことはないが...仲が良いのは確認済みだ。
嫉妬はしていても、恨んではいないだろう。
だが、ドス黒いものを感じる。
その黒い感情の対象はファリンではなく、村全体。
何年も煮詰めたような怨念が、腹の中で渦巻いている。
村に自身を閉じ込めて、ファリンを追い出したことへの恨み。
...いや、考えるな。
こんな事を思っても、後ろ髪を引かれるだけだ。
そう思って俺は借りて乗っている馬を急かした。
先導してくれた村の人間についていくこと数十分。
鉱山の採掘現場に到着した。
先導した村の人に礼をし、ここで分かれる。
山には暗い坑道と、その穴を支える坑木が見えた。
内部は転々と吊るされたランプが光っていて、空洞内はだいぶ距離がありそうだ。
作業員は坑道内にいるのか、その手前には人が全然見当たらない。
いるのは出入りを管理するトールマンと、その横にいる立場が偉そうな感じの赤毛と丸鼻のドワーフ二人組だけだ。
採掘現場を管理しているのは村人と同じトールマンかと思いきや、赤毛ドワーフのガルドという男と聞いたが...。
あの片方のドワーフがそうだな。
ガルドの体はドワーフ特有のがっしりした体形に少し威圧的な顔つきで、髪は赤毛のロン毛でひげを大きく蓄えている。
手に持った図面を見ながら、指を指して隣のドワーフと何か話し合っている。
その隣のドワーフは、ひげを蓄えた丸鼻の優しそうな顔つきで、ガルドと親しげな感じ。
こっちのドワーフは...手にタコが無いな、現場で働いている雰囲気じゃない。
「すみませーん、今日から現場でお世話になるカブルーです」
俺は馬から降りてドワーフの二人に挨拶する。
余程話に熱中してたのか、俺の声を聞いてようやく振り向いた。
「んっ?おめえさんは...今日来るつってたやつだな?俺が現場監督のガルドで、隣のは鉱主で現場の様子をちょいと見に来たアダンだ」
「よろしくな」
少しぶっきらぼうに挨拶するガルドと、笑顔で挨拶を返すアダン。
なるほど。
丸鼻のドワーフのアダンは鉱夫ではなく経営者だったか。
「よろしくお願いします」
そう挨拶し、手を差し伸べてガルドとアダンと握手を求める。
現場監督のガルドは手を差し伸べる前に、俺の握手する腕を顎に手をあてて観察をし──
太い指で俺の腕を確認するようににぎにぎと握った。
「う~んほっそっこいな、こんなもんで現場で役に立つのか?」
ガルドが俺の腕の筋肉を確かめての一言。
なまらないように割と鍛えてるんだけどね。
ガチムチのドワーフからしたらそうだろうさ。
「迷宮出身は歩く分、腕より下半身がガッチリしてるもんだ、ほれ」
鉱主のアダンが無許可で俺のズボンの片方をまくり上げた。
こう...ドワーフ社会系特有のセクハラがひどいな。
「センシもそうだったしな」
「センシ?ドワーフの方の名前でしょうか」
センシとは誰だろう。
名前からしてドワーフなのはわかるが。
「ああここで働いているドワーフだよ、一座で来てるからな。俺含めてドワーフ7人、トールマンが24人ってとこだな」
推測通りドワーフだったか。
この二人が上役な以上、一般労働者だろうな。
それにしても、鉱山にドワーフの技術者を数名呼んだくらいだと思っていたが、実際は割といるな。
全員の顔と名前は覚えておかないと。
そう考えていると、炭鉱夫たちがぞろぞろと近くの建物から坑道へと歩いてきた。
ああなるほど、作業員がいなかったのは単に休憩してただけか。
「ちょうどいい」
そう言ってガルドは、坑道に戻ろうとした人間の一人をその太い人差し指を前後に動かして手招きする。
「おい、センシ!今日来るって言っていた新人だ。こいつに採掘現場でのイロハを教えてやってくれ」
ガルドは、手招きされて歩いてきたセンシと呼ばれているドワーフにそう指示した。
黒髪のセンシと呼ばれる男は黒いヒゲをへそにかかるまで伸ばしており、この二人よりもさらにヒゲが長い。
ドワーフは威厳を出すためにヒゲを伸ばす文化があると聞くが...作業する時邪魔になったりしないのかな。
「あい、わかった。ワシの名はセンシ、ドワーフ語で探求者という意味だ」
「僕の名前はカブルー、これからよろしくお願いします」
にっこりとした笑顔で挨拶するセンシに挨拶を返す。
年下に気づかいができる感じの優しい人に見えるな。
現場事情はこの人に聞き出すのがいいだろう。
「作業現場に女のトールマンが来るとは思ってもみなかったが、分からないことがあれば何でも言ってくれ」
「はい?」
「おいおい...」
俺を女と勘違いしたセンシをガルドが呆れた顔で見ていた。
俺は顔が少し中性的で牢屋生活で少し髪が伸びたとはいえ、いくらなんでも女と勘違いされたことなんてないぞ。
新手のドワーフジョークなのか?
「こいつは男だよ、細っこいけどよ」
俺が男だという事をセンシに伝えるガルド。
ジョークとかじゃなく、本当に勘違いしているみたいだ。
あといちいち細っこい言うな。
「うむ?女性ではないのか、失礼した。すまないカブルー」
「いえいえ、たまに間違われることがありますから」
年下相手でも素直に謝るセンシを過去にもあったことだとフォローする俺。
...いや本当に過去に女に間違われたことは全くないけど。
「すまねえ、センシはちょいと変わりもんの世間知らずなんだ。お前と同じで迷宮にしばらくいたらしいからな」
ガルドがそんな少々失礼な事を言う。
センシも俺のような元冒険者なのか。
でも、この付近に迷宮なんてなかったはずだぞ。
「わぁ、そんな奇遇があったんですね、僕は迷宮が無くなってフリーになったのでこの仕事を受けましたが、センシさんはなぜこんな遠いところまで?」
俺はわざわざセンシがこんなところまで来たのか気になって、この機に乗じて質問した。
俺のようによっぽどの理由がない限り、こんな田舎に苦労して来る意味がない。
金を掘って一攫千金を夢見てる雰囲気でもないし。
「それもおめえと同じだ。商いでカーカブルードを通った時に途方に暮れてたセンシがいてな。それをアダンが暇そうだからって酒の席で思い付きで連れてきちまったんだよ」
「思い付きじゃないぞ。センシには過去に鉱山での経験もあったし、なにより死んだ兄貴と知り合いだったからな。そんなドワーフをほっとくわけにはいかん」
そんな破天荒なんだか理性的なんだかよく分からない話をガルドとアダンの二人が話す。
「...昔、トタンさんには良くしてもらってたよ」
そう言ってセンシは遠い目をする。
トタンという既にいない故人に思いを馳せているのだろう。
要するにセンシは、俺と同じカーカブルードの迷宮出身で、アダンの兄であるトタンの知り合いだったと。
...そしてトタンは何かで亡くなって、その縁でアダンがセンシをここまで連れてきただけか。
なんだ、思ったよりつまらない。
でも、センシという冒険者は聞いたことないな...。
だいぶ長い間居たみたいだから、俺の耳にその名前が届いてもおかしくないはずなのだが。
まさか迷宮に隠れ住んでる犯罪者だとかじゃないだろうな。
探ってみるか。
「僕と同じ迷宮にもいたんですね、センシさんは冒険者の先輩でもあるようで!」
「わしは冒険者をやっていたわけではない、迷宮で10年以上自給自足の生活をしていただけだ」
俺の探りを入れた言葉をセンシが否定する。
「自給自足...?」
迷宮で自給自足の生活とはどういう事なんだ?
まさか迷宮で畑でも作っているわけではあるまいし。
「自給自足とはいっても調味料などの最低限のものは市場で買っていた。だから、そんなにたいそうなものでもなかったがな」
いやそういう話ではない。
その迷宮生活で食料はどうやって確保していたんだ。
まさか。
「もしかして魔物を...」
「ああそうだ、魔物を食べて生活していた」
魔物を食っていることをセンシは平然と言い放った。
まじかよ...。
頭おかしいんじゃないかこの人。
「なっ、こいつ変わりもんだろ?」
センシのありえない発言を笑うガルド。
「はは...。すごいですね、魔物を食って生活しているなんて。僕には想像できませんよ」
俺は「変わりもんで済むか!」というツッコミを入れたいのを我慢して、愛想笑いをする。
いや本当に想像できない。
魔物になりたい人の後は、魔物を食ってる人がいるなんてこの村周辺はどうかしているんじゃないか。
「この辺りにも魔物は出るらしいからな。機会があれば皆にも振舞おうと思っている。その時はカブルーも遠慮せず食べなさい」
「わあ、嬉しいです」
ヤダーッ!!!
絶対にお断りします。