異端審問官は偏屈ヤンデレ最強魔女から逃げられない 〜見せしめとして派遣された先でドロドロに甘やかされる。求婚断ったら街が燃えた〜 作:じゃがり
燦々とふりそそぐ陽光。
清涼な森の中、一軒の小屋を背景にした美しい女性がいた。
墨を流したような長髪に、リボンやフリルを多用しながらもどこか威圧感のある漆黒の衣服。
少女そのものな顔立ちと体躯だけど、てくてくと向かっていく俺に無言の圧力を……。
「――今日は遅かったですね、レオン。また、教会のクソどもからなにか?」
「ああいや、イルヘルミナさん。普通にあの……ね、寝坊しました」
「寝坊――? このわたしに会いにくるのを、寝坊? 神でさえ恐れたこのわたしを……――」
「あ、すみませんほんとう! …………いやでもそもそも、ここに来る時間とか約束してないような」
「なにか言いましたか? 謝罪なら受け付けますが」
「じゃあはい、ごめんなさい……!」
イルヘルミナさんの目がギンッてなるのを見て、俺は慌てて頭を下げる。それを見て「ふん」と鼻を鳴らすイルヘルミナさん。
よし、これで大丈夫かな?
「こんな無礼を許すのは貴方だけですよ。レオン」
はいはい、ありがとうございまーす!
と、いうことで。
許しももらえたところで、俺は今日も小屋の修繕に取り掛かる。
ずるずる引きずってきた木材やら大工道具やらをそばに置いて、古くなった壁や屋根の木材を取り換えてと。
「――いやあ。でも、ずいぶん綺麗になりましたね、イルヘルミナさんの家」
ちょっと感慨深いな。俺が初めてここに来た二か月前は、まるで人間が住む環境じゃなかったもん。
「……。わたしも、まさかまた元の姿を見られるとは思っていませんでした。後はもう朽ちていくだけと、そう思っていましたから……」
「魔女なんだから自分で直せばいいのに……ってのは禁句でしたよねすみません! はい、黙って作業しますよ!」
ギラリと睨まれ沈黙。背中に視線を感じながらトンカチを振るう。
でもほんと疑問なんだよなあ。イルヘルミナさんは通称「禁忌の森の魔女」って言われるすごい力を持ってるんだから。魔術のことはあんま知らないけど、好きにもの動かして家くらい直せそうなもんだけど。
魔術で無理なんだとしても、それこそ俺みたいに自分の手でも。まあそうなると、あのちみっこい体じゃ凄い時間かかるだろうけど。
「でもほんと、よくここまできたよな……」
俺は手を動かしつつ、ここら一帯を見遣る。
なんか最初は小屋だけじゃなくてこの森もすごかったし。昼でも薄暗くって、なんか見たことないようなおどろおどろしい草木が生えてたり。
それが今や、気分が良くなる瑞々しい緑に、生命の息吹を感じるこの風だもんなあ。
俺は森にはいっさい手を入れてないけど、なんか小屋が一帯の核になってるとかで、修繕してたらこうなった。ちょっと前に家庭菜園できそうな畑も現れたから、なんか野菜とか植えるのもいいかも……。
ふふふ。ずいぶんと住みよい環境になってきたな。毎日ここまで来るの面倒だし、そろそろこの辺に野営でもさせてもらおうかな。
……そんなことを考えながら手を動かすことしばらく。
けっこうな時間が経ち、太陽も天頂を過ぎてすこしというところで、背後から声を掛けられる。
「レオン。そろそろ休憩、どうですか?」
おお。イルヘルミナさん、いつの間にかちっちゃいテーブルと椅子を持ってきてる。上には湯気を立てるティーポットとサンドイッチまで。
「ちょうどお腹も空いてきたところです。ありがとうございます」
道具を置いて、腕で額に滲んだ汗を拭う。汚れた手を洗わなきゃ……と。
「こちらに。水ならわたしが出します、さあ」
「あっ、なにからなにまで。すみませんね……」
「手を。――【水】」
見たことないほど滑らかな魔力操作。魔術陣すらなく、空中からいきなり冷たい水が飛び出して、汚れた俺の手を洗い流してくれる。
よし。これで綺麗になったと。
「あぁ、待ちなさい。手が濡れたままではないですか。ハンカチは……ないのですね、相変わらずこの不精は」
「いやあ。服で拭えばいいですよ」
「ダメに決まっているでしょう、せっかく綺麗にした手がまた汚れてしまう。まったく、子どもでもないんですから――――【風】、【炎】」
おお、熱風でみるみる乾いてく。便利だあ。
「ありがとうございます。もう乾きました!」
「それはよかったですね、まったく。大の男も恐れるこの魔女に小間使いの真似をさせて……。貴方が街の人間なら、隕石のひとつでも街に落としているところです」
「俺もまあ、最近はすっかり街の人間ですけどね。隕石はやめてくださいね」
ため息を吐くイルヘルミナさんが対面の椅子を指し示す。遠慮なく腰を下ろすと、蒸らし終わった紅茶がカップに注がれる。
次いで、サンドイッチが小皿に取り分けられるところ見ながら思う。
イルヘルミナさん、最近だいぶ丸くなったよな。初めて会った時は殺されるかと思ったもん。
思い出すのは二か月前。教会から寄越された投げやりな――というか、明らかそれが目的じゃないだろっていう依頼。「禁忌の森の魔女を異端審問にかけろ」とかいう無茶苦茶。
まあ俺……というか師匠、最近教会でもとんでもなく立場悪かったからなあ。上層部に睨まれたらこうなるんだぞっていう見せしめだ。
とはいえ、俺もこれ以上師匠を追い詰めるわけにいかなかったから、黙って任務は受け入れたわけだけど。イルヘルミナさん、ほんとに噂通りの恐ろしさだった。
…………ただ。どろどろした森の奥、ぼろっぼろの小屋の前に立ってたイルヘルミナさんが、まるで世界全てを恨んで、泣いて、苦しんでるみたいな、そんな姿だったもんだから。
「『大丈夫ですか』なんて、いま思ってもアホな問いかけだった……」
「どうかしましたか、レオン」
「ああいや、なんでも!」
「? まあいいです。昼食の準備ができましたよ」
「ありがとうございます、めっちゃうまそうです……! 今日は寝坊して朝ごはんも食べられなかったので!」
「! ダメではないですか、それは……! まったく、育ち盛りの子が食事を抜くなど……」
育ち盛りって。俺もう二十歳すぎてしばらく経ってるよ。……まあいいや。
それじゃあ、と。どこで手に入れてるやら、ハムやチーズを挟んだ白いパンを頬張る。
んん、うまい! 紅茶も香り高くて――
「っあち!」
「ああもう、ゆっくり飲みなさい。間抜けな子ですね……」
「あい」
「大丈夫ですか? 氷出しましょうか?
いらんいらん。火傷しちゃったけど大したことじゃない。それよりサンドイッチうまくて、止まらーん。
イルヘルミナさんはそんな俺を心配してるのか呆れてるのか、無表情で見つめてくる。
「食べないんですか? イルヘルミナさん。早くしないと、そっちのも俺が全部食べちゃいますよ」
「はしたなく食い意地を張るのはやめなさい。これはわたしのものです。……足りないと言うのなら、追加を作ってきますが」
「とりあえず大丈夫です。イルヘルミナさんもしっかり食べてくださいね、そんな細いんだから」
俺の言葉にわずかに目を見開き、「まったく仕方がない」とばかりに首を振る。
ほんのちょっと、口元が弧を描いた気がしたけど気のせいかな。いや気のせいか。
もっかい見たら、やっぱり微塵も笑ってなんかなくって、どっちかというとなにか使命感に燃えているような真剣な表情。
……でもイルヘルミナさん、こうして見るとなんかただのませた女の子って感じで、魔女なんて言われても信じられないな。
最近任務どうしようかと考えてたけど、俺が誤魔化してイルヘルミナさんの異端認定取り消せないかな。生活にもいろいろ制限できちゃって可哀想だ。
なんて、そんなことを考えてた時だった。
片手にサンドイッチ、片手にカップを持つ俺に向けられ続ける、真剣な赤い視線が。さすがにおかしく思って、どうかしたのかと、サンドイッチを含んだ口は開けずに目で問いかけると。
イルヘルミナさんは、告げるのだ――
「レオン。――――っ……わたしと、番いになりなさい」
え? …………なんで?