異端審問官は偏屈ヤンデレ最強魔女から逃げられない 〜見せしめとして派遣された先でドロドロに甘やかされる。求婚断ったら街が燃えた〜 作:じゃがり
は? 番いってその……鳥の番いとか、そういう意味の番いだよな? つまりそれって。
信じられない思いでイルヘルミナさんを見ると。
……いつも無表情でクールな彼女が、顔を赤くしてる。それにその顔には、「ああ言ってしまった」みたいな、後悔とも期待ともつかない感情が見え隠れして。
冗談でもなんでもないって分かってすぐ、イルヘルミナさんはまた口を開く。
「レオン。……返事は?」
「う……」
番いになる、つまり結婚? そんなのいきなり頷けるわけないじゃん。そもそもイルヘルミナさんはなんでそんなこと……。
逡巡する俺に痺れを切らしたのか、イルヘルミナさんが歩み寄ってくる。
そして無表情のまま……目の前で一瞬止まると、胃を結したように俺の頬に手を添わせて。
またさっきと同じことを言うのだ。
「――――っわたしと番いになるのですか? ならないのですか? レオン」
片田舎の街フルートには、昔からとある伝承がある。
街のほど近くに、立ち入りを禁止された森があり、その中には恐ろしい怪物が住んでいると。
怪物たちは神の摂理を外れていて、朽ちた体で動き続け、悪しき力を使う。その怪物に襲われれば、魂は永遠に囚われ、神の御許へ行くことかなわず。
そして一番恐ろしいのは、そんな怪物たちを支配する不老不死の存在――禁忌の森の魔女だ、と。
俺はそんな話を思い出しながら、いま目の前にいる彼女を見る。
ルビーみたいな赤い瞳はじっと俺を見つめ返して。形のいい唇はぎゅっと引き結ばれてる。
なにか返事をしなきゃ……。
「……えっと、イルヘルミナさん。いろいろすっ飛ばしてると思うから確認なんですけど。まず、あなたは俺のことが好き……ってことでいいんですか?」
「…………ぁ、す……ぃ、っ」
「え? な、なんて……?」
微かに漏れたような声は、意味ある言葉には聞こえなかった。いつも流れるように美しく言葉を紡ぐイルヘルミナさんに似つかわしくない。
そんな彼女は、言葉に詰まったようになった直後。なにかひどく苛立ったような様子で、眉を顰めてみせた。
「ッ、ああ、もう……! 忌々しい呪い……ッ」
「え、呪い? それはどういう……」
「…………っいえ、なんでもありません。それよりさっきの質問の答えは……否、です。わたしが貴方を好きなのではなく。貴方が、でしょう?」
「……は? それはどういう――」
ますますわからんと呆けてたら、イルヘルミナさんがぐいっと顔を近づくてくる。
その大きくて丸い血色の瞳が、至近距離で俺を覗く。
「!」
「――レオンはわたしのことが好き……でしょ? ほら、甘えたいでしょう?」
「ええ……? 好きか嫌いかで言えば……優しいし、ご飯くれるし……好きですけど。でもそれ結婚ってより――」
「――っなら……! 番いになるということですね!?」
「いやだから……っうぇ、近い近い」
お人形みたいな顔が視界いっぱいに!
止めようと思ったその直後。
うわ。なんか膝が勝手に折れて地面について……魔術かッ。
目の前に広がるのはイルヘルミナさんの慎ましい胸とすっきりしたお腹。それが俺に向かって突っ込んできて――
「えいっ」
「っうぷ」
「――――大丈夫。大丈夫です、レオン……! 貴方は騙されている。教会に、偽りの神に。この『破界の大罪』イルヘルミナ・モーガンを受け入れたからにはっ、わたしにすべて任せなさい……!」
「ちょお……また、ダメですってそういうのッ」
ああもう、まただ。なんかたまにこうして抱きしめてくるんだよイルヘルミナさんッ。このすうっとする匂いを心地よく感じるようになってきたのが申し訳ない。
くそ、もがけどもがけど抜け出せない。魔女のくせに力強すぎるって。
「あら、暴れて……? どう、どう。よちよち」
よちよちじゃないんだけどお!
なんなんこれ。なんかイルヘルミナさんって俺のことやたら子ども扱いしてくるよな。そのわりには番いとか言い出すし、どういうことなん……。
諦めて体を委ねたら「んふ」と満足そうな吐息が頭にかかる。なんなんだいったい。
そのまましばらく、俺はされるがままに森を飛ぶ小鳥の鳴き声なんか聞いてたんだけど。
やがて。
「さあ。それではさっそく――魂の交合を行いましょう」
なにそれ怖い! やらないよ!
「ちょ、ちょっと待ってください! ストップです!」
「? どうして? 番いになるのなら必須の儀式ですが」
「いやだから……ッ。――ならないって番いには!」
「……………………は?」
え、なに? 顔見えないけど空気変わったッ。
「番いに、ならない? わたしのことを好きなのに? ――なぜ?」
「だ、だからそれは……。その、いきなり結婚とか話が早すぎるっていうか。好きにもいろいろ種類があるっていうか」
それに。一番大事なこと――
「そもそも俺は――――俺のことを好きじゃない人と結婚しません……! それじゃイルヘルミナさんが幸せになれないじゃないですか!」
「ッッッ!」
俺がそう言った途端。
拘束緩んだから今のうちに……って。うん? なんかごうごうとすごい音が……。
抜け出して視界が戻るやいなや、イルヘルミナさんに視線を向けて。
俺は絶句した。
イルヘルミナさんはその全身から赤黒い魔力がほとばしらせて、まるで伝承に聞く魔女そのものみたいに――
「――――――あの、神のせいで。わたしは……だい、……ぅきな人に、心のうちを明かすことすら……。あのボンクラの、性悪女のせいでぇ……ッ!!」
「!?」
魔力の勢いが強まって、もはや噴火みたいになってる。大地の怒りが弾けるように。稲妻のように黒い光を炸裂させて。
イルヘルミナさんの手をはなれて、俺は思わず後ずさる。
こ、これが魔女の力? ここ二ヶ月以上接して、こんなこと一度もなかったのに!
全身から激しい魔力と感情を発散させるイルヘルミナさんに、俺はゴクリと生唾を飲む。これは禁忌扱いされるのも無理はない、と。
…………ただ。俺は彼女と毎日接して、その世話焼きで親切で口下手な性格を知っているから。だから気づいた。
イルヘルミナさん、いったいどうして――
「――……泣いてるんですか……?」
「っ!」
「やっぱりそうだ。怒りで誤魔化して、顔も魔力で隠してますけど。哀しそうにしてるのは分かりますよ。……――事情を話してください、イルヘルミナさん……!」
こんな魔力の発露、教会に嗅ぎつけられないわけがない。しばらくずっと大人しかった禁忌の森の魔女がまた暴れ出す――そう教会に判断されたら、今度は俺なんかじゃないちゃんとした部隊が派遣されるかも。
もしかしたら、そんなのイルヘルミナさんにとって大したことはないのかもだけど。それでも!
「俺は、貴方の生活を壊したくて来たわけじゃない……! その魔力の色を見れば分かります。なにか、長年積み重なった哀しさ、恨み、そんなものがあることは! ッだから――」
言葉を重ねようとしたその時だった。
俺の前には依然、哀しくも激しい魔力の発露を続ける華奢な少女がいて。なのに、その姿や魔力とかけ離れた、どこか穏やかさえ感じる達観した声が――
「――……やっぱりいい子ですね、レオンは。だからこそ…………わたし自身を解放し、貴方を救って、一緒になるためにも――」
イルヘルミナさんは告げた。
「――――手始めに、街を焼かねば」