酒寄さんちの次男くん 作:へそ天ペロリスト
―――ねぇ、彩葉
―――私、日向を絶対ハッピーエンドに導いてみせるよ
―――かぐやみたいに8000年もお話しできないかもしれないけど、最高にハッピーな数十年を聞かせてあげるから
―――だから安心して先に行って
―――かぐや、私過去に飛ぶよ
―――かぐやが完璧にした時空間飛行システム、電子生命体の私なら飛べるから
―――ドジんな?する訳ないでしょ
―――だから、私が先に日向と仲良くなっても怒らないでよね
―――かぐやにもヤチヨにも靡かないくらいメロメロにするもん
―――恋は戦争だから仕方なし?
―――絶対勝つ
―――いつか聞いたよね、日向にとってハッピーエンドってなんだと思うって
―――そしたら今のままでも十分ハッピーなんて言ってたね
―――でもさ、私覚えてるの
―――『俺がガキ抱えてよしよしする日が来るなんて思ってなかった。かぐやの時は彩葉にべったりで出番なかった』って
―――そしてハッピーエンドの一つに『動物なら子孫残して笑って大往生あたりが不変的な幸せなんじゃないか』って言ってたのも覚えてる
―――身を粉にして、自分の肉体が限界来るその時まであなたはずーっと頑張ってる。きっとそのままずっと電子の海で戦い続けるんだと思う
―――そんな頑張り屋さんなあなたがハッピーエンドを迎えられないなんて私は認めない
―――だから私は運命に抗うよ
―――かぐやみたいにドジっちゃう前に、私を止めに起きてよ
―――そしたら絶対笑って死ねるようにあなたの側に居続けるから
真っ白な部屋で人の幸せを目指すために抗い続ける一人の男が電子の海に潜り、月のクーデターに巻き込まれ63年。
あの日から一度も目を開けることなく、無機質な電子音が無常にも鳴った。
〇 〇
2LDKの一室、九千代が仕事部屋として決して誰も立ち入らせない6畳の部屋。
「さて、彼がバカやる主因は概ね関わらせずにここまで来れましたね」
20mとしない距離にいると言うのにいくつかの壁を挟んだその場所で九千代はゆっくりとソファーに腰を預けた。
本当であれば日向をぎゅっと抱きしめて寝たいが、定期的に情報を整理しなければあの頃よりも記憶領域にどうしても限界があるため、文字に書き起こしている。
多くのことは忘れることなどないのだが、些細な取りこぼしを九千代は恐れていた。
「食事メニューは問題なし。ただしインドア過ぎて筋肉量の低下あり。デートの名目で少し歩くプランを構築しましょうか」
居室の一面を真っすぐな2本の横線が引かれており、その隣の壁には人の体を模したピクトグラムがあり、その元の壁が視認できないほどの無数の付箋が張り付けられていた。
「最大限危険から距離を取らせるためにこの選択をしましたが、先を予測できないというのは不便ですね」
定期的にノートにまとめたり、電子的にまとめて綺麗にしているはずなのに書き起こすことが多すぎる。
・2030年9月12日:酒寄日向、かぐやを迎えに来た月人と交戦
外の理に属すると思われるオーバーテクノロジーにて迎え撃つ
一部頭髪に白髪が確認された
[フラクトライトに不完全な形で干渉したものと思われる]
「一番の無茶、これは回避できました。これが無ければ月のクーデターに巻き込まれる要因がありません」
「尤もな根本は既に潰しているので念のため、と言った所でしょうけど」
真っすぐな2本の横線はかぐややFUSHIによる観測結果をまとめたありえた未来と、今の時系列の精査を行うためのものだ。
「ここから先は命を懸けるような、そんな大それたものは訪れることはないでしょう」
彼にはずっと長生きしてもらう。
「そのためには健康でいて貰わないと。明日の献立はどうしましょう」
電子の海を彷徨うのではなく、人としてありふれたハッピーエンドを迎えるために。
〇 ▲ 〇
「……あのさぁ」
「反省も後悔もしていません」
「キリっと言うな」
平日、日向は自宅から電車で数駅程度の位置に存在する月夜野関係の研究所での活動を終え、自室に足を踏み入れると、多くの領域を占拠しているそれらとそのそばできっちりと背筋を伸ばして正座している九千代の姿が目に入った。
「俺の見間違いじゃなければコレの総額新卒社会人の年収の1/3くらいはいくんじゃないの」
「ふふ、これ一本で新卒社会人の年収くらいです」
「おバカ!」
「あいだっ」
部屋に入って愕然とし、肩にかけていたトートバックが肩からずり落ちて身軽になった日向はスタスタと九千代の元に向かうと躊躇いなくデコピンをした。
これをおバカと言わずなんと言えば良いのか。
「お家でバンドでも始める気か己は」
「そろそろ機材が欲しくなる時期かと思いまして」
「思ったけども限度!」
そう、目の前にはものの見事にフラグシップなんて呼ばれるようなタイプの高級品に分類される楽器が陳列されていた。
ギター、ベース、電子ドラムにシンセサイザー。
録音機材のマイクも見間違いじゃなければドの付く高級品。
ド級のドはドレットノート級の略とは言うがそれに近しい衝撃を日向は食らっていた。
「あくまで所有権は私のなので問題はありません」
「で、実際の所は」
「メンテしかしてません―――あの、頬を引っ張らにゃいでくらはい」
「うんうん、確かに俺はお前がお前の好きなように金を使うことを止める権利などないけどちょっと金遣いが豪快過ぎやしないか」
「ちょっひょしはおひゃめでふ」
「軽率に貢ぎにかかるな」
そこまで言うと日向は手を放す。
建前とやってることが………うん。
「日向、貴方は私を見誤ってます。本気で貢ぐつもりならスタジオも用意しておくに決まっているでしょう!」
「誇る所がおかしいんや」
日向は連撃でデコピンを入れた。
「―――結論:やりましょうヒナP」
「やらないが」
「どうしてですか!?」
「むしろ何でやる要素があるんだよ」
面のいい女がドヤ顔していると本当に可愛いな、なんて思いながらも日向は九千代の言い訳と言うか弁明と言うかを半分流しながら聞いた。
久々に音楽に触れて『あ、たのちい』ってなったでしょう?勿体ないので曲出しましょう?
要約するとそんな感じである。
たしかに久々に音楽に触れたのは楽しかったが、そこまで熱を入れてやりたいと思うほどでもない。
精々趣味の範疇の片手間程度に収められばと思う程度だ。
「俺的には32鍵のMIDIキーボード買って暇な時にDAWをポチポチする程度で満足なんだが」
「―――音を楽しむのに、そんな規模じゃあつまらない!」
「月見ヤチヨに寄せてゴリ押しすんな」
本当に色合い的に現パロした月見ヤチヨの様な容姿をしているのだから、下手なコスプレイヤーよりもなん100倍もクオリティーが高いのでちょっと心臓に悪い。
……決して浮気とかそう言うやつではない。
かわいい×可愛いは最強と言うやつである。
「普段からあなたを見るだけで活力が湧くのは確かなのですが、それとは別にこう……月夜野九千代のメインテーマ的なものがあると張り合いが出来る気がするんですよ」
「頑張ってる頑張ってる、無理するようなことがない様にこいつらは封印させてもらおうかね」
「後生!後生ですから!」
家計の使ってはいけない金をギャンブルで溶かしに行く男に縋りつくような態勢で片付けの姿勢に入った日向を九千代は必死に止めた。
「ったく、俺が何に文句言いたいかわかるか?」
「突然めんどくさい彼女みたいなこと言い始めましたね」
「おい」
「ごめんなさい嘘です冗談です」
そうですね、部屋に楽器を展開したとか、ちょっと強引に貢ごうとか、そう言う所でしょうか。
なんて九千代は推論付けた。
「残念。違います」
「じゃあ何ですか」
「こんな回りくどい事建前立てなくてももお前の我儘は叶えるって言ってんだよ。簡潔に、何が欲しいんだ」
「貴方の曲を歌いたい」
「それでお前は笑えるのか」
「はい」
「ならヨシ、やろう」
「……いいんですか」
「いいんだよ。幸せにするって決めた相手は絶対幸せにしたいし、する様に努力すんのが楽しい人生ってやつだろ」
回りくどいのはやめような。
最後に一発、ポカンとした表情を浮かべるその顔にデコピンを入れた。
「あ、でも彩葉みたく後方で演奏とかしないから」
「それこそ一番やってほしいんですが!?」
「え、ハズイ」
なお数分後に可愛いおねだりで折れた。
〇 〇
酒寄日向は高校生で社会人である。
時間に融通の利く通信制高校に通い、普通の学生が学校に拘束されている時間を研究に費やしている。
「……あの、発注したの昨日ですよね」
別世界で発展した技術と言うものを丸っと再現できるくらいにはその技術に浸っていた日向は技術的ブレイクスルーによる多くの面倒ごとから逃れるため、小出しに技術を形にしている。
……のだが、所属した研究機関が悪かった。
その場所は俗世間からは変わり者だらけの月夜野研と呼ばれるほどに尖った人物が多く在籍し、その変人係数に比例するように優秀な技術者が多く集まっていた。
また、提携や出資している企業も多いため色々なものが潤沢である稀有な研究所でもあるのだ。
何が言いたいか。
ちょっと思い付きで玩具を作ろうとベースを作成したら次の日には発注していたものが大体手元にやってくるのだ。
「発注と言うか稟議書自体出したの帰宅直前だったはずなのに……」
他の研究所の懐事情は前世研究職をしていたから痛いほど知っている。
だからこそこんなスピード感で金を回すことのできる研究所にちょっと引いていた。
「いやー、面白そうだったからさ」
「自分で言うのはなんですけどコスト一切無視していたんですけど!?」
「そこはほら、うちの特許でどうにかできそうなところはどうにかした」
「やっぱおかしい月夜野研!」
この衝動をデスクに一発拳を下ろしたい気持ちでいっぱいになったのだが、それを見てケラケラ笑っている所長と言う光景は随分と見慣れたものになってしまっているのが何とも。
「ま、とりあえず精査してちょんまげ」
「内部は注文通りなんで外装部分はそこまで気にする範疇じゃないんで問題はないと思います」
「そりゃよかった。特許とってもまともに運用できるもの少なかったから使えそうなら万々歳ってやつよ」
「オーダー品よりこっちの特許物の方が1.4割増しなのに……」
オーダー通りの基盤とパーツ類の通電を確認し、設計通りであることを確認し事前に準備していたプログラムを実行する。
「……どうぞ」
「お、良いの?では遠慮なく」
「試したくてうずうずしてたんでしょうに」
デスクには芋虫の形をしたロボットとスマコンが置かれており、所長は躊躇うことなくスマコンを手に取り装着した。
「ある種人類の夢みたいなもんでしょ、シームレスな遠隔操作ロボット」
「色々な運用問題があるので破棄したい気持ちでいっぱいです」
所長はスマコン特有のイカリングの様な光を目から垂れ流しながらその操作の具合を確かめていた。
端的に言えばスマコンのモーショントラッキング技術を用いた小型ロボット操作ホビーである。
技術的に言えばICT建機の遠隔操作の延長に当たるのだが、今回のホビーの肝は素体の方である。
多足部分に当研究所によって製作された軟性素材が用いられており、接地のグリップは申し分がなさそうである。
「うんうん、小型精密ベアリングを作った私も鼻が高いよ」
「動きがクッソシュールなんですけど」
首を縦に振るごとに特徴的なアフロ状態の天然パーマが視覚情報的に大変うるさかった。
体でワカメが揺れているようなポージングをすれば目の前の芋虫の形をしたロボットがうねうねと動いていた。
「これでプラモデルの中にでも仕込めれば完璧なんだがなぁ」
「所長のいうプラモって某1/144スケールプラモデルですよね」
「1/100でも1/60でも可」
「プラモを宙づりの状態でアクションポーズ取らせるならともかく自立まで考えるとか無理ですよ??????」
ノンスケールで特に細かい事を考えないのであれば背中辺りにマウントくっつけてフレームさえ作ってしまえばできないことはない。
可動域とか装甲のバランスとかは知らん。
「ほう?」
「サイズで言えばできても1/50くらいっすかね、更に小型化すると関節部分の強度確保が困難になります」
人間的なめらかな動作や物を持ち上げたりを考えずに連動して動かす、と言うだけならそこまで難しくはないのだ。
「じゃ、仕様書……書こうか」
「こいつの仕様書のココとここと……こっちのコレ当たり使えば行けますんで。後はお願いします」
「オイコラ中途半端で投げるな!」
「マジっすか」
「マジっすかじゃないんだよ、出来たらおもちゃ会社に売り込みに行ってくるから……重森が」
「そうなるんでしたらシステム的な方をもうちょっと詰めておきたいなーって」
「両方やるんだよ」
「マジっすか」
「天丼か????」
月夜野研は各研究員にある程度自由裁量が与えられている。
与えられているが、未成年である日向は基本的に所長の監視下である。
「うちの名で出すんだからしっかり頼むぜ」
「ちょーっと時間がかかるんで出来ればこう言うの欲しいんですけど」
「ん、資料漁って来てやるからそれまでに進めてくれ。ほんと、マジで」
変人だらけではあるが面倒見のいい人が多いこの研究所が日向は嫌いではないのだ。
……研究所内から聞こえるやべぇ人たちから目を逸らしながら。
・酒寄日向
前世の死因が死因なため面倒ごとに巻き込まれそうな発明はあんまりしたくないタイプ。
小出し、小出しにすれば騒がれない……!と高を括っているが本人の基準がぶっ壊れ技術者なので十分頭がおかしい。
運動神経はカスだがリアルのび太君タイプなので銃の取り回しは他の追随を許さない。
一度大切にすると決めると自身のあれやこれやを無視して全力で守護る方に思考がシフトするタイプでもある。
・月夜野九千代
ターニングポイントを乗り越えてちょっとはっちゃけているお嬢様。
色々と自重していた枷が取り始めている。
・月夜野研究所
頭のおかしいヤバイのがいっぱいいると業界内でも有名な研究所。
出資企業から「これほしいんだけど」と言われれば変なもんを作る研究費を要求する代わりにキッチリと仕事をする。
癖が壊れている人が多いので素面で研究員と会話するには慣れが必要。
皆がとんがった方向性の研究をしようとするが、文句を付けられない程度にはしっかり仕事をするので所長と事務員の胃には結構ダメージが入っている。
研究例
:超高耐久シリコン
:光造形による硬化と軟質化のバランス調整
:一定温度と粘度を維持するジェル
:高発色繊維
:モーター制御技術
:通信技術
……etc