酒寄さんちの次男くん 作:へそ天ペロリスト
「……これ、本当に特定個人を殴りに行くセトリじゃないんですよね」
「んな訳」
10月の下旬、新月であるその日をドッキリと言う名の意趣返しの様なものをセッティングすることにした九千代はデスクトップモニターに映る楽曲とその歌詞を眺めながらそう呟いた。
それは何か。
自身の恋人で最愛の人たる酒寄日向の新解釈の登場によるものである。
「彼女の内情を知っているとあの人にいちいち突き刺さる曲が多い、と言うか投稿せずにキープしていたのが英断みたいな曲まであるじゃないですか」
「そんなにか」
「そんなに、です。特にこれとか*1」
下手したらこの楽曲だけで√外れの危機さえあったと九千代は愚痴る。
特に一体何なんだこのBUMP of chickenシリーズとやらは。
チキンと称すには余りにも火力が高い。
「それか、記憶喪失の主人公が実はクローンでオリジナルと戦ったり存在意義を探す感じのやつの主題歌」
「もろじゃないですか!」
何なら私にもちょっと刺さってるんですけど。
この人は時折ビックリ箱みたいな謎の新解釈が生えてくるのが心臓に悪い。
「それの投稿時期どうするかって時ちょうど九千代に初手求婚食らってテンヤワンヤ、彩葉が一人暮らし決めたりとテンヤワンヤって感じで投稿忘れたんだった」
「私ファインプレーすぎ」
時期を思い返してもちょうどそのあたり。
九千代はあまりにも心臓に悪い事象を神回避していた事実に今更ながら冷や汗が出てきた気さえした。
自身の被った猫が取れかけているにも気が付かないほどの衝撃があの時確かにあったのだ。
「投稿初めて半年したあたりでこの世界ではそんな曲もバンドも存在しないって聞いてびっくりした」
「ツクチューブの視聴者の方がビックリ案件ですよ」
この世界では前世生まれたタイミングよりも10年以上たって生まれたから懐メロをなんとなく手癖で思い出して書いていたという。
世界線によってはあの人が「これ私のことだ……」とクリティカルを一般人から食らってしまう可能性すらあったのかと完全に外からの攻撃に肝を本当に冷やした。
この事実を知ったのが輪廻の一つの終わりの後で助かった気までした。
これを3ヶ月ほど前に聞いていたのであれば九千代は『もっと早く言ってよ!』と日向の奥歯をガッタガッタ言わせていたに違いない。
「それで投稿をやめた理由も引っ越しを機にPCの買い替えでブラウザに記憶させていたログインコードを忘れていたから、と」
「それもあるけど、どっちかと言えば研究に手が出せるって喜びで時間がなかった」
「その割には私との時間しっかりと作ってくれるのがほんと……そう言う所ですよ」
知らぬ間に自身はとんでもない綱渡りの上に居たらしい。
気が付いたら完走していたのが奇跡の様。
情報を整理すれば歌と言う核爆弾がズドンしなかったのは九千代が日向にカマチョしまくっていたと言うのだから偶然が過ぎる。
「と言うかこんな再生数に慣れておいてよくもまぁ『500万再生?いかんやろ』って顔出来ましたね?」
「アレに投稿していたのはめっちゃ有名な曲で再生数がカバーであろうとそれなりに出るのは妥当。今回投稿したのは自分で考えたオリジナルなんだからそりゃ自信はない」
「このクソボケは……」
九千代からみた日向は十分どころかぶっ壊れの域にいると言うのにだいぶクソボケている。
理由を聞いてみれば『時代を変える人に比べれば木っ端よ木っ端』などと言っていた。
その時代を変える要素を構成する一部を作っていたというのに自認がこれである。
クソボケと称する以外他にないだろう。
「……ゆっくりでもちゃんと自信を持って貰いますからね」
「前向きに検討しておく」
「大往生して墓に入る前にそう思ってもらえれば上々だと思っておきます」
「めっちゃ気長に見て貰えるようで」
「ええ、どこまでもそばにいますから」
〇 〇
「……何故そんなに歌うのを渋るのですか」
「だって投稿したあれは編集の力で体裁を保っているだけで俺自身はそこまで歌上手くないからな?」
本気で落としに掛かる勢いで歌って、と強請っているのだが日向はどうにも首を縦に振らない。
九千代からすれば前の世界線で子守歌の頃から耳に馴染んでいるのは日向の歌であると言うのに。
「歌うことは嫌いではない、と」
「カラオケ規模くらいなら」
そもそも歌うのが完全に嫌いであるならあんな投稿すらしないだろう。
何ならボカロを使用しないで自分で歌っていたことに九千代は驚きすらしていた。
「音源を全部確認しましたが、アレはちょうど声変わり時期にぶつかりまくっていますから今ならきっと違うと思います」
「そうは言っても気恥ずかしさの方が勝る」
「そこをどうにか!」
「……わかっ、た」
「ッシャオラ!」
「九千代?」
「いえ、何でもないです。ありがとうございます」
どうにか言いくるめた、と言うよりは日向があまりにもおねだりに弱いと言うべきか。
九千代は自身のロールに似合わないガッツボーズを一瞬だけ繰り出し、瞬きする頃には元の状態に戻った。
本当に素直に強請ると聞いてくれるなこの人。
「で、何が聞きたいんだ」
「お任せメドレーで」
「なんつう投げやりな」
そうブツクサ言いながらも準備をしに動き始めたので九千代もその手伝いをするべく動き始める。
「この部屋防音性能高いので安心してくださいね」
「……そうだココお高いマンションだった」
「やることやる時も安心です」
「やることって歌うことだよな?!」
「寝室で行うS「言わせないからな!?」」
「冗談ですよ……1/8くらいは」
「ほぼ本気」
「当たり前じゃないですか。あなたの子を残したいのですから」
〇 〇
日向が九千代の前で歌ってから一週間の時が経過した。
一度歌ったなら今後歌っても問題なし、と誇大解釈をされつつ、[SunTyoチャンネル]でも歌ってもろてと強引に話しを勧められそうになるのをどうにか断ったりなどのエピソードがあったのだが今はいいだろう。
ライブを行う予定日は決まった。
だが、ステージの確保がまだであった。
ツクヨミのワールド内ではアカウントに連携したチャンネルの登録者数に合わせて一定の規模のステージの使用をすることができる仕様が存在している。
[SunTyoチャンネル]は誕生してまだ一月も経っていないが中々の登録者数を誇っているため、ステージの申請条件は満たしているはずだ。
九千代はライブを前振りとしたサプライズを仕込んでいるため当日まで表に出ない様にしているらしいので申請に関しては日向にぶん投げられた形だ。
観客の有り無しの選択から会場の規模まで自由に選んで、とのことだ。
そう言われると中々困ったもので、いくつか条件を絞って貰ってその中で選択するのならこちらもやり易いのだが『わがままを聞いてもらってるからその場所は日向に選んでほしい』と言われればそうするしかあるまい。
ツクヨミ内で確認できるステージのテストエリアを確認しながら日向は一人唸ってる。
狸の着ぐるみを着て道の隅で右往左往している姿は実にシュールであった。
「自由の幅広すぎ」
表現者の都たるツクヨミのステージの種類の多さを舐めていた。
馬鹿みたいに色々なステージが存在しているのだ。
路上ライブから高台、ドームの様なステージまで。
ライブハウスの様なステージも存在し、選択肢が多すぎてどれを選んでいいのか全く分からなかった。
こういう時ヤッチョGPTと言う便利なAIサポート機能が存在するのだからそれを頼ってざっくりと規模観を絞ってもなお悩む。
一番最初はライブハウスみたいなところを選べばいいのではないか、なんて思っていたのだがヤッチョGPTによれば「登録者から推測するライブ来場者の規模に合っていないかも」と言う返答が返って来た。
そしてライブを行う際にふじゅ~をチケット代として収益を獲得することもできるし、ライブで観客を感動させることが出来ればそれに合わせたふじゅ~の獲得もできる。
そう言ったことを見越して有償ステージに分類されるステージを貸し切ってライブを行う、なんてこともできるそうだ。
固定ファンがいるならペイできるよねと言わんばかりだ。
ツクヨミ、奥が深い。
「悩みどころだ」
個人的な心象で言えば無観客かつツクヨミチューブを使って生配信がベターな所なのだが、どこか人のリアクションを求めている悪童な面のある九千代がそれで満足するだろうか。
やるからにはしっかり九千代を満足させたいという思いも確かにある。
「足りていないのは俺の度胸だけ」
大きく息を吐いて深呼吸。
「やるからには全力で、だ」
日向は気合を一つ入れ、ウィンドウを開くと一つのステージを選択した。
「え、コレ演出とかも全部自分で考えるのか」
そんな気合いとは裏腹に自由度高すぎなツクヨミはライブに合わせた演出を自分で組むことができるらしい。
ライトにステージのモニターの配置、音響効果の詳細な設定まで本当に事細かに。
実際に配置のプレビューを見ながら色々試行錯誤が出来る、と。
「これくらい難題が来た方が燃えるけどね」
それはそれとして時間は欲しい。
日向は一人かっこつけている姿とは裏腹にちょっと冷や汗が流れていた。
〇 〇
それから数日。
「って、感じでやろうと思うんだけど」
「……貴方本当に何でもできますよね」
「できないことの方が多いぞ」
九千代をツクヨミ内のリハステージに呼び出し、仮組した演出とセトリの説明をした。
「本当に覚悟決めると止まることを知らないというかなんというか」
「そこまで難しい事はしていない。ただ時間がかかるだけ」
「時間があれば何でもできる訳じゃないですからね!?」
「時間があればできることが多いのも事実だ」
「なんという暴論を」
なんというか頭痛が痛いみたいなリアクションをされて日向は少し心外だった。
「向こうの俺もこれくらいはやっただろ?」
「いえ、ほとんど人任せでした」
主にヤチヨ。
とは言えず、この人の廃人スペックに何度驚かされればいいのだろうか。
九千代はやっぱりこの人とんでもない、地球人の前にスーパーかハイパーかウルトラあたりを付けた方がいいと思うなんて感想を抱いた。
セトリ渡されてこの順番でこういう演出するで、なんて淡々と言う言葉とは裏腹に何とも手が込んでいた。
「そうか?まぁ、ライブの演出考えるなんて初めてだったからだいぶ不格好だけどな」
「これで!?」
不満があれば、なんて言葉を続けることはできずに九千代の鋭いツッコミで止まってしまう。
実際日向としてはライブの演出を考えることなど初めての経験だ。
前世の恩師がちょっとやらかした事件にてライブがあり、その時の演出はどうだったかな何て思い浮かべたり、VRだからできるVJの様な事を色々と考えてみただけである。
ちょっとしたプログラミングなら拡張機能として取り込めるのだからツクヨミってすごい。
自由度で言えば前世の“種”の方がすごかったし、その時の経験がこんな所で生きてくるとは思うまい。
「なんかこうしたいとかあれば頑張るぞ」
「十分すぎますけど!?」
何ならちょっと大きめのライブをする時のヤチヨ並みの手の込みようである。
一般ユーザーがヤチヨの手も借りないでこんな規模のライブ開催しようとしているとか信じられない。
少なくとも5曲程度のミニライブに掛ける労力ではないことは確かであった。
「そうか」
「……何か悟った顔してませんか」
「無茶振りクライアントに慣れ過ぎて、ちょっとな」
九千代が特にこれと言って問題がないと言えば日向はどこか遠い目をした。
日向の前世の初代上司、仮にここではKと称するが奴の無茶振りに比べれば大半のことは可愛いものに思えてしまう。
Kは自分の頭の中にある世界観は明確に存在しているのに出力する技術が発展途上で、大まかな枠こそ用意できるがその細部を作ればあーでもないこーでもないと文句を言い始める。
なぜなぜ分析でKの頭の中に存在する明確な図を聞き出すのに一体どれほど苦労したことか。
木が一つあれば世界ベースはこの地域なのだからこの木は生えない、このダンジョン、いや城が出来てこれくらいの年月が経過しているのだから生態系は……と始まり、ボスモンスターのビジョンはあれど数合わせであるモブモンスターの設定未定で、とりあえず作ればあーでもないこーでもないと言い始めるのだ。
抑揚が少ない声だから怒っているのか、平常心なのか理解しずらい所はあれど自分の世界を生み出したいという気持ちだけは本物だった。
……本当に電子世界で魔王やる馬鹿がどこにいるのだと言う話なのだが。
「ま、これくらいだったら何ともないってことだ。何か気になることがあったら言ってくれ」
「わかりました。でも一つだけは言わせてください」
「ん?」
「私が何よりも大切にすることは側にあなたがいることですからね」
「……ん」
「貴方とバカ騒ぎして楽しく過ごせればそれでいいのです。……それに関して貴方がかけてくれる労力が無駄と言っている訳ではありませんよ?とっても嬉しいし幸せな気持ちになります。ですから――」
「言いたいことは伝わってる。俺もお前に笑っていて欲しいだけってのは覚えておけ」
「そばにあなたが居ないと笑えませんからね」
「はいよ」
「……わかっているんですか。撫でてごかまそうとしていませんか」
まったく。
クソボケているのに時おりストレートにものを申すので心臓に悪い。
それを強く感じるようになったのは今世で人の体を得てからで、手のひらの温度がずっと近くなったのもそうだ。
この人を幸せにしたいのにその何倍もこの人は自分を幸せにしてくる。
何とも
・酒寄日向
前世の激動の日々で無茶振りされることに成れ過ぎて、素直に事が運ぶとちょっと物足りなさを感じている。
が、それと同時にめんどくさがり屋な部分も同居している模様。
自分の為よりも人のための方が頑張れてしまう人種。
・月夜野九千代
この旦那新解釈が突然生まれてくる……
現在はドッキリと言う名の意趣返しと言う名の本人たちが知らない並行世界でのあれやこれやを発散するプランを計画中。
色々なプランを相変わらず考えているが
「あ、コレ彩葉のトラウマスイッチ押しちゃう気がする」
塩梅に四苦八苦中。
・初代上司K
Always無茶振りしてくる人。
それもこれもとりあえず仕事振ったら想定以上のものを返してくる彼が悪いと言い訳する模様
少なくとも自分の世界を作り出すための細部に口出しすることを認める程度には気に入っていた模様。