ニチアサ系で禁断の『主人公勢洗脳闇堕ち全滅エンド』を目指したい 作:匿名希望
――次の日の目覚めも、昨晩までの高揚の余韻が残っているのか、清々しいまでに気持ち良いものであった。それこそ前世の記憶や『原作知識』を思い出し、日奈を突き放す行為こそが『原作』の流れを守ることに繋がると妄信していた昨日まででは考えられなかったから。
寝ぼけ眼になることもなく、軽く鼻歌を歌いながら身支度を整え、朝食も昨晩の夕食と同じように家族と共に食卓を囲む。
日奈とのちょっとしたお喋りを楽しみつつ、食事を終えて、さあいつも通りに
振り返ってみると、ボクとお揃いの制服姿と鞄を持った日奈がそこにはいた。彼女の足元には寄り添うように、先日拾われたばかりの一匹の白猫――アリアがいた。
普通の猫とは思えない理知的な蒼色の瞳が、まるでボクの心の奥底を見透かすように見つめてくる。まあ所詮は、バレたら不味い秘密を抱えているボクの心の弱さが見せる錯覚だろうが。
アリアの視線には気づいていない振りをして、日奈に尋ねる。
「……ん? どうかしたの、日奈? 早く出ないと、遅刻しちゃうけど」
日奈が声をかけてきた意図が読めず、ボクは純粋な疑問から彼女に尋ねる。そのボクの問いを受けて、昨日まではかけていなかった細剣を象ったアクセサリーを片手で握りしめながら、何かを決意したように表情を固くする。
そのアクセサリーが、日奈の変身アイテムであることを欠損だらけの『原作知識』で参照しつつ、日奈からの返答を待っていた。
彼女の口が、ゆっくりと開けられる。
「……ねえ、お姉ちゃん。一緒に学校まで行かない?」
「へ?」
全く想定外の答えに、ボクは素で反応を返してしまう。
(……日奈がボクを誘ってくれた?)
その事実を呑み込むことが中々できず、思わず動きが固まってしまった。それに伴い、思考の働きも鈍くなる。何か答えないといけないのに、口の中が乾いて上手く舌が回らない。
そんな普段と違ったボクの様子をどう受け取ったのか、日奈の表情がしょんぼりとしたものに変わる。
「……ご、ごめんなさい。やっぱり私なんかと一緒に歩きたくないよね……」
段々と消え入るように日奈の言葉尻が小さくなっていく。まるで親と逸れた幼い迷子のように寂しそうな
「べ、別に一緒に登校すること自体に問題はないよ……外で先に待っているから」
「……! ありがとう、お姉ちゃんっ!」
感慨極まった様子で破顔する日奈の尊さに、ボクは顔がだらしなく緩みそうになるのを堪えつつ、足早に玄関先へと飛び出す。
外の少しだけ冷えた空気が、ボクの火照った頬を冷ましてくれる。
「あはっ」
なるべく声を押し殺そうと努力するも、僅かばかりとはいえ喜色に満ちた笑い声が漏れ出てしまう。歪みそうになる口角に手を添えて、必死にそれを直そうとする。
他者に見られたら、相当に気味の悪い表情をしていることだろう。せっかく歩み寄ろうとしてくれる日奈に、そう思われたくはない。そんな涙ぐましい努力に集中していると、後ろの方からバタンと扉が開閉した音が聞こえてくる。
それに続いて、「おまたせ!」と弾んだ声がした。控えめな笑みを浮かべた日奈が、ボクの隣に立つ。彼女の姿を見たボクは何でもないといった――しかし、過度に距離感を感じさせない風を装い、「……行こう」と呟き片手を差し出した。
日奈は逡巡する素振りを見せるも――。
「うんっ!」
ボクのその手を笑顔で取ってくれて、学校に遅れてしまわないように歩き始めた。
朝の通学路を少し進んでいけば、学校までの距離が近づけば同じように登校中の生徒達の姿が徐々に増えていく。いつもは一人で通っていた道のりを二人、しかも
その至福を噛み締めながら、日奈から振られる話題に軽い相づちを打ったり、会話のキャッチボールを重ねていく。
だけど、ボクは失念していた。中途半端に『原作知識』を取り戻した自分が、どうして
「おっはよー、日奈……?」
通学路が半分ほどに差しかかった頃、少女の声がどこからかかけられる。ボクと日奈は二人揃って足を止め、その方向へ体を向ける。
同じ制服を着た少女が一人、笑顔を強張らせながら固まっていた。こうやって面と向かい合うことは
――橘ひかり。日奈の友人でもあり、『スマイル☆プリズムヒロインズ!』の主要メンバーの一人であり、ボクが|■■■しまったもう一人の少女。
ひかりは歪な笑顔を崩し、好意的ではない表情をボクに向けてくる。
「……ねえ、どうして貴女が日奈の傍にいるの?」
「……」
「……自分が今まで――『あの日』に私や日奈に何をしたのか、忘れた訳じゃないよね?」
フィナーレやクラウンとはまた別種の圧力が感じられ、返事をするタイミングを逃してしまう。だけど、このまま日奈の傍にボクがいたら、彼女までひかりに避けられてしまう可能性がある。
そう判断したボクは繋いでいた日奈の手を離し、無言のままその場を立ち去ろうとし――それは他ならぬ日奈自身の手によって邪魔をされる。
振り解いたはずの手が、力強く握りしめられる。
「えっと……日奈?」
「……」
ボクの問いには答えず、日奈はひかりと向き合った。
「ひかりちゃん、待って。……私はひかりちゃんにも――」
日奈が何かを言いかけた瞬間、ひかりはその言葉を遮る。
「――日奈がその人と仲直りできたことは、良いことだと思う。……だけど、いきなり「はい、そうですか」って言われても納得できない。少しだけ、一人でいさせて」
伝えたいことは言い切ったのか、ひかりは足早にボク達の横を通り過ぎていく。彼女の剣幕に、ボクはもちろんのこと、日奈も言葉をかけて呼びとめることはできなかった。
ボクはちらりと横目で日奈を見る。彼女は心配そうに、去っていくひかりの後ろ姿を見つめていた。
その様子に、ボクの脳内に一抹の不安が過ぎる。日奈とひかりの関係性が破綻してしまい、『原作』の流れを――ボクの『理想郷』を壊すことに繋がってしまう可能性を。
ボクが取るべき行動は一体何であろうか。碌に覚えていない『原作』を尊重し、今まで通りに『異物』として消えるべきか。
それとも、
どこぞの
しかし、そんなことをすれば、大団円なハッピーエンドという最高のタイミングでボクに裏切られて、絶望し堕ちていく
中途半端な時期に熟していない果実を摘み取ることになる。それは嫌だ。
今さらになって『信念』が揺らいでしまったボクは、周囲の視線に耐えかねた日奈に半ば引きずられるようにして、止めていた歩みを再開した。
◆
私――橘ひかりには、仲の良い友達が
姉の方は人の輪の中心にいるようなタイプで、逆に妹の方はその姉の背に隠れるような感じだった。
そんな彼女達と私の馴れ初めは、同じ幼稚園に入ってからしばらく経った頃。あのぐらいの年頃の子供であったら、よほどの相性の悪さがない限り、関わり合わないという選択肢はないだろう。
その例に漏れず、ある程度の勝手が分かってきた私達が一緒に遊ぶようになった。
同年代の中でも、特に仲が良くなった双子の姉妹――朝霧夕陽・日奈とは、幼稚園の外でも交流が生まれ、家族ぐるみの付き合いも度々あり、本当に楽しい時間を過ごしていた。
それは私だけではなく、日奈やあの人……夕陽も似たように思っていたはず。それなのに、彼女は『あの日』――別人のように人が変わってしまった。
それまでの振る舞いがまるで嘘であるかのように、夕陽は私……だけではなく、実の妹すらも冷たく突き放し。機嫌の悪さを問い質したり、心配してかけた私達の言葉を不必要と切り捨て、挙句の果てには軽い暴言すら吐く始末。
私も傷つきはしたが、夕陽のことをとても慕っていた日奈は、まるで世界そのものに裏切られたかのような表情を浮かべていた。
その時の日奈の顔を、私は網膜に焼きつき、消えない夕陽への怒りの炎となる。
理由らしい理由も言わず、夕陽は数年間も私達を変わらずに拒絶してきた。日奈の家や学校関係なしに。その度に辛そうに涙を流す日奈を私は支えてきた。優しい彼女の代わりに、私は怒った。
それまで日奈の傍にいた
そんなことが何度あっても、夕陽は私達を存在しないものように扱い続けた。
だというのに、今さら日奈と仲直りした? 一体どんな神経をしているのだろうか。どれだけ日奈が傷ついてきたのか、夕陽は理解しているのだろうか。
夕陽への黒い感情が、胸の奥底から燻り、静かに燃え広がろうとしている。このままでは日奈に対しても八つ当たりをしてしまいそうで、私は慌てて彼女達の前から走り去り、適当な物陰に身を潜めて一人っきりになる。
力が抜けそうになる背中を、硬いコンクリート塀に預けて何とか立っている有様だ。無意識の内に溜め込んでいた息が、ようやく吐き出された。
――私の脳裏には、つい先ほどの昔のように仲睦まじく手を繋ぐ双子の姉妹の姿が再生される。その映像を振り払おうとしても、繰り返し、何度も。
「本当に何で今さらなのよっ……!? できるんだったら、日奈の為にももっと早く仲直りしてあげても良かったでしょうに……!?」
一度思いの丈を吐露したせいか、ある程度の冷静な思考が戻ってくる。
(……とりあえず学校に行って、休み時間にでも日奈に謝って……夕陽ともちゃんと向き合わないと。いつまでも憎んでいるだけじゃ駄目だ……!)
そう気持ちを切り替える為に、頬を両手で軽く叩き自分に喝を入れる。その瞬間――私の世界から音や色彩の全てが消え、モノクロの狂った世界に上書きされる。
「――っ!? 何、これ……!?」
「――別に貴女が気にする必要はないわ。だって、私達の兵隊さんになるんだもの。私が後輩に良い所を見せる為の踏み台になりなさい」
「だ、誰なの……っ!?」
驚愕が追いつかない内に、どこからともなく声が投げかけられる。慌てて周囲を見渡すも、人影が見えないだけではなく、気配すら感じられない。
それでも、謎の声はまるで耳元で囁かれているかのように聞こえてくる。
「――おいでなさい。今宵の悲しみを奏でる子よ。『ラメント』」
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