ニチアサ系で禁断の『主人公勢洗脳闇堕ち全滅エンド』を目指したい 作:匿名希望
――重厚な扉が、それに見合った重々しい音を立てながら開かれた。その先に広がっていたのは、玉座の間というよりかは、まるで劇場の舞台のようであった。
一面が黒一色の床は、天井から吊るされた巨大なシャンデリア、その今にも消えそうな灯りを鏡のように鈍く反射していた。
左右の壁には、通路にもあったような趣味の悪い仮面、朽ち欠けた花束が無造作に飾り付けられている。
この玉座の間を含めて、こんな退廃的というか、デザインした人物の感性を疑いたくなってしまうような内装に、ボクは前世から持ち越した『記憶』の一部が刺激される。
どこを見ても、見覚えが有りまくりだ。と言っても、自分自身がここを歩き回る立場になるとは微塵も想像していなかったが。
部屋の最奥、一段高くなった場所に、これまた漆黒の玉座が置かれており、その上には一人の少女――フィナーレが優雅に腰をかけていた。
クラウンが敬愛し、今日からボクの上司――不本意だが――になる人物でもある。
純白のドレスの上から黒色のマントを羽織っていて、頭の上にはこの場の支配者であると示すかのように、王冠が載せられていた。
フィナーレは玉座の間に入ってきたクラウン、続けてボクの方に視線を向けてきた。その瞳に浮かぶ色が退屈から、興味へと変わる。
とりあえずの第一印象は悪くない、ということだろうか。
道化師風の格好には似合わない程に完璧な臣下の礼を取るクラウンに倣って、ボクも跪く……ように見せかけて、フィナーレの様子を改めて盗み見る。
(この人が……生のフィナーレか)
フィナーレについて思い出せたことは、容姿や彼女が『ラフ・エンド』の首領であることだけ。要するに、今まで通り現状で役に立ちそうな『原作知識』はないということになる。
まあ、そんなことは関係なく、ボクが
「――お前が、クラウンが新たに連れてきた幹部候補か」
距離があるというのに、フィナーレの威圧感のある声がボクの鼓膜を直接揺らしてきた。こっそりと向けていたはずの視線が、フィナーレのものと交錯してしまう。まるで蛙を睨む蛇を想起させた。
ボクは反射的に、僅かに上向きになっていた顔を完全に下に向ける。
「は、はいっ!? クラウン様に勧誘して頂きました朝霧夕陽と言います! この度は、フィナーレ様にお会いできて、誠に嬉しく思います!」
ボクは黒色の床を見つめたまま、早口で挨拶の言葉を述べる。嫌な汗が頬を伝う。フィナーレからと思わしき視線が、ボクに突き刺さるのが分かる。
どのくらいの時間が経ったのか、フィナーレが言葉を溢す。
「……中々に面白そうな『目』をした娘だな。クラウンが気に入るのも分かる。相変わらず、良い趣味をしている」
「はっ、勿体ないお言葉です」
「お前の玩具でなければ、私が人形としてここに飾っておきたいぐらいだ」
当時者であるボク本人を置き去りにして、恐ろしい会話が飛び交っている。その内容に、思わずびくりと震えてしまう。
ニチアサ系の敵だと油断することなかれ。『原作知識』を参照できなくても、幹部の一人が一般人に対して初手洗脳してくる程の悪辣な敵キャラであることは、この身を以て実感している。
きっと、その上司であるフィナーレの「飾る云々」も冗談ではないに違いない。
一人で勝手に戦々恐々としていると、クラウンが下手に本題を切り出した。
「……フィナーレ様。御身の手を煩わせるのも、申し訳ありませんが、このユウヒにも
「そうだな。我らが悲願を叶えるのに、一部の妥協も許されない。たとえ、
――ユウヒよ、私の傍まで来い」
フィナーレの言葉がボクに向けられる。正直に言って行きたくないが、ここで不自然な行動を取ったら、クラウンの洗脳が効いていないことがバレかねない。
行くしかないのだ。『理想のエンディング』を目指す為にも。ボクは覚悟を決めて、フィナーレの近くまで自然体で歩み寄る。なるべくフィナーレとは視線を合わせない努力をしながら。
そして先ほどまで同じように、再び跪く。フィナーレが玉座から軽く身を乗り出して、ボクの頭に右手をかざす。
「では慣例に従い、これからお前には『ラフ・エンド』の一員である証し――魔法と真名を与える」
「……有難き幸せです」
そうボクが返事をした瞬間に、ボクの胸の内に――既に存在している『魔法』の隣に、禍々しくも、膨大な魔力の塊が埋め込まれる。
そんな感覚を覚えると同時に、力の奔流に耐え切れずにうめき声を上げそうになってしまう。
(……だけど、助かった。コレが精神に干渉する類の方法じゃなくて。もしも、そうだったら洗脳が上手く効いていないのがバレてただろうし)
頭の中でポジティブなことを考えて、必死に痛みを紛らわせようとする。そうしている内に、新たに入ってきた力――『魔法』に関する知識が脳に刻み込まれていく。
(……なるほど、コレがアレになるのか)
二つの『魔法』が共存し、ボクの中で馴染んでいく。それをフィナーレも感じ取ったのか、かざしていた右手を戻し、尊大な態度を崩さないまま口を開く。
「ユウヒ――いや、『サンセット』。それが、『ラフ・エンド』の幹部としてのお前の名だ。その名に恥じぬよう、私の役に立て。この世界の全てを、悲しみに染めるその日まで」
「了解しました」
「……了解しました」
命名の儀も終わり、フィナーレからの言葉にクラウンとボクはそれぞれ返事をした。クラウンは間髪を入れずに、ボクは若干の間を置いて。
玉座の間から出ていくまで、フィナーレからの目線や興味、威圧感が肌を這う虫のように纏わりついてきた。
しかし、その不快な感覚を振り払うように、人知れずボクは今後の『計画』に大幅な修正を加える。
(……思った以上に底が知れないな、フィナーレは。最終局面まで矢面に立たせておくつもりだったけど、もう少し早い段階で組織の乗っ取りの必要があるかな? まあ、まだまだ先の話になると思うけど)
◆
フィナーレとの謁見が終わり、ボクは『ラフ・エンド』のアジト内にあるクラウンの自室に招かれていた。部屋の内装は、超高級な洋風のホテルの客室と言えば良いだろうか。
正直に言うと、さっきの玉座の間を含めて趣味の是非はともかくとして、金だけはかかっていそうな装飾品や内装は飽きる程見ている。そういった感性が一時的に麻痺していた。
クラウンに促されて、これまた大きなベッドに座るように言われた。特に逆らう理由もないので、大人しくそれに従い、ベッドの上にゆっくりと腰をかける。
(……フィナーレとの顔合わせも済んだし、そろそろ家に帰りたいんだけど……)
そんなことを頭の片隅で考える。それっぽい『原作』の流れをなぞるにしても、主人公である日奈の傍に居た方が何かと都合が良いだろう。
自惚れではないが、家族一人が行方不明だと精神的にもデバフを食らい、本調子が発揮できないはずだ。
……それらは建前で、本音を語ればボクが
ちょこんと座ったボクを、舐め回すように見つめるクラウン。
「とりあえずはお疲れ様です、ユウヒ……いえ、サンセット。これで名実ともに、貴女はフィナーレ様の
「はい、クラウン様!」
「ええ、良い返事です」
ひとしきり眺めて満足したのか、クラウンはボクに『決定事項』を一方的に告げてきた。
「……ただフィナーレ様は貴女にも働いてもらうことを望んでいるようですが、
ですので、サンセットには『その時』が来るまで、この
「……はい?」
思わず、間抜けな声が漏れてしまう。そんなボクの態度に機嫌を悪くした様子を気にした素振りを見せず、クラウン当然の事実として語る。
「何もおかしな所はありませんよ? 貴女は、あくまでも
当面は他の幹部に指示を割り振っていますので、サンセットは安心してここで寛いで下さい」
そう言って、仮面から覗く唇は嬉しそうに歪んでいた。
「あっ、そうそう、貴女の管理方法はどうしましょうか?」
「えっと……それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ。何もしないか、ベッドにでも縛り付けて放置するのも乙でしょうか。それとも、わざと『マリオネット』の効果を一部だけ解いて、反応を観察するのも――」
段々とヒートアップしてきたクラウンは、一人で勝手に盛り上がっている。『する側』でありたくて、ボクは『される側』にはなりたくない!
妄想に耽っているクラウンに、食い気味のように慌てて声をかける。
「く、クラウン様っ!? お言葉ですが、そのような待遇はお考え直して頂けませんか!?」
「……それは何故でしょう?」
ボクの言葉に、クラウンの口元や声色から温度が消える。
「先ほども言いましたが、サンセット。貴女は
……もしかして『マリオネット』が上手く効いていないのでしょうか? 本当はしたくはないのですが、一旦解除して、もう一度かけ直しましょう。今度は自由に口が利けないように、自我や意識まで封じ込めて――」
「――待って下さいっ、クラウン様!?」
クラウンの発言を遮るように大声を出し、そのまま勢いに任せて言葉をまくし立てる。説得に失敗したら、今度こそゲームオーバーだ。
「ボクは……そんなのは嫌です。クラウン様と話せなくなるなんて。ボクの望みは、フィナーレ様はもちろんのこと、クラウン様のお役に立つことです!
……命令がないというなら大人しくしていますが、ここではなく、元の世界で『朝霧夕陽』としての生活を送らせて下さい! 他の幹部達の手助けを隠れてする際に、きっと『朝霧夕陽』の仮面は利用できるはずです! どうかお願いしますっ!」
「ふーむ……まあ、良いでしょう。多少会えない期間があるのは寂しいですが、これもフィナーレ様の為になるならば、許可を出しましょう」
クラウンは、渋々といった感じで頷く。
最後の方は思いっきり私情が混じっているが、何とかクラウンを納得させることができた。気づかれないように、ほっと息を吐いた。
「……ですが、定期的には必ずアジトへ帰還すること。そして
「はい……そのぐらい当然です。我ら『ラフ・エンド』に、フィナーレ様に栄光あれ!」