ニチアサ系で禁断の『主人公勢洗脳闇堕ち全滅エンド』を目指したい 作:匿名希望
私――朝霧日奈は、家族が大好きだ。毎日美味しいご飯を作ってくれて、優しいお母さん。いつもお仕事で忙しくしながらも、偶の休日には家族サービスを怠らない大黒柱のお父さん。
そして、もう一人の大事な、大切な家族がいる。それは双子の姉である朝霧夕陽。私の自慢の大、大、大好きなお姉ちゃん。
物心がつく前から一緒にいるお姉ちゃんは、いつも私を守ってくれていた。
私をいじめてくる男子達がいたら、真っ先に庇ってくれるどころか、逆に追い返してくれた。
誤ってお母さんのお気に入りの花瓶を割ってしまい、途方に暮れて泣いていた時には、私の代わりに怒られようとしてくれた。お母さんにはお見通しで、しっかりとお灸は据えられたけど。
それでも幼い、内気であった私にとって、お姉ちゃんはヒーローだった。姉妹仲も決して悪くなかったと思う。お姉ちゃんは私を守ってくれるだけではなく、一緒に遊んだ記憶も多い。
だというのに、ある日を境にしてお姉ちゃんは人が変わってしまった。遊びに出かけようと誘っても、話しかけようとしても無視してくるようになった。
視線が合っても目を逸らされ、少しでも歩み寄ろうとしたら突き放される。
文字通りに別人だった。
お母さんやお父さんもただ黙っている訳もなく、お姉ちゃんに何度も注意をしてくれた。叱ってくれた。どうして
そうしたら、何て答えたと思う?
「――何でもない。私の心の問題だから」
意味が分からなかった。お姉ちゃんの心だけの問題? そんな訳がないっ!? 少なくとも私はとっても傷ついているし、前みたいに仲良くしたいと切望している。
お姉ちゃんとお母さん達との間にも、決して浅くはない溝を作ってしまった。どれだけ楽しく談笑していても、拒絶のオーラを纏ったお姉ちゃんが部屋に入ってくるだけで、会話は止みそこはどんよりとした空気に支配される。
お姉ちゃんのその態度は、家の外――学校でも変わらなかった。小学校低学年までは、常にお姉ちゃんの周りにできていた人の輪。だけどお姉ちゃんの『変化』とともに、その輪はあっさりと消えていった。
それからお姉ちゃんは、独りでいる時間が格段に多くなった。自ら望んで孤独でいると嘯くお姉ちゃんの目は、妹である私にはどこか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
私が知っているお姉ちゃんは、誰よりも優しく強い――。
◆
目覚ましのアラーム音で起床した私は、まずはこのぼんやりとした思考をクリアにする為に、覚束ない足取りで競争率の高い洗面所へと向かった。
たどり着いた洗面所には利用者の姿はない。独占できるので有り難い。長時間の利用はご法度だが。
まだまだ大人達から見れば、子供扱いされる年齢かもしれないが、これでも思春期の少女。
毎朝の身だしなみのチェックも、気の抜けない大事な作業だ。
冷たい水で顔を洗い、思考を整えていく。それが終わったら寝癖を直して、お肌のケアや保湿を目的とした無臭の化粧品を丁寧に塗り込む。
その次は――と、取りかかろうとした時、背後から人の気配がした。軽く謝って、少しだけ待っていてもらおう。
そう考えて、蛇口から流れていた水を一旦止めて振り返る。だが、私はやはりまだ寝ぼけていたのかもしれない。
私と同じタイミングで洗面所を使う人間なんて、家族の中で一人しかいないのに。
案の定と言うべきか、そこに立っていたのは先ほどまで鏡に映っていた私のそっくりさん――お姉ちゃんだった。
「あっ、お姉ちゃん。おはよう……」
私は反射的に、朝の挨拶の言葉を口にしていた。避けられている理由が分からないのだ。何かが切っ掛けとなって、仲直りができるかもしれない。そんな淡い希望による無意識の内の行動だった。
だけど、私の思いは届かない。お姉ちゃんは目を合わせることもせず、無言のまま自分の部屋の方に引き返していった。
私のその背中を見送ることしかできなかった。
――今日もまた、変わらなかった。一滴の絶望が私の心に注がれる。
その後何とか気を持ち直し、私は残りの身支度を終えて、リビングへと移動した。四人がけのテーブルの席には、両親が既に座っていた。
お父さんの方は出社時間の都合上、先に食べ始めている。お母さんは待っていてくれていた。
「おはよう、お父さん。お母さん」
「ああ、おはよう」
「おはよう、日奈。ご飯をお茶碗につけてあげるから、席に座ってちょうだい」
「はーい」
そう返事をしながら、椅子を引いて腰をかける。隣の空席が視界の端をちらつく。
「……ねえ、お姉ちゃんはまだ食べに来てないの?」
先ほどの洗面所での邂逅もあってか、私はぽつりとその言葉を溢してしまう。我が家の中では、ある意味では禁句であるのにも関わらず。
お父さんの右手に握られていた箸や、お母さんのご飯をよそっていた手が止まる。しばしの間、重たい静寂がリビングに満ちる。
それを最初に破ったのは、お母さんだった。
「……あの子はいつも通りよ、後で食べに来るでしょう。それよりも日奈、人のことよりもまずは自分の方を優先しなさい。遅刻するわよ」
「は、はい……いただきます」
そこで話題は打ち切られて、私達は黙々と食事を進める。そして私達が食べ終わるまで、お姉ちゃんが姿を現すことはなかった。
◆
私とお姉ちゃんは同じ中学校に通っているが、クラスが違ったり、お姉ちゃんが私を避けているという理由もあり、基本的に出くわすことはまずない。
もしも遭遇する機会があっても、お姉ちゃんの方は無視の一択。その突き放した態度に私の友達が怒りの感情を露わにし、それを私が咎める。
とても昔仲が良かった姉妹の関係性とは思えないだろう。
しかし、心の片隅ではお姉ちゃんとひかりちゃんにも仲良くしてほしいと願っている。お姉ちゃんの本来の性格であれば、正義感も強くて明るいひかりちゃんとも友達になれると思っているから。
ひかりちゃん本人に一度は言ったことはあるけど、その時には物凄く否定されたので、それ以降話題に出したことはない。
――私達の中学校では、全体の四分の三以上の生徒が何かしらの部活に所属している。
私達は文芸部だ。理由は特に高尚なものがある訳ではなく、ただ単に二人揃って読書好きであることが主なもので。活動自体が非常に緩いことが決め手となった。
……ちなみに、お姉ちゃんは帰宅部だ。一緒の部活に入りたかったな。
部室も兼ねている放課後の図書室。読書スペースとして設けられた席に座り、各々が好きな本を読んだり、偶に感想を言い合ったり、全く関係のない話題で盛り上がったり――もちろん小声で――等など。
そんな合ってないような部活動が終わり、他の部員達が退出したのを確認してから、図書室の鍵をしっかりとかける。
「……これで、良し」
「じゃあー日奈、さっさと図書室の鍵を返して帰ろうー」
「うん、行こう。ひかりちゃん」
職員室に鍵を返した後、私達は帰路についた。空は赤く、通学路や住宅街を茜色に染めている。時間帯的には、帰宅部であるお姉ちゃんはもう家に帰っているだろうか。
いつもの癖で、少しでも暇があればお姉ちゃんのことに思いを馳せていた。それを遮るように、ひかりちゃんの声が耳に届く。
「おーい、日奈。ぼうっとしちゃって……またアイツのことでも考えてたの?」
ひかりちゃんの声が一段階低くなる。あまりお姉ちゃんのことを良く思っていない彼女に対して、この話題は地雷だ。
顔の前で両手を振り、慌てて言い訳を行う。
「ち、違うよっ!? そ、そう……お腹が空いていたから、今日の晩ごはんって何かなって考えてたの!?」
「ふーん……まあ、そういうことにしておく」
納得はしていなさそうな表情ではあったが、ひかりちゃんは矛を収めてくれた。私は気づかれないように、ほっと胸を撫で下ろす。
気不味い空気を変える為に、私は別の話題を引っ張り出した。
「それはそうと、昨日の夜に放送してたあのドラマ、面白かったね! 終わった後、配信サイトで見直したぐらいだよ!」
「日奈もそう思った? 来週の分も早く見たいよねー」
少々無理やりな切り出し方だったが、ひかりちゃんは笑顔で食いついてきた。もう一度安堵の息を吐きつつも、言葉を続けようとした瞬間――世界から音が消え去った。
「あれ……? ひかりちゃん、どこ?」
いや、音だけではない。さっきまで隣で一緒に話していたひかりちゃんの姿も、幻のようにかき消えていた。辺りを見渡しても、それは変わらない。
不安に揺れる声が、ひかりちゃん以外の通行人の姿もいなくなった街に虚しく響く。
しかも、よく見れば異変はそれだけに留まらない。様々な色彩で構成されているはずの世界からは、その多様性が失われていた。
おかしな表現かもしれないが、視界に映る全てがモノクロに彩られている。明らかに現実離れした現象であった。
突如として突きつけられた非日常。混乱よりも恐怖が勝り、孤独感に押し潰されそうになる。
そんな負の感情を紛らわせるべく、色が欠けた街を彷徨い始めた。
――蛇口から流れ出る水のように、絶望が急速に私の心を満たしていく。遅効性の毒のように、私の心が蝕まれていく。
(何だか、前にもこんなことがあったような気がする……)
現実逃避にも似た、過去の記憶のフラッシュバックが起きる。当時も今と同じように、不安で泣き出してしまいそうになっていた。
でも、その時には
「――そろそろ頃合いかしら」
――そんな時に、まるで私の耳元で囁かれたかのように、透き通る少女の声が聞こえてきた。
「――っ!? だ、誰ですかっ!?」
体をびくりと震わせて、声がした方向に急いで振り返る。
もしかしたら、この『異常』について何か知っているかもしれない。そうでなくても、独りでいるよりかは遥かにマシ。
多少の打算もあった私の視線の先には、黒い喪服のような衣装に身を包む、腰まで届く銀髪の少女がいた。
病的なまでに白い肌、差された黒色の日傘。どの要素を抜き出しても、この異様な状況と相まって不気味にしか思えない。
声をかけるのが躊躇われた。しかし、少女はそんな私に構わずに言葉を続ける。
「貴女には、あの御方から頂いた『魔法』の実験台になってもらうから。悪く思わないで、むしろ感謝しなさい。あの御方の――我ら『ラフ・エンド』の役に立てるのだから」
一拍、間が置かれる。
「――おいでなさい。今宵の悲しみを奏でる子よ。『ラメント』」
そう少女が呪文にも似た台詞を放った直後、私の心臓は激しい痛みに襲われる。それと同時に、今にも溢れ出しそうになっていた負の感情が、呼応するかのように爆発的に増大した。