前漢時代、遠く西方(現代のキルギスからウズベキスタン)に名馬を求めて遠征が実行されました。
そうして連れて来られた名馬は、血の汗を流しながら1日に千里を駆けたと「正史」は記述します。
『演義』の赤兎馬は、この「汗血馬」だったとされます。
虎牢関では憤慨していた。
僚友である華雄(真名猫(まお))が未帰還と成った。
その覚悟はしていなかった訳でも無い。
だが、戦闘の詳細を逃げ帰ってきた生き残りの兵から聞いて、猫が挑発されたこと、そして其の挑発の内容に憤慨したのである。
*
虎牢関からやや下って、連合軍は陣営を設営し軍議を開いた。
軍議から戻ってきた白蓮から途中経過を聞いて、劉備軍でも先ずは憮然とした。
「まあ前回、好くも悪くも目立ったからな。おかげで私まで巻き添えだ」
遊軍、と言えば聞こえは好いが、要するに後曲に下がって高みの見物だ。
尤(もっと)も、俺こと簡雍は、元々劉備軍でも文官で補給部隊の采配なのだが………。
……。
…今回の第1陣をもぎ取った袁術軍が虎牢関に迫る。
出来れば汜水関の様に挑発にでも乗ってくれれば、とも思ったが、出ては来なかった。
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虎牢関では憤慨しつつも敵の狙いを見抜かなかった訳でも無い。
帝都の詠からも殆ど泣き落としに近い文面で挑発に乗らないよう警告して来ていたし、この虎牢関でも音々音が恋に泣き付かんばかりにして止めていたのである。
その結果、抑え付けられた戦意は、むしろ上がっていた。
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改めて攻城兵器を陣頭に押し立てて迫る袁術軍に対して、その出鼻に今度こそとばかりに恋を陣頭に立てて逆襲してきた。
事態を理解した時には、袁術軍の中央を完全に突破していた。
主将である袁術(真名美羽)自身、ぎゃあぎゃあ喚(わめ)く間に側近の張勲(真名七乃)に抱(かか)えられて安全地帯へ連れ出されていた。
そのまま「汗血馬」の快速にまかせて第2陣に突入する。
そのまま蹴散(けち)らして第3陣の方へ突破して行く。
突破した後の左右や後方に残った敵等は、自隊を中軍でまとめている音々音や、追走してくる霞たちに任せて、ひたすら突破していく。
まさしく、20世紀の戦車部隊がお得意の「電撃戦」だった。
「電撃戦」の恐るべきは、戦況の展開が防御側の対応より速くなってしまい、主導権を取り戻せなくなる事。
そう成りつつあった。連合軍ゆえの連携の弱点もあって。
*
現在、劉備軍は後曲に下がって、高見の見物の格好である。
だが「正史」と異なり、現段階の劉備軍には「伏竜鳳雛」が居る。
結果として、戦況を観察できるようになった位置から、介入の好機を探る。
「今です」
「袁」の旗を立てた、ひと際豪華な天幕。
連合軍の総帥袁紹の本陣を視野の内にして、血の汗を流す愛馬を今ひと駆けさせようとした其の刹那(せつな)左と右から「青龍偃月刀」と「蛇矛」が同時に襲い掛かった。
更に星も「龍牙」と名付けた愛用の槍をしごいて参戦する。
そう『演義』での顛末(てんまつ)を知っている「天の御遣い」の「お告げ」があって、もはや、卑怯も体裁も無しに最初から総攻撃に出たのだ。
この3人でなら何とかなるかも知れない。
呂布みたいに単純に強い相手には、直接の策となると此れ位だった。
「総がかりとは、卑怯なのです~」
恋に何とか追いついてきた音々音が気付いた。
「あ~それにこいつら、月(ゆえ)殿を侮辱したやつらなのです~」
無言で只ひと振りする「方天画戟」
理解した。「お告げ」にあった「もんすたあ」という意味を。
それでも、この「3人」でかかれば、流石に恋も止まった。
その場で「4騎」が渦を巻く。
そして「止まった」ことが此の瞬間には重大だった。
元々恋が「汗血馬」の快速にまかせて突破し続けていてこそ「電撃戦」が成立していたのだ。
その恋が止まって、その場で決闘している。
それはつまり、主導権を奪われていた連合軍側に、立て直しの時間を与える事になる。
「まずいです~」
その事を理解した音々音は、恋を何とか援護するか、決闘の場から連れ出そうとするが、恋が強すぎる。
何人がかりにしろ、その恋と現在互角に戦っている相手との凄まじい戦いには割って入れない。
その間に、連合軍の中には立ち直る軍が出だした。
確かにこう成った時に精鋭度の差が出る連合軍だったが、その中で曹操軍、続いて孫堅軍が立ち直り虎牢関目指して逆に進撃し始めた。
その連合軍の動きに、呂布軍に追走していた霞も気付いた。
「ヤバイでぇ」
このまま留守の虎牢関を占領されたら帰れなく成る。
今までは頼りにしてきた堅城が自分達の帰還を阻む。
虎牢関に帰れなくなれば帝都に帰れなく成り、帝都に帰れなく成れば涼州に帰れなく成る。
「戻るで~。後続のうちらから先に戻らんと、恋たちの邪魔や」
だが霞の部隊の其の動きは華琳に見破られた。
結果、反転した曹操軍と正面衝突した。
やっと、音々音の警告が恋に届いた。
「……」
思いっ切りひと振りして、瞬間の隙(すき)をつくると其のまま馬首を巡らす。
「逃げるのか~」
と、言っても馬が限界だった。
駄馬では無い。公孫賛自慢の白馬の中から更に選んだ馬を借りてきていた。
(白蓮だって今さらケチりはしない)
それでも「汗血馬」が相手では格上、いや別物過ぎた。
体重の軽い鈴々を乗せていた1騎だけは、追いかけようとしたが、
「お馬さん、どうしたのだ。疲れたのか~」
*
少数の留守部隊だけが残っていた虎牢関に、文字通り先を争って押し寄せる連合軍。
先刻まではあわや総くずれかと思えば、うって変わって牢関占領の手柄争いに成った。
その連合軍を掻き分けて帰ろうとする呂布軍に、再び連携を乱され始めた。
こう成ると周囲の味方が邪魔で、連合軍の他の軍より少数の孫堅軍等は進軍に苦労し始めた。
「ええい。わが孫呉の軍が袁紹、袁術軍ほどとは言わん。
せめて曹操軍ほども居れば、前回に続いて此の虎牢関も落せるのに」
炎蓮も娘の雪蓮に同感だった。
だがしかし、自らの軍を増強する為にも此処で功績を上げるしか無い。
*
「今です」
極論すれば愛紗たち以外の劉備軍(と公孫賛軍)は、高みの見物だった。
愛紗たちが馬を乗り換えれば、まだ戦える。
戦場が虎牢関の方へ動いた為、今、桃香たちがいる辺りは再び静かに成っていた。
そして、虎牢関の前面で両軍が衝突している為、関城の門の直前に空白が出来ている。
そのことを竜鳳の軍師が見抜いた。
今こそ劉備軍の名と功績を世に送り出す好機だった。
…付き合い切れん…と白蓮は思ったか、それとも此れ以上は連合軍の中で出る杭に成りたく無かったか、いや、もっと善意で手柄を譲ってくれた(桃香なんかは正直に信じようとしているみたいだった)のか。
しかし、この場合は、少数精鋭の方が小回りが利く。
先刻の恋がそうだった様に、愛紗と鈴々それに「こちらが面白そうだ」と客将の気軽さで付き合った星が「戦車」役となって突破口を開き「劉」と「十」の旗を押し立てた「義軍」は1気に戦場を駆け上がる。
最初に蹴散らされた袁術軍が放置して来た攻城兵器のところまで辿り着くと、そのまま再使用を始めた。
更に、
「連弩(れんど)用意…撃て」
古代から中国の戦争では、弩(ボ―ガン)による射撃戦の比重が高い。
「正史」の孔明は「連弩」つまり、連発式ボ―ガンの改良でも有名だ。
1斉射撃とつるべ撃ちで、城壁上の今は明らかに数不足の敵兵に頭を引っ込めさせる。
その隙に楼門の真下まで駆け寄ると、愛紗が鈴々の首根っこをつかんで放り上げた。
楼門上の敵兵が「丸腰の子供が1人?」などと思う暇(ひま)も与えず、下から投げ寄こした蛇矛を振るって、辺りの兵を追い払う。
「鈴々、向こうだぞ」
「承知なのだ」
そのまま城内の方へ飛び降りると、城門を「内側」から蹴(け)り破った。
所詮、外側からの攻撃に対してこそ固かったのである。
見た目は子供でも”あの”張飛に内側から蹴られては外側へ開くしか無い。
愛紗と星を先頭にして1気に城内に雪崩(なだ)れ込むと、楼門上に「劉」と「十」の旗を高々と掲(かか)げた。
*
この旗がトドメになった。
何とかして帰ろうとしていた関城に敵の旗が揚(あ)がるのを見れば、大抵の兵は戦意を失う。
恋や霞だからこそ、それでも戦場に踏み止まって戦い続けられたのだ。
「ここまでなのです。恋殿。今は兎に角(とにかく)戦場を脱出しましょう」
詠も承知していた。
所詮音々音の主君は恋であり、その恋の為には月を天秤にかけるだけの計算力もある。
その上で、今だけ恋の武力を月の為に、と依頼して送り出していたのである。
「何処へ」
「今は兎に角安全な場所へ。
そして再起を図りましょう。
必ず恋殿の力を振るう時と場所があります」
*
「してやられたわね」
何故か、華琳は微笑んですらいた。
「おのれ、雑軍が手柄を盗みよって」
等と、曹操軍の中の誰かは憤慨する者も居たが。
「今は、私たちのために帝都への道を開いてくれたと思うことにするわ。
忘れないで。本当の大手柄は帝都よ。それに……
張遼といったかしら。この状況で未だに流琉達の相手をしているなんて欲しいわね。
あの娘を生け捕りにしたら1気に帝都へと進軍するわよ」
華琳の眼は、既に未来を見ている様だった………。
……。
…落日の虎牢関。
「劉」と「十」の旗が尚も高々と楼門に翻(ひるがえ)る関門を、次々と連合軍が通り抜けていく。
帝都に向けて。
現時点での劉備軍は、楼門上から其れを見送る形だった。