簡雍酔夢   作:高島智明

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第14席 洛陽は燃えているか

後漢王朝が帝都としてきた洛陽の城。その城門の1つ。

西方のかつての前漢王朝の都だった長安へ続く門が開かれた。

 

城外にあって包囲し続けてきた連合軍の内、この門と街道を封鎖してきた軍が道を開ける。

その道を通って、涼州兵たちが帝都洛陽を出て行った。

帝都近郊の「食糧備蓄基地」その「タンク群」を守る城壁の上から、感慨深げな表情で見送る少女2人。

 

何故か「この」世界の特に女性の服装は、北郷一刀が「天の国」で想像していたよりも、ずっと個性的だった。

例えば皇宮に仕える侍女とかは「天の国」ならば「聖フランチェスカ学園」直営のメイド風喫茶店「黎明館」でアルバイトをする学生が着せられている様な衣装を着て仕えていた。

 

その「メイド服」を「只の侍女」と主張した翌日には、主張した霞たちに持たせて寄こしたのである。

いまだ捕虜扱いが完全に無くなっていないから、正式の使者として従来の部下が付き添っていたが、伝えた口上は、

「侍女位居ても好いじゃない。「中山靖王」のお姫様とか「天の御遣い」とかなら」

だった。

 

尤(もっと)も、月(ゆえ)本人は素直に受け取って詠にも渡した。

そして、取り付いていたものが落ちた様に桃香や一刀に仕え始めた。

とはいえ、仕えられる側が身の回りの世話をされた経験が母親位しか無い育ちだったのだが。

 

ともあれ、かつて率いていた筈の軍を「メイド」姿で見送っていたのである。

 

「貴女たちも涼州へ帰りたいの?」

「桃香様。いまの月は只の侍女です。そう「天の国」では“めいど”でしたか」

涼州軍が遠ざかるのを待ちかねた様に連合軍は帝都の城内に雪崩れ込む。

だからといって、ここで火を付けたり略奪を始めては、自分たちの「正義」に傷がつく。

それよりも、遥かに大きな目標が在った。皇宮に。

ところが、先を争って乗り込んだ皇宮には、目指す目標が居なかった。

 

洛陽から、長安そして其の先の涼州へ続く街道は西の函谷関を越える。

ところが、洛陽が東の地平線に沈んだ直後、涼州軍を呼び止める1軍があった。

 

「何だ。約束を破るのか」

何時の間にか、この軍を率いる将軍を気取っていた済成は、自分の方が正当とばかりの応対をした。

「それはどっちよ。

怖れ多くも、陛下を拉致しても構わない等と、わざわざ言う訳が無いじゃないの」

華琳の反論にわざと“スルー”していた事に初めて気が付いた。

まんまと、城壁の外におびき出された事も。

 

な、何の、曹操軍だけだ。後の連合軍は、まだこっちに気付いていない。

この小娘、手柄を独り占めする気で、他の軍を出し抜きやがった。

 

その通りではあった。

だがしかし、この時の涼州軍は、虎牢関等で連合軍が戦った涼州軍とは別の軍も同然だった。

呂布や張遼、華雄といった勇将も居なければ、賈駆や陳宮の策戦も無い。

それどころか、済成や李傕・郭汜といった連中を先頭に略奪に明け暮れ調練すら怠けていた。

ひしめく雄将・策士が、黄巾討伐以来の連戦で華琳の操縦するシステムとしても鍛え上げられてきた「現在の」曹操軍にかなう筈が無い。

帝都の此の帝国第1の城壁を盾にしているのでも無い限り。

 

しかも「孫子の兵法」の曹操である。目的の為にこそ手段は選ぶ。

華琳がわざわざ、呼び止めてまで問答したのは「大義名分」の為でもあったが、こちらに反応した敵の陣形の変化で読み取ったのである。

こちらに奪われたくないものを陣中の何処に隠しているのかを。

 

まさしく「徐(しず)かなること林の如く、そして動かざること山の如く」から突然に変化した。

その変化の突然ぶり其れ自体が奇襲となる。

その奇襲の効果があるうちに「疾きこと風の如く、そして動くこと雷霆(らいてい)の如く」目を付けた1点を突破する。

そのまま、華琳自ら抱き取った幼帝を陣頭に「疾風雷霆」のまま、帝都の方へ反転する。

 

涼州兵たちは完全に主導権を取られ組織的な反撃など出来ない。

それでも、済成や李・郭は皇帝を奪われては只の「賊軍」に成ってしまうことを理解していた。

かき集められる兵をかき集めて曹操軍を追走する。が、

代わる代わる殿(しんがり)に就く曹操軍の勇将たちに、その度追い散らされていた。

 

いま1つ誤算というか、目前の曹操軍に気を取られて忘れていた事が在った。

他の連合軍とて、何れは皇帝を拉致されたことに気が付く。

曹操に出し抜かれたことにも気が付く。

そうなれば、追撃に出てくるという事に成る。

北郷一刀の知っていた『三国志』では、連合軍は焼き払われた洛陽を目前に戦意を消失し解散する事に成っていた。

だがしかし、その「歴史」は改変された。今の連合軍には涼州軍の追撃を躊躇う理由の方が無い。

尤(もっと)も、劉備軍は「食料基地」で忙殺されていた。

解放された洛陽の民衆に「備蓄基地」の食料の配給を再開する仕事で。

遅ればせながら、憤慨しつつも涼州軍を追撃しようと西へ向かった連合軍に対して、曹操軍を追撃する涼州兵は自分から接近する結果に成った。

連合軍の方には、ここで攻撃を躊躇う理由も無い。

例え、曹操軍の後退を援護する形に成った処で。

結果、涼州軍に対する連合軍の総攻撃に成った。

その間に曹操軍は、帝都へそして皇宮へ駆け込むと自らの1番手柄を宣言する。

皇帝の「御旗」に従うように「曹」の旗を立てたのである………。

 

……。

 

…帝都洛陽。今晩は解放感に浸(ひた)っていた。

連合軍の殆どは、帝都の城内に招き入れられていた。

 

麗羽や美羽そして華琳も、城内の自家の邸宅に帰っていた。流石に、かなり荒らされていたが。

更に、名誉職をあてがわれて帝都に留まっていた叔父を見殺しにした形だったが、実の処「船頭が多くて船が山に上がる」ほどに人材を抱え過ぎていた袁家では、この叔父と麗羽や美羽をそれぞれ「神輿」に担いでの派閥争い状態だった。

 

片や華琳は、前回の“董卓”がかぶった悪名を繰り返すつもりもない為に、取り敢えず皇宮の警備は連合軍から部隊を提供し合う事にして、自分は曹家の邸にひと先ず引き上げていた。

 

劉備軍も、公孫賛軍に混じって帝都に入城していた。

桃香や一刀らの主だった者たちが落ち着いたのは、張世平の商家だった。

長年に渡って長城近くで馬を仕入れては、この帝都etc.まで馬群を移動させて来て売っていた。

その経験から流石に騎馬の民と付き合う“ノウハウ”を持っていて、無事だった。

逆に涼州兵たちから情報を聞き出していた。

やはり、涼州兵たちを扇動して略奪暴行をけしかけていたのは、あの“成り済まし”だった。

どうやら、先帝と母后を軟禁されていた楼閣から突き落としたのも、済成が勝手にやって知らん振りをしていたらしい。

市場には、李・郭など、主だったものの首が晒(さら)されていたが、どうやら黒幕だったらしい済成の首がなかった。

いったい何処へ消えうせたのやら。

「名山」の山中。「歴史」の陰で暗躍するものたち。

「アイツは傀儡としては、1応の役目を果たしてくれました。

アイツが欲深にふるまった結果、かなり「正史」に近くなりました。

それでも、この「外史」は「正史」と乖離(かいり)し続けています。

やはり、あのイレギュラーたちは邪魔ですね。

もう少し、この欲深にも踊ってもらいますか」

数日、董卓とその軍師は「メイド」姿のまま、生き晒しに成った。

「こうするのが、一番いいんです。月さんたちの命を救うためにも」

「伏竜鳳雛」はこう言って、月本人よりも、詠や主君の桃香を説得したものだった。

自らが主君では無く、主君に仕える侍女の姿を天下に晒したのだから「公人」としては、既に死んでいるのも同然だ。

もはや「真名」以外の「公式名」を公式の場で名乗る事も無い、ただの侍女として生きて行くしか無いだろう。

 

これが隠匿(いんとく)でもしていたのなら「時限爆弾」だったかもしれないが、こう成れば「首」に近い手柄である。

先に2つの関門を突破したときの分も加えて、もう連合軍も握り潰せない。

 

かくて劉備は、皇帝の拝謁(はいえつ)を賜(たまわ)る事に成ったのである………。

 

……。

 

…拝謁は形式に従って執り行われた。

その際、先祖についても尋(たず)ねられた。当然ながら中山靖王の末裔であると奉答する。

 

劉備の父は若死にした為に没落した家を建て直す時間が無かった。

それでも初級の地方官吏にまでは成った。

また伯父が楼桑村の村長を勤めた。

その程度の家柄ではあったこともあって、宮廷に保管してあった劉家の系図を引っ繰り返せば中山靖王の父皇帝、前漢の景帝から劉備までの系統が確認出来るのである。

 

こうして、劉備すなわち桃香は漢王朝に繋がる“お姫様”として天下公認に成った。

「済みません、済みません、済みません」

月や詠に「生き恥」を晒させて、それで自分がお姫様に成って其の月たちに身の回りの世話をさせる、そんな事が平然と出来る桃香では無い。

無いからこそ、主君に選んだ者たちばかりなのだ。

 

その桃香を1国の主にするため、更に同志たちは工作を続ける積もりだった。この好機に。

その結果”あの”王国への道が開けようとすることに成る。

 

”この”歴史は、やはり加速しつつあった。

 

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