簡雍酔夢   作:高島智明

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『天下三分の策』
ここでもう1度「正史」を確認しますが「3顧の礼」の時点で、天下の北半分は曹操に南半分の更に東半分は孫権に制圧されかけていました。
孔明は劉備に、残る西南に勢力圏を確保した上で天下に対する戦略をと、そう勧(すす)めたのです。
だがしかし、この「外史」では劉備の「蜀」が先行する事に成りそうです。


第17席 西南には希望を求めて出立し 東北には故郷に知己を送る

曹操(真名華琳)が手から筆を落して驚いたのを見て、周囲の部下たちの何人かが驚いた。

 

益州州牧を拝命した。

それは確かに、後漢13州の1つを支配し、それを正当化する「名分」を得たということ。

だがしかし、現にその「名分」を得ていた筈の劉焉ですら、今だに益州に入れも出来ないでいる。

その劉焉が官軍から引き抜いていった兵力よりも、更に小勢力でしか無いのに。

 

「麗羽(袁紹)にもそう思わせたでしょうね。でも、決定的な違いが在るのよ」

華琳は指摘した。

「劉焉は益州どころか、今足踏みしている荊州にも、人脈も拠点も無いわ。

それが、未だに立ち往生している大きな原因とも言って好いわね。

でも、あの「お人好し」に仕えている「はわあわ」言っている軍師は何処の出身だったかしら」

 

…何処かの「天の御遣い」ならば、理解出来たことだろう…

「正史」の劉備も、孔明1人だけを得ただけでは無い。

臥竜とまで荊州の名士グループ内では名声があった秀才(この時代の言い方なら茂才)だ。

その人脈で何人もの荊州の名士出身の人材を得て、結集したマンパワーで、隣の益州を侵掠して蜀の国を得たのだ。

 

華琳から聞かされている側近たちにも理解出来だした。

彼女たちとて華琳が期待する人材である。

同時に、彼女たち自身が予洲潁川「名士グループ」として華琳を押し立てた。

だから分かる。

 

そう、劉備の軍師は「水鏡女学院」の出身。

師母、水鏡先生自身が荊州襄陽「名士グループ」の中心に近い。

彼女からたどれる荊州名士の“ネットワーク”において「伏竜鳳雛」とまで期待された茂才を仕えさせている。

それだけで、荊州経由での益州侵掠に、どれほど有利か。

 

いや、下手をすると…

現在の荊州軍閥劉表でさえ、見方によれば、荊州「名士グループ」の上に乗っているようなものなのだ。

最悪、益州ばかりか荊州まで…

 

「どうされます。

洛陽から荊州を通って益州へ行くなら、先ず此の地を通ります。その時に…」

 

「今邪魔したら私たちが逆賊よ。未だ私たちは陛下をお迎えしていないのよ。

今やるべき事は、この兗州から予洲にかけての勢力を充実させる事よ。

予定通り、いいえ繰り上げてでも予洲へ出陣して、許昌に新しい拠点を確立するわ。

でもその前に、せいぜい接待して送り出してやりましょう」

帝都洛陽。

桃香もとい劉備は、皇帝に礼式通り暇乞(いとまご)いを済ませた。

後は、出立するばかりである。

ただし、皇帝以外に別れを告げる者たちが居る………。

 

……。

 

…白蓮もとい公孫賛と桃香との別れは、単純にはいかなかった。

 

先ず、ここまでの劉備軍は早い話が公孫賛軍の1軍だった。

それが「名目」なら郡太守の白蓮を差し置いて州牧と成っただけでも、白蓮個人の性格と桃香との友情がなければ許しがたい。

尤(もっと)も、桃香を推挙(すいきょ)したことに因って、白蓮自身も「奮武(ふんぶ)将軍」という肩書きを得て、軍閥としては「名目」上なら州牧と同格に成っていた。

 

結局の処、白蓮当人としては、この件については他人が勘繰(かんぐ)るほど拘っていない。

「まあ、同門だったころから、なぜか不思議なくらい人望があったからな。桃香は。

何時までも、私の下に居るとも、心の何処かでは思ってはいなかったかもな」

 

このことは、どうやらしこりを残さなかった様だった。

「この上、厚かましいんだけど」

そう、桃香は「お願い」した。

 

楼桑村を含む涿郡は、劉備軍の同志の何人かにとって故郷である。

今も、同志の其々に懐(なつ)かしい人が居る。

そして、そこが公孫賛の勢力圏内にあることも、今だ変わらない。

「ああ、少なくとも、私が治めている限りはロクでもない官吏が赴任したりはしないさ」

 

北郷一刀には、もう2つ心残りが在った。

「天の御遣い」だから知っている。公孫賛は結局の処、袁紹に滅ぼされる。

見方を変えれば其処から逃げ出す形とも言える。

 

今1つ在った。

趙雲(真名星)が、公孫賛軍の客将から劉備軍に仕官しても好いと言い出したのだ。

「正史」でも関羽・張飛に続いて「蜀」の「5虎将軍」の3人目と成る趙雲である。

何時かは「蜀」に仕えて欲しかったが、今の白蓮にはより切実に星ほどの雄将にいて欲しい筈だ。

「所詮、客将にしかなってくれ無かったしな。

私の人望は桃香に及ばないという事さ、ここでもな」

白蓮が桃香に言っているのでなければ、僻(ひが)んでいるような言葉だが、この場合は素直に聞いておいてもいいだろう。

 

だが、桃香や一刀たちは「お人好し」だけに借りを残して行く気分だった。

北郷一刀は「天の御遣い」として、公孫賛が袁紹に滅ぼされるまでに「犯した」幾つかの失敗について助言した。

「これで借りを返したことになるかは分からないけど」

「いや、役に立つ」

どうやら白蓮は、素直に聞いてくれた様だった………。

 

……。

 

…そして、帝都洛陽からの出立の日は来た。

 

白蓮にしてみれば、麗羽より早く自分の拠点に戻らないとならないし、劉備軍にも、グズグズする理由は無い………。

 

……。

 

…連合軍の集結地だった「敖倉」まで、両軍は戻って来た。

ここから、公孫軍は黄河を渡っ、東北の幽州へ帰る。

片や、劉備軍は西南の「蜀」へ向かうべく、先ずは南の荊州へ進路を転じる。

 

俺こと簡雍は手紙を集めていた。

桃香から母への手紙を始め、劉備軍の其々が故郷の懐かしい人にあてた手紙。

俺自身、残して行く簡家の跡継ぎについての指示を書き送る必要があった。

そうした幾(いく)通もの手紙が、公孫軍に便乗して馬を仕入れに行く張世平・蘇双に託された………。

 

……。

 

…やがて、進軍する道は分かれた。

 

桃香は白蓮の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。

漢の時代、ある程度以上の身分のものが来客を持て成し、あるいは目をかけている部下を労(ねぎら)う場合、鼎(かなえ)という三脚の大きな青銅器で羹(あつもの)つまり牛や羊の「ス―プ」をつくって振舞う。

今、正面の庭でその鼎がグツグツ煮えている。つまり正式の接待な訳だ。

 

上座には「ホスト」である華琳と客人の桃香、一刀は正式の官位はともかく桃香たちが下座に置く気がない為に桃香の隣。

その前には、左右2列に向かい合って、曹操軍と劉備軍の諸将が並んでいる。

当初は睨み合っても居たが、酒と料理が回るうちに其れなりに和(なご)んで来た。

 

客人の側に従ってきた“メイド”として「ホスト」側の陪席者に“メインディッシュ”の羹を取り分けて回る月たちに、霞たちが恐縮(きょうしゅく)していたりするのは、むしろ微笑(ほほえ)ましかった。

後漢13州の1つ、荊州の主城である襄陽。

そして、長江に合流する漢水を挟んで襄陽とは双子都市の樊城。

その樊城から北東へと伸びる街道へ続く城門の外。

ここから「伏竜鳳雛」を乗せた「4輪車」の4輪は回り始めた。そして戻って来た。

 

「「蛍先輩、ただいま」」

あの時「水鏡女学院」を代表して見送りに来ていた、徐庶が出迎えた。

 

徐庶元直

若き日は侠客だったという。義理人情を重んじて知人の敵討ちをし、故郷を捨てた。

片や、母親思いでもあり、心配を掛けた不孝を恥じて侠を捨てた。

その後、あらためて学問を積んで出直すべく、単福の偽名で水鏡先生の門下に入る。

やがて、孔明の前に劉備の軍師として仕官するが、母を保護した曹操に飼い殺しにされる結果と成る。

だがしかし、自分より優れた「臥竜」孔明を推薦して劉備の下を去り「3顧の礼」の切欠を作る。

 

この「外史」でも、徐庶(真名蛍)は水鏡女学院での、面倒見の好い先輩だった。

その蛍の隣に居る少女。

(良い意味で優等生だな。学生同士で頼りにされそうな)

只、脱色もしていないだろうに眉の色が髪より薄い。

(眉が白い?それじゃ馬良か)

 

馬良季常

孔明につながる荊州「名士グループ」から劉備に使えた中でも優秀であり、集団の中でも優れたものを「彼」の眉の色から『白眉』と呼ぶ故事成語を残した。

ちなみに「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」の馬謖は『白眉』の「弟」でもあることからも、孔明は期待していた。

 

『白眉』が出てくるようなら、荊州「名士グループ」の協力は、期待できそうだ。益州の侵掠も。

 

そう、これが迎える側からすれば侵掠である事も承知していて、それでも桃香は理想との狭間(はざま)で揺(ゆ)れ動く。

それも又、劉備玄徳らしかった。




次回から数回は“「益州侵掠」編”とする積もりです。

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