簡雍酔夢   作:高島智明

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今回引用する「孫子の兵法」はあくまで抜粋であり、作者による処々省略した抄訳です。

「正史」の孔明は、子供の時遭遇した曹操による徐州虐殺を生涯許さなかったでしょう。
だがしかし、軍師としての「彼」は、実際の戦争に対しては理性的でした。
曹操が復刻し「正史」での世代差から考えると「彼」も読んだであろう「孫子の兵法」を否定する事の無い戦いを、孔明も実行して行きます。


第21席 益州侵掠(その4)百戦百勝は善の善ならず

益州永昌郡。

南蛮王孟獲が率いる南蛮軍と、劉備軍は既に7戦目を戦っていた。

この第7戦で使用されたのは「伏竜鳳雛」がお得意の「8陣図」である。

完全に包囲してしまえば、そのまま殲滅するのも降伏勧告するのも、動機と結果は正反対ながらこちらの思いのまま。

 

桔梗等は自分も犠牲者だけに南蛮に同情すらした。

 

彼女の時と同様、包囲が完成した段階で桃香が説得を始めた。

その途中、

「もう、こうしゃんにゃのにゃ―」

…ちょっと、思いっ切りが良くないか?

「しょのしょうこに、まにゃをおしゅえるにゃ~。みぃはこうしゃんしゅるにゃ―」

 

"この"世界の少女たちにとって、真名を教える事がどんなに思い意味を持っているか。

これが「漢人」同士なら、これだけで降伏を信じてもいいかも知れない。

けれども、最初に思ったことは、

「“南蛮”にも、真名ってあるの?」

 

何れにしろ「7たび放つ」の作戦方針からいえば願ったりだ。

南蛮兵たちも次々に武器を捨てだした。

1番外側の兵だけは流石に盾を構えて身を守っているが、もうそれだけ。

それを確かめて軍師の白羽扇が振られる。

「8陣図」がまた形を変えて包囲が緩められた………。

 

……。

 

…降参した南蛮王孟獲(真名美以)が、桃香や一刀たちと対面している。

見た目やしゃべり方、それに“南蛮”に対する先入観からすれば、話している内容はしっかりしていた。

 

従来の国境、つまり益州永昌郡までは「漢」の領土だと認め、それより南は“南蛮国”として相互不可侵を誓い合う。

それを信じるか否かは、結局は美以と桃香が互いに信頼できるかであり、美以の方は完全に桃香を信じると言い切った。

 

更に細かい条件がいくつか取り決められたが、その1つとして「蜀」と南蛮との貿易関係についても話し合われた。

美以が希望する「蜀」からの輸入品として“食料”が挙げられた時に、北郷一刀はむしろ意外に思った。

 

「天の国」つまり現代日本では、熱帯地方からさまざまな農産物を輸入しているからだ。

むしろ“南蛮”の方が食料を輸出しそうな気がしていたのだが。

その一刀の「お告げ」で、南蛮から「蜀」へ「トロピカル」なあれこれが輸出され「蜀」から南蛮へ輸出される主食と等価交換される事になった。

 

そう、等価ということが此の際は重要だった。

つまり「中華」が「南蛮」を対等に扱(あつか)うという事。

やはり「蜀」の面々も「中華」の民である以上、一刀だけがこの発想を持てた。

尤(もっと)も、俺こと簡雍も「中身」は「中身」だったのだが。

それだけに、美以の心理には信頼度という意味でトドメに成ったかも知れない………。

 

……。

 

…美以もとい孟獲は永昌郡の南の「国境」を越えて引き揚げて行き、劉備軍は再び巴郡を目指して北上しつつあった。

 

南蛮軍が降参する際に投げ捨てた武器。特に南蛮王の持ち物である事も確かな美以本人の武器。

さらに、貿易が取り決められて提供された「トロピカル」な輸入品。

それらを大量に抱(かか)えて北へ帰還した………。

 

……。

 

…軍師たちが解説した。

「これらを持って帰るのは、これから大事な意味を持ちます」

すなわち、南蛮との問題を解決したという証拠品だった。

「この「証拠」をもって、桔梗さんとかが説得すれば大きな効果が期待出来ます」

 

確かに、巴城に立て篭(こ)もって劉焉を益州に入れなかった厳顔(真名桔梗)だからこそ説得力が在る。

そこへ「実績」を示すこの「証拠」が加わる訳である。

 

「それで、成都を守っている賈龍さんが納得してくれれば、無駄な戦いをする必要が無く成ります」

魏の曹操が復刻し後世に残した「孫子の兵法」(その3)「謀攻編」に曰く、

 

戦争の法則は、国を全(まっと)うするのが上策。敵国を破るのはその次。

これは、最小の「1個分隊」にまで当て嵌まる。

百戦して百勝は善の善では無い。

戦わずして屈服させるのが善の善なのだ。

桃香や一刀たち、同志たちの目的は「蜀」の国作り。

戦う事が目的で益州を侵掠したのでは無い。

前々任の益州刺史が戦死した後、その補佐官だった賈龍が有志を集めて益州を守ってきた。

その功績を認める積もりはあっても出来れば戦いたくは無い。

 

(それに、成都の手前には「落鳳坡」が在るしな。ここでの戦いはスルーした方が好い)

一刀が内心そう考えていることを、俺だけが想像出来た………。

 

……。

 

…巴郡まで戻って来た劉備軍は、益州の州都成都を目指して四川盆地を横切る様に進撃し始めた。

けれども、決っして自分から戦おうとはしない。

既に同志と成った狭霧や桔梗たち、益州出身者たちが同郷の者を説得して、無血で開城させては着実に前進して行く。

 

こうして、盆地の中央付近まで来たところで劉備軍の主力は進撃を休め、桔梗や狭霧たちが成都へ説得に赴いた。

 

俺も同行した。

『演義』で只1つ、と言っても好い”簡雍”が活躍する場面が、やって来ていた。

(相手が劉焉の子の劉璋じゃ無くって、賈龍に成ったがな)

そんなことを、1人密かに思っていた。

曹操軍の陣営。物語は沛国へ向けて救出部隊が急行した時まで遡(さかのぼ)る。

 

救出は間に合っていた。

尤も「正史」では張遼と涼州騎兵は未だ参加して居なかったが。

 

とはいえ、軽騎兵だけで急行して来たのでは侵略してくる何者(?)に対して戦力不足。

霞(張遼)たちの役目は曹夏侯1族を保護して撤収することだった。

 

春蘭、秋蘭姉妹が証人に成って、華琳の救援である事は信じて貰えた。

だがしかし、すでにこの地方の豪族として3代目である。

大人数であるだけでなく捨てて行くのが惜しい財産は余りにも多い。

 

けれども、そんなものを抱えては逃げ切れないだけでは無く略奪の標的に成る。

そう華琳に言われた通りに姉妹たちは説得した。

それを当主である祖母の華恋、曹夏侯1族の繁栄の基礎を築いた曹騰、が聞き入れてくれ他の1族を1喝してくれた。

おかげで脱出が可能と成った。

 

だがしかし、1族郎党を引き連れての避難行動となっては、往きの様に涼州騎兵の快速に任せる訳にもいかない。

霞や夏侯姉妹たちは何度も襲撃者たちに逆襲の突撃を行い、その間に1族を逃がそうとした。

 

当然ながら激戦に成る。

それでも、収容のため送り出されて来た後続のより大きな部隊との距離を次第に狭めて行った………。

 

……。

 

…後1回か数回の逆襲で、おそらく収容部隊と合流出来る。

 

その時、春蘭が真面に片目へと矢を受けた。

だがしかし、尚も当面の敵が退却するまで戦い続ける。

その気迫に敵も恐れをなしたか、返って距離を大きく取れた………。

 

……。

 

…救出部隊は収容部隊と合流出来た。だがしかし、

「春蘭、生きているの!」

ようやっと、華琳自身が率いてきた収容部隊と合流できた途端、張り詰めていた気が切れた様に春蘭が失神し其のまま陣営に担ぎ込まれた。

 

春蘭以外の曹夏侯1族の犠牲は最小限で済んだが、当然の様に曹操軍は殺気立った。

だがしかし……

 

「華琳様…」

「分かっているわ。分かっているわよ」

華琳は自分の復刻した「孫子の兵法」を口に出して、自分を制御しようとしていた。

「孫子の兵法」(その12)「火攻編」に曰く、

 

王は怒りをもって戦争を始めるな。

将軍は怒りをもって戦争を実施するな。

有利にあって実行し、不利にあって止(や)めよ。

怒りはいつか喜びに変わるかも知れない。

だがしかし、亡びた国は存在しない。死んだ者は生きられない。

曹操軍に冷静を取り戻させたことは2つ在った。

 

1つは、ふらりと現れた正体不明の医師が春蘭を治療した事。

「命には別状無い。傷も片目以外は残らん。

只、失くした眼球を作り出す事だけは出来んが」

「それで充分。いいえ、幾ら御礼をしても足りないわ」

報酬は、患者1人について”米を枡に5杯”だった。

医師は「5斗米道」の華佗と名乗った。

 

今1つは風が放った用間からの報告。

「あの徐州軍らしきものの正体は「旧」董卓軍に居た済成です」

「「「あの成(な)り済(す)ましもの!?!」」」

しかも、かなり詳細な内情を探り当てていた。

「よく調べがついたわね」

華琳が褒めると、

「へへん」

何故か風本人では無く、その頭上に乗っている「太陽の塔」らしきものが代わって答えた。

「ああいう欲深は、似たり寄ったりの欲深しか信用出来ないのさ。

でもよ、そういう御仲間は値段によっては買えるのさ」

「効率のいいお金の使い方ね」

「孫子の兵法」(その13)「用間編」に曰く、

 

およそ戦争に成ってしまえば、国庫ひいては民衆の負担がどれほどあるか。

それなのに間者への恩賞をケチるなど、民衆への情け知らずとすら言える。

「裏が取れた以上、こんなバカげた陰謀に引っかかっては余計に腹が立つわ。

今は此のバカ騒ぎに巻き込まれない処まで、全軍で離れるわよ」

益州四川盆地。物語は、劉備軍が進撃を休めた時まで遡る。

 

雨が気に成っていた。

「申し訳ありません。“蜀の犬は……”」

「そういう意味じゃないの」

「そういう意味ではないんだ」

桃香も一刀も、そう言った。

そう「蜀の王」であれば、気にして当然の事だった。

これから「蜀」の国作りをして行くのならば。




どうやら戦争より政治が大事な段階に来た様です。

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