秦始皇帝の陵墓から、皇帝専用車を再現した青銅製の精密模型が出土しています。
皇帝の馬車は「安車」とも呼ばれる小宮殿型の「リムジン」で、今1台「立車」とも呼ばれる古代戦車を「ベース」にした軍用車もありました。
私見ですが「立車」には儀仗兵を指揮する将軍が乗って、皇帝の「安車」を先導していたと思います。
この日、孫策(真名雪蓮)は、とある相手を待っていた。
彼女の後ろでは、妹の孫権(真名蓮華)や親友の周瑜(真名冥琳)を始めとする部下たちが見守っている。
黄蓋(真名祭)陸遜(真名穏)甘寧(真名思春)呂蒙(真名亞莎)周泰(真名明命)程普(真名粋怜)……
長江下流部の南側に広がる平野部には、その名も「太湖」とよばれる大きな湖がある。
雪蓮たちは「保護」下にあった袁術陣営を出発し、長江を北から南へ渡渉した後、太湖を周回する様に戦ってきた。
その間に、1人また何人かと孫呉軍に加わって来た。
遠く洛陽の中央政府よりも、長江の北を占領した袁術陣営よりも、雪蓮の母孫堅(真名炎蓮)の夢見た「呉」の国に希望を抱くものたちが集まってきたのである。
例えば、祭や粋怜の様に炎蓮の代からの譜代もいれば、思春のように長江の水賊や太湖の湖賊が降参したものもいる。
そうした良く言えば多士済々、悪く言えば雑然とした同志たちが雪蓮を中心に1つになろうとしていた。
現在、雪蓮が待っている相手は太史慈、字は子義という。
ここまでの戦いで最も苦戦した相手、というより相手の主将よりも部下の太史慈に苦戦したが、主将の方は太史慈を使いこなしてはいなかった。
そのおかげで勝てたといえば大げさでも、使いこなされていればもっと苦戦しただろう。
このことを遺恨(いこん)に思うより、むしろ太史慈を大いに評価した雪蓮は自分に仕官させたいと考えていた………。
……。
…ついに、最後の拠点に追い込まれた太史慈だったが、その面前に何と敵将が僅か数騎の側近を連れただけで現れた。
「太史子義よ。
この上は、誰の為に戦う積もりなのか。
貴女の主君はもう部下も領民も捨てて、何処とも分からず逃げ落ちた。
むしろ惜しい。貴女ほどの武将が仕える主君に恵まれず、この苦境に落ちた事を。
ここで無駄に死ぬよりも、貴女に相応しい主君の為に生きるべきでは無いか」
…これが例えば、関羽とかなら自分の主君たちをこんな風に言われれば、返答は青龍偃月刀だったかもしれない…
だがしかし、そういった“カリスマ”を感じさせる何かを、このときの太史慈は此れまでの主君ではなく目の前の敵将に見てしまった。
城門は開いた。
雪蓮の前に立った太史慈は、1つだけ申し出た。
「貴女様に仕えるにあたって、条件が1つのみ御座います」
「言ってみなさい」
「私1人だけを惜しまないで欲しいのです。
これまでの戦いで逃げ散った、私の同僚や部下、兵士たちも貴女様に仕えさせて下され。
お許しが頂ければ、私が彼らを説得して此処に連れて来ましょう。
必ず、貴女様のお役に立てるだけの兵力を集めて見せましょう」
雪蓮は許した。そして、日限を約束して送り出したのである。
部下たちは、何方かといえば疑う方が多数派だった。
これっきり帰ってこないと断言するものさえ居た。
だが雪蓮は
「私は信じるわ。もしも、この約束を破るような女なら、惜しくなんか無かったわよ」
と、言い切った………。
……。
…そして、今日がその約束の日なのである。
そして今、雪蓮たちの目前には、太史慈を送り出した方向からこちらに近付いてくる軍勢があった。
いつの間に作ったか「孫」に「呉」の旗を押し立てて。
「遅く成りました」
「お帰り。子義」
「梨晏(りあん)。この名を貴女様に捧げます。我が真名を」
「分かったわ、梨晏。私は雪蓮よ」
何処かの「天の国」ならば『走れメロス』とでも連想しそうな光景だった。
*
曹操軍の拠点、許昌。
西の古都、長安の方面へ遠征していた曹操軍が凱旋してきた。
だがしかし、許昌のような地方都市では見慣れないような立派な行列を護衛するようにして、静々(しずしず)と戻ってきた。
行列の中央には「安車」とも呼ばれる小宮殿型の立派な馬車。
その1台前の「立車」とも呼ばれる古代戦車に乗って、華琳みずから先導していた。
*
雪蓮や冥琳たちは新たに梨晏を加え、軍議を開いていた。
現状、長江の南岸から太湖の周辺まで確保している。
だがしかし、長江を挟(はさ)んで北には、当面は好機を窺(うかが)うしかない袁術陣営が在り、東は海、南はこの時代では「中国」の範囲内でなく「南蛮」と意識されている未開発地帯。
西の荊州もうかつに手を出せば、炎蓮の失敗の記憶がまだ生々しい。
とはいえ、それぞれの境界まで制圧した訳ではまだ無い。
そこで、南は未開発地帯の手前、西は荊州との州境まで進軍することに成った。
それぞれの担当も決まる。
南は雪蓮、西は冥琳が指揮する。
只、雪蓮は1度だけ冥琳をからかった。
「私が荊州へ行くと、暴走すると思った?」
「雪蓮様」
苦笑しつつも、あえて主君に対する言葉使いをする。
「分かっているわ。南へ行くわよ」
全軍の拠点は長江南岸の秣陵に置く。
この拠点と孫一族の非戦闘員は蓮華と思春が守る。
穏をはじめとする文官たちも秣陵で後方支援に当たる。
さらに遊撃部隊として、太湖の湖賊を再編成した部隊を明命が預かることに成った。
何れにせよ、当面の目標は炎蓮の時代の勢力圏を取り戻す事。その後は……
ここまでの快進撃で既に、孫策こと雪蓮は小覇王と呼ばれるように成っていた。
小覇王の快進撃は尚も続く。
*
予州潁川郡の許昌は、いまや後漢帝国の帝都となった。
所詮「帝国」では、皇帝を手中にしたほうが、正義。
その「正義」を曹操こと華琳は、ついに手中にした。
だが、あの“董卓”が「相国」という地位にいきなり就いたような、露骨(ろこつ)な反感を買うような真似はしない。
華琳自らの地位は「3公」の1人に留(とど)めた。
残りの2人は、洛陽から従ってきた朝廷の忠臣に譲(ゆず)った。
片や、河北の拠点に居て最も文句を付けてきそうな袁紹(真名麗羽)に大将軍の「名目」を譲っておく。
その1方で、欠員だらけになっていた朝廷の文官職は桂花、稟、風たち、曹操軍の軍師である潁川「名士」グループで埋めた。
さらに春蘭、秋蘭、季衣、凪、真桜、沙和、流琉、華侖、栄華、柳琳、香風たち、曹操軍の武将たちも、正規の武官職に就任した。
いってみれば、朝廷と曹操軍の実質的な「1体化」を優先したわけだ。
ここに、華琳は野望を抱き続けて来た「魏」王国の基礎を築いた………。
……。
…そうした人事もひと段落すると、華琳は「文武の臣」と成った部下たちを集めた。
ここで油断する積もりも無い。改めて現状の分析と今後の対策を討議する。
河北(黄河以北)にあって各軍閥の中でも最大勢力の袁紹陣営が、最大の敵であることは明白だった。
ただし、麗羽の決断力次第である事も確かで、こちらから慌てて挑戦するのも下策の様だ。
では、それ以外は?
「油断のならない勢力が2つ在るわ」
華琳は言い切った。
「劉備と呂布よ」
それなら自分が討ち取ってくると、季衣が言い出し、桂花に笑われた。
「勇気を出せば、討ち取れる相手なら、こんな軍議も無用よ」
「なら桂花には策があるの」
「はい。華琳様」
とは言え、桃香の処に恋が居る訳でも無いのに、どういう策を提案する積もりなのか。
*
玉門関。万里の長城の西の端であり、後漢帝国の西北の角。
草原の騎馬の民にしてみれば長城の南北、玉門間の東西に関(かか)わらず同じ彼らの草原かもしれないが「漢」の側の認識では長城の南、玉門間の東は後漢13州の1つ涼州である。
その玉門関にも近い草原を、2騎の少女が駆けていた。
涼州の軍閥の1人である馬騰の長女馬超(真名翠)と末娘の馬岱(真名蒲公英)だった。
最近、騎馬の民らしくもない策謀に熱中している、としか翠には思えない母親とその参謀たちにイラつく思いで、妹を誘って遠乗りに来た。
いつの間にか、玉門関に近付いていた事に気が付いて流石に翠も馬首を返した。
一応、彼女も「漢」の臣下ではあることは自覚していた。
その時、涼州と西の関外の間に連なっている山々の1つから「声」が聞こえたような気がした。
「何だよ」
「お姉様。確か、あの山は魔王が落ちて来たと伝えられているあの山なんじゃ」
「蒲公英は信じているのか。あんな話」
「そんなに昔話でも無いよ。せいぜいお祖母様の時代じゃ無かったかな。
確か、その魔王が天帝さまに逆らったから、その時から地上でも天子さまが変に成ったとか。
そんな言い伝えだったと思うけど」
その姉妹の背中に届いた「声」は、何処かの「天の国」なら「体育会系」といわれそうな翠すらゾクッとさせた。
「…淋しいよ。未だ、たった50年…500年なんて長過ぎるよ……
……早く来て。三蔵。あたしは待っている。お前があたしの処に来るのを……
…なのにまだ、お前は生まれてもいない……淋しいよ。三蔵……」
その山は「両界五行山」遥か後世には『西遊記』という奇書に登場する山だった。
実は「公式」キャラクターが発表されるまで、馬岱の真名は翡翠(ひすい)の「翡」が入っている、と思っていました。
むしろ、孫姉妹や夏侯姉妹、袁姉妹と違って「翡翠」と無関係な真名だったのに少し驚きました。
*
今話の最後の場面には「Arcadia」に投稿されていた、某作品からのオマージュがあります。
当時は、勝手ながら応援のエールを送らせて頂きました。