簡雍酔夢   作:高島智明

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「正史」の周瑜にとっても「天下3分の策」は、孫呉が天下を取るための障害という認識だったでしょう。
「彼」にとっては、天下を取るべきはあくまで孫策でした。
その信念が、結果としては「彼」の悲劇に繋がります。


第27席 子を思う弓は偃月刀に挑み 断金は呉を思うゆえに蜀を怖れる

荊州南部の長沙郡の郡城を前に、蜀軍は軍議を開いていた。

といっても、出席者は愛紗に桔梗、蛍だ。

…そこへ、見張りの兵が「不審人物」を連れて来た。

 

「姓は魏、名は延、字は文長」

「貴女でしたか」

「知り人か?蛍」

「どういう行動をした人かは聞いています」

蛍が解説する処に因ると………。

 

……。

 

…かつて荊州で「益州侵掠」を前に待機していた時、荊州に仕える武官ながら劉備軍へ仕官を申し出た。

それだけでなく荊州の州都襄陽に劉備軍を引き入れ、益州ではなく荊州を劉備軍に侵掠させようとした。

少なくとも荊州州牧劉表の側近は、そう疑った。

その為に軍師たちから「ダメ出し」をされたのだそうだ。

 

「あの時は、劉表陣営からの協力で、益州に入ったのです」

いや、今回の件でも、何とか劉表に恩を着せる形にして”あの”時の「借り」を返す形に出来ないか、軍師たちは策謀を巡らせている位だ。

「だから、益州にも連れて行けませんでした」

 

その後、襄陽にも居辛くなって、劉表から見れば間接支配の状態に成っている此の長沙に身を寄せていたのだと言う。

 

「それで……今度は、引き取ってくれた先を裏切るのか」

愛紗の声が詰問調に成った。

「私は劉玄徳様に忠誠を捧げたいだけです。

その証拠に有益な情報を教えましょう。

黄漢升どのは、私や貴女たちが劉玄徳様に向けている様な忠誠を長沙郡の太守韓玄に向けている訳ではありません。

それどころか韓玄は黄漢升どのの愛娘をダシにして戦わせようとしています。

むしろ、黄漢升どのは愛娘の為に戦っているのです」

 

黄忠とは旧知の桔梗がうなずいている以上、話の内容自体には信憑性はある。

だがしかし、魏延の「裏切り」を認めるかどうかは別だった………。

 

……。

 

…翌朝、愛紗は陣頭に立って長沙城に近付いた。

結局、魏延はそのまま帰らせた。

けれども、黄忠の事情について知ったからは戦い方に影響しないとも言えない。

「正々堂々の1騎打ちが、武人の情けだ」

愛紗らしい結論だった。

 

だが、その「正々堂々の1騎打ち」が始まろうとした時、

城内から、引き揚げの合図である銅鑼(どら)が鳴らされた。

 

「何だ?いったい」

だがしかし、いくら愛紗でも振り上げた大刀の振り下ろし処が無い。

長沙城の西門に向かって迫る蜀軍。その反対の東門から駆け込んで来た1隊が在った。

「では、味方をすると。周…公瑾どのとか申したの」

「当然です。この長沙まで蜀の魔手に落ちれば、次は我が楊州ですから」

朝廷からの使者だった劉巴を伴っているから味方らしいが兵の数が中途半端だ。

「これから順次到着します」

「孫子の兵法」はこうも言っている。

100里の道を急げば、全軍の1/10しか到着しない。

弱兵から順に脱落するからだ。

50里を急げば、全軍の半分しか到着しない……

それでも、長沙が持ち堪えている間に、到着する必要が在ったのだ。

…兵は拙速(せっそく)を聞く…

とも「孫子」も言っている。

 

自分自身と証人になる劉巴が間に合う様に到着するのが、冥琳にとって最優先だったのだ。

「ですが、こちらの援軍も順次到着しますが、蜀軍も順次到着します」

冥琳は韓玄に論ずる。

荊州南部4郡のうち3郡をすでに降伏させた以上、この長沙に全軍が集中してくるのは時間の問題だ。

ただし時間を稼げれば、それだけ情勢の変化もありうる可能性が在る。

何れにしても、少しでも持ち堪える為には、敵の全軍が集中する前の各個撃破が必須だ。

 

「ふむ。すると今日、漢升を引き揚げさせたのはまずかったかのう?」

「いえ、むしろ今晩を有効に使うようにしましょう。

今晩はその長沙の勇将を、ご家族とか大切な人と過ごさせてやって下さい」

冥琳も、今は黄忠の士気を上げさせることを優先した………。

 

……。

 

…その夜、黄忠(真名紫苑)は1人の母親に戻って、幼い娘璃々と過ごした。

「眠~い」

と、璃々が訴えるまで存分に甘えさせ、抱き締めて眠らせた。

子守唄を聞かせてやりながら明日の決戦を決意していく………。

 

……。

 

…翌日、陣頭に立って長沙城に近付く愛紗に対し、紫苑は「1騎打ち」の挑戦を受ける。

陣頭に進み出て弓を構え矢をつがえる。心中で今は亡き夫、娘の父の面影を浮かべた。

(…貴方…私たち母娘を見守って下さるのなら、私に力を。璃々を守る力を与えて下さい)

 

「む!?!」

放たれた矢の威力は愛紗ですら、いや愛紗だから青龍偃月刀で軌道を逸らして直撃を免れた。

それが精一杯。

…長兵は儂(わし)以上。愛紗殿とて、偃月刀の間合いまで近寄らねば苦労するぞ…

桔梗の警告通りだった。

それどころか近寄れない。急激な回避運動を繰り返させられて愛紗より先に馬が限界に成った。

 

「初めて、他人の馬に嫉妬(しっと)する気に成った」

取り敢えず、替え馬の位置まで下がった愛紗だったが、

「あの呂布を乗せている「汗血馬」にでも乗っておれば」

「無理もありません。今の彼女は乳虎でしょう」

蛍が宥める様に言う。

 

古典的に中国では危険人物を例えて、

「あんなヤツに出会う位なら、乳飲み子を連れた母虎の方がマシだ」

等と言う。

「乳虎か」

現実に手強い上に、倒すのに気が進まない事も無い。

「これは手間取るな。しかし、正々堂々が武人の情けだ」

新しい馬に乗って再挑戦していく。

 

片や、桔梗と蛍は、両軍が「1騎打ち」を見守っている間に、ジワリジワリと自軍を前進させていた………。

 

……。

 

…変化は突然だった。

「1騎打ち」を続ける紫苑の後方で、長沙の城門が突然開き、楼門上に「劉」の旗が立った。

「!?!」

「!?!」

「!?!」

城内にいた韓玄、劉巴そして冥琳も仰天した。

冥琳ですら、とっさに城門を閉める事が間に合わなかった。

それより前に、何時の間にか自軍を前に出していた桔梗と蛍が先に反応し、桔梗が突入していた………。

 

……。

 

…数日後、桃香と北郷一刀を押し立てて、蜀の本軍が到着した。

武陵郡と桂陽郡を降伏させた、という報告を受け次第、零陵郡を進発して長沙郡攻略の援軍に来たのだが、来て見ると長沙城は落ちていた。

やっとの事で、冥琳は後続というより、急行軍の途中で置き去りにしてきた部下の兵と合流した。

言い方を変えれば、ここまで逃げて来た。

蜀軍が長沙城の西門から突入してきた時、結局は兵力不足で有効な手段が取れなかった。

いや、自分が蜀の手に落ちて、孫呉が介入した証拠を取られなかっただけで良しとするしか無かった。

韓玄も劉巴も、おそらく蜀の手に落ちただろう。今回はしてやられた。

 

「それでも渡さぬ。荊州も、天下も。劉備にも、曹操にも。

天下を取るのは我が孫呉。我が主君たる雪蓮だ!

我らが「断金の絆」にかけて!」

突然、城門が開いた。

その好機を逃がさなかった事自体は、桔梗と蛍の功績を認める。

それが公正だ。

だがしかし、自分から城門を開いた行為については、別に確かめる事があった。

 

「これは裏切りではないのですか」

本軍に従ってきた胡蝶が、文官として問い質(ただ)していた。

「私は、劉玄徳様にこそ、忠誠を奉げたいだけです。劉表や韓玄では無しに」

魏延はそう主張した。

 

「どうかな。悪い人でも無いみたいだけど」

(…桃香はそう言っているけどな。確か魏延はトラブルメーカーじゃ無かったかな…)

一刀は『三国志』の知識から、そう考える。

とはいえ、まるで「宝塚スタァ」でも見ているような見エ見エの態度で桃香を見上げる魏延を見ては、追放する気にも成れなかった。

 

片や、劉巴や黄忠にも危害は加えていない。だが、向こうが引き篭もっていた。

「「しょうがないわ(な)。こちらから説得に行きましょう(こう)」」

「こちらから?それもお2人お揃いで?」

「それが最も有効でしょう」

と、桂陽から到着した雛里、武陵から到着した朱里も賛成してくれた。

 

最初は、侵掠したのはそちらだ。と言う態度をどちらも崩さなかったが、

それでも「カップル」で説得に来た事で先入観が変化した様だった。

 

最初に、幼い璃々が懐いた。

すっかり、璃々に遊び相手と認められた頃には、母親の方も真剣にこちらの話を聞いてくれる様に成った。

ここで、旧知の桔梗にも加わってもらい、何とか口説き落とした………。

 

……。

 

…長沙城内のとある場所。新たな主となった蜀軍が、新たな同志を歓迎していた。

「姓は黄、名は忠、字は漢升、真名は紫苑。宜しくお願いします」

「璃々で―す。これからよろしく―」

「姓は魏、名は延、字は文長、真名は焔耶。宜しく頼む」

 

ここまで来て、遂に劉巴も根負けした。

「どうやら、使命をしくじって許昌の都にも戻れそうにもありません。

成都でも何処でも連れて行って頂きます」

 

次は外交攻勢である。向こうは朝廷を使える。

その相手に既成事実をどう認めさせるか。

そこで、付け入る好機は見逃さなかった。

 

先ずは、戦争の後は戦後処理である。

生け捕りに成った4郡の太守たちが桃香と「天の御遣い」に対面する事に成ったが、その前に一刀は”ある”事に気付いた。

「原典」『三国志演義』。

 

桂陽郡太守の趙範は、趙雲が軽く1戦して軽く勝利してしまうと、もう戦意を消失した。

そして、桂陽城内に趙雲を招待して、せいぜい接待したのだが……

 

その席に美貌の未亡人で、自分の元兄嫁を同席させて、趙雲との縁談を申し入れた。

その余りにも媚び媚びの態度に、却って実直なる趙雲の不快を買ってしまった。

 

結果は戦闘再開。無論だが趙雲に軽く撃破され、縄目の恥を受けてしまった。

 

劉備の前に引き出された趙範は、

「自分は、劉玄徳様に抵抗する意思など御座いません。

それどころか、趙将軍の歓心を買おうとしたのに逆に攻撃されたのです」

と訴えたものである。

変に気に成ってしまった「天の御遣い」は、星と共に桂陽から合流した雛里に、それと無く確かめてみようとしたのだが……

 

隣に桃香が居て聞きそびれている間に、星自身が趙範を引き出して来た。

 

「主殿、桃香様。全(まった)く、こやつは何を思っていたのやら。

何処ぞの美少年らしきものを、某(それがし)の閨に忍び込ませようと」

一刀の隣では桃香が桃色に成っていた。

「この身も心も、捧げ尽くした御主君が在るものを」

「いえ、いいえ!私は、存じませんでした」

趙範も、どう聞いたのやら。

「よもや「天の御遣い」様の御手付きであられたとは!」

 

「?俺には桃香が居るんだけれど?」

後の「種馬」からは信じ難いかも知れないが「この」時点での一刀は、劉備こと桃香を「ただ1人の恋人」と認識していた。

 

「天の御遣い」こと北郷一刀は現代日本人である。

「恋愛結婚」が普通で「1夫1妻」が常識の世界から落ちて来た、大した恋愛経験も無い若者に過ぎなかった。

少なくとも「この」時点では。

 

冗句の様なことは、さて置いて、戦後処理は粛々と進んでいた。

そして、次には外交が始まった。

いまや帝都である許昌。古都長安からの報告に華琳たちが困惑していた。

北郷一刀は心の中で思っていた。

これで、5虎大将のうち4人が揃った。伏竜鳳雛もいるし後1人。




長安からの報告は「ラスト・ワン」の運命に関わります。

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